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第3話

 それからおよそ一ヶ月後。

 ユーリーン王国軍は、西に隣接するカーディル帝国の領土に向けて、進軍を始めることとなる。

 その軍の中には、新米兵士であるユニティの姿も、当然に含まれていた。


 多くの歩兵たちが、全身を覆うようなロングコート式の鎖かたびらを身に付け、頭には前面開放型の兜(オープンヘルム)、両手には剣や槍に盾という装備で武装する中、少女であるユニティの武装は、一際特異なものだった。


 まず鎧は、男よりも力に劣るユニティが重量のある鎖かたびらを着ると体力の消耗が激しいことや、持ち味である俊敏性を活かせなくなるということで、なめし皮を蝋で煮込んだ硬革製クィルブイリの鎧を身に付けていた。


 また武器には、女であるユニティに通常の剣は重すぎることもあり、レイピアと呼ばれる細身の剣を愛用していた。

 小剣ショートソードよりもさらに軽量で、リーチもあるレイピアは、切断する攻撃をするには向かないが、突き刺す攻撃を行なうのに特化した構造になっている。

 鎖かたびらを着た敵を、ユニティの腕力とそれで扱える武器で叩き切るのは無理があるが、突き刺す攻撃ならば、鋭く突けば鎖かたびらを貫ける可能性も高い。


 そして盾も、通常の円形盾ラウンドシールドよりも小型の、バックラーと呼ばれる小型円形盾を身に付けていた。

 直径六十センチ以上もあり、前面に構えるだけで胴体をほぼカバーしきれる通常の円形盾と異なり、直径三十センチほどしかないバックラーの場合、自ら敵の武器に盾を「当てに」いかなければならず、その扱いには特有のトレーニングを要する。

 しかし、軽量でレイピアとの相性も良いバックラーは、器用で俊敏さもあるユニティにとっては、おあつらえ向きの盾であった。




 都市攻略戦。

 市壁によって防御された帝国軍の都市に、ときの声をあげる王国兵が、大挙して攻め入らんとしていた。


 攻撃が始まってしばらくした頃、巨大な地鳴りのような轟音とともに、ユーリーン王国軍の兵士たちが打ち付けた破城槌はじょうついが、帝国の都市の市門を打ち破った。

 それを見た王国軍の兵士たちが歓声を上げ、我先にと市門へと殺到する。


 帝国兵は、市壁の上から弓矢を射たり、熱湯や岩を落してこれを撃退しようとするが、門が破られた今となっては、焼け石に水程度の効果しかない。

 そこに王国軍の兵士の死体が二、三個生み出される間に、百の王国兵が市内に侵入してゆく。


 その様子を少し離れた場所から見ていたユニティは、さすがに少し、を感じていた。

 あれほどまでに、人の命が容易く失われるのか……と。


 あの都市の市門をこじ開けるまでに、百に近い数の王国兵が、敵の弓矢を受け、落ちてきた岩石に頭をかち割られ、あるいは熱湯を全身に浴びたことによる重度の全身やけどで、命を落としていたように見えた。

 そうして死んで行った中に、先日まで兵舎で一緒に笑っていた仲間の誰かがいるのかもしれないと思うと、突然ゾッと、恐ろしいまでの実感が湧いてくる。


 そのユニティの様子を見た隊長が、自分の前で動けずにいる少女に発破をかける。


「俺たちも行くぞ、ユニティ。それとも、死ぬのが怖くなったか?」


 その言葉を受けて、ユニティは少し逡巡しゅんじゅんしてから、首を横に振る。


「……そんなことない。殺される前に、帝国兵ヤツらを十人は殺してやる」


 ユニティは嘘をついたが、そうやって殺意を呼び起こすと、不思議と怖さは消えていった。

 隊長は「その意気だ」と言って、鎖かたびらをちゃらちゃらと鳴らしながら、ユニティを先導するように駆け出す。

 ユニティはその後を、追いかけるようについてゆく。


 帝国都市の市門を潜る際には、隊長もユニティも、運よく死体の仲間入りをすることはなかった。

 その頃には、すでに市内に潜入した王国兵の一部が市壁の上に上がっていて、防衛側の帝国兵たちと切り結んでいたことも大きかった。


 しかしユニティは、足元に転がる王国兵の死体を踏んづけないように、足場を選んで進んでゆく必要があった。

 その死体の中に、見知った顔が一つあって、その口の中に矢が突き刺さって喉奥に抜けているのを見たときには足が止まりそうになったが、ユニティは視界に焼きついたその姿を、頭を振って消し去り、無理やりに都市の中へと入って行く。


(ダメだ、こんなことじゃ……もっと、あのときの感じを……)


 ユニティは、帝国兵と王国兵の死体があちこちに転がった市内を進みながら、自分の中の怜悧な感情──四年前に帝国兵の首を掻き切ったときの気持ちを、呼び起こそうとする。

 あの時の光景を思い出すと、すっと心が冷めてゆくのが分かる。


 ユニティはその自分の精神状態をもって、これだと確信する。

 隊長には、憎しみを忘れていないなんて言ったけど、あれは嘘だったなと思い至る。

 兵舎で仲間たちと笑ったりしている間に、自分は随分と腑抜ふぬけてしまっていた。


 隊長に付き添って市内を進んでゆくと、都市の中央広場に差し掛かろうというあたりで、前方の建物の角から二人の帝国兵が姿を現した。


「ユニティ、一人任すぞ!」


 隊長が、そのうち一人に向かって走ってゆく。

 ユニティも、身を低くして、もう一人の帝国兵に向かって疾駆してゆく。


 心は、冷め切っていた。

 目の前に、殺すべき敵がいる。

 だから殺す。それだけ。


「──んだあ!? メスガキが、一丁前に兵隊気取りかよ!」


 ターゲットである帝国兵が、ユニティを迎え撃つ。

 盾を前に構え、剣を肩の上に構えて、いつでも振り下ろせる姿勢でユニティが間合いに入って来るのを待つ。

 そして、ユニティが間合いに入ったタイミングを正確に見計らって、力任せに剣を振り下ろしてきた。


「──っらあ!」


 帝国兵の振るった剣に対し、ユニティは疾走する速度はそのままに、右へとステップを踏む。

 同時に、左手のバックラーを振るって剣を弾く。

 ユニティの左手を強い衝撃が襲い、軽い痺れを感じるが、敵の剣はどうにか軌道を逸らした。


「なっ……き、消えた!?」


 ユニティはそのまま、帝国兵の真横を駆け抜け、その男の背後に回り込んでいた。

 そして、ユニティの姿を見失って狼狽ろうばいした帝国兵の背に、レイピアの剣先を素早く照準し、突き立てた。


「がっ──後ろだと……!?」


「──っ!」


 ユニティのレイピアによる一撃は、帝国兵の鎖かたびらをどうにか貫いたが、致命傷となるほどの深手は与えられなかった。

 男の肉と骨に突き立ったものの、内臓に届くほどには至らない、浅い刺さり方だ。


「このっ──死ねえええええっ!」


「──っ、があああああっ!」


 ユニティは突き立てたレイピアに、寄り掛かるように全身の体重をかけて、さらに強く押し込んだ。

 その切っ先が帝国兵の背骨を割り、ずぶり、ずぶりと肉に深く食い込んでゆく──


「がっ──ざっけんなあああ!」


 しかし帝国兵も、その間、ただやられているばかりではなかった。

 剣を逆手に持ち直し、背後にいるであろう少女に、がむしゃらに突き立てようとする。


「──ぎっ……!」


 その動作に気付いたユニティは、慌ててそれを回避する。

 とっさにレイピアを手放し、必死に地面を蹴って、帝国兵から距離を取った。


 だがその際、ユニティのお腹の部分をかすった帝国兵の剣先が、硬革の鎧をごりっとえぐっていった。

 幸いなことに刃は、ユニティの体自身には、届かなかったが。


「はあっ、はあっ、はあっ……!」


「クソガキがあああっ! ぶっ殺してやる! 殺した後で犯してまた殺してやる……!」


 背中にレイピアが刺さったままの帝国兵が、ユニティへと振り返る。

 その悪鬼の如き表情を見て、ユニティはびくりと震えてしまう。


(──まただ、気圧されている……)


 そうは思うものの、ユニティの手からは、すでに武器が失われている。

 こんなことになるなら予備の武器を持って来ればよかったと思ったが、そんなのは後の祭りだ。


 怒りの形相の帝国兵が、背中にレイピアが刺さったままの姿で、武器を失ったユニティに向かって無造作に歩み寄る。

 ユニティは、背を向けて逃げ出したくなる衝動を必死に抑えながら、何か手立てはないかと考える。


 だがそのとき──目の前の帝国兵の体を、一本の槍が貫いた。


「が、はっ……く、そがぁ……!」


 鎖かたびらの上から、背中から胸まで槍に貫通された帝国兵は、それで事切れて、地面にどうと倒れた。

 地べたに倒れた帝国兵は、怒りの形相で目を見開いたまま、死んでいた。

 その胴部あたりから、土の地面に、赤い染みが広がってゆく。


「よっしゃー、命中! どうよ、俺の腕も大したもんだろ」


「おいおい、味方もいるじゃねぇか。あの可愛い子ちゃんに当たったらどうするつもりだったんだよ」


「やっべ! そんなことしたら俺みんなからぶっ殺される!」


「ギャハハハハ! ま、結果オーライだろ!」


 正面方向の少し遠くから、味方の王国兵たちの声が聞こえてくる。

 どうやらあそこから、槍を投げて、命中させたようだ。


「おーい、嬢ちゃん! あんまり無理すんなよ! 嬢ちゃんみたいな可愛い子は、後ろで見ててくれるだけでも、俺たちの士気が上がるってもんだからよ!」


「ついでに夜の相手もしてくれると、もっと士気上がる!」


 そう言ってゲラゲラと笑う王国兵たちだったが、そのとき、そのすぐ横手の家屋の中から一人の帝国兵が飛び出してきて、その手に持った剣で、槍を投げた王国兵の喉を貫いた。

 隣にいた王国兵が、それに驚いて、応戦を始める。

 更に彼らの後方から、複数の王国兵が殺到して、一人の帝国兵をなぶり殺しにしてゆく。


「ちっ、バカが。敵地で油断するからだ」


 どうにか自分の相手を倒した隊長が、そう言ってユニティの元に寄ってくる。


「大丈夫か、ユニティ」


「……うん」


 隊長にそう応えながら、ユニティの手は、震えていた。

 何故震えているのかは、ユニティ自身にも、分かっていなかった。


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