表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/72

50 女達4

50 女達4


 吹雪が止んだのは3日後だった。

 彼女達の小屋を離れて、丸2日と半日。

 

 この吹雪なら大丈夫だと思いながらも、小さな物音でよく目覚めた。

 

 小屋を出ると、3日前とは全く気温が変わっているのがわかった。

 吹雪は止んだが、気温は下がったままだ。

 

 細かい氷の様な雪を踏みしめ、外に出た。

 思ったより大きな音が出てしまう。

 枝を加工した90cm程の槍を5本、担いで進む。

 途中で一本ずつ地面に突き立てていった。

 

 最後の一本を持ったまま、女達の小屋に近付く。

 

 斧は振らなければならない。

 ナイフと槍なら突くだけだ。今は右手に槍を握っている。

 樹皮を剥いで握りやすくした部分を、一番短く持った。

 

 左手でドアノブをゆっくりとひねると、凍っていたのか抵抗を少し感じた。

 かまわず回すと、パキパキと嫌な音が鳴ってしまい、身がすくんだ。


 しばらく待ったが、何も反応はない。

 再びドアノブを回して、ゆっくりとドアを開いた。

 鍵はかかっていない。多分、俺が出て行った3日前のままだろう。

 

 ドアはまだわずかしか開いていないが、小屋の中から酷いニオイが溢れてきた。

 アンモニア臭、汚物のニオイ。僅かな鉄臭さ。

 

 ゆっくりとドアを全開にすると、部屋の全貌が分かる。狭いし、ワンルームだ。

 俺はドアから一歩だけ入って、小屋の中を観察した。

 奥には積み上げられた物資。

 これが部屋の半分近くを占領している。

 そして、倒れている小柄な少女。

 うつ伏せで倒れている。

 腹から伸びた長い物が、床に散らかっている。

 黒いシミが床中に付いているのは、血だろう。まだ半乾きの血液には、それ以外の、吐瀉物の様なものが混ざって飛び散っていた。

 

 鉈は部屋の隅に転がっていた。

 彼女が持っていた様には思えない。

 そして、彼女の隣には、寝具が積み重ねられ、こんもりと山になっている。

 ストーブの火は消えていた。

 寒かったのだろう。

 もそりと布団の山が動いた。

 そして、その隙間から、ずるりと見覚えのある顔が出てきた。

 髪も顔も赤黒い物で汚れているが、皮下脂肪が薄く、凹凸の浅い、愛嬌のある顔立ち。

 スポーツが好きそうな少女の成れの果て。

 そいつがニッコリと笑った。

 唾液で血が溶けたのか、赤黒い顔の中で白い歯が不気味に光っていた。

 

 ズルズルと布団の山の中からゾンビが這い出して来る。

 

 布団を被って暖を取るぐらいの知恵はつくんじゃないだろうかと、ずっと以前に考えた。その通りになったわけだが、こんな予想当たっても全然嬉しくない。

 

 ゾンビの肩幅は広く、カッチリしている。

 太ももの筋肉はズボンを押し上げてはっきり分かるほど発達している。

 筋肉の最大出力が出るのであれば、本来ホルモンによって差がある男女間でも、全く関係なく、筋肉の太さのみによって出力が決まるのかも。

 だとすれば、目の前のこのゾンビは今まで戦ったことのあるゾンビのどれよりもずっと強い事になる。

 

 冷や汗が吹き出てきた。

 

 ゾンビが、ひたり、ひたりと、床に手足を付いてこちらへ歩いて来る。

 腹はいっぱいだろう。そこにある死体の損壊はまだ腹を抉られただけだ。

 食い残しているのだから、まだ胃に詰まっているはずだ。

 

 俺は、少しずつ外へと後ずさっていく。

 一歩だけ入っていた足を引き、後ろへ後ろへ。

 ゾンビも俺が下がった分だけこちらへと寄ってくる。

 

 ドアの枠というのは重要だ。

 こういう機動力が高そうなゾンビ相手には特に。このドア枠が行動を制限してくれる。

 

 自分の呼吸が浅いのに気付いた。

 鼓動が早い。

 俺はゾンビを引き寄せながら、少しずつ下がった。

 だんだんと距離が縮まっている。

 赤黒い顔に、ギョロリとした目玉が俺をじっと捉えている。

 捕まっただけで終わりだ。このゾンビは特に腕力があるだろう。

 

 ゾンビの体が小屋から半分出た所で俺は足を止め、踏ん張った。

 そして、

「ッぉおっ」

 強く踏み出すのと同時に、緊張しすぎて声を出してしまった。

 びくりとゾンビは反応したが、こちらにも後ろへも動かなかった。

 ドアの枠に体をぶつけていた。

 突然迫った俺を横に避けようとして、勝手にハマった。

 俺は両手で槍を握り、ゾンビに突き刺した。

 

 ズブリと、キツイ感触がある。

 硬い。筋肉のせいか?

 すぐに引き抜き、もう一度刺した。

 キィキィと耳障りな声でゾンビが鳴く。

 3度目を刺そうとしたら、ゾンビが飛びかかってきた。

 ドア枠に体を擦りながらだったので、あまりスピードは無かった。

 俺はそれを避ける。

 積もった雪に突っ込んだゾンビが、体を跳ねさせる様に何度も転がる。

 雪の冷たい刺激にびっくりしたのかもしれない。

 動きが激しくて槍の狙いが定まらない。

 両手で握っていた槍を左手に持ち替え、俺はベルトから斧を抜いた。

 吹雪の中、たっぷりと磨いておいた斧だ。

 それを振りかぶり、転がるゾンビの足狙って振り抜いた。

 テキトーだ。目の前であっちにいったりこっちにいったりしている足に当たればいい。

 ごつっ、という感触があった。しっかり当たって、骨まで届いたみたいだ。

 甲高い声で鳴いたゾンビの足から血が吹き出し、白い雪の上に赤いシミをいくつも作った。


 かまわず何度も切りつけた。

 

 雪の冷たさに、ズタズタに刻まれた足の痛さ、2度も槍で突かれた痛み。

 だが、それでもゾンビは身を持ち直し、回転して4本足で立ち上がった。

 

 俺は動きを止めて、構える。

 ゾンビは動くものに反応する。今まではそうだった。

 しかし、既に激昂しているゾンビには効果があまり無いみたいだ。

 雪を散らして飛び上がったゾンビに、左手の槍を突き出す。

 当たりはしたが、片腕では力が足りなかった。

 ズブリと少し刺さった感触はあったが、すぐに槍は手から離れてしまった。

 ゾンビの体からも抜け、雪に沈んだ。

 ゾンビの飛びかかりは勢いを殺され、俺の横に落ちた。

 急いで跳びのき、距離を取る。

 

 ゾンビが両手と両足を雪に沈めて踏ん張りながら、遠吠えを上げた。

 血液が凍らないかと心配していたが、ゾンビの体から流れ出る血は、雪を溶かしながら広がっていく。

 

 ゾンビはまた飛びかかってきたが、さっきほどの勢いは無い。

 俺が斧を振れば、後ろに下がってそれを避けようととした。

 警戒されている。それだけの知恵もある。

 だが、それでいい。血を流せ。

 

 俺はゾンビと距離を取り、突撃してきそうになれば斧を振って牽制し、じりじりと下がった。


 やがて、ゾンビは荒い息を吐きながら、ずぶずぶと雪の中に沈んでいった。

 

 俺は槍を取り、構えてゾンビに近付いた。

 半分雪に埋もれた顔。ギョロリと目玉が動いて俺を見る。

 口をモゴモゴと動かしているが、もう鳴きもしない。

 俺は槍を突き立てた。

 ゾンビの体が強く跳ねた。

 何度も何度も槍を突き刺し、だんだんとゾンビの反応が薄くなっていった。

 とうとう、槍を刺されても動かなくなった。

 それでも俺は、何度も刺した。

 

 

 □

 

 

 ゾンビの死体のを引きずって、小屋の中に入れた。

 

 床に転がっている少女の死体の首に何度か斧を振り下ろした。

 すでに血が抜けていたのだろう。ほとんど出血はなかった。

 必要無い行為だったかもしれない。

 だけど、これが俺の仕事だ。

 やらなければならないと思った。

 

 ドアを閉めて、女達の小屋を出た。

 

 

 □

 

 またすぐに吹雪になった。

 

 俺は雪の間、じっと閉じこもっていた。

 

 

 天気が回復して、気温が上がり始めるまで2ヶ月は掛からなかった。

 その間俺は、自分の小屋の中にでひっそりと生きていた。

 

 

 □

 

 

 熊が来て、二つの死体を食べるんじゃないかと警戒していた。

 それで帰ってくれればいいが、こっちにまで来ないだろうかと。

 籠城して、なんとかやり過ごすしかないが。

 

 結局熊は来なかった。

 でも、来てくれればよかったのにと少し思う。

 そしたら俺が処理する必要は無かった。

 

 天候が回復してから、俺は2つの死体のを引きずり出して、掘った穴に放り込んだ。

 そして、ガソリンを掛けて燃やした。

 

 小屋ごと燃やそうかと思っていたが、物資も燃えてしまう。

 運び出すのは面倒だった。

 それに、ニオイももう落ち着いている。

 いずれここに辿り付く人がいれば使うだろう。

 

 

 あの斜面に戻り、繋いだロープを使って一人で降りた。

 死体は一部だけしか残っていなかった。

 クマか、それともイノシシか。

 

 残っていたどっちかの片腕にペットボトルからガソリンを掛けて燃やした。

 別に必要なさそうだったが、500mlとはいえ、斜面を登るのなら軽い方がいいだろう。

 じゅうじゅうと周りの雪が溶けていく。


 山火事になるかも、とは思ったが、どうでもよくなって、俺は火をそのままに斜面を登った。

 

 

 □

 

 

 荷物をまとめて、ペンションから降りた。

 麓に辿り付くと、上よりも雪が溶けていた。

 

 俺は南に向けて歩いた。

 

 北へ向かっていたはずなのに。

 あそこで冬を越す訓練をして、また北に進むつもりだったのに。

 悩む事もなく、自然足が南に向かう。

 

 離れたかった。

 雪なんて今は見たくなった。






 なんだったんだ。



 一体なんだったんだ。

 

 あの雪の中の出来事は、一体なんのためにあったんだ。

 

 この辺りにゾンビはいない。

 彼女達3人だけでもやっていけた。

 彼女達だけで物資を上げて、彼女達だけで備蓄して、彼女達だけで狩もできた。

 俺はただ近くにいただけだ。

 どうしてすぐに山を降りなかったんだ。

 寂しかったのか? 俺が? バカな。

 まだ懲りてないのか俺は。

 そしてその結果があれだ。

 俺がいなくても、ああなり得た。

 俺は結局、ゾンビと死体の処理をしただけだ。

 いつもと同じ。以前と同じ。

 まるで、殺すためだけに、彼女達の側にいたみたいじゃないか。

 

 ザシザシと雪を踏む音だけが聞こえる。

 天気は快晴。

 まだまだ進めるだろう。

 

 何も考えたく無かった。

 手が震え、歯がガチガチと鳴った。

 きっと寒いからだろう。

 俺はクズだ。何も感じるはずがないのだから。

 

 

 ◯

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ