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49 女達3

49 女達3


 雪が強くなってきた。

 晴れの日はなかなか無い。

 

 鹿の肉は燻製と冷凍が大量にある。

 外にそのまま干しておくとイノシシや熊が寄ってくるんじゃ無いだろうかと思い、袋詰めにして埋めてある。それでもイノシシや熊は鼻が良いから不安だけども。


 女子の小屋には缶詰やスナック類、そしてお米などが積んである。

 俺の小屋にはほとんどお菓子は無く、缶詰の割合が多い。米は少量。女子のに比べると鯖缶とかイワシ缶が多い。女子は魚缶を臭いと言って嫌がった。でもツナ缶は全部持っていかれた。ニオイは変わらないと思うんだが。

 俺自身はあまり炭水化物を食べないが、脂肪を蓄積するために摂らざるを得ない時が来るかもしれない。そんな緊急事態来て欲しくないけど。

 俺は室内で家庭菜園を始めた。窓辺で葉野菜が育っている。室温で日当たりが良いなら大丈夫だろうと思ったが、避難所の死体処理場よりもずっと育ちが良い。やっぱりあそこは灰とかで葉っぱが呼吸困難になっていたんだろうか。

 

 今日は晴れたので、女達は狩猟に行った。

 今回で最後にすると言っていた。

 もう少し早くやめて欲しかったのだが、俺は何も言わなかった。

 最近は雪もよく降るし、突然天気が変わる事もあって、燻製が一度ダメになった。

 

 ストーブの火を付けた室内でヌクヌクと縄を作っていた。

 そこら辺に生えていた草を刈って撚り合わせている。昔キャンプ場でもつくっていた。妹は「え? 何でキャンプ場でまで引きこもってんの?」とドン引きしていた。

 でも、役に立っている。

 持ってきたロープには限りがある。強度もロープの方がずっとあるので、必要な時にだけ使う様にしたい。

 鳴子もそうだが、思いの外ロープをよく使う。この先自給自足で生活する時にもきっとそうだろう。覚えておかないと。

 

 この先…… 彼女達と生活する事になるんだろうか。

 その辺の話は全くしていない。

 共同作業で色々やるが、やはり100m先のお隣さん。外は寒いし、作業以外であまり会う事はない。雪が増えてからは特にそうなっていた。

 

 ずっと引き篭もってロープを作っている俺の方が燃料消費は多い。彼女達は外で歩いて暖を取っているし、獲物も取ってくる。

 なんか女達の方が効率いい様な気がする。

 

 ふと、窓の外が暗くなっているのに気付いた。

 

 俺は小屋を出て、空を仰いだ。

 いつの間にか分厚い雲が出ている。

 上空の風が強いのか、どんどん雲が流れて空を覆って行く。

 マズイ。

 

 しかし、女達が出て行ってからだいぶ時間が経っている。

 いつも通りなら今頃獲物を仕留めた帰りだろう。

 

 灰色の空は気持ちも灰色にする。

 なんだか不安になって、小屋の中に居ることができず、追加の薪でも作っておこうかと外で木の枝を落として小屋の前に運びながら女達を待った。

 

 なんとか法則という。

 予想しうる悪い出来事は確率上で低くてもなぜかよく起きる。

 それは悪い事に限って憶えてしまう人の話で、楽観的な人にとっては確率通りかそれ以下に感じる事なのかもしれないが。

 俺はこの時、また悪いことが起こったと思った。悪いことしか憶えていない。いや、良い事なんて最近あっただろうか。

 

 カラカラと鳴子が鳴った。

 女達が狩に行った方向だ。

 彼女達以外にあれを鳴らすものは今まで無かった。

 本来警戒すべき音だが、俺はその乾いた音を聞いて少し安心した。本当に少しの間だけだったけど。

 

 まだ足首に届かない程度だが、雪が積もる林の中をスポーツ少女が駆けて来た。

「お兄さん! お願い! 早く!」

 叫んでいる。

 嫌な予感というのはだいたい当たる。

 というか、ここしばらく、何かあった時はだいたい悪い時だった。

 今回もそうらしい。

 

 □

 

 俺はスポーツ少女に先導されて林の中を走った。

 途中置いていかれそうになった。やはり地力が違う。

 10分ほど走っただろうか。

 その先には、小柄な少女が居た。

 モデル美人が居ない。


 移動途中に聞いた。

 

 鹿を撃ち、矢も3本全部刺さった。

 いつも通り、鹿は一旦逃げた。この場所まで来た鹿は、やはりいつも通り倒れた。

 倒れた鹿を回収しようと近寄ったら、鹿はまだ余力を残していて、起き上がり、暴れたらしい。

 跳ね回る鹿に体当たりされ、鹿共々モデル美人が斜面から落ちてしまった。

 俺と、そしてロープを取りに、スポーツ少女はペンションまで戻ってた。

 話を聞くと、どうやら3人ともクロスボウを再装填せずに鹿に近付いたらしい。

 今までどうだったか知らないが、気を抜きすぎだ。

 とは思ったけれど、口には出せなかった。俺はずっと待っていただけだし、今更そんな事言ってもしょうがない。

 

 登山ロープを2束持って来た。俺が持っていた分と、彼女達が持っていた分。

 それぞれを木に縛り付け、もう片端を体に縛り付けた。

 ロープを命綱にして俺とスポーツ少女が斜面を降りていく。

 思いの外急斜面だった。

 踏んだ雪が崩れて流れ、直ぐ転びそうになる。

 まだこんなものかと思っていた積雪だが、こんなものでも厄介だった。雪を甘く見ていた。くそ。

 

 声を張り上げてモデル美人を呼んだ。

 スポーツ少女は半泣きで呼んでいたが、俺は次第に力が抜けていった。

 この斜面を転がり落ちて、俺たちの呼びかけに答えられる状態だとは思えない。

 体を強く打ったら、呼吸がきつくなる。呼吸がきつければ大きな声など出せない。

 それどころか、もう既に……

 

 小柄な少女は役に立たなかった。

 相変わらず俺には慣れないものの、思いの外よく働く娘で、他2人からも好かれていた。

 その小柄な少女は変な声を漏らしながら震えていた。

 精神がやられてしまっている。

 友達が大好きだったんだろう。

 どっちにしても、体格や体力で劣っている。変に動き回らずおとなしくしてくれているならそれでいい。

 

 斜面はロープより長かったが、ロープが伸びきったところから斜面の終わりまで5mか10m程だった。

 俺が持っていたロープと女達が持っていたロープはほぼ同じ長さ。

 ロープが伸びきった状態で斜面の麓を見ている俺。距離をおいて横にスポーツ少女が見える。

 俺が迷っているうちに、スポーツ少女はさっさとロープを解いて斜面を滑り降りていった。

 俺もロープを解いて追いかけた。

 登る時はこのズルズルの斜面を5mか10mか登ってロープの端に辿り着かないといけない。その苦労と、落ちたモデル美人の探索の苦労を天秤にかけていた自分に気付いてイラついた。 

 

 □

 

 鹿の角が立って居たので、思いの外早く見つかった。

 俺は無言で、スポーツ少女は叫びながら雪まみれの鹿に近付く。

 鹿は既に死んでいた。

 斜面を転がりながら鹿と別れたのだろう。モデル美人の体はもう少し離れた所にあった。

 やたらとピンクピンクしたウエアに乗った白い雪は模様の様にも見えるが、一緒に乗っている土塊がそれらを汚れだと認識させる。

 長い手足が不気味に曲がっていた。

 斜面を滑り落ちた此処も林だし、斜面も林だ。

 木の一本も当たらずに滑り落ちたわけがない。何度も体を叩きつけられただろう。鹿の重量までプラスされて衝撃を受けたはずだ。

 

 長い黒髪を散らしてうつ伏せに倒れていたのは幸いだった。

 スポーツ少女がもう限界だったからだ。

 膝を突いて、顔を凍らせたまま、ボロボロと涙をこぼしている。

 うつ伏せの友達に触れようとして震える手を伸ばしては、引っ込め、また伸ばし、何もできずにいる。

 

 俺は身体中が変に曲がった少女を抱き上げて、呼吸と首の脈を確認した。

 本当はすぐにとどめを刺すべきだが、スポーツ少女の手前、俺も少し感傷的になっていた。

 抱き上げた感触から、既に首の骨が折れている事はわかった。

 何度も死体の処理をしている内に憶えた、こんな時ぐらいにしか役に立たないろくでもない感覚だ。

 それでも一応呼吸と脈を確認して、スポーツ少女に伝えた。

 彼女は死んでいる。と。

 俺の言葉に、スポーツ少女は声を上げて泣いた。

 

 □

 

 とりあえず、手を組ませて、腕と脚を伸ばして横たえた。

 首が折れているならゾンビにはならないだろう。身体を打撲しているし、頭も打っているかもしれない。

 俺が死体をぼんやりと眺めている内に、スポーツ少女は泣き止んだ。

 

「死体。持っていくか?」

 空気が読めないと自覚している。でも、聞く必要があると思った。

「いい。置いていこう。こんなの、あのコに見せられない」

 ふいっと斜面の上を見るスポーツ少女。木々に阻まれて上は見えない。だが、そこに立って、今もまだ不安な気持ちで震えているであろう小柄な少女の事を思っている。

 

 元々の性格なのか、スポーツ少女は立ち上がりが早かった。

 そして、真剣な眼差しで、

「ねぇ、お兄さん、あのコの話、聞いて」

 上で待っている少女の事を話し始めた。

 

 

 □

 

 

 話はすぐに終わった。

 つまり、上のあの小柄なコは避難所で強姦された。

 それで、俺を、男を怖がっている。

 

 俺がいた避難所でもあった事だ。

 身の危険を感じた女性が脱走していた。


 あの通りの小柄なコだから、標的にしやすかったのかもしれない。

 何人もの男に攫われて、犯され、もてあそばれた。

 

 でも、何でこんな話を俺にしたんだろうという疑問が直ぐに沸いた。

 別に話す必要は無かった。

 

 モデル美人の死体を見て心境の変化でもあったのか。

 

 俺が考えていると、スポーツ少女がすっと上着をたくし上げた。

 

 そこには青い痣が見えるだけで3つ。多分、まだあるのだろう。

 俺が見たのを確認してから、上着を下ろした彼女は、ニッコリと笑った。

 いつもの笑顔だった。

 だが、いつもと違って、ボロボロと涙をこぼしていた。

 

 今更気付いた。

 いつもの彼女の笑顔は、無理して笑っている笑顔だった。

 

 こんな状況で、そういう風に笑うし無かった。

 そんな事にさえ俺は今まで気付かなかった。

 

「お腹と、背中も少し。鹿が暴れた時に蹴られて、凄く痛いの…… 私、死ぬのかな?」

 そう言って、彼女はまた笑った。

 

 俺は何も返事をできなかった。

 

 

 □

 

 

 斜面を登ると、スポーツ少女に小柄な少女が抱きついた。

 二人に会話は無かったが、この状況だ。察したのだろう。

 小柄な少女は泣き喚いた。

 抱きしめられているスポーツ少女はわずかに顔を歪めた。痛いのだろう。

 

 俺たちは小屋に戻った。

 

 

 □

 

 

 スポーツ少女の怪我を知った小柄な少女が取り乱した。

 激しく暴れ、叫んだ。

 さっきまでの元気はどこへ行ったのか、スポーツ少女は今、寝具に包まれて青い顔をしている。

 額に汗が浮き、呼吸は荒くて浅い。

 俺が寝具をどけて傷の具合を見ようとすると、小柄な少女に蹴られた。

 彼女達の持っていた道具の鉈を振り上げて、俺に激しく喚き散らす。

 何を言っているのかわからないが、俺は身を引いた。

 

 小柄な少女は、青い顔で意識も定かではない友達に覆いかぶさって、泣いた。

 

 あの痣、打撲というだけじゃないだろう。

 この状態だ。多分内臓もやられている。

 さっきまで立って歩いていた方が奇跡なんだ。

 

 この小柄な少女の話をしたのは何でだ? 俺に、託したのか?

 でも、この暴れる少女を俺にどうしろってんだ。

 無理だと思った。

 肩が重かった。

 そんな自分をクズだと感じた。

 同じグループだなどと思っていても、合わないメンバーに対し、こんな気持ちを抱くなんて。

 

 

 小柄な少女の泣き声は、やがてすすり泣きへと変わった。

 俺はその間、じっと部屋の隅に座り込んでいた。

 

 

 彼女はまだ小さく泣いているが、言わなければならない。

「そのままだと、ゾンビになるかもしれない」

 俺の小さな呟きは、泣いている彼女にもちゃんと聞こえた様で、ギラつく目が俺を睨んだ。

「もし変化したら、お前が始末を付けるんだ」

 鉈がある。彼女が鉈を使って薪を割っているところも見た。

 首の動脈を切断するぐらいできるだろう。

 

 我ながら冷たいと思う。

 だけど、俺がやろうとすればトチ狂った少女に背後からやられるかもしれない。

 それに、俺にはそれができるか分からなかったのだ。

 思えば、モデルの様な美人も、スポーツをやっていたらしい少女も、やたらと俺を嫌っている小柄な少女も、ほとんど話しをしていなかった。

 ただ、顔を合わせて、仕事の会話や打ち合わせをする程度。

 スポーツ少女は特に笑顔が多かったから、なぜか会話した気になっていた。

 それは俺が極力関わらない様にしていたからでもある。

 だが、それでも、今までで一番仲間の様に感じていた。

 後悔した。

 俺は死体の処理と、邪魔者の処理しかしてこなかった。

 避難所でもずっと一人だったし、その後も一人で移動していた。


 だから俺は、仲間を殺した事が無い。

 

 そのくせ、こんな小さな少女にそれを強要している。

 俺はクズだ。

 

 立ち上がって、女達の小屋を出た。

 外は雪が降り始めていた。

 

 俺が自分の小屋に戻るとすぐに吹雪になった。

 

 俺は、集めてあった枝の一つを小屋の中に引きずり込んで、工作用のナイフで削り始めた。

 生木なのでささくれ立ったりナイフがハマって中々難しかったが、しなりがあるのは良いと思った。

 細かい枝を落としていく。

 全く直線ではなく、うねった感じの木材が一本。

 滑るといけないので、半分ぐらいは樹皮を削り落とし、その逆の方は切り上げて尖らせていく。

 

 俺は本当にクズだ。

 悲しい気持ちはある。

 だけど、こんな風に準備をしている。

 空気を読めない。

 他人の気持ちを逆なでする。

 余計な事を言う。

 色んな事を言われたが、全て正しい。自覚はある。

 

 でも、本当に、俺にはこれぐらいしかやることが思い浮かばない。

 

 

 

 吹雪は続き、俺はストーブの明かりの中、小屋に引き入れてあった何本かの枝で同じ作業を続けた。

 

 

 ◯

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