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はるかな物語外伝 「幸せな時」  作者: 東久保 亜鈴
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第4話 ハミングバードの夢(一)

「いやだなー。

 雨の日って、外で遊べなくてつまんない。」


悠美が、窓の外を眺めながらつぶやいた。


「あら、でも、お百姓さんには、大事なのよ。」


舞が、笑いながら答えた。


「それはそうだけど。

 それなら、普通の日に、そうそう、体育のある日に降ってほしいな。」


いつものように、悠美が春繁と舞のアパートに遊びに来ていた。


「ん?

 悠美は、体育が嫌いなの?」


「その時によって。

 ドッチボールとかは好きなんだけど、体操や徒競走なんかは嫌だな。」


「まあ、それもそうね。

 私もそうだったかしら。

 でも、この季節はプールじゃなかった?」


「う、うん。」


「プール嫌い?」


「ううん。

 でも、この前、授業の時に、おおっきな蛾が浮いていたのよ。

 信じられない。

 思い出しただけで、ブルブルものよ。」


「あら、悠美でも苦手なものあるのね。」


悠美は、好奇心が旺盛で、虫も大概のものは平気だった。


「グロテスクなのは嫌!」


「あははは。

 さあ、気分を変えて、ゼリー作ったの。

 そろそろ固まっているかしら。

 食べる?」


「うん!

 舞ちゃんて、お料理上手だもんね。」


土曜日の昼下がり、悠美が遊びに来ると前日に連絡があったので、舞は悠美に食べさせようと用意していた。


「ねえ、この大きなケースはなに?」


悠美ははやの片隅に立て掛けていたギターケースを指さして言った。


「ああ、それ。

 それね、繁さんのよ。」


そう言うと舞は、ギターケースを横にして、ケースのロックを外し、ふたを開けた。


悠美は、なんだろうという顔をして、そのケースの中を覗き込んだ。


「あっ、知ってる。

 これって、ギターでしょ?」


「そうよ。

 フォークギターっていうの。」


「わー、このギター、まん丸太ったところに綺麗な鳥さんの絵がある。」


「まん丸太ったところ……。」


舞は、悠美の形容の仕方に絶句してしまった。


「ねえねえ、ギターって楽器なんだよね?

どうやって鳴らすの?」


「ん?

 これはね、こうやって持って……。」


そう言いながら舞は胡坐をかき、その中にギターを置いて“ジャララーン”と指で弦を撫でて鳴らして見せた。


「わっ、びっくりした。」


悠美は、ギターの音に思わずびっくりして見せた。


「ギターはね、一つずつ、ドレミファソラシドを奏でることも出来るし、6本の弦で一つのコードを奏でることが出来るのよ。」


「コード?」


「あはは、悠美には難しいわよね。

 私も説明が下手だから、繁さんが帰ってきたら教えてもらいなさい。」


「はーい。

 でも、この鳥さん、きれい。」


「そうなのよ、私もこの鳥が気に入っているの。

 カラフルで、きれいでしょ。」


それは、普通のハミングバードのピックガードではなく、特別仕様でカラフルな色で彩られたハミングバードだった。


それは、舞と春繁が大学生の時。



舞と春繁は映画を見た後、レストランを捜しに街をぶらぶらしていた。


「やっぱり、ロッキーは最高だよな。」


「えー、女の子を誘ってみる映画なの?

 もっと、ロマンチックな映画を見に行くと思った。

 散々、殴り合ったあとに、『えいどりあ~ん』でしょ。」


「それがいいの。」


「ふーん。

 まだ、燃えよドラゴンの方がいいわよ。

 『あちゃー』ってね。」


そういって、舞は春繁のお腹にふざけて空手チョップを見舞った。


「同じじゃん。」


春繁は、笑いながら舞のチョップを受け止めた。


「あら?」


舞は、楽器屋のショーウィンドウに目が釘付けになった。


「ん?

 どうしたの?」


「繁さん、あれ、あれ見て。」


舞が指さした先には、ショーウィンドウの中にたくさんのアコースティックギターが飾ってあった。


その中の真ん中に飾られていたアコースティックギターのピックガードには、今まで見たことのないカラフルできれいな模様の花の蜜をついばむような鳥の絵が施されていた。


「ああ、これってギブソンのハミングバードだね。

 でも、模様が普通と違い、カラフルできれいだね。

 ほら、その横にあるのが普通のハミングバードだよ。」


横には茶色のピックガードに鳥の模様が黄色っぽい線で描かれたギターが飾られていた。


「きれいねぇ。

 すてき。」


舞は、そのカラフルなハミングバードにくぎ付けになっていた。


春繁も、そのギターを覗き込み、付いている正札に目をやり、思わず声を上げる。


「うわっ!!」


「えっ?

 どうしたの?」


舞は、きょとんとして、春繁を見あげた。


春繁は、何も言わずにそのギターの正札を指さした。


「20万……。」


舞も途中から言葉にならなかった。


「でも、きっと、良い音色よね。」


「それはそうだろう、ギブソンだから。」


「ねえ、中に入って、触ってみましょうよ。

 触るだけなら、ただなんだから。」


そう言って舞に引っ張られながら、春繁はお店の中に入って行く。


そして、お目当てのギターを店員に確認してから、持ち上げ、軽く音を出してみた。


「……。」


「……。」


二人は、あまりにきれいな音に思わず聞きほれてしまい声も出なかった。


その後、店員から月賦も組めると勧められたが、二人は逃げ出すようにしで店を後にした。


「でも、値段だけあるな。

 良い音だった。」


「本当。

 それに、あの鳥の模様、すごくきれいだったわ。」


「そうだね。」


そう言って、二人は映画の話をそっちのけに、ギターの話で盛り上がりながら喫茶店に入った。


「そうそう、舞。

 今度の学際で、バンドのボーカルやらない?」


春繁たちの入っているサークルは音楽研究会(音研)で、学際ではバンドを組んで生演奏のコンサートを披露していた。


「ボーカルのなり手が無くてさ。」


「パス!」


舞は、あっさりと春繁の勧めを却下した


「私、歌上手くないし、人前で歌うの絶対に無理!!」


「えー、舞って声いいじゃん。」


「歌聞いたことないでしょ。」


「まあ、ちゃんとはね。

でも、声量ありそうだし、きれいな声だから、絶対、歌上手いと思うよ。」


「だめー!」


「そうか?」


「絶対、ダメ―!」


そう言って、舞は身体の前で腕を交差させバツ印を作った。


「じゃあさ、今度、僕の伴奏で歌ってみない?」


「ええ?

 繁さんの伴奏って、繁さん、エレキベースじゃない。

 そんなんで、歌えません。」


舞は、ぷいっと横を向いた。


「そうかな……。

 確かにベースだけじゃ歌いにくいかな。」


「そうよ、いくら繁さんがベース上手くても、スリーデグリーズなんて伴奏できないでしょ?

 アバは?」


「うっ、いきなりハードルをあげたね。

 でも、アコースティックギターなら出来るか。」


「え?

 繁さん、アコギ弾けるの?」


「ああ、サークルに置いてあるのをたまに弾いてるよ。」


「ふーん。

 じゃあ、アバやビートルズも弾けるの?」


「ああ、練習すればね。」


舞は、目を輝かせて言った。


「じゃあ、じゃあ。

 今度、私に聞かせて。

 二人だけなら歌ってもいいから。」


「えー、バンドでは?」


「いや!

 繁さんの伴奏で、繁さんにだけならいいの!」


春繁は、舞にそう言われ、半分嬉しかった。


(繁さんにだけならいいの)


「わかった。

 ともかく、アコギでいろいろ弾けるように練習するわ。」


「わーい。

 何か楽しみ!!」


舞は、上機嫌だった。


舞は、春繁と二人っきりで色々なことをしてみたかった。


それから何を思ったのか、春繁はあまりサークルに顔を出さなくなっていた。


「あら?

 今日も、繁さん、来てないんですか?」


舞は、怪訝そうな顔をして、サークルのメンバーに聞いた。


「立花、最近、バイトを入れていて、忙しいんだって。

 舞ちゃん、何か聞いてない?

 そろそろ、夏休みに入るから、秋の学際のバンドと曲をどうするか相談したいんだけど。」


「そうなんですか……。」


舞は、春繁がバイトを始めているのが腑に落ちなかった。


(私を避けているのなら、学校であっても普通だし、電話しても、いつもと変わらないし。

 どうしちゃったんだろう)


春繁のバイトはどんどん激しくなり、夏休みに入るとプールの監視員のアルバイトを始め、朝から晩まで働いていた。


ただし、週に一度、バイトが休みの日は、舞とデートをしていた。


「ねえ、繁さん。

 どうしたの?

 最近バイトばかりで、サークルの先輩たち困っていたわよ。」


「ああ、皆、秋の学際をどうしようかだろ?

 いつも、僕を頼りにしているから、いい機会だから、自分達で考えてもらおう。」


春繁は笑いながら言った。


「笑い事じゃないと思うけど……。

 で、どうして、そんなにバイト一生懸命やっているの?

 ご両親の具合が悪いとか。

 だから、お金に困っているとか?」


舞は、心配そうな顔をして言った。


春繁は、そんな心配そうな舞の顔を見て、しばらく考えてから言った。


「うーん。

 実はね、アコースティックギターを買おうと思って、バイト始めたんだよ。」


「え?

 アコギ?」


「うん。

 ほら、この前、楽器屋のショーウィンドウに飾ってあったハミングバード。」


「えー、あれって、素敵だけど、すごい値段じゃない。」


「ああ、だからね、夏休みに集中して稼いで、足りない部分を夏休み以外に稼いでね。

 計算したんだけれど、夏休みに10万ちょっと稼げるでしょ。

 後は、半年くらい平日の午後にバイトを入れれば買えるんじゃないかなって。」


「どうして、あのギターなの?」


「だってさ、僕の演奏なら舞は歌ってくれるって言ったじゃない。

 舞の歌、聞きたいし、それには、舞の気に入ったギターで!

 と、思ってさ。」


それを聞いて、舞は目頭が熱くなった。


「そんな。

 そのために、そんなに頑張って。

 疲れてない?

 私、どんなギターでもいいわよ。」


舞は心配そうな顔をしていた。


春繁は、そんな舞の顔をみて、顔を左右に振った。


「大丈夫。

体は丈夫だし、逆にプールは目の保養に……!!」


春繁は、舞の顔つきが変わったのを見て、はっとした。


「目の保養?

 それって、女の子の水着姿ってこと?

 この私がいるのにぃ!!」


舞の目が吊りあがり、頬の筋肉が痙攣した様に動いていた。


「ちょっ、ちょっとさ。

 いや、私がいるのにって!!

 まだ、結婚もしていないじゃないか。」


「結婚?

 そんなこと関係あるの?

 ちょっと気を許すとー!!」


舞は、最後までいうことなく、平手で春繁の頭をぴしっと叩いてさっさと、歩いて行ってしまった。


「ちょっと、舞。

 待ってくれ。」


春繁は追いかけて、舞の腕を掴んで振りむかせた。


振り向いた舞の顔は険しい顔になっていた。


「今日は、帰ります!」


舞にぴしりと言われ、春繁はどぎまぎしながら手を離さざるを得なかった。


その日は、それで喧嘩別れをした格好になっていた。


翌日、春繁は、バイト先のプールに出勤すると、朝の朝礼の時、責任者から話が合った。


「えっと、今日からもう一人、バイト仲間が増えました。

 皆、宜しくね。

 じゃあ、南雲さん、挨拶して。」


(え?

 南雲?)


春繁がびっくりし、視線を新しいバイトの娘に目をやると、そこにはセパレートタイプの競泳用の水着を着た舞が立っていた。


「ま…い…。」


啞然とする春繁を横目に、舞は元気よく挨拶をしていた。


「今日から一緒に働きます、南雲舞です。

 よろしくお願いします。

 特に、立花さん、いろいろと教えてくださいね。」


「え?

 立花君と知り合いなのか?」


責任者はそういうと、舞の面倒を見るように、春繁に言った。


「舞、どうして?」


春繁は、おどおどしながら尋ねた。


「詳しい話は、また後でね。

 知らない女の子に、鼻の下伸ばしていたら、あとで蹴っ飛ばすからね。」


舞は、そういうと悪戯っぽく笑顔でウィンクした。


(しかし)


春繁は、舞の水着姿から目を離すことができなかった。


水着になると、舞は細身だが均整の取れた身体とくびれるところはくびれ、出るところは出ている抜群のスタイルだった。


しかも、もともと化粧っ気が少ないがなかなかの美人の上、若くはつらつとした笑顔は人を引き付けるものがあった。


「何を、まじまじ見てるの?

 ささ、仕事、仕事!!」


舞は、春繁にじーっと見つめられ、嬉しそうに言った。


但し、春繁には監視員の仕事が一つ増えたのを後で痛感することになった。


プールの男性客が、常に舞に声をかけて来るので、そちらの方の監視も必要になっていた。


特に、休憩時間、監視員の仕事の一つで。プールの底に落とし物や何か落ちているかお客が上がったプールの中を調べる時、舞はきれいな飛び込みと泳ぎを見せ、プールサイドから歓声が上がるほどだった。


その日のバイトの帰り道、春繁がプールの通用口から出てくると、先に上がっていた舞が待っていた。


「繁さん。

 一緒に帰ろう。」


春繁は、昨日の今日だったので、嬉しさいっぱいだった。


何よりも、舞の笑顔で舞い上がらんばかりだった。


「おん。」


春繁は、何を言っているのかわからずに答えた。


「おん?

 何、それ。」


舞は大笑いで聞き直した。


「いや、えーと……。

 『おお』と『うん』がごっちゃになって。」


「それでは、『はい』はどこへ行ったのかな?」


「はい。」


舞は笑いながら春繁の横に来て、肩を並べて歩き始めた。


「なあ、舞。」


「ん?

 なぁに?」


「いや、あのさ。

 何で、プールのバイトなんて、やる気になったの?

 いつ決めたの?」


「えー?

 昨日に決まっているじゃない。

 繁さんを他の女の子に取られないように見張っていなくちゃと思って。

 昨日、別れて、すぐにここに来て、バイトさせてくださいって頼んだのよ。

 もう、履歴書とか途中で買って、なんとか係りの人に頼み込んで大変だったんだから。」


舞は、一生懸命、苦労したことを報告した。


(舞は、大変だったろうが、採用する方は、ねがったりかなったりで、即決だったんだろうな。)


春繁はそう思うと、採用係の花の下を伸ばし切った顔を想像し、苦笑いした。


「まあ、それは冗談だろう。

 で、本当は、どうして?」


「えー、半分は、本当よ。」


『半分は本当』をいう言葉を聞いて、春繁は、さらに嬉しくなっていた。


「で、あと半分はね。」


「半分は?」


「ハミちゃんを買うのを手伝おうと思って。」


「『ハミちゃん』って、あのアコギのこと?」


“うん”と舞は頷いた。


「もともと、私が気に入ったギターだし、それで、伴奏してくれるんでしょ?

 なら、私も手伝って、早く買って、二人でコンサートやりたいし。

 あっ、コンサートって、二人きりだからね。」


「舞……。」


春繫は、いじらしいまでに可愛い舞を抱きしめたくて仕方なかった。


「だからね、夏休みはずっと一緒よ。」


「まいー。」


「きゃっ、繁さん、なんで泣いているの?」


春繁は、感動のあまり泣き出していた。


(こんなに可愛い、いい女性が僕のために……)


そう思うと、涙が止まらなかった。


「繁さん、ほら、ハンカチ。

 涙を拭いて。」


舞はおろおろしながら、ハンカチを差し出し、春繁をなだめていた。


それから、その夏休みはバイトではあったが、二人はずっと一緒だった。


バイト中、舞はいろいろ男性たちから声を掛けられ、春繁はハラハラしたが、舞には全くその気がなく、軽くあしらっていた。


また、プールの営業時間が終わった後、プール会社の社員から飲み会だの、誘われていたが、舞は、お金を貯めるためにバイトしていると言って、頑として誘いを断っていた。


予断だが、その年の夏休みのプールの入場者数は、暑いせいもあったが、最高を記録し、その記録は今でも破られていないほどだった。


夏休みが終わり、春繁と舞がサークルに顔を出すと、周りの皆が二人の真黒に日焼けした姿にびっくりするほどだった。


そして、授業が始まり、夕方から、また二人はバイトに精を出す生活を送っていた。


学園祭が終わり、秋も深まったころ、念願の購入資金が溜り、二人はいそいそとお気に入りのハミングバードが置いてあった楽器屋に向かって行く。


「舞、今気が付いたんだけど、あれから何か月か立っているじゃないか。

 売れていたら、どうしようか。」


春繁は、当たり前のことを今更心配していた。


「大丈夫よ。

 まだ、お店にあるから。」


「え?

 何でわかるの?」


「えへへ。

 内緒。」


舞は、買うと決めた夏休みのバイトの日から、毎日のように足げに楽器屋に通い、売れていないかを確認していた。


そして、いつしか、楽器屋の店員たちと仲良くなり、事情を話して、自分たちが買いに来るまで、誰にも売らないでくれと頼み込んでいた。


最初は難色を示していた店員も舞の熱意に根負けし、期限付き、お金が貯まると言った月まで、売らないで取っておくと約束をしていた。


喜び勇んで買った春繁が、その話を聞いたのは少し後のことだった。


「ねえ、繁さん。

 ちゃんと、『ハミちゃん』あったでしょ?」


「ああ、奇跡か、それともギターの神様の導きかだね。」


「ねえ、今すぐは弾けないんでしょ?」


「ああ、弦を張り替えて、チューニングして少し練習してからかな。」


「じゃあ、今度の土曜日に、あそこ!

 桂川レイクサイドパークに『ハミちゃん』持って行かない?

 そこで、お披露目。

 ね?

 いいでしょ?」


舞は、ギターを持つ反対側の春繁の腕に抱きついた。


「え?

 うん、いいね。

 ただし、天気が良ければね。

 ギターに水は厳禁だから。」


「わかっているわよ。」


舞は、春繁の腕を振り回しながら、嬉しそうに言った。


春繫は、舞に抱きつかれた時の柔らかい感触が忘れられなかった。


その土曜日、秋晴れの格好のピクニック日和だった。


桂川レイクサイドパークは、川岸の広大な土地を整備し、憩いの場として遊びに来る人たちに公開している公園だった。


春繁は、約束の時間のだいぶ前にたどり着き、入り口の辺りでギターを抱えながら舞を待っていた。


それから、程なく、舞も待ち合わせの時間より早く、大きなバッグを持ってやってきた。


「あー、繁さん、早―い。

 ごめんね、待った?」


「いや、少し前に着いたから、そんなに待っていないよ。」


「なら、良かった。」


舞は、息を切らせていた。


「でも、舞。

 どうしたの?

 そんな大きな荷物を持って。」


春繁は、舞の大きなバッグを見て言った


「え?

 ああ、これ?

 今日、天気いいでしょ。

 だから、“外でお昼を食べても気持ちいいかな?”って思って、お弁当作ってきたの。」


「え?

 舞が?」


「そうよ。

 なあに?

 私じゃ、不満だって?」


「滅相もない。

 その逆、その逆。

 楽しみだなって。

 舞って、料理するんだ。」


「また、そんなに馬鹿にして。

 両親が仕事で忙しい時、私がご飯を作っているんだから。

 両親と兄夫婦でしょ、それにたまに帰って来る妹の分も。」


舞の家は、自営業を営んでいた。


「そうなんだ。

 それは、悪かったね。

 ごめん。」


春繫は、悪いと思ったら、必ず謝るタイプで、そういうところも舞にとっては魅かれるところだった。


「うん。

 でも、テレビに出てくるようなお重じゃないから、あんまり期待しないでね。」


「いや、思いっきり期待しているよ。」


「もう。」


二人は、笑いながら公園に入っていった。


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