第二十九話 『二十九』
僕は家に帰った。そこには両親が僕を待ち構えていた。
『おかえり』
僕の思考は停止した。
「っかけけおこぽじぇ」
誰かが喋っている。僕は何を言っているのか分からない。何にも分からない。これは偽者なんだ、と思った。誰かが悪い夢を見せているんだ。
『どこ行っていたの?』
泣きそうな顔をした母が言う。
『心配していたんだぞ』
心配そうな顔をしている父が言う。
全てが幻に思える。いや、悪い夢を見ているんだ。全部。
『悪かったな、今まで』
父が僕に抱きつく。暖かかった。これが父の体温なんだ、と思った。
「う、嘘だ。全部」
僕の声は父と母には届かなかった。一体、どういうことなんだ?この世界は僕の知らない世界だ。こんな世界なんか考えたことなんてなかった。おかしいと思う。僕は戸惑っている。今は上手く物事を掴むことができない。ここが現実なのだろうか?本当に現実なのだろうか?僕はまだ目覚めていないのではないか。まだ、土のなかに居続けているのではないか?クソ、こんなことなら、もう少し土を蹴ればよかった。クソ、クソ。
『ごめんな、本当に』
『ごめんよ』
父の涙を初めて見た。母の涙を初めて見た。僕は恐ろしかった。ここにいては駄目だ。僕は逃げなければならない。だけど、動くことができない。僕は自分の頬が濡れていることに気付く。まさか、僕の涙って言うじゃないだろうな?そんなことはありえない。じゃあ、何で頬に付いている水滴は乾かないのだろうか?何で、さっきよりも、さらに濡れているのだろうか?分からない。頭のなかに何かが詰まっている。そのせいで、上手く通っていない。上手く動かせない。思考が途切れていく。放っておけばこのまま壊れてしまいそうになる。この世界はつらかった。
僕は眼を閉じる。そして、僕が眼を開けたとき、さっきの風景とは違っているはずだ。今までのことは嘘のように消えているはずだ。僕はゆっくりと眼を開けた。




