47 女達1
47 女達1
都市部を避け、日本海側を北に進んだ。
琵琶湖を遠くに眺めながら横切り、北上。
金沢に入るともう進めなくなった。
雪の日が増え、ほとんど進めなくなったのでここで冬を越す事にした。
最初は雪に喜んだ。
俺の住んでいた地域では殆ど降らない。
だが、進行の妨げになる。冷えるし濡れる。あまりの面倒さにすぐ辟易するようになった。
雪国に行ってみたいと思っていたし、雪だるまとかかまくらとか、少し憧れがあったけど、幻想を打ち砕かれた気分だ。
こんなもの邪魔でしかない。
雨よりずっと厄介だ。
北の山奥とかで自給自足しながら行きていこうと思っていたが、それが今の俺では絶対に不可能だと悟った。
というか、この気候では庭に畑作っても上手くできるかどうか。
今年はこの辺りが行き止まりだろう。これ以上北上するのは危険だ。
金沢。観光地、保養地としてしか知らない。
あと、金沢カレー。
森の中にどっかの金持ちの別荘かコテージ風ホテルぐらいあるだろう。普通に山小屋でもいい。
コンビニに侵入して地図や地元情報誌を漁り、山小屋風のペンション情報を発見した。
まだ積雪という程雪は降っていないけど、これから先は積もるだろう。
金沢は例年どれぐらい雪が降るのだろうかと思ったが、すぐに検索できるインターネットは落ちているし、資料を探すのも面倒だ。
出たとこ勝負なのはマズイと思うが、早く籠らなければヤバイ。
近くのマンションの駐輪場からマウンテンバイクを失敬した。タイヤはスパイクタイヤだったが、それでも心配だったので、針金を巻いた。リムブレーキではなくディスクブレーキだったので、針金は干渉せずちゃんと回転した。
少し凍った路面に針金が擦れてギャリギャリと変な音を立てる。
おっかなびっくりしながら、道を行く。
建物が少なくなり、左右が森や山という風景になってきた。
寒くなってきてからゾンビの姿を見かけない様になった。
やはり、連中は寒さに弱いのかもしれない。
体毛を伸ばして野生動物の様に変化し、寒さに強くなる……とも、ゾンビ虫の再生力とその速さを考えると可能の様な気がするけども。
□
ペンションは木がまばらに生えている林の中にあった。
それなりに見通しは良いし、多分この寒さではここまでゾンビが来る事は無いだろう。
三ヶ月ぐらい篭っていればいい。
この辺はちょっと高地になっていて登るのがキツイけど、下ればすぐ道に出るし、そこから少し行けばスーパーとコンビニがある。
まだ荒らされていないみたいだった。ゾンビの巣になっていないか確認しないといけない。
でもまずは、どの小屋にするか。
高床式のログハウスは100mおきぐらいに建っていた。土地を贅沢に使っている。
この高床が、虫除け害獣避けなのか、雪があれぐらい積もるという事なのか分からない。
まずは寝所を決めて、一応他の小屋もゾンビがいないか確認して、麓に降りて物資を運ぼう。
三ヶ月分となると、どれぐらい必要だろうか。水は雪を溶かせばいいとして、今の俺の体脂肪率では多分一ヶ月も断食できない。
サプリメントと脂があればなんとかなるだろうか。
そう考えながら、最初の小屋に近付いた時だった。
「止まれ!」
声を掛けた人間の姿が見えない。下手に動くのは危険だ。俺は動きを止めた。
今の声は……
「あんた誰だ! なにしに来た!」
続けて声が掛けられた。やはり、この声は女か。
「あー、冬篭りしに来た」
俺は簡潔に答えた。
あまりに久しぶりだったので上手く声が出るのか不安だったが、ちゃんと喋れた。少なくとも自分ではちゃんと喋れたと思う。
「カバンを下ろせ!」
俺は声に従い、背負っていたリュックを下ろした。
もうだいたいどこにいるのか分かった。
後ろだ。
「ゆっくりと振り向け」
俺は自発的に両手を挙げ、後ろを向いた。
そこに立っていたのは女だった。
クロスボウを持っている。
この辺にそういうお店があったのかもしれない。猟師とか居そうな場所だし。
いや、弓矢による猟は日本では禁止だったか。
矢は既に装填済み。
女の手が少し震えている。勘弁してくれ。誤射されたらたまらん。
背が高く、肩幅がある。
多分スポーツをやっていたのだろう。
防寒ジャケットを着ているが、しっかりした太ももがズボンを押し上げていた。
ショートボブの短い髪は毛先が揃っていない。元はもっと短かったのか。
顔の皮下脂肪は少ないが、凹凸の低さからか、なかなか可愛らしい顔をしていた。
その女が、次の言葉も無く俺にクロスボウを向けている。
撃つつもりならもう撃っているだろう。背後を取っていたわけだし。
質問があるならしているはずだ。
つまり、とりあえず声を掛けただけでノープランという事か。
「冬篭りをしたい。俺はずっと南の方から来たんだ。この辺の事はわからない。雪が降る地域で冬を迎えた事が無い。できれば助けてくれ。俺にできる事なら何でもやるから」
俺の言葉に、しばらくの間を置いて、
「とりあえず、その小屋に入って」
と促された。
言われた通り小屋に入ると、端に荷物があった。リュックが3つ。何か派手な色をしている。
多分この女一人じゃない。
□
俺は指示に従い、黙って椅子に拘束された。
このままなぶり殺しという可能性もあったが、そんな感じは全くしない。
俺を恐れている様だ。恐れているからこそ嬲り殺しという線はまだ残っているが。
どっちにしても、既に見つかってしまっていて、相手に飛び道具がある時点で俺の負けだ。とりあえずは従う。
クロスボウの矢一本では即死せず、反撃して相手を倒せても、その後怪我の治療ができずに俺も死ぬかもしれない。
それに、仲間もいるようだし。
女は俺を放置して、小屋の外に出て行った。
いいのかよ。このロープだいぶゆるいんだが。
そして、戻って来た女は3人。
一人は俺を拘束した背の高いショートボブ。
一人はロングヘアーで顔の彫りが深い美女。この女は、背こそショートボブに負けているけど、全体的にスラッとしていてモデルみたいに見える。俺を睨む視線で、気が強いというのは分かった。
最後の一人は、ちょっとよくわからない。こっちを向かない。
分厚いコートのフードを被って、横を向いている。わずかに震えていた。
隣に背が高めの女2人が立っているが、それを抜きにしても小柄な女だ。
「あんた、何しに来たのよ」
ロングヘアーの美女が言った。
「冬篭りに来たんだよ。この辺のならゾンビもいなさそうだし」
「そういえばゾンビいないわね」
ああ、コイツらも最近来たばかりか。
「麓の方にも居なかったし。寒くなってきたからかしら?」
ロングヘアーの美女は一人で納得してしまった。
□
拘束は解かれた。
ところで、俺が装備しているナイフも斧も没収されていないんだが。
コイツら大丈夫だろうか。
「男手があると助かるからね」
ショートボブのスポーツ少女が言った。
違和感がある。
おかしい。
何でこいつらこんなに俺を信用してるんだ?
その謎はすぐに解けた。
「避難所から出て来たんだよ。1ヶ月ぐらい前かな? 避難所の近くに自転車屋さんあったから、そこから自転車奪ってさ」
ニヒヒと笑ったスポーツ女子は、略奪の快感に目覚め立てというところか。
この世界にスレていない。
まだ避難所気分なんだろう。
だから初見の俺と力を合わせようなんて考える事ができた。
「世の中ゾンビで大変だって言われてたけど、全然ゾンビ見かけなかったし。電気は無いけど、ホテルの窓ガラスとかぶっ壊してさ、鍵取って、高級な部屋とか泊まってさ、結構楽しかったんだ」
電子ロックのカードキーは使えなくなっていたけど、普通の鍵のホテルなら大丈夫だったのか。当たり前の事だけど、覚えておこう。
ここに来るまでホテルは避けていた。色々と思い出してしまう。
「そんで、今度はペンション泊まろうかー、ってなって、此処に来て、食料探しに出て帰って来たら、お兄さんがいたワケ」
と、いう事らしい。
□
彼女達の避難所の話を聞いた。彼女たちの避難所は規模の割に人は少なく、敷地内で野菜を育てて食べていたらしい。その辺は少し俺と似ている。そのせいか、救援物資はあまり投下されなかったようだ。
だが、それでもストレスで死人が出ていたらしい。
詳しい診察結果は知らされていないけど、まず年寄りや子供がボロボロと死んでいって、残っている人達も体調が悪い人が多いらしい。
本当にストレスだけなのか? と思うのだが、他に理由も思いつかない。人は本当にストレスで死ぬ。
自殺者もボロボロ出ていて、逃げて来た。
と、言っていたが、少し口ごもっていた。
正直者で元気なスポーツ少女だが、嘘をつくのが下手な様だ。
多分、避難所から逃げて来た理由がある。
見た所犯罪者で追放というわけでも無さそうだし。
本人が話す気無いならそれでいい。
余計なことに首を突っ込むのはもうやめたほうがいい。
俺はバカだけど、さすがに懲りた。
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