65 べったり
65 べったり
このまま微妙な距離でグダグダしていてもしょうがない。
「おおおおおおおおおお!!」
俺は叫んだ。
こんな大きな声が出るのかと自分でも驚いた。
そして、泥を撒き散らしながら踏み込む。
都市迷彩は
「ひっ」
と小さな悲鳴を上げて、そのまま後ろに転んだ。
しまった。
足元に斧を打ち下ろすのは難しい。
しゃがむには足場が悪い。
俺は勢いのまま、仰向けに倒れている都市迷彩に飛びかかった。
「うおおおっ!!」
膝立ちでマウントを取り、振り下ろした斧を、猟銃で防がれる。
猟銃から金属音と破砕音が響く。
木製ストックの破片を撒き散らしながら、猟銃は都市迷彩の胸に落ちた。
俺は、自分の脚の感覚を確認する。
俺は都市迷彩のへそあたりに座っている。
右足にマチェットの感触がある。その柄は膝の裏。
これなら大丈夫だ。引き抜けない。
「はー、はー」
「ふー、ふー」
一瞬の攻防だったが、お互い息が切れてしまっている。
体力からではなく、緊張からだ。
「頼む、見逃してくれよ」
などと、都市迷彩は命乞いを始めた。
「見逃して、追ってこない保証は無いだろ」
「追わねぇ! ほんとだ! 全部忘れる!」
そんな簡単に記憶の編集ができたらどんだけいいか。
都市迷彩のやかましい命乞いを聞き流しながら、俺は手斧を握る手に力を込めた。
マウントを取ったものの、都市迷彩の両手は自由。
厄介な事に、俺より体格が大きく、リーチも長い。
下から逆襲される可能性がある。
俺より脂肪も筋肉もある。
元々痩せ型だった俺は、この3年間で脂肪はごっそりおちて、筋肉は多少増えた。
しかし、それでもやはり痩せ型だ。重量が足りないし、筋量だって3年でそんなに付くものじゃない。
今まで武器で殺しあうのが普通だった。
殴り合いは想定していなかった。
さっさと決着をつけよう。
胸の上には猟銃が落ちている。
木製のストックが一部破損し、砲身には傷が付いている。
ならば、狙うのは頭だろう。
俺は手斧を振り上げた。
「ひいいっ」
都市迷彩が情けない悲鳴をあげたが、構わず振り下ろす。
ズン、と、都市迷彩の腕に手斧がめり込んだ。
「ぎゃあああああああ!!」
都市迷彩は頭を両腕でかばっている。
両腕の向こうから、くぐもった悲鳴が上がる。
「くそ!」
俺は吐き捨てて、何度も斧を振り下ろした。
都市迷彩の両腕はズタズタになり、
灰色の都市迷彩服が真っ赤に染まっていく。
だが、手応えが悪い。
厚手の服の上から、新鮮で弾力のある筋肉を叩くのは初めてだった。
人間相手でもゾンビ相手でも、致命傷を狙える場所を刺したり叩いたりしてきた。
手斧を3度振り下ろしても、まだ骨まで達しない。
9度目を振り下ろした時、バキン、と妙な音が鳴った。
そのまま斧が砕け、俺の手に柄だけが残った。
「は?」
こんな所で限界が。
俺はそのまま柄を両手で握り、都市迷彩の腕を突き刺した。
が、流石にざっくりとは刺さらない。どころか、滑って都市迷彩の上に両腕を上げた状態で覆いかぶさってしまう。
都市迷彩はすかさず俺に腕を回してきた。
脇腹をがっちり挟まれる。
まずい。
体格で負けている、このまま上下逆転されたら勝てない。
「ひとごろしいいいい!!! ひどごろじがあああ!!」
都市迷彩は俺の耳元でやかましく騒いでいる。激しく泣き喚いている。
ちゃんと考えているかどうかわからないが、激しく暴れ、俺は転がされそうになる。
ひたすら膝を踏ん張って耐えた。
こいつらが人を殺したことがあるかどうかはわからない。
これが初任務だったかもしれない。
だがそんな事はどうでもいい。
都市迷彩の頭は俺の右側。
俺は右手で都市迷彩の顔面を押さえた。
目潰し、いや、絡みつかれたこの状態じゃ意味がない。窒息させるか。
俺は都市迷彩の鼻と口のあたりを押さえる。
「んごっ、んうぐううっ」
都市迷彩は暴れた。
呼吸を止めて気を失うまで何分だったかと考えたところで、右手の小指と薬指に激痛がはしった。
噛まれた。
気を抜いた瞬間だった。自分の軽率さを呪う。
俺は急いで右手を引っ張る。が、抜けない。
「うおおおおお!!」
俺は叫び、全力で右手を引っ張る。
妙な感触があって、右手を抜くことができた。
「ひへえああああ!!」
顔は見えないが、都市迷彩が歯の抜けた様な声で喚く。
あの感触は歯だったのか。
都市迷彩は俺の右手を手袋ごと噛んだ。それを引っ張ったから、歯が引っかかって折れたか抜けたかしたみたいだ。
俺の右手小指と薬指も激痛に襲われていて繋がってるかどうかもよくわからない。
火事場のバカ力なのか、都市迷彩は物凄い力で俺に抱きついている。
肋骨が軋んでいる。
俺はなんとか体を少し浮かせて、挙げた右手を見る。
手袋が真っ赤になっている。都市迷彩の口の中から出た血なのか、それとも俺の指が手袋の中でちぎれているのか。
俺は右手を地面に下ろし、体を動かして、都市迷彩の正面に自分の頭を移動させた。
鼻が触れ合いそうな距離にある都市迷彩の顔は、最初の態度が見る影もないほどボロボロだった。
前歯が何本も抜け、口の端から血とヨダレの混じったたものをダラダラと垂れ流している。
涙と鼻水で顔はドロドロ。
「ひぃえぃいい、ひろおろしぃい」
と、悲鳴なのか何なのかよくわからない声をあげている。
都市迷彩は激しく暴れ、今にも上下をひっくり返されそうだった。
どんなに泣き喚いていても、上を取られたらヤバイ。
ギシっと、妙な感触があった。肋骨がもたないかもしれない。
前腕はズタボロで、手は使えなさそうだが、肘から肩は無傷で残っている。
俺の細い体を押さえつけるには十分だったみたいだ。
今更、腕に手斧を叩きつけてないで、頭を腕で覆っている内に脇腹を刺して動脈を切っていれば良かったと気付く。
くそ。何から何まで、俺は考えが足りない。
こいつのマチェットを使おうかと思ったが、それは俺から右側にある。俺の右手は今使えない。
体を起こしたら、そのままひっくり返されるかもしれない。
「ころ、ひろごろしあああああああああ!!」
『人殺し』という言葉は、罵倒語として使われる。
俺は昔からそれがピンと来なかった。
社会性の動物である人間からすれば、それは大罪なのだろう。その理解はできるが、現実に人殺しなんて言う場面が無いし。
今はわかる。
俺は確かに人殺しだ。
それしかできない、それが俺の天職だと思っていた。
「なぁ、お前、自分がおかしいと思うか?」
俺の問いに、都市迷彩は、
「…… なに、いっへんら? 」
少し静かになった。
「お前さ、銃突きつけて、女よこせとか、どう考えてもおかしいだろ。それで、やりかえされないと? 自分が殺されないとおもっていたのか?」
「うるへええ!! このひろごろひはああ!!」
人間、パニックになると何だかよくわからなくても一つの事に執着してしまう事がある。
パニックじゃなくても、考えるのが面倒な時とか。
どうも都市迷彩は『人殺し』という言葉に救いを求めたらしい。
「そうだ。俺は人殺しだ。人間を二桁殺してる。
ずっと、それを俺にしかできない天職だと思ってたんだよ。
……でも、違ったらしい」
あの夜。
妹と合流して、一緒に作業しながら、色々話した。ちょっと蹴られた。
妹は、俺の事を教えてくれた。
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