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はるかな物語外伝 「幸せな時」  作者: 東久保 亜鈴
8/8

第8話 幸せな時(二)

春彦が生まれて一週間後、心身ともに問題なく、また舞の身体も順調だったので予定通り退院することが出来た。


赤ん坊の名前は、生まれる数カ月前から春繁と舞が考えた『春彦』と命名された。


退院後、舞は身体を休めるために1か月ほど、舞の実家の南雲家に里帰りすることになっていた。


舞が春彦を連れて、実家に戻ると、悠美が片時も春彦から離れようとしなかった。


「ねえ、春ちゃん、抱っこしていい?」


「いいけど、まだ、首が座っていないから、腕枕の様に頭を乗せて、抱っこしてね。」


「え?

 首が座っていないって?」


「うん、生まれたばかりの時って、まだ、自分で頭を支えられないのよ。」


「ふーん、そうなんだ。

 じゃあ、気を付けて、そーっとするね。」


「うん」


そういいながら、悠美は恐る恐る春彦を抱き上げた。


悠美の腕の中で、春彦は小さなあくびをして、眠っている。


「あら、春彦ったら、いい気持そうに寝ていること。

 悠美の腕の中が気に入ったのかしら。」


「ほんとう?

 そうだよね、ぜったい。」


悠美は、舞の一言に目を輝かせて答えた。


自分の腕の中で春彦が気持ちよさそうに寝ているなんて、なんて素敵なことなんだろうと悠美はつくづく感じていた。


これが、悠美と春彦の出会いだった。


春彦は健康的な赤ん坊で、母乳を飲んだ後、追加で哺乳瓶からミルクを追加で飲んでいた。


その哺乳瓶でミルクを飲ませるのも、悠美はやりたがり、最初は、たどたどしかったが、だんだんと慣れて、上手にできるようになっていた。


おかげで、舞は、随分と楽が出来て、身体を休めるのに専念できた。


何せ、毎日、朝起きるとすぐに悠美は春彦のところに来て、春彦をあやしたり、ミルクを飲ませる手伝いをしたりして、また、学校から帰ると、すぐに春彦にべったりだった。


春繁も頻繁に南雲家にやって来て、半分くらいは泊まって、そこから出勤していた。


「ねえ、今日、悠美ったらとんでもないことしようとしたのよ。」


舞は笑いをこらえながら春繁に話しかけた。


「え?

 なに?

 どうしたの?」


「それがね、自分も春彦におっぱい飲ませるって、真剣な顔して言ってきたのよ。」


「ええー?!

 それは、それは、なんて言ったら良いのかな。」


「うん。

 大人になって子供が出来ないとおっぱいでないのよって言ったら、すごくがっかりして、しょげ返っていたの。」


舞は、その時の悠美の態度を思い出し、笑いながら言った。


「でも、悠美がそんなに春彦のことを気に入ってくれたって、なんか嬉しいな。」


春繁は、しみじみと思った。


「そうなのよ、学校以外、一日中、春彦にべったり。

 春彦の傍で宿題をしたりして、春彦が目を覚ますと、すっとんで春彦の傍に行ってあやすのよ。

 私の方は、それで、ずいぶん楽が出来てるの」


「そっか、

 なんかちっさいお母さんていうところかな。」


「そうよ。

 だって、小学生なのに、春彦を抱っこしてあやすだけじゃなく、ミルクを飲ませたり、オムツまで取り替えてくれるのよ。」


「そうなんだ、でも、女の子ってみんなそうなの?」


「いいえ、悠美は特別ね。

 なんて言っても、小学2年生には普通出来ないわよ。

 ともかく、『春彦命!』って感じ。

 春彦も私より悠美の方がいいみたい。

 ちょっと、嫉妬しちゃうわ。」


「おやおや、まだ春彦は赤ん坊だろう?

 好き嫌いあるのかなぁ。」


春繁は、そういいながら笑って、春彦を抱いて座っている舞を、春彦ごと抱きしめた。


春繁の声にか、また、春繁に抱きし寝られてか、舞の腕ですやすや寝ていた春彦が、伸びをして目を開けた。


「ありゃ、起こしちゃったかな。

 ただいま、春彦。」


春繁が、そう春彦に話しかけると、かすかだが、春彦が笑ったように見えた。


「あら、この子、今、繁さん見て笑ったかしら。」


「じゃあ、僕も春彦の好きリストに入ったかな。」


「当然でしょ。」


舞は、笑いながら言った。


「はやく大きくなって、キャッチボールや虫取りとかしたいな。」


春繁は、春彦の小さな指を触りながら優しく言った。


「気が早いわね。

 でも、虫は、嫌かな。」


舞は、そう答えて、春繁と笑いあった



「もう、いっちゃうの?

 ぶう。」


悠美は、精一杯の抗議を込めて言った。


舞が春彦を連れて南雲家に里帰りして1カ月ほど経ち、自分たちの家に帰る日がやってきた。


悠美は、もっといたらとか、このままずっといたらと言って、駄々を捏ね、周りを困らせていた。


しかし、春繁に春彦の家はここではなく春繁と舞の住んでいるアパートだということ、3人家族で暮らしたいということ、あと、悠美は家族みたいなものだからいつでも来ていいと約束していた。


「じゃあ、悠美、いつでもおいで。

 春彦も舞もいつでも待っているからね。」


春繁が舞たちの荷物をタクシーに詰め込み、別れの挨拶をした。


「うん。」


悠美は、目に涙をいっぱい貯めながら頷くと、春彦を抱いている舞の傍に近寄り、春彦の頭を優しく撫でた。


「じゃあね、はるちゃん。

 すぐに会いに行くからね。」


「待ってるからね。」


舞が春彦の代わりというばかりに言うと、悠美は、涙をこぼしながら笑顔を作ってうなずいた。


そして、タクシーが動き出すと、タクシーが見えなくなるまで手を振っていた。


「さて、悠美には悪いけど、これで親子3人水入らずの生活の始まりだな。」


「そうよ、でも、今までは悠美がいろいろと手伝ってくれて、本当に助かったんだから。

 だから、私とあなただけじゃ、まだ、気持的に心配だわ。」


タクシーの中で、舞は少し不安げに言った。


「大丈夫だよ。

 なるべく、いや、絶対に早く帰って、舞の手助け、春彦の育児をやるから。」


春繁は、自信満々に言った。


「まあ、話し半分としても、期待してますからね。

 パパ。」


最期は、少しからかうように舞は笑った。


「おう、まかせとけ。

 なあ、春彦。」


春繁は、愛しそうに我が子を覗き込んだ。


春彦は、そういう会話など関係ないようにスヤスヤと寝ていた。


「この子は、一度寝ると、滅多なことでは起きないの。

 その点、手が掛からないのかしら。」


「俺に似て、肝っ玉が太いのかな。」


「へー。」


舞はからかうように、笑って答えた。


春彦が生まれてから、数カ月たったある日、舞のもとに、おめでたいニュースが飛び込んできた。


舞の友人の茂子が女の子を出産したという知らせだった。


茂子は、公務員の菅井一樹と1年前に結婚し、順調に愛をはぐくみ、子宝に恵まれた。


茂子の結婚式には、幼馴染の舞が出席し、それ以降、お互い年齢も近いせいか、家族ぐるみで、面白いくらい仲良く交流があった。


「へえ、茂子ちゃん、やったね。

 一樹さん、大喜びだろうね。」


「そうみたいよ。

 茂子、出産は結構たいへんだったみたいだけど、本人も赤ちゃんも元気だって。」


「うんうん、それは良かった。」


春繁は自分のことの様に笑顔でうなずいていた。


「で、名前は、もう決まっているのかな?」


「うん、佳奈ちゃんだって。

 女の子と分かった時から、ずっと、二人で考えていたみたいよ。」


舞は、可笑しそうに笑いながら言った。


「佳奈ちゃんか、可愛い名前だな。

 きっと、可愛い女の子になるなぁ。」


「なに、鼻の下伸ばしてるのよ。」


舞が苦笑いしながら言った。


春繁は、抱き上げあやしながら春彦の顔を覗き込んだ。


「いや、春彦と幼馴染で、仲良くしてくれるかなって思っただけだよ。」


「まあ、佳奈ちゃん次第ね。」


そんな二人の話を聞いてか、春彦は春繁の腕の中で、大きく伸びをしていた。




春彦は順調に育っていった。


10か月位になると、しっかりとお座りが出来、一人遊びも活発になっていた。


悠美が遊びに来ると、はちきれんばかりの笑顔で悠美を見ながら、悠美の顔を両手でぺちぺち触って、また、きゃっきゃとはしゃいでいた。


悠美は、そんな春彦に心底めろめろな状態で、いつも目いっぱいの笑顔で、春彦の好きなようにさせていた。


この日も、悠美はいつものように“抱きつき”遊びをしていた。


“抱きつき”遊びとは、悠美が春彦に抱きついて、くすぐったり春彦を触りまくる悠美の考えた遊びだった。


春彦はまだ、何が何だかわからないが、ともかく構ってもらえるのでニコニコしながらはしゃいでいた。


「はるちゃん、捕まえたー。」


いつものように春彦を抱きしめ、春彦を喜ばせる遊びをしていたが、何を思ったか、春彦をいきなり抱き上げて、舞のところに小走に近寄ってきた。


「?

 どうしたの?

 オムツかな?」


舞は、そう聞くと、悠美は顔を横に振り、そして、精一杯の笑顔で舞に言った。


「舞ちゃん、お願いがあるの。」


「ん?

 なに?」


「あのね~、あのね~。」


珍しくもじもじする悠美に舞は笑いながら続けた。


「だから、なによ。」


悠美は意を決した様に、精一杯の笑顔で言った。


「あのね、春ちゃんを私の弟にしていい?」


「え?」


思いもよらない悠美の願いに舞は面食らった。


それを知ってか知らずか、悠美は話を続けた。

「ねえ、いいでしょ。

 私、春ちゃんみたいな弟、ほしかったの。」


「そうなの、まあ、いいけど。」


「本当?

 やったー、春ちゃん、ゲッチュー!

 今日から私の弟だからね。」


悠美は喜びいっぱい、春彦に頬ずりをしていた。


春彦は何が何だかわからなかったが、悠美のはち切れそうな笑顔を見て、嬉しそうに笑い、また、両方の手で悠美の顔を触りまくっていた。


「でも、いつも、弟みたいに可愛がってくれてるじゃない?

 なんで、いきなり?」


「えへへ、いいでしょ。

 気持、気持の問題よ。」


悠美は、嬉しさで崩れっぱなしの顔を、春彦の好きなように触らせていた。


「まあ、そうなの。」


舞は、少し不思議に思えたが、女の子だし、この年頃はいろいろなことを考えるんだろうとぼんやりと考えていた。


そして、悠美と春彦にとっては、素敵な良いことの様に思えてきていた。


「ねえ、悠美。

 今日、泊まっていくんでしょ?

 夕飯、何がいい?」


「え?

 泊まっていっていいの?

 先週も、お泊りしたばかりなのに。」


「ふーん、そういう割には、しっかり、お泊りセット持ってきていない?」


「あっ、ばれた。」


悠美は、照れ臭そうに言った。


「でも、春ちゃんの面倒やお手伝いするからね。」


「そうね、悠美が手伝ってくれると、本当に助かるのよ。

 じゃあ、お願いします。」


「はーい。」


悠美は、嬉しそうに答えた。


春彦も、悠美の腕の中で、にこにこしていた。


そんな二人を見て、舞も、日ごろの家事、育児の疲れが和らいでいく気がしていた。


夕方、春繁が仕事から帰って来る。


「繁おじちゃん、お帰りー。」


悠美の元気な声に迎えられて、春繁は仕事の疲れが飛んだように笑顔になった。


「おう、悠美。

 また、来たな。

 待ってたよ。」


春繁の「待ってたよ」という何気ない一言が、悠美には、すごく嬉しい言葉だった。


「えへへへ。

 ねえ、今日、泊って行っていい?」


「え?

 そのつもりで来たんじゃないのか?

 いつでも、大歓迎さ。」


いつものことだが、春繁にそう言われと、いつも、悠美は舞い上がっていた。


「さあ、お父さん。

 帰って来たばかりで悪いけど、春彦をお風呂に入れてくれるかな?」


舞が、そんなやり取りを聞き、笑いながら、割り込んできた。


「ああ、もちろん。

 春君、ただいまー。」


春繁は、そういうと春彦の頬にチュッとキスをした。


春彦は、きゃっきゃと喜んで、春繁の顔を手でぺしぺしと叩いた。


「あー、私は?」


舞が、不機嫌そうな口調で言いながら近づいてきた。


「おっと、当然、僕の大事な奥様。

 ただいま。」


そう言いながら、春繁は、舞の頬にもチュッとキスをした。


「うむ、よろしい。」


舞は、ご機嫌になって、また、台所に戻っていった。


「悠美、台所の手伝いはいいから、春彦のお風呂、手伝ってあげて。」


「はーい。

 じゃあ、春君、繁おじちゃんと3人で、一緒にお風呂に入ろう。」


「ええ?

 ちょっと待って。

 悠美も一緒に入るつもりか?」


「うん、なんで?」


「悠美は、もうすぐ、小学校3年だろう?」


「うん、それがどうしたの?」


焦りまくる春繁を後目に、悠美は、いけしゃあしゃあと答えた。


「さすがに、3年生にもなろうとしているレディとお風呂は…、ね。

 そうだ、お父さんとは、一緒に入っているの?」


「うーん」


悠美はすこし考えてから答えた。


「お父さんとは、うんと小さい頃に入ったと思うけど、記憶にないなぁ。」


「え?」


思わず春繁は絶句した。


(僕とは、ついこの間まで一緒に入っていたから、お父さんとも入っていると思ったのに)


「こらこら、悠美、繁さんを困らせちゃだめよ」


そんなこんなの二人の話を聞き、笑いながら舞が助けに割って入ってきた。


「えー、何でだめなの?」


「だって、悠美、小学生になって幼児から少女に一歩大人への階段を上がったのよ。

 しかも小学3年生になるんでしょ?

 繁さん、恥かしくて、一緒に入れないわよ。」


「えー、そうなの?」


そういうと、悠美はまじまじと、狼狽している春繁を見た。


「ちぇ、つまんないな。

 でも、裸じゃなければいいんでしょ?

 洋服着てたり、水着を着ていれば。」


あくまでも食い下がる悠美に、舞は降参した様に言った。


「そうね、それならば…。」


「おーい。」


春繁は遠吠えのような声を出した。


その日のお風呂は、まず、春繁が入って、身体をきれいに洗い、春彦の沐浴の用意をし、準備を整えていた。


次に、悠美が、濡れてもいいように家に置いてあった小さめの服に着替え、裸の春彦を抱きかかえながら、お風呂に入ってきた。


春繁は、手慣れたように、春彦を受け取ると、お湯が入っているベビーバスに春彦を入れて、そっと、ベビーソープで頭から足までまんべんなくきれいに洗った。


春彦は、くすぐったいのか、神妙な顔をしてじっとしていた。


そして、春繁はシャボンを流した後、大きな湯船に春彦を抱きながらそっと一緒につかった。


湯舟につかると、春彦は気持ちがよくなったのか、ニコニコ笑いながら、手足をばたつかせていた。


悠美は、そのやり取りをじーっと見ていた。


春彦を湯船で遊ばせながら、春繁は悠美に話しかけた。


「ん?

 どうしたの?

 じーっと見ているけど…」


「うん、春君のお風呂の入れ方を覚えていたの。

 今度、私が入れられるようにって。」


「え?」


春繁は、思わず苦笑した。


(この子って、まったく、どこまで母性が強いんだろう)


その後、湯舟につかって遊んでいる春彦に悠美もちょっかいだしながら、一緒に遊んでいた。


そのお風呂の実践は、そう遠くなかった。


春繁のやり方を見た悠美は、数週間後、舞に春彦をお風呂に入れたいとせがんだ。


舞は、根負けし、自分が見ているところでならいいと返事をし、一緒にお風呂に入った。


悠美は、それは慎重に、春繁の通りに春彦を洗って、洗い終わると一緒に湯船につかり、楽しそうに遊んでいた。


春彦も、悠美に世話されても怖がることなく、安心し切っていたので、舞も舌を巻くほどだった。


その夜、悠美と春彦が寄りそってぐっすり寝ている姿を見ながら、舞は、感心しながらそのお風呂のことを春繁に報告していた。


悠美からは、興奮した様に春彦をお風呂に入れたと聞いていたが、まさか、自分と同じように春彦のお風呂の面倒を見たことに、驚きを隠せなかった。


「なあ、小学3年生だろ?

 そんな小さい時から、そんなこと、普通にできるの?」


舞はかぶりを振りながら答えた。


「無理よ。

 抱き上げて、あやすのだって、ふらふらものよ。

 それなのに、この子ったら、どこに力を秘めているのか、私が見てても安心できるほどしっかり春彦を抱き上げ、世話するのよ。」


「そうだよな。

 春彦だって、軽くないもんな。」


「余程、春彦のことが可愛くて仕方ないのね。」


「まったく。」


「でもね。

 私、かえって怖くなるの。」


「え?

 何が?」


舞の意外な一言に春繁は怪訝そうな顔をする。


「悠美のことなんだけど、この娘、なんだか普通の人間ではないみたいに思えるの。」


「…」


「笑わないでね。

 あまりに良い娘過ぎて、何だかおとぎ話にある『かぐや姫』みたいに思えるの。」


「へぇー、素敵じゃないか。」


「だって、あまりに聞き分けがよくて、可愛くて、頭も良くて、性格もああでしょ。

 それに、あの瞳。

 あの瞳で見つめられて、話をすると、なんだか小学生の子供と話をしているということを忘れてしまうことがたまにあるの。」


舞の顔は真面目だった。


「SFでいう、異能の持主って言うことかな?

 そうなら尚更、将来が楽しみじゃないか。

 大きくなったら大企業の社長だとか、世界を股に掛ける冒険家、総理大臣。

 どちらかというと、ナイチンゲールかな。」


「繁さん、知っている?

 『かぐや姫』は、年頃の女性になると、月に帰ってしまうのよ。

 この子は、なんだか…」


「舞。

 大丈夫だよ。

 悠美には、春彦がいるから。

 こんないい子が…」


春繁は、ふと大学の哲学の講義で教授が言ったことを思い出した。


『この世界は、人にとって修業の場。

 前世で行った罪を償う場。

 神は、前世での罪の少ない人間から、天界に戻す』


(もし、悠美が前世で完ぺきな善人だとしたら、早く天に召されると言うことか?

 いや、そんなことはない)


春繁は自分の頭に浮かんだ不吉なことを拭い去るように、頭を振った。


「繁さん?」


舞は不安そうな視線を感じ、春繁は精一杯笑顔を見せる。


「大丈夫だよ。

 これからも、ずっと春彦の傍に居てくれるさ。

 心配するな。

 それより子供が増えたら、悠美はきっと保育園の先生みたいに面倒見てくれるだろうな。」


「まっ!

 繁さんたら気が早い。

 もう、二人目のこと言っているの?」


「そうだよ。

 二人でも、三人でも、多い方が良いな。

 いい保母さんを見つけたから。」


「さ、三人?!

 でも、そうね。

 楽しそうね。

 私、頑張る!」


「そうこなくっちゃ!!」


舞と春繁は、悠美と春彦の二人の天真爛漫な寝顔を見ながら、目くばせし、笑いあった。





間もなくして、春彦は1歳の誕生日を迎えた。


その誕生日の当日、たまたま土曜日だったのをいいことに、悠美はお誕生会と称して、いつものようにお泊りセットと何やら大きな紙袋をもって立花家にやってきた。


そこには、先客として立花の両親がお祝いに訪れていた。


「こんにちは、おじゃまします。」


「あら、南雲さんのところの悠美ちゃん?」


悠美の声に春繁の母のキクが声を掛けた。


「はい、南雲悠美です。」


「まあ。

 少し見ないうちに、すっかりお姉さんになっちゃって。」


驚くキクを見て悠美は、にこやかに笑顔で応えた。


「この子は、春彦の面倒をよく見てくれるんですよ。

 この前なんか、春彦をお風呂に入れてくれたりして、とても、助かっているんですよ。」


舞は笑いながら紹介した。


舞の「お風呂に入れた」という一言にキクは更に驚いた顔をした。


「そうなの。

 悠美ちゃんは、おいくつ?

 小学生かな?」


「はい、小学3年です。」


「へぇー、3年生で春君をお風呂にいれたの。」


「それはすごいな。

 大したもんだ。」


横から春吉が感心した様に声を掛けた。


「えへへ。」


悠美は、照れ臭そうにうつむいていた。


その悠美に話しかけてくる声が聞えた。


「…

 ゆー…

 ゆー。」


悠美は声のする方に向くと、お座りしてにこにこしながら悠美を見て何かを言っている春彦がいた。


「え?

 春ちゃん、いま何て言ったの?」


悠美が驚いて春彦に問いかけた。


「ゆー…

 ゆーみ。」


確かに春彦は悠美の名前を呼んでいた。


「まあ、この子ったら、最初の一声が母親じゃなく、悠美なんて。」


舞は、笑っていた。


「え?

 春ちゃん、本当に私のこと呼んだの?」


悠美は疑心暗鬼でもう一度聞き直した。


「ゆーみ、ゆーみ。」


春彦は何度もにこにこ笑いながら悠美の名前を呼んでいた。


「春ちゃん、大好き。」


悠美は喜びを爆発させて春彦を抱きしめ、何度も何度も頬ずりをした。


「まあ、いいところを悠美ちゃんにとられちゃったわね。」


キクが笑いながら、舞に気遣って話しかけた。


「相手が悠美じゃ、勝てないもの。

 それに、これだけ世話してくれているんだから仕方ないわよ。」


舞は、まったく気にしていないという素振りを見せていたが、すこし残念そうだった。


「まー、まーま。」


春彦は、今度は舞の方に向かって話しかけた。


「舞ちゃん、春ちゃんが呼んでる。」


悠美が血相を変えて舞に話しかけた。


「え?

なに?」


「まーま。」


春彦が舞の方を向いて、やはりにこにこ笑いながら声を出していた。


「え?

 春彦、私の名前を呼んでくれたの?」


悠美は気をきかせて、春彦を舞の方に押し出した。


「この子は、もう。」


舞は言葉にならない声をあげ、笑みで顔をくしゃくしゃにして春彦を抱きしめ、悠美がしていた様に、春彦に何度も頬ずりした。


春彦も嬉しそうにケタケタと声を出して舞の髪の毛をいじくっていた


「さ、今日は春彦の誕生日!

 宴会、宴会って。」


舞は、楽しそうに春彦を抱きながら言った。


「そう言えば、舞さんのご両親は?」


春吉が舞に尋ねた。


「ああ、うちの両親、今日、知り合いの結婚式なんですって。

 欠席にするとか散々駄々捏ねて。」


舞が困った顔をして言った。


「だから、先週、一足先に南雲家で誕生会をしたんだよ。」


春繁が笑いながら舞の後を引き継いだ。


「そうだったの。」


「そうなんですよ。

 内孫の光一や悠美がいるのに、なぜか皆で燥いじゃって。」


舞は、苦笑いをして言った。


「いいじゃないの。

 南雲さんの方でも可愛がられるなんて、素敵なことじゃない。」


「まあ、そうですね。」


舞はまんざらではない顔をした。


「ねえねえ、舞ちゃん。

 “うちまご”ってなに?」


「え?」


悠美は舞の服を引っ張って尋ねた。


「内孫ってね。

 私達からすると、春繁や舞さんは子供。

 その子供だから、私達からすると『孫』っていうのよ。」


キクは横から悠美を手招いた。


そして、悠美の頭を撫でながら続けた。


「内孫、外孫ってね、春彦ちゃんは苗字が立花でしょ。

 だから、立花家の中の孫。

 『内孫』っていうのよ。

 舞さんの実家、悠美ちゃんのお家は、南雲さんでしょ。

 血は繋がっているけど、南雲さんから見たら立花さんはお家の外だから『外孫』っていうのよ。」


「えー、何か離れているみたいでいやだなー。」


悠美は素直な感想を言った。


「そうね。

 だから気にしなくていいのよ。

 内も外も関係なく、みんな、大事な家族なんだからね。」


「うん。

 みんなみんな、おっきな家族だもんね。」


悠美は納得した様に、はちきらんばかりの笑顔を向けた。


「ほんと、この子は、かわいいわー。」


そう言って、キクは悠美を抱きしめた。


悠美は、まんざらでない顔をしてキクに抱きしめられていた。


そんなキクと悠美の微笑ましいやり取りを聞いていて、舞はほんわかした気分になっていた。


「さあ、じゃあ、料理を並べて、宴会しよう!」


春繁は笑いながら立ち上がって、キッチンから料理を運び始めた。


「あっ、繁さん、私がやるって。」


舞は、春彦を抱いたまま慌てて立ち上がろうとし、バランスを崩し、よろけた。


「危ない!」


近くにいた春吉が大慌てで、舞を支えた。


「あ、お義父さん、すみません……。」


体制を立て直したあと、舞はすこし考えて、笑いながら言った。


「お義父さん、春彦のことお願いできますか?

 私、食事の支度しますから。」


そう言って、有無も言わさず舞は春彦を春吉に差し出した。


「え?」


そう言いながら、春吉はしっかり両手を出し、春彦を受け取った。


そして、まるで宝物を抱くようにそっと春彦を抱きながら座り込み、万遍の笑顔を見せながら一生懸命あやしていた。


それでも、春彦がぐずりそうになると、悠美が助っ人に入り、あやすのを手伝っていた。


そんな風景を見ながら、舞と春繁は幸せそうに微笑んでいた。


春彦の生まれる前後の話でした。

春彦の両親、春繁と舞。

その出会いから春彦誕生まで、その後、春彦と佳奈に大きな影響を与えた悠美の話も盛り込んでいます。

本編とは別に、今後も外伝として、若かりし頃の舞、そして春繁や悠美の話を紹介していきます。

お楽しみに。

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