探索者ギルド
ブクマありがとうございます。
少しだけ前話を改変しました
魔術師が仕事を得るのは実に簡単だ。
誰の目から見てもそうだと分かるように、認定証を身に着けていればいい。
そうすれば、向こうの方から仕事が舞い込んでくる。
ただし、鍵の解錠といった仕事ばかりだけではなく。
ファイアを使ってのゴミ焼却処理・ウォーターを使っての生活用水確保、などその種類は多岐にわたる。
魔術師ならば誰でも扱える筈の初級魔術、しかし魔術師自体の人数が少ないおかげか仕事にありつけないと言う事はまず無い。
その例に漏れず、ケンの元にも様々な仕事が舞い込んで来た。
ーーーしかし、初級魔術が使えないケンは相当数の仕事を断る羽目になる。
成功させた2件の解錠依頼の裏には、その倍以上の断った依頼があったのだった。
ー・ー・ー
魔術師として登録し午後の活動を終えた、異世界に来て2日目になる夜。
宿に戻り、1階の食堂で夕食を済まし部屋へと入る。
食事はパンとシチューとサラダ等、異世界転移物の創作でよく見るラインナップだった。
幸い、カチカチでスープに浸けないと食べられない程に硬い『黒パン』とかいう物ではなく、元の世界でも口にしていたパンと変わらない物だった。
シチューもしっかりと味が付いており、特に食事で不便する心配は無さそうだ。
部屋はビジネスホテルの様な造りで、入ってすぐ正面に一人用のベットが見える。
顔を横に向けると浴室へと続く扉、部屋の中にトイレは無く共用の物が宿に一つだけ。
元の世界の物と比べると数段と劣っては見えるが、充分と綺麗な部屋にケンは内心ホッとしていた。
かなり高価な魔道具を使用しているらしく、この宿に浴室付きの部屋は5つ程しかない。
昼前にチェックインしたケンは、浴室の有る部屋を確保出来た事に喜んでいた。が、この世界で風呂に入る習慣と言うのはあまり無いらしく、余程神経質か金持ち以外の人は濡れタオルで身体を拭く程度で済ませてしまうらしい。
夜になってもまだ部屋が2つ程空いてると聞いて、文化の違いを実感したケンであった。
職を得て衣・食・住の憂いが無くなったケン。
ここにきてようやく、落ち着いて今後の事を考える事が出来る様になった。
蔵の中にあった扉がどうして異世界に繋がって居たのか、そしてその扉は何処に消えたのか。
帰る方法はあるのか、同じ様な扉を探すのか、それは存在しているのか。
ベットで横になり、頭の中で浮かんでくる様々な疑問。
自然とそのまま意識が遠のき、眠りにつくまでの間。延々とそんな事を考え続ける羽目になってしまった。
ー・ー・ー
翌日。朝食を済ませた後、宿屋の店主から耳寄りな情報を得てケンはさっそく出かける。
その際に、同じ部屋を確保しておく為もう1泊分の宿泊料金を払っておく。
荷物が鞄1つ分しかないので別に部屋が変わっても問題は無いのだが、満室になってしまい宿泊出来ないという事を恐れてだ。
チェックアウトは昼なのでそれまでに言えば大丈夫だと聞いたが、それまでに戻って来れるかも分からないので悩む事なく7,500ウェンを追加で払っておく。
宿を出て15分程歩いた先に目的地が見えてきた、ケンが訪れた先は『探索者ギルド』だ。
探索者になる為…では無く、鍵の解錠依頼がたくさん有ると聞いてやってきた。
この世界には、異世界物でよく見られる…所謂『冒険者』と呼ばれる職業は存在しない。
街の外を魔物が闊歩している訳でも無ければ、街中の雑用を仕事にしているのは『魔術師』だからだ。
その為、○○の採取Fランク・○○の討伐Cランク…の様な仕事は無いのだ。
ただし、魔物は存在する。ーーー迷宮の中に。
この世界に無数と存在する、侵入した者を迷わせ来るものを阻む迷宮。
その中で、まるで何かを守っているかのように巡回している凶悪な魔物達。
しかしそれら試練を乗り越え、様々な利益を得るのを生業としているのが『探索者』と呼ばれる者たちだ。
そうして、探索者達の利益を守る組織が『探索者ギルド』の役割。
探索者の実力を図り、迷宮の管理をし、手に入れた物を買い取り、探索者のサポートをする。
その買い取り品目の中に『未開封の宝箱』と言うものが在る。
荒事が得意ではないケンには不可能だが、迷宮探索を生業とする魔術師は少なからずいる。
探索者に雇われて同行する者もだ。
そうして手に入れた宝箱の中身は、高値で買い取って貰えるのだが…全ての探索者が魔術師を雇える筈が無く、中身もピンキリで売買益次第では雇用代で赤字になる探索者も暫しば。
そこで錠のランクに合わせた金額で買い取ると言うサービスが出来た。
中身が薬草等の価値の低い物だった場合はギルドが損をするが、名剣や魔道具などが入っていた場合は大きく得をする。
決まった金額が手に入る探索者、価値の大きな物が手に入るギルド、解錠依頼を受けられる魔術師、三者共に利益を得る事が出来る仕組みになっていた。
それを宿屋の店主に聞いたケンは、探索者ギルドが発注する解錠依頼を請ける為に朝イチで向かったのだった。
ー・ー・ー
「いらっしゃいませ、探索者ギルドへようこそ」
聞いた通りの場所にあった建物へ入ると、女性職員の声に迎えられる。
入り口正面には女性がいるカウンターが有り、先程の声の主であると推測できる。
横へ目を向けると、無人のカウンターも目に入った。
ギルドと聞いて、少し古臭い内装の酒場の様なイメージをしていたケンだったが、そうではなくどちらかと言うと役所の様なカッチリとした雰囲気を醸し出している。
酒場なども併設されておらず、時間帯にも依るだろうが中は閑散としていた。
「魔術師なのですが、解錠の仕事は有りますか?」
女性の居るカウンターに近付き、認定証を見せながら声を掛ける。
「はい、ございます…が、当ギルドでの仕事は初めてでしょうか?」
「ええ、初めてです」
「それでは先ず…」
と言って、カウンターの下から何やら名簿の様な物を取り出した。
ケンが持つ認定証と名簿を交互に確認し、サラサラと名簿に何かを書き込んでいく。
「…はい、これで当ギルドの臨時職員として登録が完了しました」
「臨時…職員?」
何も説明されないまま、どうやら手続きが進んでいたようだ。
「当ギルドで解錠を行う場合、この登録は必須となっています。特に強制力の無い契約で、デメリット等はありません。給金は発生せず、報酬と言う形で金銭を支払います。なので、来る日・来る時間・帰る時間等も全て自由に行って頂いて構いません」
要するに、完全出来高制の契約社員…みたいに理解しておけば良いのだろう。
デメリットが無いのならば、ケンとしても何も言うことは無い。
「なるほど、理解しました」
「ありがとうございます。では早速解錠作業を行って頂きたいのですが、幾つかの決まり事が有りますので説明いたします」
そう言って、幾つかの説明を受けた。
錠の階級に応じた報酬なのは変わらない、ただ1日の個数は決まって2つまでとする。
上位階級の錠は実績を必要とする、つまり10級の解錠が出来たら次は9級…という感じになる。
中身はギルドの所有物とする、価値が有ろうと無かろうと横領は禁止。
等、常識の範囲内の事も幾つか説明を受けた。
その全てに了承を返し、ケンは職員に連れられギルドの奥へと入っていった。