60 油断大敵
60 油断大敵
「元気だった?」
「あ…… おう…… お前も…… 元気だったか?」
「うん」
数年ぶりの再会だった。
顔を合わせてもうまい言葉が出てこない。
妹は避難所にいたはずだ。
それがククリ刀、しかも結構大型のタイプをぶん回してゾンビをバラバラに…… わからん。
「ヒゲ、ボサボサだね……」
「ああ…… カミソリ使うの危ないと思って…… これでも一応切ってるんだけど」
「そっか……」
俺と妹が何の話をしていいのかわからず、なんだか硬い空気になっていた。
鼓膜はだいぶ回復していたらしく、パタパタと物音が聴こえてきた。
見ると、ホームセンターの方から二人、女の子が走ってくるところだった。
一人はメガネで、なんか、委員長という感じ。コンパウンドボウを装備している。
俺を助けてくれた矢は彼女が放ったものだったのか。
もう一人は…… 青龍刀? 薙刀? 長巻? なんだかよくわからんが、戦闘力の高そうな武器を持っている。
背も高い。うちの妹も高い方だが、それよりも高い。俺よりも高いんじゃないだろうか。
そして、大きな胸が激しく揺れていた。
□
「ゾネ兄さん、初めまして! アッシ、ナツリンっす!」
「なつ…… りん? ……いや、ぞねにいさんって…… 」
大きなコが元気に挨拶してきた。
さっきまでゾンビと血みどろの戦いを繰り広げていたこの場所は、視覚的にも嗅覚的にも色々やばいのだが、そんなもの全くものともしない元気の良さ。
俺は妹を見た。妹は苦笑い。
委員長っぽいコは委員長というらしい。
それ名前か?
メガネをクイっと上げて挨拶してきた。
「ああ…… その…… うちの妹がたいへんお世話に……」
俺は頭を下げた。
□
挨拶だけして、まずその場を離れる事にした。
肉塊が散らばった場所で話し込む理由なんて今のところ無い。
それに、疲れていた。
妹は全然平気そうだが、俺は立っているのもやっとだ。
服も着替えたい。
「ゾネ兄さん、大丈夫っすか? 肩貸しますよ!」
と、ナツリンが元気よく声を掛けてきてくれる。
ありがたいが、まだ自分の足で歩けるのに、女子の手を借りるわけにはいかない。
「大丈夫だよ。ありがとう」
3人の女の子は、心配そうに俺を見ている。
俺は、ゾンビの赤黒い血やら肉片やら臓物やらでドロドロだ。
その辺に転がってるゾンビとそんなに変わらない姿をしている。
心配させてしまって逆に申し訳なかった。
女の子3人か……
林の中のペンション。仕留めた鹿を3人で仲良く引きずって来たあの子達を思い出した。
ぱん。
と、空気が叩かれた。
一拍おいて、ナツリンの肩から血が噴き出した。
は?
振り返ると、遠くの路肩、林の中に人影と、煙。
銃? 狙撃だと?
「走れ!」
俺が叫ぶのが早いか、妹はナツリンを抱えて走り出した。
火事場の馬鹿力か? 人一人お姫様抱っこしているのにめっちゃ早い。
委員長も走り出した。
走りながら後ろに矢を飛ばしている。流石にそんな無茶な体勢では当たらなかったが、器用過ぎてビビる。
腰が痛い。脚も痛い。
俺は全力を振り絞って、しかしヨタヨタと走った。
何度も銃声が響き、アスファルトが砕ける。
銃声はともかく、足元で砕けるアスファルトの音でせっかく治った鼓膜がまたバカになりそうだ。
…… 俺を狙ってるのか?
俺はわざとジグザグに走った。
銃弾は連続してアスファルトを砕き、飛び散った細かいチリが足や体に当たって結構痛い。
俺を狙っている。
俺たちはホームセンターに辿り着いた。
「くそ! なんだってんだ! 友達……ナツリンは?」
妹は、苦い顔をしていたものの、
「大丈夫。弾は抜けてるみたい。 あ、委員長!」
見れば委員長も怪我をしていた。
右手首に切り傷がある。
銃弾そのものではなく、アスファルトの破片や飛び散った石で切ったらしい。
傷は小さなものだが、かなり深いらしく、出血が酷い。
そういえば委員長は俺の近くを走っていた。
俺を守ろうとしてくれていたのか。
誰か知らんが、あいつは俺を狙っていた。
ナツリンは誤射でやられた。
委員長は巻き添えをくらった。
俺のせいで……
妹に再会できて嬉しかった分、心が沈んでいくのを自分でもはっきり感じた。
くそ、なんだってんだ!
俺が悪いのか!? 俺が……
「お兄ちゃん!!」
気付けば妹が俺の目の前に立っていた。
「えっと、話したい事は色々あるんだけど、とにかく今はお兄ちゃんの血が必要なの!」
…… 俺の妹は何を言ってるんだ?
◯




