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Dai yon wa

「彼の情報は政府のデータベースに存在しない。つまり、ヒノウ国籍を持ってない」


「え?でもこの子の見た目は明らかに…。それと私が説明を聞くことの関係は?」


ドア越しにくぐもった重元さんの声と戸惑う母の声が届く。彼の低く良く通る声には感謝だ。私は、話が理解できないまま説明してとせがむ弟を黙らせながら、意識を病室内へと集中させていた。


「……申し訳ない、先生。ここからは病院外での守秘義務が発生する情報になってくるので、退室をお願いできますか?」


ガタっと医師が立ち上がる音。

ハッとした私はすぐさまドアから離れ、未だに中の様子を伺おうとドアにへばりついている弟を引き剥がそうとして、



「…おや?」


ドアを開けた医師に見つかった。

中腰に近い様な姿勢で固まる私と弟。空太はヤバッという表情で医師を見上げ、私はぎこちない笑顔を浮かべる。


「……ん?おっ、茜に空太じゃないか。久しぶりだな」


「茜?あ、空太を連れてきてくれたのね。……盗み聞きは良くないわよ?ふふっ」


朗らかな笑顔で片手を上げる重元さん。柔らかく微笑みながらもどこか怖い雰囲気の母に気まずさを覚えながら、とりあえず空太の手を引き病室へと入った。

「またナースコールで呼んでください」と出て行く医師の背中を見送り、私と弟は重元さんと母の間に備え付けのパイプ椅子を並べる。

久しぶりに見る重元さんは、前に会った時よりも少し老けていた。まぁ当たり前っちゃ当たり前なのだが、たぶん最後に会ったのは四年程前……父のお葬式でだ。


ラガーマンを連想させるガッシリとした体格、少し日に焼けた肌。ずっと変わらない角刈りのヘアースタイルは、南国風の濃い顔とよく合っている。私と空太を交互に見やり、「大きくなったらなぁ。うん?空太は今、何才だ?」なんて話す様子はまるで親戚のおじさんだ。

空太はたぶん彼を覚えてないだろう。なんせ前はまだ弟もヨチヨチ歩きだった。案の定あの生意気な弟も重元さんを前には緊張しているのか、素直に受け答えしていた。


私は何気なくチラリと視線をベットの恩人ーーリョーヤ君に向ける。

彼はなんだか不安そうな瞳でこちらを見つめていた。あ、目が合った。



「いいの?シゲちゃん、この子たちもいて」


「うん、構わんよ。これから話すことは、特に茜ちゃんには理解してもらっておいた方がいい」


母が心配げに尋ねる。林檎を剥きながら。て、おい。このタイミングで果物剥き始めるんかい。


……とにかく、私が理解?どういうこと?

訳が分からずに質問しようとすると、それより先に重元さんが私を手で制した。


「説明は今から順を追ってする。でも、一つ約束して欲しいのは、これから話すことは秘密にしていて欲しい。あぁ、心配しなくても危険な情報とかじゃない。これを知ったから君たちが危なくなるなんてこともない。ただ、これは一人の人間の個人情報だから……言ってる意味、分かるね?」


重元さんは言いながら、視線をリョーヤ君へと向ける。あぁ、彼のことってことか。

大怪我で身体の至る所に包帯が巻かれている少年は、何か言いたげに重元さんを見つめ返していた。

リョーヤ君から視線を外した重元さんは、少し身を屈めて空太と目の高さを合わせる。


「空太も、ちゃんと秘密は守れるよな?」


優しく問う重元さんに、ブンブンと首を縦に降る空太。偉いぞ、と頭を撫でられて満更でもなさそうな弟の表情に、私は少し寂しさを覚えた。

この子はお父さんを覚えていない。物心ついた頃には、もう私とお母さんしかいなかったから。



「よし、じゃあ彼のことなんだが……」


私がそんなことを考えていると、重元さんが口を開く。私は前の思考を隅に追いやり、彼の話に集中した。




弟の恩人、スギハラ リョーヤはヒノウ国籍を持っていない。それどころか、この世界のどの国にも彼に関する情報はなかった。つまり、彼は今現在、この世界中のいかなる国家にも、どの組織にも所属していない、言わば完全な未知の存在である。



その事実に驚いたのは確かだけど、イマイチ実感が湧かない。重元さんは言葉を重ねる。


「このご時世、どこを探しても全く個人に関する情報が見つからないなんて有り得ない。裏社会で活動する犯罪組織の人間だって、探せばどこの国の人間かぐらいは出てくる時代だ。正直に言うと、彼は今、政府に警戒されている」


私はこの時点で内心、「いや、これ私らが聞いちゃあかんレベルやろ」とエセ関西弁でつっこんでいた。


「いや、そうは言ってもそれは彼が危険と言ってる訳じゃない。こら、上原ナイフを俺に向けるな」


「ちゃんと説明して」


普段滅多に見せない警戒した表情でナイフを重元さんに向ける母。おい、あんた何してんだ。


重元さんは「ふぅ…」とため息をつくと説明を続ける。




スギハラ リョーヤは政府に警戒されている。だがそれは、現在の状況と彼の特異性、そして様々な可能性を考慮したためだ。

彼が上原 空太を庇って道路に飛び出した際、彼は裸足にパジャマ姿だった。このヒノウの首都トーキョーの真ん中で。

街中に設置された監視カメラの映像を確認しても、彼が映っているのは通りを歩く映像のみ。彼がいつ、どのような経路でそこに現れたのかは不明なままだ。

そして、彼はヒノウ語が話せない、読めない。それどころか、この世界に存在する言語全てに関する知識もない。なのに、本人は何らかの規則性が感じられる独自の言語を持っているようである。しかし、名前はヒノウ人。

幼い子どもを身を挺して助けたという行動から性格はおそらく善良。

また、当然というか、保護者どころか親戚すら発見できない。スギハラという姓で調べても関係者はゼロ。


何から何まで意味が分からないのだ。このスギハラ リョーヤという少年は。もはや宇宙人と言われても納得できるレベル。そう、重元さんは語った。



「とりあえず言葉を話せないとどうにもならない。だから、彼の回復を待って退院後、ヒノウ語を【インストール】してもらう。彼にどうやってそのことを説明するかが難しいが、そこは俺に任せろ。そういうのに便利な【スキル】を持った人間を連れてくる」


「その後はどうするの?どこかの施設で保護?」


「そのことなんだが、……上原、彼の面倒を見てやってくれないだろうか?」


「え!?」


思わず声を上げてしまった。だってそうだろう、それって、彼が家に来るって意味じゃないだろうか?

……あ、だから「特に茜ちゃんには理解してもらいたいこと」なの?ええ、そんなのアリ?



「うーん、困ったわねぇ」


母は相変わらずのほほんとした様子だ。困ってるようには見えない。いや、この流れは絶対に承諾する。そんなのいきなり決められても困る。同年代の見知らぬ男が一つ屋根の下、なんて急に受け入られることじゃない。


「ち、ちょっと待ってお母さん。そんなのいきなり言われても無理だって!国が警戒してる不審人物だよ!?危ないって普通に!」


「そうかなぁ?だってリョーヤ君、空太のこと助けてくれたでしょ?息子の命の恩人よ?悪い人ではないと思うの、お母さん」


「いやそうだけど!確かに命の恩人だけど!…てか重元さん!なんでウチなんですか?他に方法はないんですか?」


母もう完全に受け入れる気だ。でも、納得できない。

私が重元さんに説明を求めると、彼は珍しく苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「…悪いが、これは完全に俺の私情なんだ」


「え?」


「この子の脳の精密検査の結果、俺は先に全部見せてもらった。……彼、リョーヤ君の【容量】は異常だよ。いや、悪い意味でじゃない。良い意味で、だ」


『異常』という言葉に、空太が大きく反応した。


「彼の【容量】だが、8000を超えている」


……はっ、8000!?

普通の2倍以上じゃない!!

そこで私はふと、ある想像に行き着いた。自然と視線が空太の方を向く。

弟は、身体を固く緊張させていた。


「俺は、この結果をそのまま上に報告する気はない。分かるだろ?得体の知れない少年が、異様に優れた素質を持っている。少なくとも親戚すら現れないこの状況では、リョーヤ君はあいつらにとって完全なカモだ」


空太の身体は、小さく震えていた。緊張と、恐怖からだ。


「俺だって、親友の息子を助けてくれた恩人をそんな目に合わせたくないんだ。それにいくら情報がない意味不明な奴だって言っても、悪い人間じゃないことは分かる。そこらへんの【目】には、自信を持ってるつもりだ」


……私の心は既に決まっていた。

うん、これは同情。帰るところも何もなくて、尚且つ弟と似た境遇に置かれた恩人への。

当時の弟を見ていた私に、目の前で同じくそうなりかけている人を拒絶するほど冷たくなることはできなかった。


「……わかった」


私がそう呟くと、重元さんは本当に申し訳なさそうな顔をした。母も隣で優しい微笑みを浮かべているし、空太も別に異論はなさそうだ。ということは、決定だ。


「恩にきる。本当にありがとう。そして、負担をかけて申し訳ない。俺もこの件は全力でサポートさせてもらう」


「良いわよ別に〜。空太にもお兄ちゃんができていいしね」


「うん、そうか。…まぁしかし、全ては言葉を喋れるようになって、一応キチンと彼の人間性を見極めてからだ。その際には俺がしっかりと判断を下す。だから今からそう身構える必要もない。安心してくれ」


重元さんの話を聞きながら、私は再びベットの上へ視線を遣った。相変わらずの何かしら言いたげな顔。しかい、もう少しは開き直っているのか、どこか脱力した感さえある。

そうか、彼は今のこの会話すら理解できていないのだ。自分の預かり知らぬところでどんどん物事が決まっていく。それはかなりの恐怖だろう。

私はやはり彼に同情している。同時に警戒もしているが。

それでも、どこか憎めないと感じているのは、果たして重元さんの話のせいか、それとも彼の人柄か。

不意に手を握ってきた弟の小さな掌を、ギュッと握り返した。





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