第十三話 辺境の猟師
この村は元学者とその家族がほとんどを占めている。
それでも全員が全員、ひ弱なわけではない。
数は少ないものの、自然の中で仕事をしてきた人間もいることはいる。
今日はその中の一人、猟師のガストンと森にきていた。
正確な年齢は聞いていないが、初老の無口な男である。おしゃべりな人間が多い村では、あらゆる意味で異質だ。
ここ数日で狩った獲物の量からして、猟師としての腕は素晴らしいものがある。
「すまんな。わざわざ来てもらって」
先を進むガストンが背中越しに声をかけてきた。
低く、かすれている。渋いという表現がよく似合う。
「いえ、森の奥を探索するのに冒険者は必要でしょう」
村の近くには強いモンスターがいないことを確認している。
しかし森の奥は違う。確認は終わっていない。不用意に踏み込むと取り返しのつかない事態になる可能性がある。
ガストンは時々、森に仕掛けられた罠をチェックしている。
獣用の罠。誤って人間がかからないような工夫もある。
こういった技術は冒険者には存在しないものだ。猟師にしかない技術であろう。あるいは猟師のスキルを使っているのかもしれない。
ガストンの職業は「猟師」である。神から与えられた職業にそのまま就いている。だからこそ、腕が人並みはずれているのだ。
「ゆーちゅーばー」という変な職業を与えられた俺からすれば、とてもうらやましい。
「どうでしょう? 罠のかけ方を村の住民に教えてくれませんか? 狩りは無理でも罠をしかけるのは、素人でもできるかもしれません」
「ふん。いいだろう」
最低限の言葉でガストンは承諾した。
やはり無口な男である。まるで自然と一体化しているような安心感がある。
なぜか村の住人はなんでもかんでも俺を頼りにしてくるが、いくらなんでも期待しすぎである。
本来は俺ではなくガストンのような人間に教えをこうべきなのだ。食糧調達のプロなのだから。
俺だけではモンスターから村を守りながら、約千人に知識を教えるなど荷が重すぎる。
ふと、聞いてみたくなった。
どうしてガストンは辺境に来たのだろうかと。
これほどの腕ならばどこへ行っても歓迎されるだろう。
スローライフがしたいわけでもなさそうだ。猟師にはギルドもなく、強制的に移住されられたわけでもない。
ガストンには家族もいないらしい。たった一人で辺境にきている。
「ガストンさん。あなたはなぜ辺境へ?」
「……。どうしても言わなければならならんのか?」
「いえ、言いたくないのなら構いませんが」
なにか特別な事情があるのだろう。俺には踏み込む権利などない。
いかんな。いつの間にかセレシアの無神経が移ってしまったのか。
「あんたは若いのに、よくやっているよ」
そう言って、ガストンはさっさと先に進んでいく。
歩いているはずなのに音がしない。これもまた見事な技術であった。
森の中をさらに進んでいく。だんだんと蒸し暑くなってくる。
この辺りの木は王都のものよりも背が高い。俺でさえ名前も知らない植物もある。
人の手が入っていないため、道もなく非常に歩きにくい。
突然、ガストンの足が止まった。
ある方向をじっと見つめている。
俺も周囲を見渡すが、木々にさえぎられて視界が悪い。
異常は感じられない。
「ガストンさん。なにか……」
「しっ」
ガストンが唇に指を当て、静かにしろとのしぐさを送ってきた。
背負っていた弓を取り出し、間髪入れずに矢を放つ。
矢が放たれた方向から、獣の鳴き声が聞こえた。
二人で歩み寄ると、一匹のうさぎが矢に貫かれていた。
見事であった。弓の腕前では「狩人」にかなう職業は、数えるほどしかない。
ガストンが小さく笑う。
「気配を感じる能力は冒険者よりも「狩人」の方が上らしいな」
少しだけムッとする。
確かに獣の気配を感じられなかったのは事実。
ガストンが熟練の狩人であることも認める。
それでも。
「俺は冒険者なりたてなのです。Sランク冒険者ならば、気配を感じられたでしょう」
実際に会ったことはないが、Sランク以上の冒険者は人間を超えていると噂されている。
俺も経験を重ねていずれはSランク冒険者になるつもりだ。
この村にいる内に、気配を感じる能力も磨かねば。本当は住民にきのこの食べ方を教えている場合ではない。
「少し大人なげなかったかな。「狩人」スキルを使ったのは、反則であった」
使い古された弓をみせる。
「この弓が百発百中なのもスキルがあってこそ。それがなければただの老いぼれにすぎぬ」
ガストンは俺をなぐさめようとしてくれている。
腹が立つ気持ちが一転して、情けない気分に変わる。
Sランク冒険者がいくら強くとも、俺自身が強いわけではないのである。
その時。
森の奥に視線が吸い寄せられた。
確たる気配を感じたわけではない。
勘。
モンスターがいるような気が。
「ん? どうした?」
熟練の狩人であるガストンも感じ取れなかったらしい。
森の奥の気配が大きくなる。ガサガサと音がしてくる。
ここまでくれば誰でも気配に気づける。
一匹の獣が姿をあらわす。
いや獣ではない、モンスターだ。
姿は先ほどのうさぎと似ているが、三倍くらいの大きさ。
ひたいの真ん中に大きな角が生えている。
ラージラビットと呼ばれるモンスターだ。
ガストンが納得したようにうなずく。
「なるほど。獣は狩人、モンスターは冒険者というわけだな。では、お手並み拝見といこうか」
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