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第4話

「そろそろ向こうさんも、まともな戦力は品切れってとこか」


 侵略中の街中をぶらぶらと歩きながら、ユニティの前を進む隊長がつぶやく。

 あれからしばらく市内での小競り合いが続いたが、小一時間ほどが経った今では、街路を歩いていても、生きた帝国兵の姿を見ることはほとんどなくなってきていた。


 王国兵以外に見る姿と言えば、もっぱら死体ばかり。

 しかも、だいたいの死体からは鎖かたびらも武器も奪われていて、兵士なのか民間人なのかもよく分からなくなっていた。


 武具は軒並み高価なもので、高く売れるため、倒した兵士が戦利品として剥ぎ取って持っていくのが一般的だ。

 剣はもちろんのこと、鎖かたびらも服のように脱がすだけなので、剥ぎ取るのはそう難しくはない。


 ──市壁のような防御設備を持った拠点を攻撃する場合、防衛の要である市門を破った時点で、おおよその勝敗が決すると言ってよい。

 何故かと言えば、門を破れるほどの戦力を有している時点で、攻め手側の戦力の方が、守勢の戦力と比べて、圧倒的に大きいからだ。


 一般に、拠点を攻めるには守勢の三倍以上の戦力が必要と言われるが、それは逆に言えば、設備による優位が失われてしまえば、守勢の三倍以上に及ぶ圧倒的な暴力が襲い掛かるということでもある。


「降伏の宣言はまだ出てないみたいだが、時間の問題だな。──急ぐぞユニティ、今ならまだ間に合う」


「……? 間に合うって、何が?」


 隊長の言葉に、首をかしげるユニティ。

 なお、彼女の武器であるレイピアは、今はもちろん回収済みだ。


「何がって……そういやお前、知らねぇのか。俺ら兵士にとっちゃ、今が書き入れ時──」


 隊長がユニティに、説明しようとしたその時。

 甲高い女性の悲鳴が、近くの家屋の入り口付近から聞こえてきた。


「いやっ! 放して! いやっ、いやああああっ!」


「おらっ、逃げんじゃねぇ! こっち来いよ!」


 少し離れた場所にある家屋の開かれた戸口から、衣服をボロボロに破かれた民間人らしき女性が飛び出して来たかと思うと、同じく戸口から出てきた男が、女性の腕を引っ掴んで、家屋の中に引きずり込む。

 その後、家屋の中からは、くぐもった女性の悲鳴が断続的にこぼれ続けた。


 ユニティはその様子を見て、目を剥いた。

 女性を家屋に引きずり込んだ男が、ユーリーン王国の白狼の紋章を携えた上衣を着た、王国兵であったように見えたからだ。


「はっ、派手にやってんなぁ」


 隊長はそれを見ても、軽く失笑するだけ。

 ユニティはそれにも驚いて、隊長の顔をまじまじと見る。


「……ん、どうしたユニティ? ──ああ、女にはああいうの、見てて気分のいいものじゃねぇか。ま、戦場じゃよくあることだ。あんまり気にするな」


 隊長はそう簡単に言うが、ユニティの顔はみるみるうちに真っ青になってゆく。


「よくあることって……どうして、止めないの……?」


「どうしてって、そりゃあ、ああいうのも兵士の役得だからな。そもそもが殺すか死ぬかの世界だぜ? 強姦ぐらいは今更騒ぐほどのことじゃねぇだろ。だいたいお前だって、ガキの時分から帝国民クズどもは皆殺しにしてやるって言ってたじゃねぇか。それがお前、今更帝国民(クズ)に肩入れしてどうすんだよ」


「それは、そうだけど……だって、あれじゃあ……」


 帝国兵ヤツらと一緒だ、という言葉は、怖くて口に出せなかった。

 ただうつむいて、震えるばかりの少女。


 そのユニティの様子を見て、隊長が小さく舌打ちする。

 そして彼は、ユニティの腕を取って「来い」と言って、ユニティを引っ張ってゆく。


「た、隊長……? どこに行くの……?」


「いいから来い」


 隊長はそれだけ言って、近くにあった一軒の家屋に向かい、その入り口の戸を開いた、

 ユニティは隊長に引っ張られるままに、家屋の扉をくぐる。


 隊長は注意深く屋内を見渡し、中に人がいないことを確認すると、家の奥までユニティを引っ張って行って、そこにあったベッドに少女を押し倒した。


「えっ……? た、隊長……何、これ……?」


 されるがままにベッドに引き倒されたユニティは、何がどうなっているのかさっぱり理解できず、ただただ混乱していた。


 いや、理解できないというのは、正確ではない。

 理解したくないという感情が、理解を拒んでいるだけで、彼女の中にある純粋な理性の部分は、答えをとうに導き出している。

 ユニティは頭の中で、自分が信じていたものが、黒い何かとぐちゃぐちゃに溶け合って、おぞましいものに変化してゆくのを感じていた。


 そんな少女に、彼女をベッドへと押し倒した男が、黒い言葉をぶつけてくる。


「ユニティ。お前は、『帝国民を皆殺しにしてやる』って言ったんだぜ。俺はその心意気を買って、豪腕使ってまでお前を兵舎に捻じ込んだ。それが何だ、たかだか強姦される帝国民を一人見ただけで、そのザマか。……反吐へどが出る」


 そう言って隊長は、ユニティが身に付けている硬革鎧の留め金を一つ一つ外し、鎧を引き剥がしてゆく。

 同時に、自分が持っている剣と、ユニティのレイピアを鞘から抜いて、遠くに放り投げる。

 ユニティのバックラーもぶん取って、投げ捨てた。


「帝国民をぶっ殺すこともできねぇなら、お前みたいなガキは、こんなことでしか役に立てないよな。……まったくよぉ、これまでタダ飯食ってきたツケは、どう払うつもりなんだ、ああ?」


 鎧を取っ払い終えた隊長が、ユニティの衣服に手をかける。

 ユニティは、その隊長の目が、すでに狂気にまみれていることに気付いてしまった。

 いや、事実はそうではなかったのかもしれないが、少なくともユニティの目にはそう見えた。


「──っ!」


 ユニティは意を決し、歯を食いしばって、自分にのしかかる男の股間に、力いっぱいの膝蹴りを叩き込んだ。


「おごっ……!」


 鎖かたびらの上からだったためユニティの膝にも痛みはあったが、その攻撃の効果は覿面てきめんだった。

 柔軟な形状のかたびらでは、衝撃そのものを防ぐことはできず、股間に痛打を受けた隊長は、怯んでベッドの上でうずくまり、その間にユニティは男の下から抜け出した。


 少女は慌てて、自分のレイピアを拾いに行く。

 それから振り返って隊長を見ると、うずくまりながらも、怒りを込めた目でユニティを睨みつけていた。

 ユニティはそれを見て恐怖し、その場から一目散に逃げ出した。


 その家屋から飛び出しても、ユニティは足を止めなかった。

 ほとんど死体か王国兵しかいなくなった帝国都市の街路を、わき目も振らずに走ってゆく。

 途中、鎧を失って乱れた様子で走る少女に対し、何事かと声を掛けてくる王国兵もいたが、すべて無視した。


 ユニティはやがて、市門を抜けて、都市の外へと出た。

 それでもなお、ただただ走った。


 そのうち街道を走っているのが怖くなって、横手に茂った森の中へと逃げ込んだ。

 自分がどっちへ進んでいるのかも分からなくなったが、それでも、人間に遭うかもしれない場所にいるよりはマシだと思った。


 少女は、やがて息が切れて咳き込んで、地べたに倒れて動けなくなって、それでようやく走るのをやめた。

 そのときには、喉がカラカラに乾き、全身から汗が噴き出していた。


「あはっ……あははははっ……」


 しばらくして呼吸が整うと、周囲を木々に囲まれた人気のない場所で、少女は狂ったように笑い出した。

 そうするほかに、何をすればいいのか、今の彼女には分からなかった。


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