2.状況の理解できない俺は顔面を殴ることにしました
魔王? 許嫁? 一体何の話なんだ。
そんなファンタジックな要素は俺の人生にはミジンコほどもない。
母親があまり帰ってこない以外はごく普通の一般家庭なはずだ。
そう考えるとこの一連の出来事はきっと夢に違いない。
とりあえず夢か現実かを確かめるには自分を殴るのが一番だ。
握り拳を固め、自分の顔に向かって一撃を与えてみた。
──バゴっ
強烈な鼻の痛みと共にやや鈍い音が部屋に響き渡る。
我ながら実にいいパンチだった。
「な、なにをしてるんですか獅童くん! 大丈夫ですか?」
「ちょっと状況を確認していた。いたって大丈夫だ」
「でも鼻血が、鼻血が垂れてますよ! ティ、ティッシュ持ってきます」
俺は彼女からもらったティッシュを鼻に詰めると彼女と一緒に一階のリビングに降りた。
やはり疑いようのない現実だ。
それに先程触った角は作り物とは思えない手触りで、彼女が純粋な人間ではないということは間違いないだろう。
ダイニングテーブルに備えられた椅子に二人して座ると彼女と改めて相対する。
明るい場所に移動して改めてはっきりわかったが、めちゃくちゃかわいい顔をしている。
綺麗な鼻筋に艶のある唇。白雪のように美しい白い肌。不思議なことに角さえもチャームポイントとして可愛く見えてくる。
俺は大きくクリっとした綺麗な瑠璃色の瞳に見つめられる度にドキドキしていた。
「聞きたいことは山ほどあるが、まず許嫁というのは本当なのか? 俺は何も聞いていないんだが」
「そこらへんはお義父さまに聞いていただければ事実と判明すると思います。もっともお義父さまがまだ獅童くんになにもお話になられてなかったのは想定外でしたが……」
あのクソ野郎。
こっちはよく分からん状況に巻き込まれてるってのに編集部に行っているらしく今はいない。
俺の親父──聖圭吾はラノベ作家をしている。
等身大のリアルな異世界物語『アリストテレスシリーズ』を書いている。
俺はラノベとか読まないのでよく分からないがそこそこ人気があって売れているらしい。
ちなみに我が家には中学2年生になる妹も一人いるが、今は友達の家に泊まりに行っておりこちらも居ない。
「多分、今日中に親父は帰ってくると思う。だからすまないが今は一旦──」
俺が彼女に帰ってもらおうと言いかけた時、玄関のドアが開き、千鳥足のおっさん2人がリビングに入ってきた。
「おっ! どうした獅童、こんなところで? マリアちゃんと朝チュンしなかったのか?」
「いいタイミングで帰ってきたなクソ親父。これは一体どうゆうことだ? 俺は何も聞いてないぞ!」
「あれ? 伝えてなかったか? すまんすまん。圭吾ちゃんすっかりうっかり。えへっ!」
「えへっ! じゃねーよ。詳しく話しやがれ。それと横の人は誰だよ?」
「マリアちゃんのお父さんだ。第15代魔王サタン=サタミニアだ」
長い金髪に漆黒の眼。目尻から頬にかけて大きな切り傷がある。
頭部からは大きな羊のような角が生え、魔王というのも頷ける貫禄だ。
彼は仰々しい黒マントをなびかせながら俺に歩み寄ると、
「大きくなったね獅童くん。娘をよろしく頼むよ」
そう言って俺の手を取り、ギュッと握りしめた。
「いや、俺は全然状況が分かってないんですが……」
「大丈夫! そんなこと愛の前では些細なことさ。ノープロブレム! 気にしなくていい」
ちょっと言ってることよく分からないが、この人もうちの親父くらいやばそうだ。
とりあえず2人を座らせ、親父に詳しく話しを聞くことにした。