第三十九話 『三十九』
真っ白な風景の中にベットがひとつ寂しく置かれていた。そして、そこで孤独に苛まれながら眠るひとりの少年がいた。そいつはずっと「ひくひく」と喉を鳴らしながら、誰にも気付かれないように泣いていた。僕は少年の涙の意味を知っていた。そして、ここがどこであるのかも。
「うるさい!私は好きなことをして生きていく!」
その声が雷でも打たれたかのように、頭のなかへ響いていく。それは段々と僕の体内に侵食して、いつしか別の誰かを呼び起こす。その誰かが目覚めれば、今の僕は何者でもなくなってしまう。だから、僕はそうならないように必死に彼が入り込める隙間を埋め続けなければならなかった。思考停止は死を意味するということはそういうことであった。僕は死なないためにいくつもの世界を創り上げる必要があった。世界が変われば、人が帰られる機会も増え続けていくだろう。
僕はもう一度だけ、ベットの中で眠る少年を見た。頭の先まで布団を被っている少年がどんな表情をしているのか、こちらかでは窺えなかった。だが、僕は何の確証もないけど、少年がどんな顔をしているのかが分かった。きっと、今の僕と同じような顔をしているのだろう。
「おい、勝手な解釈をしてんじゃねえよ。いつもそうだ。どいつもこいつも俺が思っていることの180度間違っていることを正解だと言う。これはあくまでも俺の妄想なんだ。遊びなんだ。深い意味なんてどこにもない。そんな大層なものなんてこの世界のどこにもない。ここは表装だけの世界だ。そこに物がある。ただそれだけ。それ以上のことなんてない。だから、止めて欲しい。勝手な解釈は余計に俺を苦しめるだけだから」
僕のなかで支えていた一本の線を誰かにハサミで切られたようにぷつんと千切れた。
「何が勝手な解釈だ。お前が求めていたのは何だ?たくさんの誰かだろう?だから、今もそうして表装だけを曖昧にして、誰かに目を凝らして見てもらおうとしている。お前はいつもそうだ。適当に開いた辞典に載っている言葉を意味もなく発する。そんなことして、思わせぶりたいんだろう?だから、こんなつまらないことをいつまでもやっているんだ。いいから、目を覚ませよ。お前が望む誰かなんてどこにもいないんだから。勝手な解釈をする奴なんてどこにもいないんだから」
気付けば、僕は少年を殴り殺していた。両の拳にはペンキを突っ込んだように真っ赤に染まっていた。僕はこの世界で初めて人を殺めた。嫌だった奴をこの世界から消したはずだった。それなのに、僕の気持ちは何ひとつ晴れはしなかった。
『おい、聞こえているか?』
僕の声は誰かによって再構成されていた。そのたびに、僕は僕ではなくなり、その誰が僕となっていく。自分が何者であるかも、分からなくなる。本当の自分は何だろう?どんな顔をしていたのだろうか?どんな表情をしていたのだろうか?どんな姿をしていたのだろうか?どんな人間だったのだろうか?
「だからなのか……」
僕が彼を殺しても気が晴れないのは、それは自ら望んだことではないからだ。その誰かがやったことであり、僕の意思なんてどこにもない。いつだってそうだった。僕が思い描く世界なんてどこにもない。あるのは、僕を生きさせるための酸素だけだ。死にたくなっても、死ぬことはできない。
「なあ、お前は知っているのか?この世界がどのような意味を持っているのか。なあ、教えてくれよ。僕に残された時間なんてないのだから」
死体へと成り下がった少年を見て、僕はあることに気付く。彼には死に際に残す表情が何ひとつなかった。苦しそうな表情も、安らかに眠っているような表情すらなかった。ただの意識のない人形のようだった。いや、死んでいるのだから、意識がないのも、表情がないのも当然なのかもしれない。だけど、僕にはそれが異常に感じれた。
こいつは死ぬ前からずっと表情がなかったのではないか?泣いていたのは声だけで、顔を出せば涙のあとなんてこれっぽっちもなかったかもしれない。まるで、舞台の上で演技をしているようだった。
そこで思い出す。ここは土のなかだった、ということに。そして、今は映像を見ている。過去に起こった映像を。
「お前は誰なんだ?」




