第二十八話 やきゅうしようぜ!
俺と、セレシア、エルナ。
広い草原へ移動した。
午後からの仕事は休み取らせてもらった。
村人だけで木を運ばせて事故が起きないか。非常に心配だ。
はるかに年上の人たちを心配するというのも変な話だが、しちまうのだから仕方がない。
「んー。風が気持ちいいね」
長い金髪が風で揺れている。
セレシアは素直に午後が休みになったことを喜んでいる。
仕事が消えるわけじゃないぞ。後回しになるだけだ。わかっているのか。
もしかしたらセレシアのように、もっと気軽に考えるべきなのかもしれない。
でもこれが俺の生まれつきの性格。
「さあさあ! ボクとやきゅうで勝負しましょう! 勝った方がこのパーティーのリーダーです!!」
エルナが俺の前に立ちふさがる。
もっとも俺よりもたいぶ背が低いので、威圧感はまるでない。
「あのなぁ。受けるわけないだろ、そんな話」
「ど、どうしてですか!?」
「どうしてって……。俺の方が不利すぎるだろ」
例えば猟師のガストンの職業は「猟師」である。弓を当てたりや気配を消すスキルを持っている。素人がガストンと狩りの勝負をして勝てるわけがない。
村人の「学者」と知識で勝負しても同じこと。
職業とは、その道のスペシャリスト。
エルナの職業が「やきゅう選手」ならば、やきゅうで勝てるはずがない。
「わかりませんよ! いい勝負をすると思います!!」
「何を根拠に」
「やきゅうで勝ったことがほとんどないからです!!」
俺とエルナとの間に、珍妙な空気が流れた。
自分の職業でさえ勝てないのか。
悲しすぎるな。
それでやきゅうを世界一にする気か。
不可能じゃないか?
「ちなみにお前も冒険者学園を卒業したよな? 成績はどれくらいだった?」
「ぶっちぎりの最下位でした!!」
この勝負、負けてもいいような気がしてきた。
いくらなんでも可哀そうすぎる。
俺の「ゆーちゅーばー」とは方向性の違う悲しさである。
くっ。まずい。
俺はこういうのに弱いのだ。助けてやりたくなってしまう。
「まあまあ。まずはやきゅうがどんなものか、みせてもらおうよ」
セレシアが俺とエルナの間に入った。
そうだな。それがいい。
しんみりしている場合ではない。
「おまかせください! やきゅうの素晴らしさをおみせしましょう!」
エルナの頭の上にある耳がぴんっと跳ねた。
楽しくてたまらいという表情で、俺たちと距離を取る。
「やきゅう領域発動!!」
いつの間にかエルナの右手には木の棒が握られてきた。
先端が丸く加工されている。かなり特徴的な形だ。
「お前、その棒どっから出した?」
「やきゅう領域はですね。やきゅうを練習する環境を完璧に整えられるのです! この棒も何もないところから出せるのです!!」
つまり俺のかめらと同じようなものか。
職業の目的のために自動的に作られる。
あの木の棒を作るのには、なかなか手間がかかりそうだし。悪くないスキルだ。
エルナが両手で木の棒を持って、振り回す。
「おい、やめろ。あぶないだろ」
木の棒といえども、当たり所が悪ければ死ぬ可能性すらある。
エルナの細い腕でも……だ。
それにエルナが棒を振り回しているのではなく、棒に振り回されているように感じる。
「大丈夫です! これがやきゅうなのです!!」
「その棒を振り回すがやきゅうだと!?」
正直、全然面白くなさそうである。
これなら剣を振っていた方がましだ。
それを聞いたエルナがにんまりと笑う。
「いえいえ、まだまだこれからですよ! プレイボール!!!」
今日一番の大声に、思わず背筋が伸びる。
隣にいるセレシアもビクッと震える。
「お、おい! いきなり大声出すなよ! それになんだ、その掛け声は」
「やきゅうをはじめる時の神聖な掛け声です! さあみていてください!」
エルナが木の棒を振り回す。
だから、危ないだろ。やめろ。
「やきゅうのルールは色々ありますが、まずは打つところをおぼえてください!」
少し離れた先に黒い影が現れる。
人型をしていて、手に白い球を持っている。
あれも木の棒と同様、職業「やきゅう選手」が出したものだろうか。
「ゆーちゅーばー」はかめらしか出せないが、「やきゅう選手」は複数のものを出せるのか。
「さあ、来い!!」
影が白い球を投げる。球はエルナから少し外れたところに向かっている。
なかなかの速度である。当たったらとても痛いだろう。
「えい!!」
エルナが白い球を迎え撃つような形で、木の棒を振る。
が、木の棒は白い球には当たらなかった。空振りである。
そのまま白い球はエルナの後ろへと消えていく。
エルナは木の棒を振り切ったまま動かない。
「え? これで終わり?」
これがやきゅう? あまりもしょぼくないか?
みていても面白くないし、実際にやっていても面白くなさそうだ。
エンターテイメントの欠片もないぞ。
「ち、違います! たまたま棒に球が当たらなかったのです! もう一度やるので、今度こそ成功させます!!」
うーん。
不屈の少女だ。棒に当たるまでやるつもりか。
もう一度、黒い影が球を投げる。
エルナが勢いよく棒を振る。
今度は棒に当たった。
チッという音とともに、球が木の棒をかすめる。
その棒に弾かれた球は。
あろうことか、こちらの方に飛んできた。
「うお!?」
とっさに白い球を手で受け止める。
バチンッという音が響く。
衝撃はあまりない。白い球はみた目より、ずっと軽いようだ。
どういうことだよ。
なぜエルナは俺へと攻撃したのだ?
もしかして。
「やきゅう選手」というのは。味方殺しの職業なのか!?
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