第5話 ハミングバードの夢(二)
公園は広く、様々なテーマごとに区画がわかれていた。
子供向けに遊具があるところ、ファミリー向けにバーベキューができる広い芝生、恋人たちの語らいの場にもってこいの川岸の眺めのよい憩いの場などで、舞たちは、その憩いの場に向かった。
「あっ、繁さん。
あそこ、あそこ。
ベンチも空いているし、他から少し外れているから、ギター鳴らしても迷惑にならないわ。」
春繁は、舞の指さす方を見つめた。
確かに、区画の隅で周りにベンチがなく、かといって、川岸から、対岸の山々の景色が楽しめる場所だった。
「ねえ、早く行かないと、取られちゃうよ。」
「おお、わかった。」
そう言って、二人は手を取る様にベンチに向かい腰掛ける。
「さて、まず、何からしようか。」
「そうね。
まず、『ハミちゃん』で、何か演奏してみて。」
「OK!」
そういって春繁はギターケースから真新しいハミングバードを取り出した。
「わー、やっぱり綺麗!」
舞は、ギターとピックガードに描かれているハミングバードにくぎ付けになっていた。
春繁は、『イエスタディ』と『夢のカリフォルニア』を、歌を添えて演奏した。
ハミングバードから流れる音は、きれいで澄み切ったような音がした。
舞は、そのアコースティックギターの音と、そのギターの音になぜかマッチしているような春繁の声に聞き入っていた。
そして、曲が終わると、やんややんやと言わんばかりに拍手してみせた。
「やっぱり、いい音だろ?」
「そうね。
素敵。
でも、繁さんの歌もまあまあね。」
舞は、そう笑いながらいうと、春繁は照れたように頭をかいた。
「じゃあ、今度は、舞の番ね。」
「え?
うん、わかった。
ちょっと、発声練習するね。
まずは、口を潤してっと。」
そういうとバックからゴソゴソと水筒を取り出し、中のお茶をコップに注いで一口二口飲んだ。
「繁さんも、喉乾いていない?
歌ったばかりだし。」
そういうと、新しいコップを出して、お茶を入れ春繁に差し出した。
「さんきゅう。」
そう言って、春繁は渡されたコップのお茶を口に含んだ。
「あー、あー。」
舞は、手をお腹の前で組み、声を出し始めた。
最初は、軽く、声を出す程度だったがその内喉が温まってきたのか、いきなりオペラ歌手のような発声練習を始めた。
「あー、あー、あああああー!」
舞の声は澄み通るようなきれいな声で、声量もあり、さらに春繁を驚かせたのは何オクターブも上げ下げができることだった。
「すっ、すごい……。」
春繁は、舞の発声練習を聞いただけで、目を丸くしていた。
舞は、そんな春繁を見て、発声練習を止め、顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「どうしたのって、舞、その声。」
「え?
やっぱり、変だった?
だから私人前で歌うの嫌だったの。
へたっぴぃだけど、勘弁してね。」
舞は、“ぺろっ”と舌を出して、すまなそうに言った。
「い、いや、その逆。
まるで、声楽家みたいな凄い、いや、凄まじい声をしているって。」
春繁は、明らかに舞の声を聞いて興奮していた。
「えー、何言っているのよ。
そんな大げさな。」
舞は謙遜している訳ではなく、本心から言っていた。
「じゃ、じゃあさ。
早速、合わせてみようよ。」
「うん。」
「何が歌える?」
「えー、逆に何が演奏できるの?
演奏できなきゃ意味ないじゃない。」
舞は笑いながら言った。
「それもそうだね。
うーん。
じゃあ、カーペンターズは?」
「うん、だいたい知ってるわよ。
イエスタデイワンスモアとか。」
「ユーミンは?」
「知ってる、知ってる。
結構好きなの。
ほら、お菓子のCMで流れた『やさしさに包まれてなら』とか。」
舞がそう言うと、春繁は、その『やさしさに包まれてなら』のフレーズを弾き始めた。
舞はそのフレーズを聞いて、ニコッと笑って歌い始めた。
その声は、ギターを弾いている春繁を楽しくさせた。
「じゃあ、これは、どう?」
そういうと春繁は軽快なフレーズを弾き始めた。
「知ってるわよ。
ジャンバラヤでしょ。」
そういうと、舞は英語の楽曲もすらすらと歌い始めた。
その歌は、最初の歌といい人を弾きつける歌声だった。
「じゃあ、これは?」
そんなこんなで、10曲近く、次から次へとセッションし続けた。
春繁が、どんな曲を持ち出しても、それが日本語の楽曲だろうが英語の楽曲だろうが舞は苦にしなかった。
「すごいよ、舞。
やっぱり、歌が上手いし、すごくいい声だよ。」
「ええー?
そうなの?
繁さんのギタテクがいいからじゃない。
それに『ハミちゃん』の音がいいからじゃない。」
「いや、そんなことない。
舞の歌は最高だ。」
春繁に真面目な顔で言われ、舞はどぎまぎした。
「それに、どれだけ曲を知ってるの?
歌詞も全部わかるみたいだけど。」
「うん。
私、歌が好きで、いつもラヂオを聞いて口ずさんでいるから、自然と覚えたのかしら。」
「ふーん。」
春繁は、ひたすら感心していた。
舞は、10曲近く歌っていたが、嫌な顔一つせず、ケロッとして、楽しそうにしていた。
「そうそう、繁さん、お腹空かない?」
「え?」
舞に言われ、確かにお腹が空いていることに気が付き、腕時計を見ると、春繫の腕時計は1時を指していた。
「え?
もうそんな時間?
ここに来てから、もう2時間以上たっているんだ。」
「そうよ。
でも、楽しいから、あっという間。」
舞は、そう言いながら、ごそごそとバッグからお弁当を出だしていた。
「道理で、お腹も空いたところだ。
舞も、お腹空いたろう?
ごめんな、僕ばっかり楽しんで。」
「何言ってるのよ。
私も楽しいって言ったばかりじゃない。
ねえ、何食べる?
定番の唐揚げと卵焼きでしょ。
それに梅干しのおにぎりとね、たこさんウィンナー。
ブロッコリーのベーコン焼きでしょ。
あとね……。」
「いったい何品作ってきたの?」
まだまだ、献立が続きそうだったので、春繫はあ然としていた。
「冗談よ。
あとは、ポテトフライとミニトマトよ。」
「でも、すごいな。
あっ、僕は梅干しのおにぎりが大好きなんだ。」
「まあ、良かった。
たくさん食べてね。」
春繁は、舞から渡されたおにぎりを頬張った。
「う、うまい!!
この握り方も絶妙だし、梅干しもおいしいよ。」
「えへへ、そうでしょ。
その梅干し、自家製よ。
庭の梅の木になった梅の実を毎年梅干しにしているの。
これでも、私が作っているのよ。」
「へえ。」
春繁は感心しながら唐揚げや卵焼きに手を出した。
どれも、春繁にとっては、どれもすごくおいしいご馳走で、味わうたびに「うまい、うまい」を連呼し、舞を喜ばせた。
そして食事が終わると、たくさん作ってきたお弁当が見事に空になっているのを見て、舞は小躍りして喜んでいた。
「わあ、全部食べたわね。」
「ああ、どれも最高に美味しかったよ。
ご馳走様。」
「はい、お粗末さまでした。」
舞は、ニコニコしながら片づけをした。
その後、また二人はギターを伴奏に、プチコンサートの様にセッションを繰り返していた。
「ふう、少し疲れたね。」
ギターの手を止めて、春繁は舞の方を見た。
秋も深まり、当たりはもう、日が傾いていた。
その夕日に舞が照らされていた。
舞はジーパンに白いフリルのついたブラウス、その上に赤いカーディガンを羽織っていた。
髪はいつもの肩までのウルフカットで、ほとんど化粧っ気もないが、血色の良い顔が活発さを醸し出していた。
それと同時にやさしい笑顔が女性らしさを強調していた。
「あ…。」
「ん?」
舞が春繁の方を向くと、夕日に照らされた舞の顔がとても愛らしく見えた。
舞には、やはり夕日に照らされた春繁がドキッとするほどカッコよく見えていた。
「舞。」
「なあに。」
そう言いながら、二人は自然と顔を近づけていった。
そして、目を閉じ、そっと二人は唇を合わせた。
唇を離し、春繁が目を開けると、舞は笑顔だったが涙ぐんでいた。
春繫は、その理由がわからず、あわてていた。
「え?
あ、ごめん。
びっくりした?
いやだった?」
しどろもどろになっている春繁を舞は微笑みながら見て、首を横に振った。
「ううん。
その逆!
私、男の人に、こんな感情を持ったのは初めてだし、信じてくれないかもしれないけど、今まで誰とも付き合ったことも、手を触れたこともないのよ。」
舞は、活発そうに見え男友達も多そうに見えがちだったが、そんなことは一切なく、好意を持てる男性がいなかったので、男友達は皆無だった。
春繁の方も家が田舎だったのと、バイトやエレキベースに明け暮れ、周りは華やかなカップルが溢れていたが、その流れに思いっきり乗り過ごしていた。
そんな二人だったので、お互いが意識した初めての異性だった。
なので、付き合い始めて半年、二人にとって正真正銘、ファーストキスだった。
「いや、信じる。
僕も、同じさ。」
「えー、そうなの?
繁さんて、女性にもてそうなのに?」
「何言ってるの、舞だって同じだよ。
美人だし、スタイルいいし。」
「ありがと。
でも、繁さんもかっこいいわよ。」
そう言い合いながら、先程まであった二人の距離がなくなり、肩を寄せ合うようにベンチで座っていた。
春繫は、寄りかかる様に体を預けている舞から、暖かい体温とともに何とも言えない女性のいい香りを感じていた。
舞も、寄りかかりながら春繁の見かけは細身だが寄りかかるとたくましく熱い身体、また、男臭さではなく、抱かれていたくなるような臭いを感じ、うっとりとしていた。
「なあ、舞。」
「ん?」
「舞は、本当に僕でいいの?」
舞は、小首をかしげて春繁を見ていた。
「僕は舞がいれば、他になにもいらない。
だから舞にずっと傍にいてほしいんだ。」
「ほんと?
私も!」
舞がうれしそうに言うと、春繁の胸に飛びついた。
春繁も、しっかりと舞を抱きしめ、二人は黙って、再び、唇を重ね合わせた。
今回は、その前の何倍も長い時間だった。
「ねえ、ねえ、舞ちゃん。
舞ちゃんてば!」
悠美の声に、舞ははっとした。
「どうしたの?
さっきから呼んでも、ぼーっとしていて。」
自分の三つ編みの髪を片手で振りながら悠美が不満そうに舞の顔を覗き込んでいた。
「ごめん、ごめん。
つい、昔のことを思い出しちゃって。」
(今晩、悠美が泊まりに来るからって、昨晩、繁さん張り切っちゃったから、つい、昔のことを思いだしたのかしら…)
舞は、少し恥ずかしそうにしていた。
「なんか変な舞ちゃん。」
二人がゼリーを食べていると、玄関から春繁の声が聞えた。
「ただいま。
おっ、お客様だな。」
「お帰りー!!」
舞と悠美が声を合わせて言った。
「おー、ただいまー!」
春繁は、負けじと大きな声で言い直した。
「今日は、早かったわね。」
舞は時計を見た。
時計は3時を指していた。
「ああ、今日は仕事の切りが良かったので、さっさとずらかって来たんだ。
お!
ゼリーか、美味そうだな。
僕の分、あるかな。」
背広を脱ぎながら、春繁はテーブルの上のゼリーを目ざとく見つけた。
「大丈夫よ。
ちゃんと繁さんの分、あるから。」
「いらないなら、私が食べるからね。
舞ちゃん、お手製のゼリー、すごく美味しいんだから。」
舞と悠美は笑いながら言った。
「じゃあ、汗かいているから、シャワーを浴びて、さっぱりしてからいただこうかな。」
「そうね、まだ、お酒には早い時間よね。」
舞にそういわれ、苦笑いしながら、春繁は浴室に入っていった。
「ねえ、舞ちゃん。」
春繫が浴室に消えて言った後、悠美は真面目な顔をして舞を見あげた。
「ん?
なあに?」
「あのね。
繁おじちゃんて、ギター上手なんでしょ?」
「それはそうよ。
ベースやギターは上手よ。」
「え?
ベース?」
舞には悠美の頭に「?」マークが浮かんだように見えた。
「あはははは。
悠美、頭の上に“?”(はてな)マークが3つくらい点灯しているわ。
ベースってね、ギターの一種。
細かいことは、うーん……。
その内、音楽の授業でやるでしょう。」
「うっ。
何か、舞ちゃんにごまかされたような……。」
舞は、笑いながら、悠美を抱きしめた。
腕の中の悠美は陽だまりのような良い香りがした。
「ごめん、ごめん。
話を戻すけど、繁さん、上手よ。
特に、あの鳥さんのギターはね。」
「ほんと?
じゃあ、後で頼んだら弾いてくれるかな。
私、聞いてみたいの。」
「大丈夫でしょ。
悠美の頼みなら、繁さん、喜んで弾いてくれるわよ。」
「ほんと?」
悠美は、舞の腕の中で寄りかかりながら、嬉しそうな顔をした。
「ほんと。」
そういって、舞は悠美の頭をそっと撫でていた。
少しすると、春繁は浴室から出てきた。
「繁さん、暑いでしょ。
扇風機、持って行っていいからね。」
春繁は、舞にそう言われ、扇風機を持って、窓際に座った。
季節は、夏に入り昼間は暑かったが、春繁たちのアパートは少し高台にあり、また部屋が2階だったので、扇風機が無くても風が入り結構涼しかった。
「繁おじちゃん、麦茶を持ってきたよ。」
悠美はそう言いながら、お盆の上の麦茶のコップとゼリーを落とさないようにそーっと持ってきた。
「おっ!
気が利くじゃない。
嬉しいな。
ありがとう、悠美。」
そう言って、春繁は悠美の持つお盆の上から麦茶のコップとゼリー、それを食べるスプーンを受け取り、テーブルの上に置いた。
そして、コップから麦茶を半分くらい飲んで、ふーっと声を上げた。
「うん、喉が渇いていたから、麦茶がおいしい。
それに、どれどれ、手づくりのゼリーも頂こうかな。」
春繁はゼリーに手を伸ばそうとしたが、ふと気配を感じ、顔を上げたところ、悠美と目が合った。
「あれ?
悠美、まだ、ゼリー食べてなかったんだっけ?
それとも、おかわりかな?」
春繁は笑いながら悠美に声をかけた。
悠美は首を振って言った。
「ううん。
でも、おかわりも魅力的だけど……。」
「はい、あーん。
まだ、スプーンに口をつけていないから大丈夫だよ。」
そういって春繁はゼリーをスプーンによそって、悠美の顔の前に差し出した。
悠美は、ちょっと考えてから、嬉しそうにスプーンの上のゼリーを頬張った。
「もっと、食べるかな?」
そういって春繁は、また、ゼリーをすくおうとした。
「あっ、繁おじちゃん違うの。
おいしかったけど…。」
最後の『おいしかったの』は小声になっていた。
「ん?」
「あのね、お願いがあるの。」
「なに?」
「あのね。
あのギター弾いてほしいの。」
そういって悠美はギターケースの方を指さした。
「え?
いきなりどうしたの?」
春繁が不思議そうに言った。
「ううん。
さっきね、悠美にそのギターを見せたのよ。」
舞が、二人の会話に割って入ってきた。
「それでね、悠美ったらギターに興味を持ってね。
だから、繁さんが帰ってきたら弾いてもらったらって話をしていたのよ。
それに、ギターのこと、いろいろと教えてほしいって。
ね!」
そう言って、舞は悠美にウィンクして見せた。
「うん、そうなの。
だから、繁おじちゃん、ギター弾いてみて。」
「そうなんだ。
わかったけど、まずは、ゼリーを食べさせてね。」
春繁がそう言うと、悠美はにっこり笑って頷いて見せた。
「さて、じゃあ、始めますか。」
ゼリーを食べ終わり、人心地着いた後、春繁は悠美の羨望の眼差しを一身に受け、ギターケースからハミングバードを取り出した。
そして、ケースの中の音叉を取り出し、テーブルの角に音叉を軽くぶつけて、音叉の下の丸くなっているところをピックガードに当てた。
するとビーンと音叉の振動が音になっていった。
そして、春繁はその音叉の音と合わせるように弦を鳴らし、ネックの先のペグというつまみを回し、弦の音を調整していた。
「?」
悠美は、春繁が何をやっているのかわからず、ぼ-っと見ていた。
「あははは。
悠美、また、頭の上に“?”(はてな)マークが見えているわよ。」
舞が笑いながら悠美の横に座った。
「うん
ねえ、繁おじちゃん、いったい何をしているの?」
「あれはね、チューニングっていうのよ。
ドレミが正しい音でなる様にってね。
ギターの弦て、ゴムみたいでね、伸びてたるんで、音がドレミにならなくなるときがあるのよ。
だから、弾く前にああやって、音を正しくするの。
それをチューニングっていうのよ。」
「え?
だって、さっき舞ちゃん、何にもしないで音ならしたじゃない。」
「ああ、あれ?
悠美にギターの音を聞かせてあげたかったから。
それに、チューニングって、難しいんだから。」
「ふーん、難しいんだ。」
悠美が感心していると、春繁は笑った。
「違うよ。
舞は、単に面倒がってやらないだけ。
誰にでもできるよ。」
「えー?!
舞ちゃん!」
悠美は、そういうと舞を睨みつけた。
舞は、ペロっと舌を出して惚けたふりをした。
「さてと、じゃあ、悠美。
少し教えてあげる。
弦をこうやって押さえて、つま弾くとドレミが出来るよ。」
そう言って、春繫はドレミファソラシドと弦を鳴らして見せた。
「わー、本当だ。
ドレミファソラシドだ!」
そう言って、悠美は目を輝かせた。
それからしばらく春繁は悠美に簡単なギターの弾き方や、実際に曲を弾いて見せた。
「うーん。
折角、ギターを出したから、たまには、舞の歌も聞きたいな。」
「えっ?
いやよ、恥かしい。」
「え?
舞ちゃんの歌?
私も聞いてみたい。」
「い、や、よ。
繁さんも変なこと言わないでよ。」
「えー、聞いてみたい。」
しばらく悠美におねだりされ、舞は根負けした。
「じゃあ、仕方ないわね。
少しだけよ。」
「わーい。」
「おっ、待ってました!!」
春繁も悠美に合わせて楽しそうに言った。
「もう、繁さんまで…。」
舞は、苦笑いしながら、立ち上がり、息を吸い込み、発声練習を始めた。
「あー、あー、あー、ああー。」
舞のその声量に悠美は目を丸くした。
「何、驚いているの?
久し振りだから、準備運動しなくちゃね。」
その舞の低い音域から高い音域まで自在に声を操る舞の姿を悠美は目を皿のようにして見つめていた。
「舞ちゃん、すごい……。」
その悠美の声が聞えたのか、舞は悠美の方にウィンクして見せた。
「さて、じゃあ、いいかな。
最初は何にしようか?」
「そうね、カーペンターズのトップオブザワールドは?」
「いいね。」
そう言って春繁はギターで伴奏を始め、それに合わせ、きれいな澄んだ声で楽しそうに舞が歌い始めた。
その二人のギターと歌もそうだが、楽しそうな二人を見て、悠美は訳もなく感激していた。
曲が終わると、今度は悠美がせっついてくる。
「ねえねえ、次は?」
「うーん、悠美はシングって曲なんだけど知ってる?」
「あっ、学校で一度聞かせてもらった。」
「じゃあ、それにしよう。」
そして、また二人は楽しそうにセッションを始めた。
舞は悠美を抱き寄せ、二人で体を揺らせて歌っていた。
「わー、歌って楽しいー!」
曲が終わると、悠美は、ますます目を輝かせていた。
「繁おじちゃんのギターもすごくいい音だし、舞ちゃんの歌声もとっても素敵!」
悠美は小躍りしながら舞にまとわりついた。
「じゃあ、次は、久し振りにあの曲を!」
「え?」
春繁がそう言うと、舞は一瞬びっくりした顔をしたが、すぐにうなずいた。
「ねえ、繁さん。
私ね、昔、一度だけテレビで聞いて忘れられない歌があるの。」
「え?
なんていう歌?」
春繁と舞はいつもの公園でセッションしていた。
「それがね、歌の題名、憶えていないの。
もう、随分前で、何とかっていうシャンソン歌手の歌で、前半と後半の二部構成みたいになっていて、前半は、なんか怖くて悲しい歌なの。
でも、後半は、すごく優しい歌なの。
もう、フレーズもところどころしか思い出せないんだけど、なぜかずっと心に残っているのよ。」
「あっ、もしかして、昔やっていた夕日放送の歌番組でステージワンオーワンとかいう番組じゃない?」
「あ!
そうそう、繁さんも知ってるの?」
「うん、確か一度だけどゲストで出演して、僕も途切れ途切れだけど、すごく心に残っているんだ。
たしか、反戦歌で前半は、戦場でひたすら家に帰りたいって祈って、後半は『風になって見守っていてあげる』とかじゃなかったっけ?」
「そう、それよ!
繁さんも知っていたんだ。
あの曲がもう一度聞きたいな。」
「うーん、曲名も歌手もわからないからな……。
じゃあさ、僕たちで思い出しながら作るってどう?」
「え?
それって、すごく素敵。
素敵よ、繁さん。」
それから、二人は1カ月以上かけ自分達の記憶を頼りに組み立てていった二人だけの曲だった。
舞が歌い終わると、悠美は複雑な顔をしていた。
「今の歌、私、前半は怖くて嫌だな。
でも、後半は、すごく優しくて大好き!」
「そうだね、この歌は、反戦の歌だからね。」
春繁は優しい顔で悠美の頭を撫でた。
「ハンセン?」
「そう、戦争って知ってる?」
今度は、舞が悠美の顔を覗き込みながら言った。
「うん。
授業で習った。
国同士が喧嘩して、人が死んじゃうんでしょ?」
「そうね。
でも、一人ひとりは、本当は戦いたくないのよ。
痛い思いするより、悲しい思いをするより、相手のことを思いやって、仲良く楽しくしたいはずでしょ?」
舞がそう言うと、悠美は強く頷いた。
「だからね、『戦争をして人を傷つけてはいけませんよ』、って訴えている歌なの。」
「ふーん。
そうなんだ。
だから、後半は、優しいのね。」
「うん。」
舞は、そういって頷きながら笑顔を見せた。
「悠美も、ずーっと、優しい子でいてね。」
「うん!」
悠美は、力いっぱい頷いた。