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45 都市の生存者達3

45 都市の生存者達3


 話が終わり、俺に語ってくれた男もまた、窓辺に群がる男達の中に入っていった。

 さっきまでの話を忘れるためなのか、現実から意識をそらして、本のページに視線を落とす。

 

 その切り替えぶりが、妙に手馴れていた。おそらくは、こうしてフラストレーションを抑えているんだろう。

 

 俺も手持ち無沙汰になってしまい、部屋の中をうろうろと歩いた。

 本棚は無いが、部屋の隅に積み上げられた漫画や小説。

 俺が読んでいた物もあるが、ほとんどは読んだ事が無いものだった。

 しかし興味も湧かず、なんとなく外に出たくなった。

 やはりこの部屋は臭い。

 部屋の隅に置いてあったリュックを開き、中に入れてあった斧を取って、腰のベルトに通した。

 上着を着ているので腰の斧は隠れてしまって、直ぐに抜けるものではないけど、ベルトを引っ張ってズシリと腰に感じる鉄量は安心感を生む。

 ちょうど背を向けていたので斧を腰に差したところは見られていないはずだ。

 リュックの中身をささっと確認する。

 俺はDQNに会いに行く前、このリュックを物資調達の1人に渡し、彼がこの部屋に持って行った。

 そうなるだろうと思って、スポーツショップで服を漁り、服を着替えながら、試着室で服の中やブーツの中にナイフを隠しておいた。

 その少しの安心感もあって、リュックにしがみついて不審がられる事は無かった。

 もちろん、せっかくの荷物を奪われたら困るけど、それらはまた揃えられるものだ。不審がられて拘束されて殺されたら命はもう戻らない。

 

 リュックの中身は無事だった。

 というか、開けた形跡すら無い。多分、興味が無かったのだろう。

 DQNの命令以外、何も考えない。下手に色んな事を考えると、何かをきっかけにして、自分の罪悪感を思い出してしまう。そんな雰囲気で、俺がリュックを確認している事に注意を向けるやつは居ない。

 だが、立ち上がって俺がドアに近付くと、

「どこに行くんだ?」

 と声が掛かった。

 振り返ると、あの視線。男達7人が窓辺に寄り添って、じっと俺を見ている。

「トイレ。部屋の使ってないだろ」

 水が止まっているのに男7人がこの部屋のトイレを使ったらあっという間にダメになっている。

 この生活臭、体臭は1日2日で染み付くものではない。このくさい臭いが染み付く程度には長くこの部屋で生活しているという事だ。

 だとすれば、トイレは外だろう。

「ションベンなら窓からしてくれ」

「いや、大きい方だよ」

「今は2階の207だったかな。そこがトイレになってる。近くの階でやっちゃダメだ。その辺は上の連中のトイレになってる。ユニットバスの浴槽がトイレになってるから、そこに出して、隣に置いてある石灰を掛けてくれ。便器は使うなよ」

 つまり、命令を出しやすい様に最上階一個下の階に押し込められている男達だが、トイレについては、上の連中が近い所、奴隷達は下の階から順に使えって事か。

 このホテルは21階建。

 ここまで上がってくるのも苦労したが、こいつら律儀にトイレのたびに昇降してんのか。


 俺はただ外の空気が吸いたかっただけだ。

 このまま逃げようかとも思うが、この人数で追跡されたらどうなるか。リュックを持って出れば直ぐに追っ手が掛かるだろう。

 彼らの方が土地勘はあるだろうし。全力で逃げに徹すれば逃げ切れる様な気はするが、ゾンビの巣がそこら中にありそうなこんな場所でなりふり構わず逃げていてはうっかり巣に迷い込んでモグモグされる可能性だってある。

 ショッピングモールから逃げ出してうっかりゾンビと鉢合わせしてしまった失敗が思い出される。

 

 それに、上の3人は処分すると決めた。

 果たすまでは逃げたくない。

 ヤバくなったら逃げるけど。

 

 □ 

 

 俺が部屋を出ようとした時、外からドアが開かれた。

 勢いよく開かれたドアにはドアノブも鍵も破壊されている。蹴り開けるのは簡単だろう。だとしても、いちいち煩い音を立てて蹴り開ける意味がわからないけど。

 勢いよくスイングするドアを避けた。

「あ? なンだ新入り」

「トイレに行こうと思って」

 俺の返事に舌打ちして、金髪イケメンがズカズカと部屋に入ってくる。

 そして、俺を拾ってきた物資調達の3人をバタバタと叩き始めた。

「おめーらホントつかえねーな。何だあの服。クソダセェ」

 どうやら服が気に入らなかったらしい。

 結構良いものを選んでいた覚えがあるのだが、金髪イケメンとは基準が違うらしい。

 3人を叩いたり蹴ったりしながら、チラチラと俺を見る。

 多分、アピールしている。

 

 このDQNもまた怖いのだ。他人が。

 凄んで俺を見下そうとしている。どう接していいのかわからない。

 お山の大将が長かったみたいだし、外から来た人間の扱い方がわからない。

 とりあえず脅して言う事を聞かせようとしているが、俺に直接暴力を振るのは怖くてできない。

 ああやって身内に暴力を振るうのは、甘えだ。

 

 俺に背中を向けて、3人を罵倒している。

 よくわからないが、俺へのアピールも含んでいるはずなので、いつもより激しい罵倒だろう。

 男達はまるで子供の様に頭を抱えて震えている。

 たった一人の暴力に屈して、7人の男達は嵐が過ぎ去るのを待っている。

 

 俺は振り返り、ドアの向こう、廊下を見た。

 このDQN一人で来たみたいだ。

 時折俺の方をチラチラと見ている。俺の反応を見ているのだろう。

 これで俺が怯えた反応を見せれば、そこにつけ込んで俺も脅すつもりか。

 どっちにしてもそんな3秒に1度程度の確認でこの距離にいる人間を監視出来ているなんて思わない方がいい。

 

 窓辺の彼らとは3歩ほどの距離がある。

 DQNがちらりとこちらを見た。視線を男達に戻した瞬間、腰から斧を抜いて、体の後ろに隠す。

 右手が不自然だが、上着の裾で半分ぐらいは隠れている。

 次にこっちを見た時も気付かなかったみたいだ。

 俺の顔を見ている様だし。

 再び男達の方に視線を戻したDQNの背後へ、3歩踏み出す。


 がりっ、と骨を破る音がした。


 さっきまで男達を罵倒していた金髪イケメンの言葉は途中で切れた。しゃっくりの様な痙攣を何度か繰り返して床に崩れおちる。

 頭を割ったが、念のため、首元に何度も斧を叩きつけ、ズタズタにした。

 血も足りないだろうし、頸動脈もズタズタだ。これで立ち上がる事は無いだろう。

 頭を何度も切りつけると頭蓋骨のせいで斧の刃が鈍るかもしれないので、柔らかい首と血管を狙ったのだが、べっとりと張り付いた血のせいで、せっかく磨いた斧の刃はズルズルになっている。

 鉄量武器としては使えるが、スッパリ切断するのにはしばらく使えないだろう。ちゃんと血を落とす暇は多分無い。

 こいつが帰ってこなければ直ぐにまた誰か来るだろう。

 一人ずつ来れば助かるけど、警戒して二人で来るかもしれない。

 とりあえず金髪イケメンのファッショナブルらしい服で斧の血を拭いた。

 金髪イケメンの血はやたらと粘度が高かった。内臓でも悪かったのか?

 ダメだ。この斧、次は鉄量武器として使おう。

 

「あっ……あんた」

 男達が俺を見ていた。

 この金髪イケメンを見ていた時の様な目で。恐怖に眼球を震わせている。

 

 そうか。次は、俺か。

 

 □

 

 避難所とショッピングモールの事があって、人間なんて信用ならないと思っていた。

 ここまで逃げて来るのに、一人でも別に困らなかった。

 

 だけど、この男達に発見され、ここまで付いて来た。

 戦闘になる危険があったから、その判断は多分間違っていなかったと思う。3人相手に正面から挑むのは難しい。

 でも、このざまだ。

 

 一人で平気だったのに、人の姿を見ると、ついつい協力だとか団結だとかそんな事を考えてしまう。実際にあるのは支配だけだと学んでいるはずなのに。

 

 俺の心の弱さだ。人に期待してしまう。一緒に力を合わせて何かできるんじゃないかと考えてしまう。

 しかしそんなものは無い。ここにも無かった。

 

 そして結局、俺は上手くやれず、今こうして恐怖されている。

 俺があのDQN達と同じ様に思われているみたいで不快だ。

 しかし、じゃあ何が違うのかと言われるとよくわからない。

 結局、俺もやりたいようにやっているだけだから。

 

 □

 

 俺は震える男達を放置して、廊下に出た。

 上の階にいるDQNは階段から降りて来る。

 廊下の先のドアが半開きになっている。あそこが階段の出入り口。非常口ランプは消えているが、部屋も廊下もしっかり窓がとられているので薄暗い程度には明るい。

 

 ドアの陰に隠れた。

 しばらく待っていると、タコ部屋から男が一人顔を出した。引っ込んでればいいのに。

「あ……あんた」

 言うことが無いのにとりあえず声を出すとかやめてほしい。

 俺は男に、部屋に入る様にゼスチャーをしたのだが、なかなか部屋に引っ込んでくれない。

 と、階段から音がした。

 心の中で舌打ちし、斧を握りしめた。

 ドアの陰に隠れている俺の前に、DQNが一人で出て来た。

 足音からすると、こいつ一人だけだ。

 やたらと響く金属音。アクセサリージャラジャラのDQN。

 死角に隠れている俺に気付かず、廊下に出たそいつは背中を晒している。

 部屋から顔を出している男に、

「おい、アイツどうした」

 と、わざわざ大声で怒鳴っている。

 大声で怒鳴られれは誰だって一瞬身がすくむ。それを繰り返すと、相手の姿を見るだけで身がすくむ様になる。他人を支配したいクズがよくやる手だ。

 こいつらがそこまで考えてやっているとは思えないが。

「きいてんのか! アイツはどこいった!」

 さらに大声でアクセサリー狂が叫ぶ。静かな廊下に反響して余計煩い。

 俺は斧を振りかぶった。

 と、部屋から顔を出していた男が、

「あ、あ、ああ」

 声を震わせてながら、指を差した。俺を、指差した。

「ああ?」

 DQNが振り返ったので、俺の斧は正面からDQNの顔を叩いた。

 んごっ、と野太い呻き声を上げ、DQNは仰向けで床に崩れる。

 浅い。

 俺は直ぐに追撃し、DQNの顔に何度も斧を叩きつけてグシャグシャにした。

 

 顔を上げると、男は顔を部屋から出したまま震えていた。

 なぜ、このDQNの手助けをした。

 俺の存在を教えてどうするつもりだった。

 

 人は狂うと時にこういう行動に出る。

 どんなに虐げられていても、身内をかばおうとしてしまう。

 まるで虐待されている子供の様だ。

 親に殴られ、殺されそうになっても、警察に親が捕まると泣いて止めようとする。

「くそ」

 小さな声で吐き捨てた。

 あの男は幼児退行でもしているのか。

 

 ジャラジャラDQNの服を素早く漁った。

 折りたたみナイフが一本。

 ヒルト(鍔の様な出っ張り)も無いし、細身で薄刃だ。

 よく切れるとは思うが、これで突いたら滑って自分の手がズタズタに切れるだろう。衝撃にも弱そうだ。見た目はスマートで綺麗だが。

 使えない。

 それよりも、トゲトゲしいアクセサリーの方がまだ良い。

 銀や金でできているらしい、多分プラチナもあるんだろう。

 重くて、尖っている。

 適当に漁って、ポケットに詰めた。

 

 階段に出て、最上階の手間の踊り場で待つ。

 

 しばらくすると、足音が聞こえて来た。

 ファッションヒゲが階段入り口のドアを開き、階段の下にいる俺に気付いて、

「うおっ」

 と少しびっくりした。

 たいして筋肉も無いくせに、冬を前にしたこの時期にジーパンのみの上半身裸だった。

 都合がよくて笑い出しそうになってしまう。

「んだよ! 新人、何してんだよ」

 と、何の警戒も無く階段を降りてきた。

 2人が戻らないから探しに来たんだろうに、そこに怪しい新人がいたらもっと警戒しろよ。

 体の陰に握った斧を隠しているのにも気付かない。

 俺はポケットからトゲトゲのアクセサリーを取り出して、階段に放った。

 指輪が31個。ピアスやら腕輪やら首輪やら。

 あいつ筋トレでもしていたんだろうか。

 

 本来、空間の上を取ったなら戦には有利だ。

 しかし、今回は違った。

 

「っが、っで! なんだ?」

 ファッションヒゲはトゲトゲのアクセサリーを踏み、痛みに跳ねた。

 靴の下からでもアレは痛い。

 バランスを崩して階段を転げ落ちた。

 なぜか上半身裸だったファッションヒゲは、階段の角とアクセサリーのトゲトゲで身体中に傷を作りながら俺の足元に落ちて来た。

 ファッションヒゲの頭がいい感じのポジションに転がり込んできたので蹴り上げた。

 首の筋肉がブルンと震え、蹴り上げられた頭は床に落ちてバウンド。

 2度、3度、何回も蹴った。

 

 全身にブツブツと赤い傷。アクセサリーによるものだろう。

 そして首から上は砕けた顎や潰れた鼻が血でドロドロになっている。

 

 鉄板入りブーツを見つけておいて良かった。なかなか使える。

 ゾンビから逃げる時は重いからどうだろうと思ったのだが、予想以上の成果が出た。よく歩くから膝軟骨の為に装備しているんだけども(アンクルウエイトによる膝軟骨のクッション性の回復)

 

「うご……お……」

 どこか骨もダメージを受けているだろうし、目もまともに開かないみたいだが、まだ生きている。

 中途半端に大怪我させるとゾンビになる。

 右手に持ったままだった斧を振りかぶって、血みどろの頭をさらにミンチにした。


 しっかり処理はしておかなければいけない。

 避難所でもそうしてきた。

 これが俺の仕事だ。

 他のヤツが耐えられなかった事を考えると、多分天職。



 ファッションヒゲ……いや、もう顔が無いから元ファッションヒゲか。

 その死体を放置して、階段を登る。

 最上階スートルームが並ぶ廊下。

 

 そうだ。ここに来てまだ1時間も経ってない。

 やたらと行動が早い気がする。でも、物事にはタイミングというものがある。

 やれるときにやらないと、ズルズル引き伸ばしても良い事は無い。

 即断即決はゾンビを前に必要な事だ。

 害獣相手でもそれは変わらないだろう。

 

 ゆっくりと廊下を進み、DQNのスイートルーム前に立つ。

 男達の部屋もそうだが、元はカードキーのオートロックのため、ドアノブ周りが破壊されている。鍵のかからない部屋でよくくつろげるな。

 あの女どもに戦闘力があるとは思えないが、ゆっくりとドアを押して、部屋の中を伺う。

 

 中には裸の女が2人。

 元ファッションヒゲが上半身裸だったのはそのせいか。

 残り3人は服を着ているが、武装しているわけでもなく、何か談笑していた様だ。

 

俺は部屋の中に入った。

 血に染まった斧とブーツ。

 ポツポツと服に付いている返り血。

 女達は少し間をおいてやっと事態が飲み込めたらしく、ギャーギャーと煩く騒ぎながら、部屋の隅に固まった。

 とにかく煩い。

 武器の一つも持たずに、特に言葉があるわけでもなく、耳障りな音で鳴きながら、鼻水を垂らしている。

 

 こいつらはあのDQN3人に取り入っていた。

 それは生存戦略だった。普通に好きだったのかはわからないが。

 そして、今の立場になる過程で、何度も人間が死ぬのを見てきている。

 こんな連中だけど、次は自分かもしれないとやっと気付いたらしい。


 面倒だから殺さないのだが、それは男女差別ではないかとも思う。

 いや、違うか。

 部屋の隅で震える彼女達の様子は、あのボロボロの男達に似ていた。

 最初から殺すつもりは無いんだから、いちいち手間を掛ける必要は無い。

 下の男達と力を合わせて生きてほしい。

 

 

 

 ◯

 

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