表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光と土の狭間にいる僕  作者: 二十四時間稼働中
44/49

第四十三話 『四十三』

……僕の住む場所は静かだった。近所を歩いても、すれ違う人は僕が小学生のころから見た目の変わらない老人ばかりであった。ときどき、学生が駅へ向かうための通り道にしているみたいだが、それも数える程度であった。知り合いに会うことが苦手な僕にとっては好都合な場所だった。だが、それは踏切をひとつ渡っただけで町の印象はがらっと変わっていた。都会に住む人からすれば、どちらもただの小さな田舎としか思えないかもしれない。それでも、僕にとってはその些細な変化だけでも苦痛だった。だって、そこには学生やカップル、地域住人にも関係なく怒鳴り散らす工事現場のおっさん、という忌み嫌う人間たちが住んでいたのだから。

 僕はいつも踏切を渡る前に深呼吸をしていた。そうして、僕は自分という人間を隠すように、頭のなかにある消しゴムでひとつの人格を消そうとしていた。ただ、それは水分が含んでいるようで、文字が掠れて見えるだけで上手く消せていない。その場では、人の眼ばかりが気になるような人格は消えているのかもしれない。だけど、家に帰ったころには消そうとしていた人格とはまた別の人格が生まれてくる。あの踏切を乗り越えるたびにその人格は増え続けいて、いつしか僕は押し潰されてしまい、ミジンコのように心細く頭のなかに住むことになった。言い換えれば、全ての元凶はこの踏切にある、ということだ。こんな区切りがあるから、僕は人格を消そう、と考えてしまったんだ。そうだと分かった瞬間に僕は踏切に対して怒りを感じた。苦しいとか楽しいとか、生きたいとか死にたいとか、そういうのが生まれてしまうのは全部区切りがあるせいだ。比較できる場所があるせいだ。そんなものなんて壊してしまえばいいんだ。僕みたいなクズな人間を通せなくしている壁を壊したりすれば、きっと自由が待っている。

 僕は週末の始まる夜に、家の倉庫に眠っていたツルハシを持って、あの忌々しい場所へと向かっていた。その道中で誰かにすれ違うことはなかった。たぶん、老人たちはもう眠っている時間なのだろう。明かりが灯っている家も数える程度しかなかった。そうした光景を見ると、改めてここは僕にとって好都合な場所だと感じた。だが、逆に言ってしまえば、僕はあの踏切の向こう側にいる住人にはなれないことを意味していた。それは、つまり社会不適合者を意味していた。結局のところ、残された道はたったひとつだけしかない。ただ、電車のレールに従って動き続けることしかできない。

 少し重みのあるツルハシを片手に、やっとの思いでこの場所へと辿り着いた。僕は何の躊躇いもなく、踏切に向かってツルハシを振り下ろそうとした。その瞬間、眼の前に眩い光があることに気付いた。その光はゆっくりと僕のほうに近づいていく。誰かが妨害しに来たのかもしれない。僕の自由を誰かが奪おうとしているのかもしれない。あの向こう側へと行かせないようにしているのかもしれない。区切りを壊すことを邪魔しているのかもしれない。

『ここって今工事中なんですか?』

 光の主が僕にそう言ってきた。よく見れば、車のヘッドライトであった。どうやら、このツルハシを見て工事現場の人間だと勘違いしたらしい。ただの人間であることに僕は少しだけ安心した。

「い、いえ、ち、違います」

 もっといい受け答えができたのかもしれないが、今の僕にはこれが精一杯だった。他人と上手く話すことができないのだから。それに、あの忌み嫌う工事現場の人と一緒にして欲しくなかった。

『そうかい、通ればそれでいいんだ』

 彼は一体どこへ向かうというのだろうか?この寂れた町に一体何の用事があるというのだろうか?いや、他人のことなんてどうだっていいか。どうせ、彼も僕と同じような人間に違いなかった。きっと、踏切を渡った今は内心びくびくと身体を震わせて怯えているのであろう。この世界にいる住人は全員そうであろう。だからこそ、この踏切を壊す必要がある。僕は今度こそ思いっきりツルハシを振り下ろした。そうすると、レールは紙で創られていたかのように、いとも簡単に壊れ始めた。

 ツルハシを振り下ろした勢いのまま、僕は深い闇へと落ちていった。次に眼を覚ましたときには、土のなかにいた。あそこからそのまま落ちてしまったのかと思ったが、どうやら違うみたいだった。僕の手にはただの鉄の棒に成り下がってしまったスコップがあった。そして、その道具で土を掘り続けていた。そうすると、土のなかにあるはずのない音がした。掘り進めると、そこには一冊のノートがあった。開いてみる、と空白ばかりしかなかった。1ページ1ページ丁寧に開いてみたが、どれも空白しかなかった。最後のページまで開こうとしたが、僕はあることに気付き、それ以上は開こうとはせずにそのノートを捨てた。そうして、ただの鉄の棒で掘り進めようとしたときだった。

 光が見えた気がした。眼を擦ると見失ってしまうそうなほどの小さな光が見えた気がした。ただ、見えた気がしただけで、実際には何も見えていない。光があるということはありえない。土の中からなんて。

 これはプロローグで見た世界と全く同じ世界だった。ここを掘ったら光が溢れ出して、それに包み込まれた僕はまたあの世界を繰り返して見ることになる。そんなのなんて苦痛以外の何物でもなかった。だから、僕は土のなかから抜け出そうと必死に地上へと向かうはずの土を掘り続けていた。だけど、一度光として認識してしまったものは肥大をし始め、土を段々と溶かし続けていた。あのときと同じように必死に抵抗しようとしたが、足が光に浸かったとき、僕はもう諦めることにした。この世界で永遠に生き続けることにした。

ただ、この世界を受け入れるために眼を閉じずにそのまま光へとダイブした。

 そうすると、僕は屋上から飛び降りていた。目の前にはあの世界が詰まっている土が迫っていた。いや、待ち構えていたというべきであろう。辺りを見回すと、僕はどうやら学校の屋上から飛び降りたらしい。校舎の窓からは普段の学校で見かける人たちがいた。僕と目が合うたびにその人たちは満面の笑顔で手を振ってきた。ときには、拍手をするものもいた。誰ひとりとして、驚きの表情や泣いている姿がなかった。僕の死を皆が祝福しているようだった。その光景に僕は疑問を抱いた。確かに誰かに悲しまれるような存在ではないのかもしれない。それでも何か違和感があった。その理由はすぐに分かった。

 地面に衝突する数十秒前、もう一度校舎を見てみると、先ほどまで祝福していた人たちが仮面を外そうとしていた。本当の顔を見なくても、その行為だけで正体は分かっていた。きっと、そこにあるのは……

 答えに辿りつく前に僕は地面に衝突して死を迎えた。そう思っていたのだが、どうやら違ったらしい。妙に息が苦しくなって、上空に向かっていくような圧力が体中にかかってくる。僕はある出来事を思い出して、必死にもがこうとしたが、それが意味のないことはすぐに気が付いた。この圧力に任せていれば、この場所から離れることができる。前の景色に戻る。だから、全身の力を抜くように浮き上がるのじっと待っていた。だけど、いつになってもこの場所に居続けていた。むしろ、さらに深みに沈んでいるように感じる。校舎があるはずところを向いてみると、そこには薄くなった景色しかなかった。いや、僕の意識が薄くなっているだけなのかもしれない。どうやら、飛び降り自殺がいつのまにか入水自殺になってしまったようだ。ほら、少しでも眼を閉じてしまえば、そのまま最期を迎えてしまいそうだ。いっそのこと、楽になってしまおうか。そうすれば、もうあの苦しみから逃れることができるんだ。どうせ、あいつらもそうすることを望んでいるんだ。

 そうして、死を受け入れようとした瞬間、足付近から強い圧力がかかってきた。飛び降りたときに感じたあの衝撃とは全く違ったものだった。どこかへと吸い込まれていくような感覚だった。気付けば、身体全体がその圧力に飲み込まれていた。そして、僕はその圧力を起こしている元凶というべき場所へと進んでいた。僕は後悔していた。あのときに意識を失っていればよかったんだ。そうすれば、こんな状況を見ることなんてなかった。死ぬ気力も生きる気力も失うことなんてなかった。また、選択を間違えてしまった。

 後悔の念に押しつぶされていた僕が辿りついた場所はスクリューだった。船の動力になっているあの部品が浮かんでいたのだった。きっとあれは船を動かすためにあるんじゃない。人体にある硬い骨まで砕くためにあるのだと確信していた。そして、僕は何もかもを失ってしまうんだ。後戻りなんてできなかった。過去の自分を恨むことしかできなかった。

 結局、何の抵抗も出来ないままそのスクリューに巻き込まれて、原形が人間であったのかを疑うほどに裁断され続けた。僕の意識はそこで途絶えてこの世界から消えてしまうのかと思えたのだが、未だに自分というもの存在していた。それも脳味噌の右側の前方にある芋虫のような肉片としての意識を保っていた。そして、スクリューから出た僕はベルトコンベアーのようなものに運ばれて、何度も網のような穴を通った。その穴は通るたびに細くなっていって、ついには右側の前方にある肉片では通れないほどの小さな穴に向かっていた。だけど、上手く通ることができなかった。そうすると、僕は誰かに掬い上げられて、そいつに何度も叩かれたり、触られたりした。それが何度か繰り返されたのち、またさっきの網の穴に通させられた。その穴を通った後にも、まだ網の穴は続いていた。穴に通れないたびに僕は何度も叩かれたり、触られたりした。そして、ついにそれをされ続けても、網の穴に通ることができなくなってしまった。そうすると、僕は網の穴とは別の小さな穴がある場所に放り込まれていった。そこは光すら届かない暗い場所で、底があるのかも分からなかった。ただ、底に辿り着くことを願って、落ち続けるしかなかった。そうして、僕が辿り着いた場所にはひとつの看板とひとつの扉があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ