第十二話 食べられるものと食べられないもの
「いやぁ。この村はひ弱な人間ばかりだねぇ」
「お前が言うな」
何言ってやがる。
この村で一番貧弱なのは、セレシアに他ならない。
たった半日の労働で、数日も寝込むとは何事だ。それも柵を作るという、さして重くもない労働で。
その一方で、住民がひ弱なのもまた事実であった。
なんとか屋根のある建物を作り終わったものの、全員が使いものにならなくなってしまった。
数は最低限で、作りも荒すぎる。これでは家として一時しのぎにしかならない。
これで本当に大丈夫なのか……。他にもやらなければならないことは、いくらでもあるのに。
やはり学者には肉体労働は向いていないということを再確認させられる。
かといって、頭脳労働の出番は一通りの生活ができてからだ。
そうなると、必然的に俺に仕事が回ってくる。
肉体労働は得意ではある。
冒険者の仕事とはかけ離れたものではあるが。
やれやれだ。
「まあまあ。生きていればいいことあるよ」
ちくしょう。セレシアの奴。
他人事だと思って、適当な言葉を吐きやがって。
この村での数日間は、王都の生活に慣れきった人間にとって苦しいもの。
それなのに、セレシアも他の住民も表情は明るい。
よほど辺境での生活が気に入ったのだろうか。
「アランもさ。スローライフの良さに気付く日がくるよ」
「まだスローライフのスの字もはじまってないぞ」
しばらくの間は肉体労働が続きそうだ。
まだまだ普通の生活には遠い。いつまでも野宿のようなことをしているわけにもいくまい。
まったくもって、やれやれだ。
さて、今日の仕事である。
目の前には果物や野菜などが山盛りに積まれている。
この分別が今日の仕事だ。
「アラン君! これ食べられる!?」
「この本では食べられるって書いてあるけど」
「それ百年前の本じゃないの」
周囲を取り囲んでいるのは、学者たちの妻や娘。この村に住む女性たちが集まっていた。
男たちは激しく議論を戦わせていたが、女性たちはわいわいと楽しそうにしゃべっている。
さすがに学者の妻だけあって、女性たちも知的な人間が多い。
というか、この村の知的水準は非常に高い。その分、肉体的にはひ弱なのだが。
この国では文字を読める人の割合は半分程度。辺境に行くほど、読める割合は下がる
ほぼ全員が文字を読めるこの村は異常である。
なにせ辺境に持ってきた荷物の三分の一が書物なのだ。
信じられん。辺境で暮らすうえで、もっとも必要ないものだと思うのだが。
村の周囲には広大な森が広がっている。
自然が豊かで、食べられる植物も多い。あまり遠くにいくとモンスターに襲われる危険性もあるが、村の近くでも十分な量が収穫できる。
俺たちが屋根のある建物を作っている間、彼女たちは植物の収穫をしていたようだ。
しばらくは手持ちの食料があるからいいが、いつかは自給自足しなければならない。その最初の第一歩である。
渡された果物を観察する。
片手で持てるほどの大きさで、鮮やかな赤い色をしている。一見、食べられそうではある。
しかし。
「ダメですね。これは食べたら死にますよ」
「え!? この本には食べられるって……」
「それは色も形も似ていますが違う果物。冒険者の間では有名ですよ」
冒険者にとって、モンスターの知識こそがもっとも大切ではある。
それでもモンスターにくわしいだけでは失格だ。冒険者は森や荒野、自然の中ですごす。そのために自然の知識も必要となるのだ。
冒険者としての強さとは、単に戦闘の強さだけではない。
「どれどれ」
セレシアも果物をのぞき込む。
周囲の女性たちが一歩後ろに下がる。セレシアは村の中で浮いているのだ。
ゴブリンなんか食うからだ。引かれるに決まっている。
だが、セレシアの方はまるで気にしていない。
極めて精神力が強いか、無神経な女である。
「お前の「偏食家」は毒も食べられるのか?」
「もちろん食べられるさ」
俺から果物を奪い取るとかじり付く。もぐもぐと口を動かす。
果物から赤い汁がしたたる。それだけみると、すごく美味そうだ。
「うむ。確かに毒の味がするね。これは私以外の人間には食べられないな」
「毒に味があるのか」
「フフッ。面白いことに、致命的な毒ほど美味しく感じる。世界は不思議に満ちているね」
それが本当なら、「偏食家」は毒見役として使えるかもしれない。
もっとも毒を見分けるスキルなど、いくらでもあるが。
その時、気がついた。
周囲の女性たちが全員セレシアに注目している。
俺は慌てて叫んだ。
「皆さん! 決してセレシアを真似しないように!!」
周囲の女性たちから笑い声が上がった。
笑いごとじゃないぞ。本当に。
学生のころに毒のある植物を間違って食べたことがあるが、その苦しさといったら。
植物の山を食べられるものと食べられないものとに、仕分けていく。
毒のある植物の特徴を皆に教える。皆は熱心に聞いてくれる。
ただし、尊敬の目で俺をみるのはやめて欲しい。
こんなの全然大したことはない。むしろ自然に接して生きる人間なら、誰でも知っている。
ずっと王都でしか暮らしていなかったから知らないだけだ。
こんなの全然大したことではない。
尊敬の目でみるなら、冒険者として成り上がってからにしてくれ。
あと、セレシア。少しは手伝え。
嬉しそうに毒のある植物を食べている場合じゃないぞ。
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