第二十七話 職業「やきゅう選手」
「どうも猫耳族のエルナと申します! 初めまして!!」
エルナは俺の手をつかんで、上下に振った。
子供っぽい仕草。
この少女が明るい性格なのは間違いない。それと悪いやつでもなさそうだ。
だが、しかし。素直に喜べん。
通りすがりの住民たちに謎の言葉を呼びかけるとは。どう考えてもまともではない。
そもそも、やきゅうとはなんだ。
「……えっと。君がパーティーに入る冒険者でいいんだね? 変な職業で冒険者ギルドから追放された」
「はい!」
俺たちは新人の冒険者。冒険者ギルドによって強制的にパーティーを組まされている。犯罪者だとか、よほどの理由がなければパーティーからの追放は認められていない。
それに俺たちだって、変な職業なのだ。メンバーを選ぶような権利は存在しない。
わかっている。わかっているが、さすがに一般常識がない女の子はちょっとなぁ。
「ねえねえ、やきゅうってなんなの?」
一方、セレシアは謎の単語に興味を抱いたようだ。
エルナに対して引いた様子はない。変人は変人同士、気が合うのかもしれない。
とはいえ、俺もその質問はしなければならなかった。
「やきゅう」なんて単語。生まれてはじめて聞いた。何を意味する言葉なのかですら、想像できん。
猫耳族に伝わる言葉だろうか。だが猫耳族は特に珍しい民族というわけではない。王都にも数は少ないが普通に暮らしていた。それほど生活様式が人間とかけ離れているはずもないが。
それにしてもこうして二人が並ぶと、みた目の違いが際立つ。
セレシアの方が背も高く、胸も大きい。エルナは少年、セレシアは成熟した女性の体つきだ。
黒い髪と金髪。髪の長さもまったく違う。
人間と猫耳族という違いはあれど、これほどみた目が違うというのも珍しいな。
「フッ。よくぞ聞いてくれました! ボクの職業は「やきゅう選手」なのです!」
エルナが胸をはる。
背が低いから、どことなく五歳のヴィクトリアちゃんを思い起こさせる。五歳の女の子と比較するのは、エルナには失礼だとは思うが。
うーん。それにしても。
全然質問に答えていない。
自分の意見を押し付けるタイプとみた。
ちなみに村の住民も同じタイプばかりである。
職業は俺の「ゆーちゅーばー」と同じように、名前だけでは何の情報も得られない。意味不明な職業名だ。
セレシアの「偏食家」は一応食に関するものだとわかる。
「やきゅうとは、世界一効率的に体を鍛える方法です。最高のエンターテイメントでもあります!!」
「やきゅうなんて聞いたことないぞ」
「コホンッ。これから世界一になる予定なのです!!」
全ての猫耳族が残念なわけじゃない。むしろ人間より頭が良いといわれることも多い。圧倒的多数の人間の中で暮らしているのである。
知恵がなくては生きていくこともできない。
ただ、エルナは残念な子である。
はぁ。
「やきゅうこそが世界一なのです! やきゅうを世界一にするために、ボクはこの職業を授かったのです!」
やきゅう至上主義。
世の中には色んな人がいるんだなぁ。
なんだか現実逃避したくなってきた。パーティーとしての苦労が約束されたものだ。
「なるほど。面白い考え方だね。職業を人生の使命とするとは。私の「偏食家」はどうだろうな。新しい食の世界を切り開くことかな」
確かに職業は人生を左右する要素であるが、職業を人生の目標にするのは珍しい。
そう考えると、俺の「ゆーちゅーばー」は……。
特に何も思いつかん。
金は稼げそうだが、それが人生の目標にはしたくない。
と、ここまで考えて俺は頭を振った。
さっきから現状をなげいてばかりだが、それは良くない。
まだエルナことはほとんど知らないのだ。
否定的な評価ばかり下すのはダメだ。これから同じパーティーの仲間として生活しなくてはならないのだから。
セレシアだって初めは頭がおかしいと思ったものだが、なんとかギリギリやってはいけている。
エルナも一緒に生活すれば、よい所も見つかるだろう。たぶん。
前向きに考えよう。
ここからはエルナの良いところを探すべきだ。
「お二人ともやきゅうをしませんか? 冒険者でやきゅうをするなんて、とても素晴らしいことですから!」
「しないぞ」
「なぜですかぁーーー!!」
なぜって。
そんな暇がないからだ。
エルナの目にもうつっているはずだ、この作りかけの村が。
「ふむ。だが、アラン。一度くらいはやきゅうを説明してもらってもいいのでは? 私はわりと興味があるよ」
「……。まあ一度くらいならいいだろう」
これほどエルナがこだわっているのだ。
やきゅうの中身を知らなければ、仲間としてやっていけないだろう。
「やったーーー!!」
エルナが飛び跳ねる。
怒ったり、笑ったり感情豊かな猫耳族だな。
みていて飽きない。
「よーし! では広い原っぱに移動しましょう!! そこで勝負をつけます!」
「あ? 勝負!?」
そんな話題は一回もなかったはず。
何をいっているのだ? この猫耳族は。
「そうです!! 誰がこのパーティーのリーダーになるかを賭けましょう! さあ、やきゅうで勝負です!! 負けませんよ!」
そう言って、エルナはどこかへ走り出した。
おい、どこへ行くつもりだ。
さっき村に来たばかりで、まったくこの辺りの地形を知らないはずなのに。
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