第三十話 いや、天才じゃないし
やきゅうを教えてもらった次の日。
俺は早朝から剣を振っていた。
朝に剣を振ることは、この村に来てからの習慣。
そうでないと、自分が冒険者なのか忘れてしまいかねない。この村にきてからした冒険者らしいことといえば、猟師のガストンとラージラビットを倒したくらい。
あとは、ほとんど肉体労働である。毎日木を運んだり、地面を掘ったりしている。
情けない。が、そのおかげで筋力だけは上がった気がする。
剣を振る時の音。その音の質が変わってきたように感じる。確実に剣を振る速度は速くなってはいる。
とはいえ、それだけで戦いに強くなったとはいえない。
強さとは筋力だけで決まるものではないからだ。速度、技の選択、間合いの取り方。全てがバランスよく強化されなければならない。
本当は強いモンスターと戦うのが一番効果的である。実戦ほど成長する機会もない。
だが今の村に強いモンスターが襲ってきたら、多くの犠牲者が出る。まともな備えもないし、事実上冒険者は俺一人といってもいいからだ。
さて、どうするべきか。
村の建設がひと段落したら、セレシアとでも強くなる方法について考えることとしようか。
俺だけでは、良いアイデアは思いつきそうにない。
「アニキ!! おはようございます!」
猫耳族のエルナが家からでてきた。
まあ家といっても、雨がしのげて床には草がしかれているだけであるが。
エルナは今日も元気一杯である。
「アニキはやめろ。俺はお前の家族じゃないぞ?」
「アニキはやきゅうの天才です! だからアニキと呼ぶのは当然なのですよ!!」
エルナは朝から熱く語る。
興奮冷めやらぬといった感じだ。
昨日エルナの前で球を打った。はじめての経験だったが、振った棒は球の芯をとらえた。かなりの距離を球は飛んだ。
まぐれ……という気もしないではない。たった一度しかやっていないから。
しかし、あの感触は気持ちよかった。最初は馬鹿にしていたが、今では割と評価している。
……。
それにしたってアニキはないだろ。
「そもそもアニキってなんだよ。やきゅうが上手いとアニキって呼ぶのか?」
「意味なんてありません、ボクの直感です! アニキが球を打った時、雷に打たれたように直感したのです! この人はやきゅうの天才! ボクのアニキだって!」
なにがやきゅうの天才だ。何の役に立たん。
百歩譲ってやきゅうの才能があったとしても、できれば別の才能が欲しかった。
踊りだのやきゅうだのばかり評価されるが、それよりも冒険者の才能が欲しかった。
「ゆーちゅーばー」ではなく、せめて「戦士」とか「盾持ち」の職業が。そうすればそれぞれの固有スキルを使って、もっと簡単に強くなれただろう。
エルナが棒を取り出し、振りはじめる。
「何をしている?」
「アニキが頑張っているのに、ボクだけが楽をするわけにはいきません!」
どうせだったら棒ではなく剣を振ればいいのに。
エルナも一応冒険者、モンスターを倒すのが仕事なのだから。
もっとも今までの様子からして、戦いについてはまるで期待できないが。
案の定、棒を五十回ほど振ったところで、へばってしまった。
地面に両手をつき、荒い息をはく。
弱い。
体もやせているし、手足も細い。体力が絶対的に不足している。
根性だけではどうにもならない部分もある。
「技術うんぬんよりも、まずは体力をつけなくてはな」
エルナが俺を見上げる。
ちょっとだけなみだ目になっている。
「アニキ! ボクを鍛えてください!!」
なんでだよ。
俺だって新人冒険者だぞ。弟子なんて取れるか。
そもそも同じパーティーの仲間じゃないか。俺がリーダーだとしても、優劣など存在しない。
だが、その気持ちは悪くない。
学生時代を思い出す。
あの頃は強くなろうと必死だった。弱いモンスターを一匹倒すのにも、命がけ。
エルナをみているとその頃の自分を思い出す。
もっともエルナだって冒険者学園を卒業しているはず。
それにしては弱すぎる。セレシアのように何か事情があるのだろうか。
「なあ、お前病気でも持っているのか? それで冒険者学園の授業を免除されたとか……」
「何も悪いところはありません! 冒険者学園ではお情けで卒業させてもらいました!! 普通にまったく才能がありませんでした!」
ああ、そう。
ふむ。そうなると、この村の環境はエルナには最適なのかも。
強いモンスターはいない。毎日肉体労働の環境は体力をつけるのに最適だ。
「よし。では今日から村の仕事を手伝ってもらおうかな」
「え!? モンスター退治ですか!? ボク、モンスター退治は大の苦手で……」
まあ、そう思うだろうな。
冒険者の仕事といったら、モンスター退治に決まっている。
ところがこの村は、辺境で開拓中なのである。
「残念ながら、違う」
「え!?」
「今日からの仕事は、図書館を建てることだ」
ブクマ、評価をいただけると作者のモチベが上がります。
どうかよろしくお願いします。




