32 夜の通り
32夜の通り
いつものように目が覚めた。
割れた窓からは紫色の夜灯りが差している。
月も星も昔から変わらないはずなのに、文明の灯りが消えてから輝きを増している気がする。
外から物音がした。
物音で起きたのか、習慣で起きたのかよくわからないが、ともかく、音を立てない様にゆっくりと移動し、割れたガラスの隙間から外を見た。
明るい空と、黒い大地。
昔とは逆転した姿。
とはいえ、全く何も見えないというわけではない。空が明るいからか通りはよく見える。
ビタミンサプリメントが効いているんだろうか。
俺がこうして隠れている空き家の目の前の道を、ぽつぽつと動いていくものがある。
暗い中、肌がぼんやりと白く浮き上がっている。
多くは服を着ているので、顔や手などが白い人魂の様にゆらゆらと通りを進んでいくのだが、たまにボロボロの布切れを引っ掛けただけのゾンビも通り、抜群の露出度で輝きながら進んでいく。
実際に肌が白いのだろう。
避難所で殺した成り立てのゾンビはそうでもなかったが、この通りを行くゾンビ達は成ってそれなりの時間が経っているんじゃないだろうか。
連中は太陽の光を嫌う。狂犬病みたいだ。
暗闇でじっとりと眠り、星の光の中でねっとりと活動する。
肌が白くなるのは分かる。
いや、もしかすると、ゾンビは色素が抜けていくとかそういう事もあるのかもしれない。わからんけど。
成り立てのゾンビ……
あのゾンビを殺してからどれぐらい経っているのだろうか。
1ヶ月は経っていないと思うのだが、もう1年以上昔のような気もしてくる。
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いつもはこうやって1、2時間おきに目が覚めて、10分ぐらい起きているとまたすぐに眠くなってくるのでそのまま眠る。
今回は30分ぐらい起きていただろうか。
好奇心というか、ぽつぽつと通りを行くゾンビ達をじっくり観察していた。
最初は心臓の音を聞かれやしないかと過剰な不安になっていたが、何にでも慣れるもので、だんだん飽きて眠くなってきた。
別にこうやって見ていて何かあるわけじゃない。
さっさと眠ろうとした、その時だ。
俺はうっかり悲鳴を上げそうになった。
通りの向こうからゾンビが来る。
移動速度は他のゾンビの半分もない。
右に揺れ、左に揺れ、ゆっくり、ゆっくりと。
他のゾンビがパタパタと地面を手足で蹴り、のろまのゾンビを追い抜いて行く。
それはやがて俺が隠れている空き家の前をゆっくりと通り過ぎていった。
マズイ。
あのゾンビ、二足歩行だった。
よろよろと、しかし、倒れる事なく二本の足で立って歩いていた。
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ゾンビ自体は俺が避難するだいぶ前から発生していた。
1年半以上になる。
子供だって1年あれば立つ。
脳みそに寄生している虫が、人間の動かし方を学習しているのだろうか。
今はまだ脅威ではない。
むしろ立って歩いてくれた方が四本足で移動するより遅いのでこっちは助かる。
今はまだ。
もし走る事を覚えたらどうなるのか。
連中は人間の最大筋力を出し切れる。
金メダルも夢じゃない。
いや、金メダルまでいかなくても、十分ヤバイ。
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歩くゾンビが見えなくなっても、俺は窓際から動けずにいた。
額を冷や汗が濡らしている。
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