魔術師
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その後ケンは、店主に昼食をご馳走してもらった。
金貨を無駄にせずに済んだ礼との事で、有難く頂戴する事にした。
この世界では鍵の解錠は魔術師の専売特許らしく、本来ならば解錠料金が掛かかりこれが結構割高なのだそうだ。
今回は依頼料と中身を天秤に掛けた結果、諦めるつもりだったらしいのだが、ケンが開けてしまった為報酬を払わなければならなくなった店主。
しかし、この世界でも解錠技術が金になるか分かって無かったし、純粋に人助けだと思ってやった行いの為、2人の話し合いの結果このような形になった。
更に情報として『この世界で解錠を行うつもりなら、魔術師として神殿に登録すべき』と言う言葉をもらった。
なぜならば信用問題に関わってくるから。
元いた世界ほど厳格に、身分の証明・確認が出来ないこの世界。神殿が発行する『魔術師』の身分証が無いと、たとえ技能があった所で誰も解錠を依頼してくる事は無いだろう…と。
それに神殿によって管理される為、解錠を悪用する事が出来なくなり、信頼としてもこれ以上の物は無いそうだ。
それを聞いたケンは、昼食後さっそく神殿へと向かう事にした。
ー・ー・ー
街の中央にそれは有った、最初は城と見間違ってしまう程に荘厳な造りの教会。
少し物怖じしてしまい、入るのを躊躇ってしまう。
数分程入り口の前で逡巡し、意を決して中へと入る。
一歩足を踏み入れた所で、肌に刺さる程感じる神聖な気配を感じ、ケンは息を飲む。
そして次に目を奪われた。
低く見積もっても10mは超える高さの天井、壁と同じく真っ白なおかげかとてつもない開放感を感じる。
壁上部に取りつけられてるステンドグラスから入ってくる光は、神殿内部を明るく照らし、幾何学的な模様も相まってか神秘的な雰囲気によりをかけている。
実際に見たことは無いが、元いた世界に有る着工後100以上経ってまだ未完の大聖堂をケンはその景色に重ねた。
「ようこそいらっしゃいました」
どれほどの時間呆けていたかは分からない、恐らく入り口前で逡巡してた以上のじかんは経っていたかもしれない。
ケンは不意に掛けられた声にハッと我に返り、そちらの方へと視線を向ける。
「こちらへはどういったご用件でしょうか?」
ニコリ、と言う音が聞こえて来そうな笑顔でこちらを伺う女性。
歳はケンと同じくらいか、その女性は修道服を身に纏い両手を後ろで組んでいた。
そのせいで強調されるその女性の容姿は、少々ケンには刺激が強く心臓の鼓動が徐々に早くなっていく。
下手に意識をしないようにと視線を上げるのだが、それすらも無駄なあがきだったようだ。
金色に輝く綺麗な髪、少々小さめだが形の整った耳、スッキリと通った鼻、薄く艶の有る唇、何より見ているだけで吸い込まれてしまうかに思える紅く美しい瞳。
ーーー女神
今まで見た中でも最上級の美しさを持つその女性を、ケンはそう形容する以外の語彙を持っていなかった。
「あ、あ、あの…」
「はい?」
まるで初めて女性と会話をしたのかと思える程に動揺するケン。
女性は笑顔を崩さず、ケンの言葉の続きを待つ。
「あ、ま、魔術師とし、して登録を…」
「はい、登録希望の方ですね?ではこちらへどうぞ」
笑顔のまま頭を下げると、女性はケンを別の場所へと案内する。
数歩前を先導する女性についていくケン。
その後ろ姿はただ歩いてるだけでも凛々しく見えて、ケンの鼓動はいま最高潮に高まっていた。
ー・ー・ー
連れられた場所には神官と思わしき男性が居た。
50代くらいの男性だが、こちらもかなり整った容姿をしていて自分と比べては嘆息が出てしまう。
「それでは登録に際して、適性診断を行わせていただきます」
「適性診断…ですか?」
女性同様にニコリとした笑顔でこちらに声をかけてくる男性。
適性診断と言われても、何をすればいいのやら。この場で鍵開けでもすればいいのだろうか?などと考えるケン。
「はい。こちらの水晶に魔力を通して頂くだけですので、そう難しく考えなくても結構ですよ」
「魔力…!」
そう言われてケンはここが異世界なのだと、再度思い知る。
元の世界でも鍵『魔術師』と呼ばれていたせいか、少し感覚が麻痺していたようだ。
こちらの魔術師は、正しく魔術師なのだ。
それはつまりーー火や水を起こし、風や土を操る、ファンタジーを指すのだと。
「…どうかされましたかな?」
「あ、いえ…」
ケンの魔術師たる所以は、とどのつまり手先の器用さによるものだ。
もしゲームの世界で生きてたとしたら『盗賊』という不名誉な職業だったかもしれない。
いや…ゲームの世界では盗賊は立派な職業の場合もあるので、一概に不名誉とも言えないのだが。
話がそれた。
要するに『魔力』という物に馴染みが無いケンは、どうやって魔力を流せばいいのかが分からない。
男性も笑顔は崩してはいないが、どこか怪訝そうな声色をしている。
少し逡巡し、ケンは水晶に手を置いた。
こうなったらダメ元だ、なんて少し投げやりな心持ちで事に当たる。
頭の中で『魔力ー!』とか、『魔法ー!』など、必死で念じて見るが水晶に変化は起こらなかった。
「申し訳ありませんが…」
適性無し、そう判断されたのだろう。神官は笑顔を崩し、やや申し訳なさそうな表情作って頭を振る。
それを見てケンは気落ちする様に視線を落とした。
ーーーその先で机の上に、鍵がついた小箱を見つける。
貴重品でも入れて有るのか、大きさの割には意外としっかりとした造りの錠前だ。
その錠前を見ていると、何やら鍵穴が光っているように思えた。拘置所の時と同じ光、少ししてケンの脳内に錠の構造が流れ込んで来た。
ああ、こういう構造は元の世界には無かったな。
などと暢気に思いながら、解錠するにはどうすれば良いか等と考えてしまうのは、もう職業病の域に達してる。
そして脳内で解錠に成功したケン、同時にある言葉が頭に浮かんできた。
その言葉はまるで、早く外に出せと言わんばかりにケンの脳内を暴れまわっている。
ケンはその不快感を抑え切れず、声に出した
「『解錠』」
その言葉を受け、カチャ…と言う音と共に水晶が眩いばかりの光を放つ。
急な発光に驚いたケンは、慌てて腕で目を庇う。
神官と女性も同様だったのか、小さな悲鳴とうめき声が耳に届いた。
徐々に光が収まっていくのを感じ、ケンはゆっくりと腕を下ろす。
同時に目を開けて水晶を見ると、かなり落ち着いてはいるが未だに発光しているのが見えた。
そして、そのまま安定する。
少し経って神官の視力が回復したのか、その水晶を確認して『適性有り』と判断してもらう。
その後、詳しい手続きは割愛するが身分証を無事発行してもらい、幾らかのお布施を払って神殿を後にした。
こうしてケンは、無事この世界でも魔術師として認められた。
ー・ー・ー
ケンが去った後、神殿内では。
「それにしても、先程の方にも困ったものですね」
神官服を着た男性は苦笑いを浮かべ、ポツリとそんな事を洩らした。
「先程の方が何か?」
修道服を着た女性は神官の呟きを聞き、律儀に聞き返す。
「ええ、どうやら悪戯好きの方の様だ」
「悪戯…ですか」
神官がこういうのにも理由が有る。
最初に水晶へ触れた時は何も起きなかったのに、不合格を告げた途端に光出した。
魔力と言うものは、一夕一昼で自在に操れるものでは無い。そもそも、才能がなければどうしようもない。
それを、あの僅かな時間で習得したとは思えず、結果として『最初は意図して魔力を抑え、油断した所で発光させ、目を眩ませた』と解釈した。
「なるほど、そういう事ですか」
「ええ…ふふ、腰の低さにまんまと騙されてしまいましたね。まぁ、可愛い悪戯でしたが」
そういって神官と修道女は軽く笑い合い、談笑を終えた。
修道女は部屋から出て先程まで行っていた作業へと戻り、神官は水晶を片付け書類を机に広げる。
ーーー数時間後に鍵の開いた小箱を見つけ、ちょっとした騒動が起きるのだが…それはまたのお話に。
ここからファンタジー色が強くなっていきます。
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