26 逃げ出したい1
26逃げ出したい1
ゾンビ事件が与えた衝撃は凄まじかった。
人々は恐怖から暴力的な言動に走るもの、震えて縮こまるもの、様々な反応でストレスを解消しようとした。
だが無理だ。実体の無い恐怖は忘れるしかない。
時間は偉大だ。
やがてどんな恐怖も忘れられる。
皆直接ゾンビに襲われたわけじゃない。
ただ一人の男が食われて、一人の女がゾンビになって死んだ。
そりゃあトラウマにはなるかもしれないけど、毎日恐怖に震えているだけの生活はいつか終る。
で、避難民達がそんな混乱に沈んでいる中、俺はせっせと掃除していた。
3-4教室の掃除も俺の仕事になった。
正確に言えば、あと3人、つまり4人で掃除に当たる様にという事だった。
しかし、実際に来たのは俺一人。
なんか分かるわ。
昔よく同じような事があった。
俺は掃除をサボらない。
サボってもやる事無いからでもあるんだけど、そうやって俺がサボらないから、俺以外がサボる。
掃除の意義なんてしらないけど、見つかれば内申にも関係してくる。
特にサボる理由が無い。
昔とあんまし変わらない……そう思いたいのだが。
一晩開けても、管理員内の空気が重かった。
視線が痛い。
なんか分かるわ。
俺の悪口とか言っている時に通りかかるとだいたいこんな感じの反応してたわ。
あの時よりずっと重いけど。
ハードな悪口でも言っていたんだろうか。
ゴシゴシと床をこする。
水撒きはしない。
ここは廊下のどん詰まりなので、水を流す場所がない。
塩素系の粉洗剤をばら撒いて、しばらく放置し、まず固形物を押し集めてからゴミ袋へ。
血液や臓物がついた食料パック、缶詰、バッグとか私物とかは処分するようにとの事。
食料は潤沢にあるからイメージ優先でもいいかもしれないけど、バッグとかは洗えばまだ使えそうなのもあったのに。支給品には入ってないし。
その後また洗剤をばら撒いて、水無しでごしごし研ぐ。まだかたまっていない血液でどろどろになった。
それを掃いて集める。そしてまた洗剤を撒き、何度か繰り返した。
割れた窓ガラスにこびりついた血は取れなかった。危ないし。
窓ガラスは枠ごとはずして廃棄。
窓なしだけど、廊下も吹き抜けではないし大丈夫だろう。
最後に水拭き。
2日掛かったけど、まぁキレイになった。
そして、この2日間何も考えないようにするには良かった。
これから先どうしよう。
□
聞いてしまった。
「あいつは頭おかしい」
「首を切るのが好きみたいだ。異常者だ」
「ゾンビは全裸だった。あいつ何かしたのか」
「やばい。あんなのが同じところに居るなんて怖い」
ゾンビが最初から全裸だったのは警備員2人も見ていたはずなんだが。
さらに、あの時俺が叫んで作戦を乱した事になっていた。
俺がゾンビと戦って、なんとか殺して、疲れて座り込んでいた頃、あの2人は自己保身の嘘を報告していたというわけだ。
その後駆けつけた警備員にちゃんと本当の経緯を説明したというのに逃げた2人の方の説明が正しいという事になっていた。
俺は自分1人しか自分の事を証明できない。
警備員は2人。普通、身内の証言は信憑性が弱いとされるはずだが、今回はそんな事無かったみたいだ。
ああ、なんか分かるわ。
普段付き合いが無い人間に罪をかぶせるのはよくある事だよね。理解できんけど。
□■□
それから一週間経たないうちに、
「アイツは女を攫って強姦して殺している。今回のゾンビもその被害者だ」
などという噂が立った。
俺の前では話されなかった。
盗み聞きしたから知った。
聞かなきゃ良かったなんて思わない。判断材料にはなる。今避難所がどういう状態かの。
この噂は一部真実が混じっていた。
あの女ゾンビは外から来たものじゃなかった。
3-4教室には7人の男が共同生活していた。
彼らは女を攫って閉じ込めていた。
騒いだら殴り、交代で強姦し、苛ついたらまた殴った。
やがて女は致命傷を受け、ゾンビになった。
見回り何やってんだよ。
7人の男の内3名は既に逃亡しており、1名は食われた。捕まえられたのは3人だけだった。
3人ともバラバラの事を言っていたので、俺が拷問して吐かせた。
また俺の評判が下がったけど、重要な事だ。そもそも俺達はゾンビから身を守るためにこうやって共同生活をしている。
ゾンビがどこから来たのかははっきりさせておかなければならない。
そして出てきた真実は内部発生というわけだった。
最後には3人とも死んだやつと逃げたやつらに罪を被せようと必死だった。
3-3、2、1の教室の人間に事情聴取してみたが、何も知らないと言っていた。
いちいち全員拷問するのも面倒だったので放置したが、隣の3-3には怪しいやつが少しいた。気付いていて何もしなかった感じだ。
暴行強姦殺人死体損壊遺棄事件と同じく誰にも言わないように関係者全員に口止めしたが、どこからから漏れたのだろう。
そして、今一番の話題である、ゾンビを一人で仕留めた上に死体処理を笑顔でこなす俺の話とどこかで混ざった。
たった一週間足らずで。
□
俺は階段の隣の3-1教室で寝泊まりしている。
結局この階には誰も戻って来なかった。
殺しきれていない病原菌とかいるかもしれないが、それよりもやはり人が死に、ゾンビが発生した場所が怖いのだろう。
両手足を伸ばして眠れるのは良い事だ。
手狭になったから、と遠回しに言われたが、俺が気味悪いんだろう。
この期に及んでもぐっすり眠れる自分に驚く。
お陰でさらに人付き合いが無くなった。
この誰も居ない3階で寝起きし、階段を降りる時も誰も話しかけて来ない。
そして、手遅れの人間を処理したり、死体処理、それらが無ければトイレや犯罪者留置所の見回り。
細々と雑事をこなして一人で帰る。
完全に浮いている俺は、陰で言われたい放題だった。
避難民はスケープゴートを発見したのだ。
このストレス状況下で、サンドバッグにしてもいい人間を。
インターネットが落ちても……いや、インターネットが無い頃だって、人はこうして楽しんでいた。
さすがに3000人弱全ての避難民が、というわけではなかったが、俺を知っている人間は陰で色々言っていた。
日に日に視線が痛くなってくる。
逃げ出したい。
俺は少しずつ道具を運び、作り、準備をした。
○




