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51 事後処理2

51事後処理2


 練炭で上の人間は確実に仕留めたと思う。

 ゾンビになっていてもだ。

 いかんせん高級マンションの一室だが、外に出た時に確認したけど窓が割れていたり開いていたりもしていなかった。

 

 多分、死んだ。

 

 俺はとうとう姿も見ずに人間を殺した。

 

 あの雪山の出来事からだいぶ経っている。

 ゾンビ騒動から数えたら3年目だろうか。

 もうよくわからないし、気温の変化は肌で感じる。農作業しているわけでもないから暦は必要ない。

 

 生存競争だから、などと言ってはみたものの、それが全くの欺瞞である事は自分で理解していた。

 

 怖い。

 怖いんだ。他人が。

 

 俺は元々他人とあまりうまくやれないタイプの人間だったけれど、別に他人をここまで恐怖してはいなかった。

 避難所、ショッピングモール、ホテル、そして雪山。山を降りてからも、人の集団を幾つか見かけた。

 俺は愚かにも接触したさにウズウズしていた。本当に学習能力がない。

 だけど、じっと外から観察しているとどのグループも狂っていた。

 ホテルの件がある。下手に介入しても、余計な事をしてしまうかもしれない。

 雪山の様に、ただ人の死を見るために、その後始末をするために人と関わるのはもう嫌だ。

 避難所の様に、あれだけの人間がいながら1人になるのも。

 

 あらゆるものが嫌だった。

 

 自分のキャンプの上に人間がいる。

 考えれば考えるほど怖くなって、殺そうと決意した。

 人間が怖い。

 1人でいると、大変な事もあるけれど、安らぐ。

 他人がいる時の記憶は全て、悪い事として記憶されている。

 ゾンビ騒動の前も、後も。

 

 

 □

 

 

 俺はキャンプを離れた。

 

 ほら、このザマだ。

 今度は自分が殺した死体が上にあるのに耐えられなくなった。

 人がいるのに耐えられなくなって殺したのに、今度は自分が殺した事に耐えられなくなって逃げ出した。

 

 俺は弱い。

 とてもとても、弱い。

 

 最近はよく妹の事を思い出す。

 全く趣味が合わないやつだったけど、なぜか一緒に遊べたし、一緒に映画を観たり、ゲームをしたり、家庭菜園の世話も少しやってくれていたようだ。

 一緒に育ったわけではない。そもそも血の繋がらない兄妹だというのに、妹というのはこんなに馴染むものなのかと、そう思っていた。

 違う。

 きっと妹が俺に合わせてくれていた。あいつは良い奴だ。

 妹の様になれたら。

 でも、俺は妹じゃないし、あいつが何をどう考えて合わせてくれているのかわからない。

 それに、どうしろってんだ。

 俺の出会った人達と、どうすれば仲良くできたんだ?

 妹はアレでサッパリした性格をしているから、仲良くできないと判断したら切り捨てるだろう。


 仲良くできず、殺してしまって、そして、悩んでいる。

 あの嫌な感情を忘れる事ができない。心の中に真っ黒で重いタールがベッタリと張り付いているみたいだ。

 それが酷く恥ずかしい事にも感じる。

 

 足に何かが纏わり付いている。

 後ろから迫ってきている何かが、俺の足にすがりついて、地の底に引きずり込もうとしている。

 

 

 俺が殺した人間はこれで何人だろうか。

 雪山以降も数人殺したし、今もまた、殺した。

 今回は人数の確認なんてしていない。

 避難所のトドメを刺した分を加えたらとんでもない数になっていると思う。

 100人超えているのかも。

 とんでもない犯罪者だ。

 

 コンビニの荒れ具合と食性、こんなご時世に化粧品をごっそり持っていった事から、上の住人とは相容れないと思った。

 怖いと思った。

 今まで出会ったろくでもない奴らと似ていた。

 でもだからって、殺す必要があったのだろうか。

 俺はこうやって逃げている。

 だったら殺さずに逃げても良かったんじゃないだろうか。

 

 死体処理は俺の天職だ。何も感じない。

 殺人はこのザマだ。余計な事を延々と考えてしまう。事後になって。

 やる時は即断即決なのに。

 普通逆じゃないのか? やる前に悩んで、やったらもう後はスッパリ忘れるとか。

 こんな世界で判断の遅延は死に繋がるから、とか、理由はいくらでも付けられるが。

 

 

 結局俺はただの殺人鬼ではないのか。

 

 

 □

 

 

 雨の匂いがする

 

 俺は適当な民家に入って、やり過ごした。

 ひどい土砂降りで、多分しばらく外に出れない。

 でもそれでいい。

 北から少し戻って、今はどの辺だろうか。

 遠くに琵琶湖が見える。

 結構戻ってきていた。

 今の俺には目的地も目標も無い。

 雨の日に引きこもるのは全く困らない。

 

 最近は気温が下がっている気がする。

 人の営みが殆ど無くなれば二酸化炭素が減って気温が下がるのだろうか。

 いや、家畜が食われるなり殺処分されるなりしたんだろう。

 メタンガスを排除すれば効果は早く出る。

 お年寄りがよく熱中症になったりするのは気温が上がったからだけではない。

 昭和初期あたりまで少し世界気温が低かった。そして気温の上昇幅も大きい。だから認識が少しズレている。

 例えば戦国時代も少し気温が低かった。

 気温が上がったり下がったりしながら地球は長らくやってきた。

 だが、ここに来てこの数年の間に人間が減り、排出されるガスが減った。

 これがどう影響を与えるのかわからない。

 ゾンビの危険はあるが、もっと安定した気候の場所に移動しようか。

 ぼんやりと目標を定めた。

 

 どちらにしても、この雨はしばらく止みそうにない。

 

 雨の匂いは昔からわかる。

 だけど、最近、また別のニオイが分かる様になった。

 ゾンビのニオイだ。

 何か特別な分泌物を出しているのかもしれない。動物の獣臭とはまた違う。

 目があまり良く無いんだから、共食いを避けるためにニオイで分かる様にするのは確かに必要だろう。

 

 そのニオイがする時はだいたいゾンビがいる。

 

 以前からそうだが、ここ最近はずっとゾンビを観察したり殺したりしていた。

 爆殺して飛び散った肉片に辟易したり、ガスで巣を潰す事もできた。

 俺はビビりだし、以前ならあんな危険な行動は取らなかった。

 捨て鉢になっている様な気がする。

 

 目的だ。

 目的が必要だ。

 生きる事に苦労するこの状態では、死なないために目的がいる。

 なんで死にたくないのかというのは分からないけど。

 俺もまた所詮ただの生物の一体だという事なんだろう。

 死体を沢山見てきた。

 死ぬとはああいう事だ。

 記憶の中の汚物臭が鼻を突く。

 嫌だ。生きたい。

 俺は殺人鬼になってしまったけれど。

 

 

 □

 

 


 琵琶湖の北側近くに来ると、あのニオイがどんどん迫って来ているのが分かった。

 俺はそれに背中を押されて、逃げている。

 

 どういう理由なのか分からないが、ゾンビが南下している。

 そりゃあ、いい土地に行きたいのは連中も同じだろう。

 

 地図で見たら琵琶湖の北側、日本海までの幅は凄く狭い。

 だが、1人の人間からしたらとてつも無く広い。

 何処かでやり過ごせるかとも思うが、それでもやはり、狭いのだ。

 日本は山がちで、平地が少ない。

 国土の7割程が山だ。

 山を歩いて逃げるなら、距離も消費体力も増えてしまう。

 必然的に、山間の決まった道を行くしかない。

 そしてそこはゾンビも通るだろう。

 ならば山の方に隠れてやり過ごせないかとも思ったが、山の中でゾンビの集団に出会ったらそれこそどうしようもなくなる。

 

 俺は草の生い茂る大きな道を進んだ。

 アスファルトの小さな割れ目から植物が伸びている。

 なぜかそれがとても羨ましく見えた。

 

 □

 

 

 何でかは知らないが、ゾンビが南下してきている。

 どれ程の集団かまだ分からないけれど、酷いニオイだ。

 

 逃げ続けるにしても、琵琶湖を超えて逃げるのは危険だ。

 琵琶湖を超えてさらに南下したなら、関東関西のゾンビまで追ってくるかもしれない。

 そうなったらもう逃げ切れるものではない。

 

 最近観察していたら、ゾンビはとうとう昼間でも平気になり、二足歩行で歩き、時々走り、その辺の草を食う様になっていた。

 ゾンビは信じられない程頑丈な体を持っている。腸内細菌が草食動物の様に変化するまで耐えるのもただの人間が努力するよりずっと簡単だっただろう。

 だったら人間を食わないで欲しいが、近くの犬や猫にも襲いかかっていた。雑食らしい。

 何なんだあの超生物は。

 人間なんてもう要らないって事か?

 

 ゾンビ虫は脳に寄生して人間の体を乗っ取る。

 人の体を快適な乗り物に変化させて脳の操縦席で快適な生活を送るミニサイズのエイリアンを想像した。

 

 人間全部がゾンビになったわけじゃないだろう。

 この道から来るのは100か。200か。

 日本の人口自体も減ってはいるが、東北と北陸で人口1500万人はいたはずだ。

 関東は南なので気にしなくてもいいと思うが、1500万人の1パーセントがゾンビになって南下してきたとしても15万人。

 琵琶湖北の道をどう分散しているか分からないが、マトモにやりあえるものではない。

 

 何でこんなローラー作戦の様な……

 ……ローラー作戦?

 

 俺は立ち止まり、北の空を仰いだ。

 雨上がりの空はまだ灰色で重かった。

 それが嫌に不吉に見える。

 

 おかしいとは思っていた。

 そういう事なのか?

 

 俺は再び歩き出す。

 どっちにしても、多分、戦わなければならない。

 これがローラー作戦なら、凌ぎきればしばらくはマシになるという事だろう。

 

 俺には何もない。一つの仕事以外、何も。

 俺は死体を処理し、ゾンビも処理する。

 それが俺の天職だ。

 一番得意な仕事をするだけだなんて、よく考えたら簡単な事じゃないか。

 

 遠くに大きなホームセンターが見えてきた。

 仕事の準備をするには十分だろう

 

 

 ◯

 

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