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58 共闘というもの

58 共闘というもの



不思議な感覚だった。


もう体は限界を超えている。

汗で重くなったシャツやジャージ下が、まるで鉛か何かの様に重く感じる。

皮膚の感覚もなんだか鈍い。

耳も遠くなっているし、鼻も肥料爆弾のせいでバカになっている。


筋肉が乳酸まみれで上手く動かない。

手斧の重量と慣性を利用して、なんとか体を動かしている。動かし続けている。


疲労困憊でゾンビに囲まれ、危機的状況だ。


にもかかわらず、楽だ。


とても楽だった。


ゾンビの手を避け、歯を避け、切り刻む。

やっている事はこれまでと変わらない。


しかし、背中を気にしなくていいというのは、こんなに楽だったのか。


手斧が当たったゾンビの腕がへし折れた。

肉は半ばまで断ち切れたが、骨は無理だったみたいだ。

あんなに頑張って研いだけれど、刃物としてはもう使えなくなっている。

ならば、鈍器として使えばいい。

回転させ、振り上げ、ゾンビの頭に打ちおろす。

頭が砕けたゾンビは、糸が切れた様に崩れ落ちた。


切れ味の鈍った二本の斧を振り回す。

これが最後の武器だ。

でも、あまり不安は無かった。

この斧は最後まで戦ってくれる気がしていた。

そして、うしろのやつも。



不思議な感じだ。安心する。




誰かと一緒に戦うなんて初めてだと気付いた。


避難所で初めてゾンビを殺した時。

戦って、殺したのは結局俺一人だった。

誰も助けてくれなかったし、逃げやがった。

たった一人で戦って勝った俺は、スケープゴートにされて、バカにされ、サンドバッグにされそうになった。


避難所から逃げ出して、ショッピングモールに辿り着いた。

俺を迎え入れる様な事も無かったし、俺が、避難所からの使者である、と嘘を付いていなければさっさと殺されていただろう。

一緒に戦うどころか周りが全部敵だった。

一人でどうにかできるものでもない。俺は逃げ出した。


都市部のホテルには小規模なグループが住んでいた。

封建社会、絶対君主制、統治方法そのものに文句はない。

だけど、力を合わせるどころか他人を使い潰すなんて許せなかった。

俺はまだ、人々が力を合わせて生き残るという夢物語を信じていた。バカだった。

クズ3人を処理した。

7人もいた男達は、誰一人俺と一緒に戦わなかった。

どころか、俺の不利になる様な行動をした。

支配者が居なくなった途端、態度が変わった。残って居た5人の女達を支配し始めた。

俺は力を合わせて生きようと思っていた。

誰も、そんな事考えてなかった。俺は一人だった。

俺はまた逃げた。


何度も人間のコミュニティを見た。

寄り添って生きる人々は、しかし、その中で奪い合って生きていた。


そして雪山。

上手くいっていた。

俺は彼女たちと行動を共にしていなかったけれど、それなりに働いていた。

でも俺に関係なくあの3人の女の子グループは崩壊した。

俺の居ないところで崖から落ちて死に、俺のいない所で怪我をした。

俺は自分の仕事を小さな女の子に丸投げして、その女の子も俺が見ていないところでゾンビに食われた。

俺は必要無かった。

まともな集団だった彼女たちの中に、俺の居場所は無かった。

色々と作業をしたけれど、思い返すと全て一人でやっていた。協力なんて、していなかった。

俺は一人だった。


雪山を降りてからも、人間のコミュニティを観察した。

どこかに希望があるんじゃないかと思った。

そんなものなかった。

きっとどこかに上手くやってるコミュニティもあるんだろうとは思う。

けれど、おそらく運命というものがあって、俺はそいう場所にたどり着けないさだめなのだろう。



多分、寂しかった。


一人で生きていくと決めたつもりでも、そうやって人々を観察していた。

危機管理だと自分に言い聞かせながら。


そして、マンションで人を殺した。

逃げればよかったんじゃないか?

いつものように一人で逃げれば。


それからここにたどり着くまで、ゾンビを殺し続け、たまにコミュニティを発見して観察して、ずっと一人で歩いてきた。


このゾンビの群れの中には、俺が発見したコミュニティの連中も混ざっているのかもしれない。



ずっと一人だった。


今は一人じゃない。


背後を任せられるのが、こんなに安心することだったなんて。

噛み合う人が、いた。

それも、こんな近くに。

考え方が合うとか、意見が合うとか、好みが合うとか、そういう事じゃない。

そんなの合わなくてもいい。

ただ、協力して、お互いそれぞれの仕事をきっちりやる。

たったそれだけの事が、今までだれとも噛み合わなかった。




学生時代。

俺は一人で掃除をしていた。

俺がちゃんとやるから、ほかの連中は遊びに行った。


あの時、誰かがチリトリだけでも持ってくれたなら、俺の人生は変わっていたんだろうか。


過去にifは無い。


だけど今、背後を他人に任せた俺は、救われた様な感覚を確かに感じていた。






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