第二十三話 特訓深夜
「アランさん! 腕の振り方はそうではありません!!」
ヴィクトリアちゃんの熱血指導が始まっていた。
五歳にもかかわらず、ものすごいスパルタである。だが俺にとって踊りの師匠なのだ。従う他はない。
正直勢いだけで踊りのパートナーになることを決めたが、やるからには絶対に成功させたい。
もはや冒険者とはかけ離れた仕事ではある。
だが村がなくなってしまえば、同時に冒険者の仕事も消滅する。
元パーティーへの復讐もできない。
もう日が暮れて、星空が広がっている。
踊りの特訓をしているのは俺だけではない。
後ろで踊る村の住民たちも特訓している。そちらの方は村長のカストロが指導している。
俺の方はヴィクトリアちゃんに一対一の指導である。
腕の振り方を少し遅くしてみる。
音楽もないのでタイミングが難しい。単に踊りの才能がないだけかもしれんが。
振り付け自体は簡単で、振り付けをおぼえるの自体は難しくない。それでも細部にヴィクトリアちゃんはこだわっている。
「もっとです! もっと遅く!!」
五歳の女の子に指導されるのは、我ながら情けないものがある。
それでも、同時になつかしいような感情もわく。
冒険者学園の実地訓練はこれよりも、さらに怒鳴り声が飛び交うものであった。
兵士の訓練に例えられるほどに厳しい。モンスター討伐は命がかかっているから、仕方がないといえば仕方がないのだが。
訓練でも深夜にモンスターと戦わされた記憶がある。あのころはがむしゃらに冒険者になろうと努力していた。
だからヴィクトリアちゃんの訓練が厳しくとも平気だ。
むしろ逆に闘志がわく。
ヴィクトリアちゃんも時間を割いて、俺を鍛えてくれているわけだし。その思いに答えねば。
ああ。
この村にきて以来、初めて住民が一つになっている気がする。
素晴らしい。
「がんばれー」
セレシアだけはその輪に入っていない。
ちゃっかりとかめらで踊りをとる役を勝ち取っていた。その出自を考えれば、政治的な能力が高いことは納得できる。いつ王族として利用されてもおかしくない立場であった。政治的な能力が高くならざるを得ないだろう。
それにしたって、のん気な声援を聞くと腹が立つ。
肝心な声援も棒読みだし。
セレシアからみれば五歳の女の子に熱血指導されている俺は、さぞや笑えるだろう。
だがなぁ。こっちは必死なのだ。
「ああ、そうだ。もう夕ご飯の時間だね。アランは特訓中だし、私が作ってこようか」
「やめろ」
セレシアの職業は「偏食家」である。何でも食べることができる。
そのかわり、どうも味覚がおかしい気がする。以前はあのまずいゴブリンを平気で食べていたし。
うーん。信用ならん。
「失礼だな。これでも味はちゃんとわかるよ。普通の料理は普通の味がする。ただ、普通の人間が食べられないものもおいしく感じるだけさ」
「本当か?」
しょせんは自己申告だからな。
今はまずい料理に文句を言っている暇はないぞ。
「なら証明してみせるさ。私の作った料理のおいしさに驚くがいい」
そう言って、住民のいる方へ歩いていってしまった。
だが、すぐに帰ってきた。
「どうした?」
料理をする時間にしては短すぎる。
食材を生のまま持ってきたんじゃないだろうな。
「うん。学者の奥様方に追い出された。味以前に料理の腕前が足りなかった」
「そうか」
女性陣は子供のいる人も多い。料理の腕前ではセレシアとは天と地の差がある。
どうせ鍋でもこぼしたのだろう。それとも包丁で指でも切ったか。
悲惨すぎて笑えん。
そうこうしている間に夕食の時間になった。
この村にきてから、食事は住民全員でとることが多い。この時ばかりはスローライフをしているように思える。
明日、村の存続がかかる試練が待っているのに皆の表情は明るい。
大勢でとる食事には、人を明るくする力があるのだろうか。
皆が俺をはげましてくれた。そうなると、もうやるしかない。
この踊りだって将来、何かの役に立つかもしれない。いや、それはないか。
食事が終わると、ヴィクトリアちゃんは火が消えたように寝てしまった。
燃え盛る闘志を持っていても、やはり五歳の女の子である。
ここで無理をさせすぎて明日使いものにならなくなるよりもましだ。
セレシアも寝てしまった。
お前は寝るな。一八歳だろ。まったくもうちょっと体力をつけろよな。
しょうがないので、一人で踊りの特訓をする。
踊りのタイミングは学べないが、振り付けの復習くらいはできる。
深夜になっていた。
今夜は特に星がきれいだ。
すでに村は寝静まっている。
ところどころに見張りのたき火が輝いている。襲ってくるモンスターに対処するため。
とはいえ、この村にきてからモンスターの襲撃は少ない。
そういう意味ではカストロはよい場所に村を開拓したといえる。俺とセレシアだけでも今の規模を維持するならば、村は守れそうだ。
「まだ特訓していたのか。やりすぎは逆効果だよ」
カストロが手にたいまつを持って近づいてきた。
「大丈夫です。冒険者ですから」
モンスターと戦うのに比べたら、一晩踊りの特訓に費やすぐらい問題はない。
体力だけには自信がある。
「はっはっはっ。そうだったね」
カストロは俺の前から去ろうとはしない。
まだ何か言いたいことがあるらしい。
「王都では学者としてすごく忙しくて、全然ヴィクトリアにかまってやれなかった。だからスローライフを目指して辺境に来たんだが、上手くいかないことばかり」
カストロは夜空を見上げた。愚痴を言いたいらしい。
のんびりしているようで、カストロはカストロなりに思うところがあるのだ。
「君からみれば、さぞや頼りない村長だとみえるのだろう」
「この村は絶対に上手くいきますよ。いやいかせます。今は忙しいですが、軌道に乗ればスローライフも可能でしょう」
こっちも人生がかかっているのだ。
上手くいかなくては困る。その上でスローライフをやるのは自由である。
俺の成り上がりとスローライフ。目的は違えど、両立は可能だ。
「まずは明日、踊りを成功させましょう。全てはそれからです」
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