8.吉田ちゃん襲来ダニ!
学校が終わり、咲葉は陸上部に晴人はテニス部に向かったため帰宅部の俺はマリアと2人で下校することになった。
窓から斜陽が入り込み、オレンジが反射するリノリウムの床をマリアと他愛もない話をしながらゆっくり歩いて校舎を出た。
「獅童くんは部活とか入ってないんですね」
「俺は運動も苦手だし、文化系の部活で興味があるものもないからな。マリアはやらないのか?」
「前の学校ではリベ部に入ってましたよ」
「リベ部? 何それ?」
「リベリオンという競争をやる部活です。一応部長をやってました。多分この世界でいう野球やサッカーくらいメジャーなスポーツですかね」
「へぇー球技なの? マリアは運動神経もいいんだな」
「いえ、リベリオンは球技ではないですよ? それに私は運動苦手なのです。だから基本的には暗黒魔法を用いた高火力による後方支援が主な役割でした。結構強豪校で練習も大変で──」
暗黒魔法? 高火力? その単語を聞いただけでリベリオンは超エキサイティングでデンジャラスな競争に違いないことがわかる。
それにしても異世界に学校があったこと事態少し驚きだが、部活まであるとは。
俺が思っている以上に異世界というのは結構発展しているのか?
どんな所なのか少しだけ興味が湧いてきた。
「そ、そうなんだ。でも向こうの友達と別れて来たって事だろ? 寂しくないのか?」
「少しは寂しいかもしれませんね。でも獅童くんに早く会いたかったので、会えた今は来て良かったと思ってますよ。ふふっ」
そう微笑みながら言ったマリアの視線に目が合い、俺はドキドキすると堪らず茜色の空を見上げた。
上空には大きなカラスが一羽飛んでいる。いや、デカ過ぎる。
距離感は分からないが、あの大きさは異常だろう。
徐々にこちらに向かって落ちてくるカラス。
近くなり途中で気づいたがカラスではなく人の形に近い。
「おい、マリア。な、なんか落ちて来てる! やばい走れ!」
「へっ? ほ、ホントですっ! こちらに向かってきます」
俺はマリアの手を取り、全力で駆け出した。
あんなところから飛び降り自殺か? しかしビルもなければ飛行機も見えない。
もしや天空の城か? シナプスか? んなバカな。
俺達が10メートル程走ったところで、大きな衝撃音を響かせ地面に落下した。
「ゴホッ、な、何なんだよ一体。マリア大丈夫か?」
破砕したコンクリートの粉塵が舞い上がり、辺りは何も見えない。
薄目で周りを見渡していると突然前方から強烈な前蹴りが腹に入った。
壁に背中を打ち付けられ、俺はその場に倒れ込んだ。
やっと視界が晴れてくるとマリアにすり寄っているメイド服姿の幼女が見えてきたのだ。
「だ、誰だよお前」
「むむむっ、死んでいなかったのか貴様っ! お前みたいな男が姫様に近寄るなど言語道断ダニ! 大人しく死ねぇ!」
「ダメですよ! 吉田ちゃん! 怒りますよ!」
「そ、そんなぁ! 姫様にはこんな男似合わないダニ」
吉田ちゃんってマリアが寝言で言っていたヤツか?
それにしてもクソ痛てぇー。
俺の体が人一倍頑丈で良かった。
「獅童くん、大丈夫ですか? すぐに治療しますね」
「姫様! そんな男に治癒魔法など……」
「吉田ちゃん! そこにお座り!」
マリアが吉田にそう言うと彼女は犬のように地面に座り込んだ。
よく見ると頭からは三角の耳が生え、下半身からは綺麗な毛並みの尻尾が生えている。
しかしそれ以外は普通で、メイド服を着た幼い少女にしか見えない。
俺は治癒魔法をかけてくれているマリアに痛みを堪えながら尋ねた。
「あいつは一体……?」
「私の専属メイドの吉田=ケルベロスです。こちらの世界に来るとは言ってなかったのですが……」
なんという名前。
キラキラネームも真っ青なファンキー過ぎる名前だ。しかしよく考えてみたら異世界では外国同様に名前が先にくるので、吉田が名前か。
そう考えている間に治癒は終わり、痛みも無くなっていった。
「ありがとう、マリア。それにしてもいきなり蹴り飛ばすとはなんだよ! 吉田!」
「人の名前を気安く呼ばないでほしいダニ。吉田は絶対にお前を認めないダニ」
睨み合う俺と吉田の間にマリアが入り、吉田を諭し始めた。
「先程のは吉田ちゃんが悪いです! いきなり蹴るなんてそれこそ言語道断です。ちゃんと獅童くんにごめんなさいしなさい」
マリアにそう言われた吉田は『ごめんなさい』と謝りながらも俺をねめつけ、舌を出していた。
こいつとは絶対仲良くなれそうにないダニ。
「それで吉田ちゃんはなんでここにいるんですか?」
「そりゃもちろん吉田は姫様のお側に付き添うのがお役目。父上と母上に許可を取ってこちらの世界にやって来たダニ」
「そうでしたか。でもきっとお父さん、お母さんも心配していると思いますよ? だから帰ったほうがいいかと……。今日私のお父さんに頼んで送ってもらいましょう」
「ひ、姫様……」
吉田がどうなろうと俺の知ったこっちゃないが、きっとマリアに会いたくてたまらなくなってここまで来たのだろう。
少しだけだが落胆して肩を落とす彼女が可愛そうになってきた。
「いてもいいんじゃないか? マリアも旧知のヤツがいた方が安心だろ」
「確かにそうですが……」
「姫様! 吉田は姫様のお側に居たいダニ! どうか、どうかお願いするダニ」
マリアは顎に手を当て、んーっと少し黙考すると、
「わかりました。でもこれからは獅童くんと仲良くしてくださいね」
「わ、わかったダニ……」
こうして吉田はマリアの家で暮らすこととなった。
家路の途中、吉田は小さな声で『さ、さっきはありがとうダニ……』と俺のつま先を踏みにじりながら言った。
やはりこいつとは仲良くなれそうにないダニー!