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第三十二話 作業開始

 木を四角く加工しなければ、図書館の柱にはできない。

 村の男たち全員で、その作業をする。あとついでにセレシアとエルナも参加する。俺が願い出て連れてきたのだ。

 俺も体を鍛えねばならないが、あいつらも鍛えねばならない。



 木の加工には専用の道具を使う。

 二人がかりで交互に引く、普通よりはるかに大きいのこぎりである。長さが人間の両手を広げたほどもある。


 村で購入した道具である。

 辺境の村まで運ばせるわけだから、当然値段も跳ね上がる。そのおかげでのこぎりはたった一本しかない。

 食料はともかく、こういった専門の道具や薬などは外から買うしかないのだ。


 そう考えると、職業「ゆーちゅーばー」の果たした役割はそれなりにあったといえるだろう。

 もし「ゆーちゅーばー」がなければ、とっくに村は滅びていた。ヴィクトリアちゃんの踊りのおかげではあるが、そもそも「ゆーちゅーばー」がなければ金を稼ぐ方法もないわけで。


 俺にとっては不要な「ゆーちゅーばー」だが、村にとって必要だったのだ。



 ん、待てよ。



 この村を発展させるにはまだまだ不足しているものがある。

 そうすると今後も金が必要。


 となると、またヴィクトリアちゃんと踊らなくてはいけなくなるのか。

 ……。

 さすがに嫌だな。前回躍った時は、新しい扉が開きそうな感覚がしたし。

 踊ってばかりいるとますます冒険者から離れてしまう。


 早く村自体が金を稼げる仕組みを整えなければならない。





 そこまで考えたところで首を振る。

 村の将来を考えるのは俺の仕事ではない。村長であるカストロの仕事。


 今は目の前の作業に集中しよう。



 作業といっても、のこぎりを引くだけである。

 それほど難しくはない。パートナーと一緒に丸太を切断していくだけだ。



 しかし。

 ただ、単純に疲れる。



 朝からずっとやっているが、もう三十人目くらいのパートナーである。

 街の住人も学者ばかりで体は強くない。長い時間この作業をするほどの体力ない。



 セレリア? エルナ?

 もうとっくにへばっている。乱れているスカートを直せないほど、ボロボロになってしまった。

 この村の住民の中でも特に体力のない二人組なのである。下手すればヴィクトリアちゃんよりも体力がない。


 うーん。さすがに運動が重すぎたのか。もっと軽い運動からはじめるべきだろうか。

 例えば村を一周走るとか。それでは軽すぎるか。

 では重いものを持ったまま走るとか、どうだ?




「もう勘弁してくれないか。手が動かないよ」


 パートナーの男がつぶやく。またまたパートナーの交代である。

 全然作業が進まん。図書館が建てられるのはいつの日か。



「あんた化け物だな。朝からずっとのこぎりを引くなんて」


 化け物?

 そりゃ住民からみたら化け物かもしれないが、冒険者の世界では俺なんてまだまだ。


 俺の知っているSランク冒険者は、三日三晩モンスターを追いかけても平気な顔をしていた。

 ああいう人間がいれば、はるかに作業もはかどるに違いない。もっともSランク冒険者が辺境の村にくるとも思えないが。

 話に聞いただけだが、剣を振るだけであらゆるものが切断できる冒険者もいるらしい。そうなればのこぎりも不要だ。



 今度俺も剣で木を斬ってみようか。

 剣が痛むかな。安物だし、替えの剣なんてないからなぁ。




 ため息をついた時、住民たちが木に向かってなにやら作業をしているのがみえた。

 手に小さな道具を持って、木の表面にすり付けている。


「あれは何をしているのだ?」


「ああ、あれは私たちが開発した道具だよ。小さい刃物が先端についている。」



 開発。

 確かに村が買った道具の中にはあんなものはなかった。

 わざわざ新しい道具を作ったのか。



「ああやって、木の表面を削り取っている。もっともまだまだ開発段階でね。一回で削り取れる量はわずかしかない」


「なるほど」



 おそらく持ち込んだ道具から刃物だけ取り外したのだろう。

 新しい道具を作るといった発想は、冒険者にはないものだ。

 いや、学者の特権とさえいってもいいかもしれない。普通の人間なら新しい道具を開発するより、すでにあるものを買った方が安上がりだからだ。



「だが失敗作だ。あの道具では、一本の木を柱の形にするには一か月くらいかかる。」



 それでも力がない人間でも、木を削れている。

 方向性は間違っていないのではないか。


 村の住民たちは辺境にきても学者であることを決してやめようとしない。

 変人。あるいは誇りを持っている人たちである。



「あれは失敗作でも、次はもっと良い道具が作れるのだろう?」




 パートナーの男はニヤリとした。



「間違いなく」


 この辺境の村では学者が働く場所は少ない。

 求められているのはもっと原始的な力である。自然への知識だったり、あるいは単純な体の強さだったり。


 それでも学者にしかできないこともある。

 これから先、必ず俺たちを救ってくれる場面があるだろう。



「いずれはまったく体力を使わずとも、木を加工できる日がくるのかな?」



 そうなれば冒険者ですら不要になるかもしれない。

 自動的にモンスターを撃退する道具が……。



「そうだな。あんたの子供が大きくなったころには可能性はでてくるかもな」



 間違いだった。

 もうしばらくは冒険者の仕事は存在しそうだ。

 やれやれ。


ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。

どうかよろしくお願いします。

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