真実の探求者
10年ぶりの同窓会での席の話だ。
「常識を疑ってみたほうがいいよ」
田中が言った。
「例えば?」
何の話かわからなかった。
いきなり過ぎる話しに私は具体例を求めることにした。
「今まで何とはなしに真実と思っていることさ。極論で言えば、人は呼吸をしなきゃ生きていられないだとか、心臓が勝手に動いているだとかね」
「どっちも事実だと思うけどね」
田中は小学生だって疑問に思うことはなさそうなことを言った。
「呼吸をしなきゃ死ぬかい? 試したことはあるのかい?」
「試したことはないけどね。……息を止めてると苦しくなるよ」
「じゃあ、死ぬかわからないんじゃないか?」
「死ぬと思うけどね」
「シュレディンガーの猫だよ。本当に死ぬかはわからないんだ」
「ふーん」
詭弁だ。
証明するには死ぬか殺すかしかないのだ。
殺したとしてもこの質問なら息をしていなかったよりも別の要因があったのではないか。とかなんとかで言い逃れることができてしまう。
自分で死ななきゃわからないことを証明することはできない。
「息をしなくても生きていけるかも知れない。苦しくなるのはいつもしない動きをするからなのさ」
「……死ぬと思うけどね」
田中は楽しそうに笑っているが、わたしの心は冷め切っていた。
こんなバカな話を続けなければいけないのかと。
「ふふ、じゃあ心臓は勝手に動いていると君は信じているかな?」
「実際そうだよね。勝手に動いてるし意識したことがないよ」
「まあそうだね。だがそうなると心臓は君の物なのかという疑問が発生するんだ」
「うん? ……どういうことだ?」
意味がわからない。
何を言っているんだ?
「君の体の一部じゃないかもしれないってことさ。心臓には別の意識がありそいつが動かしている」
「う~ん。じゃあ内蔵とかも勝手に動いてると思うけど……」
「そうだね。人間の体の内部は別の意識が支配していると考えられるわけだね」
「……?」
「僕らはただ体を動かす権利だけを持っているんだ。だがそれは表面的な動きだけで実際の中身の動きは別の権利を持っている存在に委ねられているというわけさ。病気にならないよう別の存在の勤勉さを願う意外僕らにはどうしようもないって話なのさ」
「よくわからないな」
結局勝手に動くじゃねーか。
長ったらしく喋りやがって。
はじめの質問と違ってること言ってんじゃねーぞ。
「結局何が言いたいんだ?」
わからなかった。
何か言いたいことがあるのか。
意味のない会話なら打ち切りたい。
コイツの話はつまらない。
「そうだね。はじめの呼吸の話は証明できないことを言っているし、心臓の話は議論の中身をすり変えてしまっているんだ。すぐに気がついたと思う」
「ああ」
「だが君があまり知らない話でこんな風に、証明できない極論や話の中身を入れ替えられたりしたら気づけるかな?」
「どうかな」
気づけるか……か。
当たり前な話しなら気づけるだろうが……。
うる覚えな話なんかじゃ信じてしまうかもしれない。
「テレビを見てみろよ。全部こんなもんさ。視聴者が無知だから何を言ってもいいと思ってやがる。政治家かぶれのアホが耳障りのいい御託を並べて絶賛され、真面目な意見は軽蔑される」
「……」
「毎日聞くからそれが常識になってしまう。真実なんてものは結局自分で確かめなきゃわからないんだ。アフリカではいつまで貧困が起こっているんだ? 君は見に行ったことがあるかい? ウイルス蔓延、こいつは事実なのか? 本当に? 君の事実はテレビで流れる映像だけだろう?」
「そんなことを言ったらなにも信じられなくなるんじゃないか?」
「そうだね。だが真実を隠すことは可能なのさ」
「へえ……」
「僕はこのウイルス蔓延事件は人類に特定の薬物を摂取させるための前振りだと思っているんだ」
「……」
頭がいかれてる。
オカルト思考が抜けないやつだと思ってはいたが、陰謀論ならなんでもありになるぞ。
「ウイルスに掛かった人数なんてものは所詮は数字さ。いくらでも変えられる。全く減らなけりゃワクチンを打つほか仕方ないだろう? そのワクチンが本当は―――」
「……」
せっかくの同窓会だっていうのに意味のわからない話ばかり聞かされ私は疲れてしまった。
昔はあんな奴じゃなかったのにな……。
もっと明るくて、顔だってよかった……。
……。
……いや。
……あんな顔だったかな?
家に帰り卒業アルバムを広げた。
今日あったあいつに写真の面影は全くなかった。
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本人だよな……。
常識を疑え……か。