28.初めての異世界と初めての……
──異世界、ラルフド王国。
どうやらここは異世界最大の大国であり、通称、剣と魔法の超大国。らしい。
俺の母さんや桃奈がたまに講師をやりに来る魔法学校がある場所で、キリカも魔法学校の生徒で母さんや桃奈とはよく知った仲との事だった。
「どう? 初めての異世界は?」
「どうって聞かれても、ここキリカの家だろ? 街中に出なきゃなんもわからんだろ」
「それもそうね、じゃあ街中に連れてってあげるわ」
「本当か!?」
初めての異世界ということで俺のテンションは一気に急上昇した。
きっとみんな今頃心配しているだろうが、キリカも悪いやつじゃなさそうだしすぐに返してくれるだろう。
「た·だ·し、獅童、あなたは逃げるといけないから首輪つけてね」
「おい、マジかよ……」
真っ黒なローブに身を包んだキリカに革の首輪を付けられると引っ張られながら家を出て街中に向った。
レンガ造りの美しい街並みの中央にはイチゴを逆さにしたような赤色の屋根が目を引く可愛らしい王宮がある。
お伽話に出てきそうな世界に感嘆の声を漏らしたが、ふと路地裏を見てみると、ひどくみすぼらしい格好をした子供や老人の姿があり、日本しか知らない俺は少しばかりショックを受けた。
「この国は結構豊かでね、近隣の小国から難民としてやってくることが多いの。もちろん保護施設はたくさん設けてるんだけど、すぐいっぱいになったりしてね……」
「そうなんだ。俺は平和しか知らないから……なんか悲しいな」
「相変わらず優しいのね獅童は。この国が平和で過ごせてるのはあなたのお父さん力が大きいのよ」
「あの親父が?」
「ええ、勇者聖圭吾は突如としてこの国に現れ、当時内紛に貧困、魔族との戦いでひどく困窮していたこの国を立て直して平和で豊かな国に変えていったの」
あの適当でがさつな親父がまさかそんなことをしていたとは驚きの一言だ。
そしてこの時ばかりはいつもいがみ合ってばっかりの嫌な親父をすごく誇らしく思える。
「じゃあ次はせっかくだからあなたのお母さんがいる魔法学校行ってみよっか!」
「うっ……」
キリカの突然の提案に言葉を詰まらせる。
俺は母さんが昔から苦手だ。
品行方正で気が強く、怒ると物凄く怖い。
年に数回しか帰ってこないが、その日ばかりは自室に籠りっぱなしである。
「それはまた今度でいいんしゃないか?」
「ええ、せっかく来たんだから会って来なさいよ。元々来させるように行ってたのは獅童のお母さんだったのよ」
「えっ、母さんが?」
キリカは大きく首を縦に振ると首輪のリードを強く引っ張った。
おいおい、めちゃくちゃ見られてんじゃねーか。
恥ずかしいし勘弁してくれよ……。
予想以上に大きいホ○ワーツみたいな魔法学校に到着すると門をくぐり構内に入った。
広大なキャンパスに笑う以外の感想が出ない。
今日は休日なのか構内には生徒の姿は見えず、歳を召したおじさんやおばさんがたくさんいた。
「あの人たちは?」
「ああ、先生達よ。基本的に魔導師になるのはすごく時間がかかるからね。あなたのお母さんや桃奈ちゃんみたいな若い人は本当に異例中の異例なんだ」
「へぇーやっぱりすごいんだな。桃奈とか普通のただの妹だと思ってたけど」
「あれがただの妹だったら世の中終わりってくらいやばい人なんだから」
「そういえばさ、前桃奈が箒に乗って空飛んでたんだけど、キリカもあれできるのか?」
俺の質問をキリカは鼻で笑うとどこからともなく箒を取り出した。
「そ、そりゃもちろん基礎中の基礎なんだからできるわよ」
「おぉ! なあなあ、俺も乗せてくれよ」
「えっ、今?」
「ちょっとでいいから! 頼む!」
「わ、わかったよ。じゃあ跨りなさい」
初めての空中浮遊にワクワクしながら箒に跨ると、キリカは箒に手を当て呪文を唱えた。
徐々に足が地面から離れると勢いよく空へと舞い上がった。
「う、うひょー! すげーなこれ」
あれだけ大きかった魔法学校がみるみるうちに小さくなっていく。
青い空がこんなに近くに感じるなんて、マジで魔法少女は素晴らしい!
「あー、堪能したぜ! ありがとうな。もう降りていいぞ」
俺がそう言ってもキリカは返事することなくただ前を見つめている。
聞こえてなかったのか?
「あのさ! もう降りていいぞ!」
「う、うっさい……。お、降りれないのよ」
「はぁ? なに冗談言ってんだよ」
「だから、降りれないって言ってるの」
そう言って振り返ったキリカの顔は真っ青だった。
なにこれ……マジなの?
「な、なんで降りれないのに飛び立っちゃったの!」
「しょ、しょうがないでしょ! 私だって降りれるように訓練してるんだけどできないだから!」
「くっ……。どうする?」
「さ、さぁ? この高さまで飛んだの初めてだし」
これって魔力切れしたらそのまま真っ逆さまってやつじゃないか?
すでにかなりの高さだし、さすがに落ちたら死ぬぞ。
「どっか高いとこはないのかよ。丘とか建物とか」
「そんな便利なものあるわけないでしょ!? 獅童……私も死ぬと思うから恨まないでね……」
「いや、恨むだろ! てか諦めてんじゃねーよ」
何か、なんかないのか。
なんもないな……。
あーもう誰か気づいてくれ。それしか助かる方法がない。
最後の望みをかけて下を見下げると箒に跨った女の人が勢いよくこちらに向かって来た。
これは助かったかも。
「す、すいません! 助けてください!」
声を張り上げて叫ぶと徐々に近づいてくるその顔に俺は苦笑いを浮かべた。
聖メイナ。俺の母さんだった。




