ゴブリンを殺す話~貴方が冒険者になるまでのプロローグ~
この小説は『貴方』に語りかける形式で書かれています。
ですが細かいことは気にしないでも大丈夫です。
ここはどこか遠い世界。
世界中には魔物が跋扈し、それを退治すべく戦う職業につく者も数多く存在していた。
彼らは時に集落を襲う魔物の群れを倒し、秘境へと赴き調査をし、迷宮へと潜って探索をする。
『冒険』とは危険な行為をすることを指す言葉だが、まさしく彼らは冒険を生業とした『冒険者』とでも言うべき人種であった。
そのような一見無謀にも見える職業に就く者は案外に大勢居た。農家の土地を継げぬ長男以外が希望を求めて冒険者になることもあるし、没落貴族や部屋住みの家人などが名を上げようとする。
修行の為に聖職者が戦いの場に身を置いたり、魔法使いが実践的な研究の為に魔物を呪い殺しに就職したりする。最近流行なのは鮭の呪いだ。鮭一匹の供物で魔神の呪いが使える術式が開発された。焦った魔王軍が鮭の密漁に勤しんでいる。
魔物は数多く、個人の能力は限界がある。
それ故に殆どの冒険者は組を編成して仕事に当たる。また、幾つかの組が纏まって大きな組織になると団と呼ばれ、より沢山の仕事を任されたり、他の組や冒険者ギルドに発言権を得ることができる。
とはいえ、素人冒険者ばかり集めた団など作っても仕方がないので、ある程度の基準を設けているところが殆どだったが──
「──と、いうわけで新人君。うちの団に入るには最低限の能力が必要だ」
貴方は冒険者になることを決意して故郷の村を飛び出した。貴方はこの世界ならばどこにでもいるような容姿をしていて、前科も無さそうな雰囲気をしている。
訪れた冒険者のギルドで一番の年かさをした──とはいえ、年齢は四十代だろう──長と呼ばれる男の説明を聞いた。
ここは辺境にあるトワール街。さしたる特徴もない、辺境によく見られる田舎の地方都市だ。
近郊の農村や交易に訪れる商人などから冒険者ギルドは仕事を持ち込まれ、ギルドでは仕事の種類から上位・中位・下位に分類されるのだがこの程度の街では精々下位か中位程度の仕事しか発生しない、脅威度の少ない都市であった。
もっと冒険者の仕事や残虐な任務に飢えた者は、より多彩な仕事が依頼される都会を目指す。ここで冒険者を営む者の半分は別のバイトをしながら生活している。そんな感じだ。
それでもこの街唯一の団である《トワール冒険者信用組合》に加入しなければ、更に仕事は減るし下水道での害虫害獣駆除などキツイものや、実入りの少ない巡回警護など碌な依頼を受けられない。
だから冒険者になったばかりな新人の貴方も信用組合に加入しようとしているのだが、
「はい! なんでもやります!」
貴方は元気よくそう応え、長は満足そうに頷いた。
「よしよし、良い返事だ。ま、うちは気楽な組合だからね。都会に出たくなったら抜けてもいいし。それじゃあ最低限の能力証明として、ゴブリン退治をしてみてくれ。これは伝統でね」
「ゴブリン……ですか?」
ゴブリンというのは非常にメジャーな魔物で──と、説明するまでもなく、誰もが知っているあの子供ぐらいの大きさをした邪悪な妖精だ。貴方もよく知っているだろう。
その強さは成人男性が思いっきり蹴れば死ぬ程度であり、冒険者が相手をする魔物としては最下級に位置する。
貴方も農家で暮らしていたこれまでの人生に一度ぐらいは見たことがある気がした。
一匹だけならば農民よりも弱いので、見つけ次第貴方の祖父が棍棒で殴り倒し、その後村人総出で縛り吊るしたゴブリンを囲んで『ぶーりぶり!』と謎の奇声を上げつつ殴りまくっていた。その夜に出てきたスープには、普段めったに入っていない肉の切れっ端が入っていた。そういう習慣のある村で貴方は育ったに違いない。
微妙に嫌な思い出に浸っていると信用組合の長は頷き、
「討伐の証としてゴブリン一匹の耳を切って持ってくれば晴れて入団だ。うーん、ゴブリン退治の依頼があればちょうど良かったんだけど、生憎と今は無いから自分でゴブリンを探してくれ。多分そこら辺の農村で話を聞けば情報が得られるだろう。えーと、そう。情報収集も冒険者の資質的な」
明らかに今思いついたような付け足しであったが、ひとまず貴方は頷いた。
この信用組合は言ってみれば初心者が経験を積むための腰掛けにしている団だ。ここで冒険者として腕を磨き、やがては都会で冒険者になろうという夢があった。
トワール街のような田舎でギルドに持ち込まれる依頼は団に所属しなければ食っていけない程度の規模だが、より多くの依頼が集まる都会ならば数多くの依頼があって冒険者の腕がモノを言う世界である。
もちろん、都会でも団の庇護を受けていれば様々なメリットはあるのだが、大抵の団では月ごとの会費や報酬の中抜きがあるので、組で山分けするよりも実入りは少なくなる。なおこの街の信用組合は会費も中抜きも極僅か、その分で団員の傷病保険などの加入していると儲けが少ないが優良ではある。
貴方もいずれは組を率いるリーダーになって、多くの冒険をしたい──新人のうちはそれこそ、ドラゴン退治や迷宮踏破など華々しい成果を夢見るものだ──と思っていた。
しかしながらここで断り、自分で仕事を探すことも可能だ。貴方は団に入るための試験を受け入れてもいいし、チュートリアルなど要らないとばかりに独自路線へ進んでも構わない。
少し悩んで貴方は選択をした。
「わかりました! ゴブリン一匹ですね! 頑張ってきます!」
「おお、気をつけてな。ゴブリンとはいえ舐めてかかるんじゃないぞ」
新人の多くは弱い魔物を侮って怪我をするものだ。下手をすればそのまま死んでしまうこともある。
だが、しっかりと準備をすれば問題がない程度の相手であり、それすら怠るようならば団にとってもお荷物にしかならないだろう。
「はい!」
元気よく飛び出していく貴方に、長は呟いた。
「ふっ──俺もあんなときがあったか……」
そして入れ替わりに黒いローブに三角帽子、木の杖には何故か魚の丸干しが吊るしてある魔女が冒険者ギルドに入ってくる。
彼女はブツブツと文句を呟きつつ団の長が座る机の前にどっかりと座った。
「あークソー。実験失敗。ニジマスだと精々ゴブリン原種を無差別連鎖的に爆裂させる呪いしか出せなかったわー。魔王軍のおかげで鮭が値上がりしすぎてマジクソ」
愚痴る魔女に長はびしりと敬礼して迎えた。
「お疲れ様ですリーダー!」
「ああ、長さん新人の面接やってくれた?」
「はい! 決められた通りにゴブリン退治を指示しておきました!」
「長さんだとなんかこう、威厳みたいなのがあるからこれからも面接頼もうかなー。あちきがやるの面倒くさいし」
「いやあ、俺も殆ど新入りなのに偉そうな態度するのも恐縮なんですが……」
と、つい最近この信用組合に入った長は、困ったように『地獄の鮭魔女』と呼ばれる辺境一の魔法使いに頭を下げるのであった。
******
冒険者ギルドを出た貴方はひとまず考えた。
ゴブリンを討伐。これはいい。多分自分でも出来る。
貴方は手持ちの武器を意識しながらそう思った。ギルドに入るまでに武器はどこで用意しただろうか。この街に来て店に寄り整えたか、寄らずに家を飛び出してそのままやってきたか。
「家から持ち出したのは、この出刃包丁と金槌だな……」
貴方は露骨な凶器を腰に下げていることを改めて確認した。
これを使えば人間だってイチコロだ。故郷の口やかましい貴方の両親だって。いつも自分を馬鹿にしていた村長の娘のメアリーちゃんだって。イチコロ。ゴブリンにも通じるだろう。
だが、ゴブリンの居場所を探す──これが問題になってくる。
トワール街の周辺にある農村の数は大小合わせても三十ほどはある。遠いところでは数日は掛かる距離だ。
あてもなくそんな遠くの村を訪ねて、「ゴブリン居ないですか?」「居ないねえ」と応えられたら非常に時間が無駄だろう。だが、天に運を任せてすぐさま飛び出して片っ端から探していけばゴブリンに出会えるかもしれない。貴方は情報を得てもいいし、今すぐ行動しても良い。
(まずは情報収集だな……)
こういった細かな仕事も重要な経験になる。団に所属していれば仕事は上から斡旋し、情報提供もしてくれるが、自分が組を作った際には必要になってくる。貴方はそう判断した。
貴方はひとまず酒場へと向かうことにした。街を訪れた行商人は旅の疲れを癒やすために酒場に行くものだし、大抵の酒場は宿も経営している。情報も多く集まるだろう。
だが、まずは酒場で一杯やれるだけの金を持っているか確認するべきだ。貴方は家を飛び出してきたばかりなのだから。これまでのつまらない暮らしから逃げるように。官憲の手から逃れるように。
懐の財布を確認すると、中身はかなり乏しかった。
これでは満足に準備も整えられない。貴方はなにかしら、金を用意する必要性を感じた。
その方法としてまずは身一つで出来る仕事を探してもいいし、一か八か路地裏あたりに善良な一般人を連れ込んで誠心誠意寄付を頼んでもいい。或いは、手持ちの道具を売り払うことも自由だ。
貴方は現金を作るため、質屋へ寄ることにした。
リュックサックに入っていた、故郷のメアリーちゃんが大事にしていたネックレスとイヤリングと金歯を売り払って支度金を用意した。(これらの質草は故郷を出る際に、メアリーちゃんから餞別として頂いたものである)
あぶく銭を手にして貴方は酒場へと繰り出した。
店内はむっとしたアルコールの臭いが充満し、アヘンの煙が立ち込めて薄暗い。貴方は顔をしかめつつカウンターに座る。
基本的に客はラリっていて、意思疎通をするには解毒の術か特殊な会話技能が必要に見える。唯一まともそうなマスターに話を聞こうと決めたのだ。
「飲み物を。アヘン抜きで」
貴方は理性的に情報収集をしないといけないため、敢えてのアヘン抜きで注文した。それに貴方は、故郷に居た頃に家族などから刃物や鈍器を持ったままアヘンを服用するのは止めて欲しいと懇願されたこともある。
もう彼らの懇願を聞き入れないことでなにかしらの不利益を得ることは無くなったのだが、習慣に従った。
「信じられない」
マスターはそう言いながら、カウンターに並んでいる酒瓶を睨んだ。
「一番薄いのがこのケシを漬け込んだやつだ」
「じゃあそれで」
木製のコップに注がれる。エグいほど苦い酒だった。ケシを丸かじりしたときと同じ味がする。貴方は故郷の味を思い出した。寝付きの悪い子供にはケシをかじらせて酒で流し込み寝かしつけるのが貴方の故郷での習慣だったことは疑いようがない。
思い出にふけりながらも要件を済ませる。
「ところでマスター。ゴブリンが出たとか行商人から話を聞かないか?」
「ああ、南にあるアルティメットケイオス村でゴブリンが出たとか」
「アルティメットケイオス村か……ありがとう」
貴方はその村の名前に聞き覚えがあった。
そこは産業が上手く行かず、命名権を売り出したところ魔王アルティメットケイオスが買って名付けた村だった。村の公共物は大抵アルティメットケイオスの名がついている。そのうち、住んでいる住民の名すら売り出すのではないかと辺境ではもっぱらの噂だ。
魔王資本が入ったことで今は鮭フレークの瓶詰めを生産販売しているらしい。
要件を済ませた貴方は立ち去ろうとしたが、ケシ酒の代金を請求された。情報料も含まれているのか、法外な値段だ。
貴方は先程用意した金貨で支払ってもいいし、減額するように交渉してもいい(腕力値により成功判定)。また、別のもので支払ってもいい。
貴方は平和的に、もう一つ持っていたメアリーちゃんの金歯をマスターに料金代わりに出して、早速ゴブリン退治へ向かう準備をするのであった。(アヘン酒場は客がラリってまともに売買できなくなることがあるので、物々交換も受け入れている)
それで正解だ。このような怪しい酒場は、暴れる客を静かにさせて取り出した臓器を売買することがままあるため、捕縛と解体のための用心棒を雇っている。この場で暴れるのは賢い判断ではない。
ただ貴方はこの情報が間違っていたならば、文句を付けて情報料の返還を要求してもいいし、腹いせにこの酒場を外から放火してもいい。
村は歩いて丸一日ほどの距離にある。これは貴方が健脚であることを考慮に入れての時間だ。普通の人ならば二日掛かるかもしれない。
貴方は誰かに追われていて逃げるように、或いは現場から急ぎ立ち去るような早さで歩いて現場を目指すことにした。
途中ですれ違う旅人などにも貴方は愛想よく挨拶を交わしていった。貴方は様々な挨拶の言葉を使って、情報を集めるのもなにか得しようとするのも自由だ。
「こんにちは!」と、言っても良い。
「ゴブリン見ませんでした?」と、聞くのも自由だ。
「あなたの耳ってちょっとゴブリンに似てませんか?」そう、冗談めかして出刃包丁を見せることもできる。
そんな新人冒険者の貴方を、旅人は爽やかな好青年だなあと思うのだろう。恐らく。知らんけど。
アルティメットケイオス村にたどり着いた貴方はとりあえずそこの酒場でゴブリンの話を聞くことにした。
どんな小さな村にも酒とアヘンは置いてある。それが無くては人は辛さと退屈さに耐えられない。
田舎ほど混ざりものが多くて質の悪いアヘンの煙を振り払いつつ、貴方は昼間から酒場に入り浸っている村人に尋ねようとしたが、殆どラリっているので酒場の給仕をしている娘に聞いた。
「この村にゴブリンが出ると聞いてやってきたんだけど」
「ゴブリンなら村外れの洞窟を住処にしていて、時々家畜を攫っていく憎い奴さ。退治してくれるのかい?」
そう期待した目で見てくる、若干マヴな娘に貴方ははにかみながら応えた。僅かばかりの助力や、報酬も期待できそうだ。
「まあ、そうかな。ちょっと手を貸してくれると助かるんだけど」
貴方は娘にそう要請して酒場から連れ出し、ゴブリンが居るらしい洞窟へと案内させた。(途中で名前を聞いたら彼女はアルティメットケイオ子という名だった。どうやら村人の名前も売りに出しているという話は進んでいるらしい)
ゴブリンの住処に足を踏み入れるのは非常に危険が伴う。洞窟内は狭く、小柄なゴブリンの方が行動しやすい。いくら子供程度の大きさをした雑魚とはいえ、ゴブリンは武装することも多い。汚物を塗った刃物で切られたり、汚物を鍋で熱してぶっかけてきたりされてはたまったものではない。
故にできればゴブリンを外へおびき寄せる必要がある。もしくは、洞窟に踏み入るならば十分な準備が必要だろう。貴方は果たして街で準備を整えただろうか。道具をチェックする。
旅の道具以外は特に持ち合わせていない。その中でなにか、ゴブリン退治に使える道具を選ぶことができる。
貴方は使えそうなロープを手にした。
「よし──と」
「んぐー!」
娘に協力して貰い、彼女を縛り上げて猿ぐつわを噛ませて洞窟の前に置いた。協力させるコツは相手の返事を聞かないことだ。貴方は背後から娘の口を布切れで塞ぎ、慣れたようにロープで体の自由を奪ったのだ。
貴方は捕縛術と解体術のスキルを保有している。それを活かせばこの程度は確実に成功するだろう。例の酒場で雇われることもできるかもしれない。
ゴブリンは異種族と繁殖することで知られていて、知能も低いので巣の近くに無抵抗のメスがいれば近づいてくるはずだ。
「んぐー!」
娘も頑張ってくぐもった声を上げてゴブリンを引き寄せようとしてくれている。頑張れ! 貴方は臨時のチームメンバーを心の中で応援しつつ、近くの木陰に隠れていた。
やがて洞窟の中からのっそりとゴブリンが姿を現した。
「んぐー!」
何故か供物のように縛られて涙目でもぞもぞ動いている娘を見ると、ゴブリンは醜悪に表情を歪めた笑みを作り、彼女に近づいていく。
巣穴に連れ込む前に一発カマしてやるつもりなのかもしれない。ゴブリンのゴブリン棒がゴブっていた。
娘まで近づいて警戒心を失くし、彼女を両手で触れた瞬間に、貴方は飛び出してゴブリンの頭部へ金槌を躊躇いなく振り落とした。
「いいね!」
貴方は気合を入れるためにそう叫んだ。
ぐしゃり。背後からの奇襲は成功し、致命打な打撃を与えた。
躊躇わう振るわれた金槌は、頭蓋骨が如何に強固なカルシウムの塊だろうとそれを粉砕し、中身の脳を潰す威力を持つ。人間と同じようなサイズの脊椎動物なら誰にだって耐えられない。顎に当てれば、金歯だって砕けて取れる。
奇襲で頭頂部に一発。即死級のダメージだが、まだふらついている。
祈りを込めて脳幹にもう一発。ゴブリンは倒れた。二度と起き上がることはないだろう。傷口と目鼻から血を垂れ流し、異臭を放つ脳漿と脳細胞が地面に染み込んだ。
「やった!」
貴方は成功を喜びつつ、手早く出刃包丁を使ってゴブリンの耳を削ぎ落とす。細い木の葉に似た形をした特徴的な耳である。切った時に黄色い神経が切り口からぷらーんと垂れて、血が滴った。汚いので手近にあった娘の服で血を拭き取った。
これで彼は団に入れるだろう。冒険者としての一歩も踏み出せる。いや、或いは今まさに、この瞬間に貴方は本当に冒険者となったと言えるかもしれない。
「ありがとう! 助かったよ!」
「んぐー!」
貴方はそう娘にお礼を告げる。彼女の縄を解くべきだろうか? 何故か怒っているようにも見える。
貴方は少し考え、急いでトワールの街へと戻ることを優先させた。これで試験クリアだ!
その場には頭を砕かれ耳を切られたゴブリンの死骸と、縄で拘束されたままの娘が巣穴前に残され、彼の旅路を祝福するような顔で見送っていた。そうに違いない。
*******
「違うな、これは」
渡されたゴブリンの耳をまじまじと眺めた長のその発言に、貴方は思わず金槌を握る手に力が籠もった。
そのまま激情に任せるべきだろうか? 或いは落ち着いて話を聞くべきだろうか?
思わずカッとなりそうな自分を抑えて、貴方は聞き返す。
「なんで!?」
「よく見てみろ。これは色が赤褐色だろう。これはゴブリンではなく、ホブゴブリンの耳だ」
「ホブゴブリン!?」
「ほれ」
長が図鑑をめくり、その魔物のページを見せる。
・ホブゴブリン:ゴブリンの亜種。通常種よりも若干体が大きく、体色が赤褐色をしている。仲間意識が強く、群れの一匹が殺された場合には復讐行動に出ることが多い。※ゴブリンではない。
「な? ゴブリンではないって書いてるだろ?」
「でも……ゴブリンの仲間ですよねこれ?」
「似た種類かもしれないが、ゴブリンではないだろう」
「殆どゴブリンじゃないですか!」
「あのなあ」
聞き分けのない子供に言って聞かせるように、長は告げた。
「例えば仕事で鮭を捕まえてきて欲しい、という依頼を受けたとしよう。或いはお前がその依頼を出したとする。それで冒険者がニジマスとかイワナとか、鮭と分類上似ている魚を捕まえてきて、これは殆ど鮭と同じだから受け取って報酬をよこせ、と言ってきたら納得するか?」
「む……叩くかもしれません」
金槌で。貴方は想像して呻いた。確かに、それでは依頼を達成したとは認めないだろう。
長は大きく頷く。
「そう、叩きに合う。そうなれば団の評判も下がり、みんなが迷惑をする。だからゴブリンと決められているからには、他の何物でもなくゴブリンの耳を持ってこないといけないのが冒険者の責任ってもんだ。そしてこの団に入るにはゴブリンの耳を取るのが伝統なんだ──見てみろ」
長はギルドの一室を案内してくれた。この街唯一の団である彼らには特別なミーティングルームや倉庫まで融通されているらしい。
その部屋を開けると、まるで千羽鶴を並べるように乾いたゴブリンの耳が何百と吊るされて異臭を放っていた。古いものはカラカラに乾燥しているが、比較的新しいものもある。床には垂れた血液や血漿が染みになり、虫がたかっている。
「こうして、これまで団に入った皆が取ったゴブリンの耳は保存されて絆になるんだ。尊いんだ」
「サイコパスの倉庫って感じですね」
貴方は率直な感想を述べた。絆というが気味が悪い。ひょっとしてこの団はまともではないのではないだろうか。
ふと、貴方は子供の頃に、蛙の足を十本ばかり千切って糸で結びネックレスにして幼馴染のメアリーちゃんにプレゼントしたことを思い出した。貴方はそういうことをするタイプだ。それ以来メアリーちゃんが虐めるようになった苦い思い出も合わさり、眼の前の光景に嫌悪感を覚える。
だがこの団に入るということは、これから冒険者として活動していく上でのノウハウを学ぶのに必須とも言える。
「とにかく、ゴブリンの耳を持ってくればいいんですね」
「ああ。──一応言っておくが、この倉庫からちょろまかして提出しようなんて思うなよ。ちゃんとこれには、各々が取ったゴブリンの耳拓が保存されているんだからな」
「そこまで」
まるで呪いの儀式のようだ。貴方は呻いた。
なにはともあれ、貴方は今度こそゴブリンを退治しなくてはならない。
一瞬だけこの団に入るのを止めようかとも思ったが、ゴブリン一匹退治できない冒険者では情けないと考えた。
「そうそう、ゴブリン原種といえばトワール河を渡った先に多く居たらしいぞ。魔女の姉さんが言ってた」
トワール河とはこの街の東を流れる大きな川である。下流には魔族の支配する土地があり、以前までは鮭が遡上してきていたのに近頃は呪いを恐れた魔族によって乱獲され鮭は姿を消した。そして鮭漁師たちは八割ほどが収入が途絶えて首を吊った。
また、近年に大規模な工事が行われて河川をまたぐ大きな橋が完成し、渡し船をしていた労働者も首を吊った。そういうところだ。
とはいえ川はどうでもいい。その川の先にゴブリンが多く居るというのならば、その先の村落などで有用な情報が得られるだろう。
貴方は長のアドバイスに従って、トワール河を渡ることに決めた。
その前に貴方は街で準備の買い物をしても良い。ゴブリン退治に役立つものがあるかもしれない。
貴方は安売りをしていた油を購入した。思ったより安かったので多めに買いすぎて、重量がかさばる。
仕方がないので貴方は余った油を、役に立たない情報を売りつけた(メアリーちゃんの大事な遺品と引き換えに!)酒場の裏に撒いておいた。建物に放火してはいけないという法律はあるが、油を掛けてはいけないという法律はないので合法である。
ともあれ、貴方は街を出発して橋を目指す。
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トワール河へたどり着いた貴方を待ち受けていたのは、河の手前での大渋滞だった。
どうしたのかと近くの旅人に聞くと、彼は出刃包丁をチラチラと気にしながら教えてくれた。
「河に掛かる橋が壊れていて進めないんだ」
「修理はいつに?」
「さあ……トワールの街に橋を直す職人が居るらしいけれど、まだやってきてないからなあ」
いきなりの足止めを食らった貴方は、がっかりしながら川のほとりへと歩み寄る。
流れは急流で、水底は見えないぐらいに濁っていておそらく深い。橋を見上げると、大きく中央部が崩壊しておりとても渡れそうになかった。
渡し船も首を吊ったので全員が足止めされているようだ。
貴方は強引に川を泳いで渡るべきか、それとも橋を直せる職人を急いで連れてくるべきか悩んだ。或いは他の地域を探索しても良い。
無難に貴方は一旦街へ戻ることにした。職人を呼んでくるにも、他のゴブリン情報を得るにも街へ戻る必要がある。
それに──と、思っていると他の旅人が荷物を頭の上に縛り、川を泳いで渡ろうと水に入っていった。
立ち往生していた旅人たちが彼の泳ぎを見守る。泳ぎが達者なようで、すいすいと早い流れの中を移動していく。
だが、三分の一も川を渡らないうちに悲鳴があがった。
「サメだ……」
「シャーク?」
「シャーク……」
「ゴブリンシャーク」
旅人たちが口々に、なにかいい発音でシャークとか言いながらサメに襲われている旅人を見守った。
シャークられた旅人は悲鳴を上げて水の中に引きずり込まれる。これではとても泳いで渡ることなど不可能だろう。犠牲者が飛び込む前に誰か教えてやれよと思わなくもなかった。
なお名前からしてゴブリンの一種ではないかと貴方は目を凝らして見たが、少なくとも耳はなかったので狩ることは諦めた。
サメの餌になる選択肢を取らずに済んだ貴方は街へととんぼ返りだ。
なにやら街では貴方が居ない間に大規模な火事が発生したようだったが、特に関係ないので気にすることでもない。
貴方は火事の片付けと再建で忙しそうな職人を呼び止めて、トワール河の橋を直せる職人の話を聞いた。
気の立っている職人は迷惑そうに貴方を怒鳴ったが、三人目でようやく教えてくれた。血液のついた金槌を見て青ざめながら。
教えられた職人の家に行くと、酒に溺れたような中年男性が出迎えた。明らかに臓器を病んでいるか、薬物依存症のようなどす黒い顔色だ。
「確かに橋を直す公共工事に入札はしたけど、道具が届かなくてまだ手を付けられないんだ。鍛冶ギルドに受け取りに行ってくれないか」
職人がそう言うので、やむを得ず貴方は同じ街にある鍛冶ギルドへと向かった。
受付に職人の依頼を話すと、彼はこう説明をする。
「あの職人さんの道具は、仕上げに熱核火炎石が必要なんだが、北にある破局地獄火山へ取りに行った冒険者が戻ってきてないんだ」
仕方ないので貴方はその破局地獄火山へと熱核火炎石を取りにいった。
「この破局地獄火山は火山性ガスが吹き出していて、風の精霊に加護されたマスクが必要よ」
麓の村(こんな危険な火山の麓に村を作ることに疑問を感じたが)でそうアドバイスを受け、しかもマスクを切らしているので貴方は精霊使いの森へと向かう必要ができた。
だが手っ取り早く貴方はそのマスクを持っている村人をロープで縛ってマスクを強奪し、火山を上り始める。
必要な石は中腹にある坑道で取れるらしい。だが坑道の前で先に出発していた冒険者たちが足止めされていた。そのうちの女性冒険者が言う。
「中にゴブリンが武装しているの。凄い数だわ! 百匹は居るかも」
ゴブリンがここに!? 貴方は喜び勇んだ。瓢箪からゴブリンとはこの事だ。
貴方は油を坑道に流し込んで放火した。風のマスクは凄い! 放火した後の低酸素状態になった坑道でも活動ができる。
ともあれ、死体になったゴブリンを念の為延髄を一突きしてから耳を切り落として貴方は立ち去ることにした。いかにも熱そうな石を持ち帰る仕事は他の冒険者に任せておこう。
****
「違うな。こいつは『ファイアゴブリン:火山性地域に生息するゴブリンの亜種。死んだふりをして油断した相手へ襲いかかることがある。※ゴブリンではない』の耳だ。残念だがこれで入団は認められない」
ファック。貴方は半ギレになりつつ、わざわざ持ち帰ったファイアゴブリンの耳を金槌で何度もテーブルごと打ち砕いた。
何故誰も彼も、ゴブリン亜種まで含めてゴブリンと説明してくるのか。こちとら原種を探しているというのに。
ええい、ともかく鍛冶ギルドだ。貴方に遅れて街に戻ってきた冒険者たちは何故か奇襲でも受けたかのようにズタボロの状態だったが、依頼を達成したようだ。職人の道具を受け取りに行こう。
「おお、ありがとう。次に橋を直す木材だが、南にある製材所から届いてこないのだ。見てきてくれないか?」
今度は南だ。貴方はまったく先に進まないことにイライラしつつお遣いをこなさなければならない。
トワール街の南にある森林地帯では多くの材木が取れて街に建材から薪など様々な用途として運ばれる。
指定された製材所の扉を貴方は包丁と金槌をそれぞれ手に持ちながら蹴り破った。
動揺する材木屋たちが言うには、
「火事が起きた街の復興に、用意していた木材を使わせろと職人ギルドから連絡があって……」
「他に木材は?」
「ところが、森にゴブリンが巣食っていて危険なので今は入れないんです」
ゴブリン! 貴方はその単語を待ち望んでいた。
ここで焦ってはいけない。貴方は粘り強く交渉した結果、ゴブリンを退治すれば今材木所に残っている木材を、優先的に橋修理の職人にまわしてくれるように契約をした。条件は伐採所付近からゴブリンを追い払うこと。
貴方は夜中に森に入って、油を撒いて火を放った。
大規模な森林火災はゴブリンの巣を巻き込みつつ広範囲に燃え移っていく。
貴方は焼け跡に風のマスクを付けて入り、焼死体を見つけて耳を切り取った。
そして森が焼けることに絶望的な顔をしている材木屋に、
「確かにゴブリンは居なくなったから早く職人に木材を送るように」
「あんたが火をつけたのか!?」
「いや? 多分ゴブリンでしょう。焚き火とかするだろうし。ゴブリン最悪だなあ」
ゴブリンに罪を擦り付けた。これで貴方は無実だ。
しかしながら大規模森林火災を消し止めるのも材木屋だけでは不可能なので彼らも見守るしかなかった。木材は送ってくれた。
*****
「『フォレストゴブリン:森林地帯に居るゴブリン亜種。決して火を扱わない。※ゴブリンではない』だな」
「チッ」
貴方は役に立たない耳を投げ捨てて唾を吐きつけた。
ゴブリンというのは繁殖力が強いだけあって無駄にバリエーションが豊富なのだ。しかし、細かく分類すれば異なるというだけで一般人からすれば全部一緒くたに『ゴブリン』と分類されてしまうのが紛らわしい。
ひとまず貴方は材木が届けられたことを確認し、職人に話を通した。
「よくやってくれた! 次は『蝿王の生コン』という道具を調達──」
再度お遣いを頼まれそうになった貴方は出刃包丁を使った。
すると職人は説得に応じ、橋の修理には一ヶ月は掛かるが、人一人通れるだけの足場なら明日にでもできると説明し、それを使わしてくれることを約束する。 とにかく、現場に資材を運ぶ必要もあるので明日にならなければ通れない。
貴方は場末の木賃宿で一泊することにした。そういった最下層の宿に泊まる際には、手に包丁を持ってヤバイやつだと思わせるべきだ。そうでなければ幸運判定により、ラッキーでも身ぐるみを剥がされるぐらいの目に合う。アンラッキーとなれば朝までに臓器は一つも残っていないだろう。
古ぼけたベッドに座り込んで貴方は一息ついた。
ここ暫くで珍しい休みである。最近貴方は忙しく行動をしてきた。
これまでのことに思いを馳せながら、貴方はふと不安になってくる。
果たして貴方は、貴方らしい行動を取っているだろうか?
本来の貴方とは剥離した行動をして、自分自身だというのに感情移入できない状況に無いだろうか?
暴力。麻薬。憤怒。金。炎。殺戮。誘拐。犯罪。過失。逃亡。
貴方はそれらにまみれた人生を送るような人間だっただろうか? もっとまともな人格をしていなかったか?
安心して欲しい。
貴方は貴方だ。間違いなくそういう人間だ。自分にそう言い聞かせて、ゆっくり深呼吸をしよう。
貴方は少し疲れているだけだ。ゆっくりと休憩を取れば安心できるだろう。
貴方は荷物に入れていたダウナー系の栄養剤を注射した。脳が陶酔するような感覚で、静かに眠れそうだ。
おやすみ。明日からまたゴブリン探しが始まる。貴方は決してゴブリンを許さない。そういう決意を持っていることを知っている。
*****
貴方がゴブリンを探し始めてどれぐらいの月日が経過しただろうか。
トワール河を渡った先で貴方はゴブリンの噂を探してはそれを狩るために駆けずり回った。
一つ山を越えた向こうにゴブリンが居たらしいと聞いたら山道へ向かい、その山道が崩れて作業員が『地龍のスコップ』がなければすぐには道が作れないと言われ。
そのスコップを求めて『地龍の巣穴』と呼ばれる洞穴へ向かうと地母神の司祭が居なければ通れないと門番に言われた。
ロープで縛り付けた地母神の司祭を連れてきても文句をつける門番を金槌で黙らせて洞穴の最奥にて、スコップを守るサメモグラ相手に縛られたまま奮戦する司祭を尻目に貴方はそれを手に入れ、山道へ戻った。
崩れた山道を通り抜けるとそこにあった村は謎の呪いで誰もしゃべることができなくなっていた。
貴方は呪いを掛けた森の呪術師を森ごと焼き払って呪いを解除し、ゴブリンの詳しい噂を手に入れた。
この近辺に住んでいたゴブリンが、どうやら街の方へ移動していったらしい。
トワール街とは違う辺境の街へ貴方はたどり着き、そこに来たというゴブリンを探した。
川に掛かる橋の下、雨の当たらないところで板切れと汚い毛布を継ぎ接ぎして住処を作っていたゴブリンを貴方は仕留めた。恨みを晴らすように包丁でめった刺しにした。
だがそこまで苦労して仕留めたというのに、それは『都市ゴブリン:都市部の橋の下や下水道に住むゴブリン。生ゴミなどを漁る生活をするが、ゴミを散らかさず、逆に公園などを掃除する習性がある無害なゴブリン。※ゴブリンではない』だった。
ゴブリンみたいなホームレスだったのかもしれない。よく見れば耳の形も人間にそっくりだ。貴方は落胆した。
貴方はゴブリンを探し続ける。
『ダースゴブリン:黒っぽいゴブリン。本来はダークゴブリンと名付けるべきであったが、発見当時の命名則では『ク』が使えなかったので『ス』になった。※ゴブリンではない』
『コボリン:コボルトとゴブリンのハーフとみなされていたが、そもそもどっちもメスが居ないことがわかりまったくの別種であることになった。※ゴブリンではない』
『グスゴーブリン:イーハ東部の火山地帯に生息する賢い妖精。その地方で冷害が起こると火山を爆発させて周囲を温め人を救うと言われている。※ゴブリンではない』
『呉 武林:ゴ・ブリン。拳法家。肌の色が緑色をしているが人間。地元の人間からも尊敬されており、拳法のみならず文字や勉学も教えていた名士。享年52歳。死因は脳挫傷。※ゴブリンではない』
『ゴブソン:ゴブリンではない。類似種にゴブンン、ゴブソソ、ゴブいンなどがいる』
だが、どこを探してもゴブリン原種は見つからない。
ひょっとして絶滅してしまったのではないだろうか。そう思って情報を得ようと各方面の冒険者ギルドにも話を聞くが、そもそも冒険者でもゴブリンの分別など『団』の入団試験でこだわっている以外、ホブゴブリンや森ゴブリンでも同じようなものだと思っているので、ゴブリンが絶滅したなどという話は誰も信じなかった。
だが人里に居て様々な環境の変化に晒されるよりも、魔族領に近いほうがゴブリン原種は居るのではないかと話も聞いた。
貴方は魔族領と隣接する、人類と魔族の争い最前線へとゴブリンを探しに向かった。
「ふはーは! ついに現れたな憎き冒険者め! この魔王アルティメットケイオス子がぶち殺してくれるわ!」
ゴブリンを探して魔族の王が住まう魔王城にまでやってきた貴方の前に、とうとう魔王がその姿を見せた。
だがなんということだろうか! その魔王はいつかに出会ったことのある、アルティメットケイオス村に居た酒場の娘ではないか!
どうやら魔王は身分を偽って人間社会にスパイとして潜り込んでいたようだった。
「迂闊に捕まった挙げ句に貴様に放置されてこの魔王たる私がどんなに屈辱だったか……ただでは死なさぬ! 生きたまま引き出した腸をちょうちょ結びにしてくれるわ!」
具体的に恐ろしいことを言い出した魔王! まだ冒険者未満である貴方は大ピンチだ。既にこれまで、魔王城の探索を邪魔した相手を金槌で撲殺してきたのでかなり疲労も溜まっている。
かつての協力者だった彼女と戦うことも精神的に辛いだろうか? いや、それほどでもないようだ。貴方はそういうやつだ。
「行け! 我が忠実な腹心! 『アルティメットケイオス・ゴブリン』よ!」
そういって彼女が貴方に差し向けた最強の刺客はゴブリンの姿をしていた!
貴方はすかさず鑑定レンズで種族を確かめてみる。いちいち図鑑を見なくてもいい魔道具だ。これで正確なゴブリンを探していた。
『アルティメットケイオス・ゴブリン:魔王アルティメットケイオスとゴブリン種の間の子。姿はゴブリン原種と同様だが、魔王軍死天王をも越える圧倒的魔力を持っている』
貴方はすかさず『TALK』のコマンドで相手を揺さぶった。
「やられたんか!」
「やられてない!!」
「産んだんやろ!」
「うるさい!!」
貴方の言葉は魔王を怒らせるばかりだった。
だが注目すべきはこのアルティメットケイオス・ゴブリン。姿はほぼゴブリンと同じだという。ならばこれの耳を切り取れば、ゴブリン退治の証になるに違いない。
貴方は金槌を躊躇いなくゴブリンの頭に振り下ろした!
だが途轍もなく硬い感触に金槌は弾かれてしまった。
「ふっふっふ! アルティメットケイオス・ゴブリンが持つ魔力は魔王軍でも随一! 死天王最強の冥府将軍・南無イルグイアをも凌駕する! 安っぽい鈍器程度で魔力障壁は破れぬ!」
侮ったようにゴブリンも魔王も笑みを浮かべる。
貴方の必殺の攻撃が通用しない。最大のピンチだ。こういう時に何か使える道具を持ち合わせていただろうか?
貴方は使えそうなロープを手にして、ゴブリンの首にゆっくりと縄を掛けて締め上げた。油断していたので成功した。
ゴブリンを縊り殺した。いかに強大な魔力を持っていても、首を閉められれば酸素は不足し、脳は活動を停止するのだ。
「ばっ馬鹿なー! 貴様ーッ! 一度ならず二度までも私に恥辱を、三流冒険者の分際でー!」
貴方は使えそうなロープで魔王を縛り上げた。彼女に関わっている暇はない。今は三流冒険者ですら無いのだ。
適当に魔王は城探索の途中で見つけた、死体でも放り込んでそうな豚小屋に置き去りにしてゴブリンの耳を切り取った。
ゴブリンの耳を手に入れた!
貴方は小汚らしく、血のついたそれを大事な宝物のように恭しく掲げるのであった。
夢はいつか叶うし、努力は報われるのだ!
*****
斯くして貴方は晴れて冒険者の一員になった。
そして今の世界情勢は大きく揺れている。
なぜか半壊状態になった魔王軍は、新たな魔将軍『アルティメットケイオス・オーク』を筆頭にして再編し、以前よりも人間に対してヘイト全開になったアルティメットケイオスによる侵攻が続いている。
また辺境では魔女が召喚事故によって呼び出した魔神四体が暴走して恐るべき魔神の領域を作り出して世界を侵食しつつあり、辺境軍は責任者の魔女を先頭に立たせて魔神らを討伐にするため準備を進めている。
それ以外にも人間社会で、やれ魔物に畑を荒らされただの、ドブ掃除にスライムが出ただの、そういう冒険者への依頼も絶え間なく存在している。
休んでいる暇はない。貴方はもはや一端の冒険者なのだから。
これから困った一般人を助けて地道に人々の役に立つもよし、魔王軍と戦いその功績で高い地位を目指すもよし、魔神らを相手に神話の英雄にならんと挑むも自由だ。
貴方の先には沢山の未来が扉を開けて待っている。さあ、今日はどんな依頼をこなそうか、すぐに旅立とう。無限の選択を前に、胸を踊らせて。
意気揚々と冒険者になった翌日に扉を開けるとそこには────
「すみません、警察ですけれど、少しお話を──」
貴方は己の自由を妨げる相手に使うべき道具を持っているだろうか? そうそれだ。今だ必殺金槌だ。
※この物語の舞台はイギリス
ってメモが書かれてた