第十話 何もない場所へようこそ
ゴブリンの襲撃から一か月後。
ようやく目的地へと到着した。森の中である。
最後の方は道さえなく、馬車を通すのにも苦労するほどであった。
高い木々が周囲を取り囲んでいる。
開けた場所。地面には草が生い茂っている。
近くには川もある。
それ他には何もない。
自然そのまま。
ピクニックに行くなら素晴らしい場所だ。だが俺たちは今日からここで生活しなければならない。
まさに辺境だ。
一番近くの村へと行くのに二日間もかかるのだから。
「いやぁ、何というか。自由だね」
セレシアがのん気に感想を口に出す。
「どこが自由なんだよ」
そりゃセレシアは王族の娘で、ずっと不自由に生きてきた。ここまで来れば、よほどのことがない限り干渉されることはない。
村長になる予定のカストロだってそうだ。学者としての生活が嫌で辺境にきたのである。自由を得たといってもいい。
お前らはそれで満足なのだろう。
俺は違う。自由など興味はない。
冒険者として成り上がるために、ここに来たのだ。
それなのにそもそも冒険者ギルドさえないのだ。
これでは成り上がりようがない。はぁ。
冒険者のランクとはギルドに認定されるもの。
ギルドがなければどれだけ強いモンスターを倒そうがランクが上がらない。
ここまでギルドに冷遇されるとは。
もっとも先にゼロから村を作ると知っていても、行かないという選択肢はなかった。
この話を断れば、冒険者をやめるしかなかった。
闇で冒険者をやっている連中もいるらしいが、かぎりなく黒に近いグレーだ。
「フフッ。私には君と一緒にいる自由がある。君と一緒にいるだけで幸せなのだよ」
セレシアは俺が王都で買ってやった髪飾りをつけている。
辺境に出発して以来、毎日。ずっとだ。
大した髪飾りじゃない。安物。それなのに。
今までの人生を比べれば、セレシアの方が苦しい思いをしてきただろう。
俺はパーティーを追放される前まで普通の生活をしていたのだから。
変な奴ではあるが、その前向きな姿勢は見習うべきなのかもしれない。
ものすごく、変な奴だが。
「自由うんぬんは、まずはちゃんと生活できてからだ。今すぐにでもモンスターが襲ってくる可能性もある」
俺も何一つ用意してこなかったわけではない。
この辺りのモンスターの強さは王都から出る前に調べてある。冒険者学園にはそういったデータが集まっている。
それによると、この辺りのモンスターは強くはない。
冒険者になりたての俺でも対処できる可能性は高い。とはいえ今は何の備えもない状態だ。油断はできない。可能性はあくまで可能性でしかない。
モンスターからこの村を守るのが俺の仕事だ。
「よし。まだ日は高い。この集落の周りに柵でも作るか」
気休めだが無策よりはましだ。
知能がないモンスターは柵を倒さなければ、侵入できない。
住人がモンスターの侵入に気付く助けになるだろう。
知能のあるモンスターが襲ってきたら?
その時はなるようになるしかない。
だいたい知能のあるモンスターなどめったにいない。
もし数が多ければ、辺境でスローライフなどやろうとすることさえ思いつかない。
「えー。今日の寝床もないのに?」
一応この場所が俺たちの家らしいが、草原が広がるばかりである。
貴族が住むような豪邸を建てられそうな広さだけはある。
そんな日が来るとも思えないが。
「勘違いするな。今夜は徹夜で警備だ」
「うぇぇ!?」
「今夜が最もモンスターに襲われる確率が高い。冒険者学園で習ったはずだろ」
逆言えば、今夜さえ乗り切ればモンスターの危険性はかなり減る。
冒険者にとっての正念場は今夜に他ならない。
セレシアの方は一気に元気がなくなってしまった。
恨みがましい目で俺をみている。
セレシアよ。
冒険者は甘くないぞ。
皆の命がかかっているのだ。
全ての作業が終わり、深夜になっていた。
大雑把だが周囲を取り囲む柵を作り上げた。なかなかの重労働であった。
村全体を見渡せる位置に陣取っている。訓練のおかげで、スキルなしでもある程度は夜でも視界がきく。
セレシアは足元ですでに寝ている。
まあ、この女にしては頑張った方かな。
周囲は真っ暗。
火を付けるとモンスターの標的になってしまう。
野宿をする際の最低限の知恵だ。
火を怖がらない。
それもまたモンスターとの違いである。
しかし、スローライフか。
カストロたちはスローライフをするために、わざわざここまでやって来た。
本当にできるのだろうか? いや、失敗してもらっては俺も困るのだが。
この辺境で生きるには様々な知識と力が必要だろう。
俺が持っているのは、多少の戦闘能力とモンスターの知識くらい。
あとは「ゆーちゅーばー」で小銭稼ぎくらいか。
政治や金稼ぎにはくわしくない。
セレシアはむしろそちらの分野で役に立つかもしれない。
変人だが、知識は豊富だ。
ふと、空を見上げた。
満点の夜空がどこまでも広がっている。
夜空を見上げたことなど、数えきれないほどある。
王都でも辺境にくるまでの道筋でも。
だが、なぜか今目の前にある夜空が一番美しくみえた。
この夜空をみるために、辺境まで来たと思わせるほどに。
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