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Dai ichi wa

例えば人が空を飛べたら、世界はどんな風に変わっていただろう。時々、俺はそんな何の生産性もないことを考えるのが好きだ。

まず思い浮かぶのは飛行機は発明されなかっただろうなぁ、なんてこと。んで、そうなれば戦争の仕方、そもそも空軍っていう概念も根底から異なったものになるか。というより、原始時代からそもそも文化の在り方すら違うものになりかねない。あ、旅行なんかも簡単になるな。渋滞もなく、タダで自力で目的地までひとっ飛びだもんな。

まだ海外に行ったことのない俺としては、心踊る考えだ。高所恐怖症の方には無理かもしれないが。


まぁ、そんな思考はただの現実逃避に過ぎなくて。少なくとも今の状況下では。



俺、ーーー杉原 良弥、今、全く知らない場所にいます。




初めに脳を刺激した感覚は、無機質な冷たさと固さ、そして遠くから木霊するエンジン音だった。不意に覚醒する意識の中、自分がうつ伏せで倒れていることを頭が認識する。次に感じたのは肌寒さ。周囲の気温は秋の終わりから冬の初めといったところか。目を開けて視界が定まると、そこで目に入ったのは固いアスファルト、そして風に転がされる新聞の紙屑だった。

ムクリ、と身体を起こす。イマイチ頭がスッキリしない。高熱を出しているときのように、長い長い悪夢を見た直後のように、脳に薄い膜が掛かったかのようなモヤモヤした状態。

それも風に乗って鼻腔を擽る排気ガスの臭い、そして今自分の置かれている状況ーーー薄暗い路地裏に一人でポツンと座っていることに気付いた途端、瞬時に覚醒した。


は?どこだここ? それが先ず頭に浮かぶ。


「は?どこだここ?」


声に出してみた。緩い風が視界の両端にあるビルの奥から流れ込んでくるばかりだ。際奥には大通りでもあるのか、すれ違う車と歩行者が小さく見える。

ふと自分の身体に目を向ける。パジャマだ。昨日の晩、自宅のベットに潜り込む前と同じ。ネイビーに白のストライプが走る、普通のパジャマだ。足は素足。長いことここで寝ていたのか、指先なんかはすっかり冷え切っている。

なんだこれ?誘拐か?新手のドッキリ? 空を見上げると、ここは高層ビルの狭間なのだろう、狭い空に人が飛んでるのが見えた。雲一つ無い良い天気だ。


………ん?なんかおかしくね?人が、飛んでる?


初めはパラグライダーとか、スカイダイビングかと思った。けど、違う。人が、飛んでるのだ。良く都会の空で見かける、飛行機と同じ様な軌道で。大きな鳥じゃないのか?目を擦って再度見上げる。自慢の視力でガン見する。

やっぱり人だった。スーツ着た、ただのオッサンが気をつけの姿勢で爆進している。そして彼の通った軌跡には、立派な飛行機雲が形成されていた。


「なんかのテレビの企画……かな?いや、それにしてもなんかすげぇぞ、あれは」


思わず自分の置かれた状況なんか頭から吹っ飛び、俺はオッサンの姿がビルの陰に隠れるまで呆然と空を見上げていた。



オッサンが視界から消え、ふと我に帰る。いや、今はオッサンに気を取られてる場合じゃない。てか、ほんとに何なんだこの状況は。

誘拐?いや犯人誰だよ。なんで攫った奴ここに放置してんだよ。

ドッキリ?あり得る……。悪友の新井と金本あたりなら、やりかねない。いや、それでもなぁ。夜中に家に忍び込んで、俺を全く起こさずこんな都会のど真ん中に連れて来ることなんかできるか?

俺の地元は典型的なホームタウンだ。最寄駅から急行を使って、35分もすれば県の中心街、てか県庁所在地に着く。いや、それでも東京みたいな大都会じゃないし、こんな周りの高層ビルなんて数える程度だろう。ここは少なくとも東京、大阪なんていう首都圏レベルだ。雰囲気的に。テレビでも絡んでないと、アイツらだけじゃ俺をそこまで運ぶのなんか不可能に思える。……てことは却下、か。


考えても仕方がない。最早軽く開き直った俺は、その場で立ち上がった。

アスファルトのクズが素足に食い込む。うん、痛い。靴下すらないのは辛い。とにかく俺をこんな目に合わせた奴、絶対に許さねー。


ふつふつと脳内に沸くイライラを隠すことなく表情に出し、とりあえず通りが見える方向へと歩く。時たま聞こえるクラクション。人々の喧騒。今まであまり触れる機会のなかった大都会の空気を感じ、通りに出る頃にはイライラの代わりに緊張がその顔を覗かせていた。


通りを歩く人々がまるで変人を見るかのような奇異の視線を向けてくる。そりゃそうだ。俺は今パジャマ姿で素足なんだから。

でも俺は、そんな周囲の目線なんかこれっぽちも気にならなかった。


初めての大都会に圧倒されてたからかって?いや、違う。

ドラマで見るような運命的な出会いがあったりしたのかって?いや、違う。

目の前で奇跡的なタイミングで誰かのサプライズプロポーズが始まったりしたのかって?いや、それも違うな。


まぁ、衝撃の度合いだけで言うなら、それぐらいはあったと思う。いや、ごめん。やっぱりそんなもんじゃねぇわ。




視界の先ーーー初めて見た大都会の光景には、飛んでる人がいっぱいいた。






うん、都会にもなると、人って飛ぶようになるのかな?これが今日本でも問題になっている地域格差っていうやつなのか。

……ちょっと待て。いくらなんでも、これはおかしすぎるだろッ!?

なんだこれ?なんだこれ?なんでみんな空飛んでんだ?

いや、みんなって言ったら語弊があるな。実際飛んでるのは視界に入る人間の2割程度だ。他の人は普通に歩いてる。うん、俺と全く同じように。

飛んでるって言ったって、スピードはさっき見上げた空にいたオッサンにも比較にならない程遅い。自転車程度のスピードだ。高度も通りの信号機のちょい上ぐらい。飛び方も様々だ。先程のオッサンみたくスーパーマン体勢の奴もいれば、まるで空中をスキップしているかのように跳ねている人もいる。

ほんとにこれ、どうなってるんだ?俺は夢でも見てるんじゃないのか。

右頬を軽く抓ってみる。普通に痛い。てか、まさかほんとに夢と疑ってこんなことする日が来るとは予想だにしていなかったが。


ボーッと口を半開きにしながらその場で立ち竦むこと数分、ようやく俺は周囲から向けられてる奇異の目線に気付いた。いや、別に恥ずかしさとかない。最早驚きが完全にそれを凌駕している。

と、とりあえず家に帰らないと。

なんとか自分を落ち着かせ、適当な方向へと歩き出す。それでも完全に落ち着くことなんかできるはずもなく、どうしても視線は空を飛ぶ人々をチラチラと追ってしまう。ほんとに意味がわからない。表情は無表情で取り繕っているが、脳内は混乱の極致だ。今がもしドッキリ番組の撮影中なら、スタジオはさぞ盛り上がっていることだろう。帰ったら家族に何て言おう。「いや、マジでビビったわ」これぐらいしか今の俺じゃあ言えないな。

しかし、歩けども歩けども、ドッキリでした~、と伝えるスタッフは出てこない。そして、俺は新たな問題に直面した。


標識が読めない。


いや、読めないのだ、完全に。もはや日本語じゃない。見たこともない、意味不明な文字だ。アルファベットでもない、キリル文字でもない、アラビア文字でもない。

駅に行けない……。


違う。問題はそこじゃなくて。

よく聞けば、道行く人が話す言葉も理解出来ない。なんだこれ。何語だ。


気が付けば、俺は背中にビッショリと冷や汗をかいていた。もう何が何だかわからない。混乱なんてもんじゃない。見た目だけで平静を保つので精一杯だ。ここ、日本じゃないのか?そんなあり得ない考えすら脳裏をよぎる。そんなことあるわけない。周囲の人の見た目はまんま日本人だ。中国人や韓国人って顔でもない。俺と同系統だ。ここは日本だ。そうじゃなきゃありえない。


「あっ、あのっ…!す、すいませんっ」


耐えられなくなって、俺はすれ違いざまの通行人に声をかけた。見た目は40代のサラリーマンだ。ほんとにどこにでもいるようなオッサン。ただ、見た目は割と優しそうで、人見知りの激しい俺でも声をかけることができた。


「ん?」


声を掛けられたことに気付いたのか、オッサンが俺の方を振り返る。そして、パジャマ姿で素足という俺の格好を見て、すぐに怪訝な顔をした。

うん、通じる。やっぱ俺の勘違いだ。早く駅への道のり聞いて、サッサと帰ろう。もう、ここにいたくない。


「あ、あの…道に迷ってしまいまして。ここらから駅ってどう行けばいいですかね?」


もう自分の服装の説明なんてしてる余裕はなかった。でも、なぜだろう?なんで俺の心臓はこんなに痛いくらいバクバクいってんだ。


オッサンが困ったような顔をする。軽く小首を傾けた。俺の脳裏に最悪のパターンが連想される。

そんなはずない。そんなはずーーー


「¥/6(2)-¥/¥-&&? /)(:「&&? あ¥-)(y?」


俺はその場から駆け出した。


ヤバい、ヤバい、ヤバい。何がヤバい?わからない。とにかくヤバい。なんだここ?知らねぇよ。ヤバい、ここどこ?え?なにこれ?ヤバい。どうしたらいい?どうしたらーーー


無我夢中だった。何も耳に入ってこない。素足で走ってるのに、不思議と痛みも感じない。色んな人が俺を見てくる。サラリーマン、OL、おばさん、学生、コンビニの店員。みんな一様に俺をおかしなモノ、みたいに見てくる。逃げたい。ここにいたくない。怖い、怖い、怖い!



気が付けば俺は、またどこかの路地裏のようなところでしゃがみこんでいた。ガクガクと手足が震える。身体は熱いのに、汗は怖いほど冷たい。全力疾走したからか、肺が痛い。そしてそれ以上に、得体の知れない恐怖が脳内、いや身体中を包み込んでいる。

これ、ドッキリだよな?なら早く終わらせてくれ。これはあんまりだ。酷すぎる。俺は一般人だぞ。

神様、俺なんか悪いことしたかな?いや、心当たりはいくつかあるけど、ここまでの罰は不相応だぞ。

早く家に帰って、母さんの味噌汁が飲みたい。




どれぐらい経っただろう。多分、そんなに時間は経ってない。でも、少しだけ俺の心は落ち着いていた。それは偏に、ここにずっといても何にもならん、という思いが浮かんだからだ。

確かにまだ混乱している。それは仕方がない。もうこれがドッキリとか、どうとかはどうでもいい。警察に行こう。俺はそう結論付けた。

もしかしたら文字が読めないのも話が通じないのも、俺の頭が狂ったのかもしれない。飛んでる人、あれ、幽霊なんじゃないか?気が付けば知らない都会のビルの間、路地裏で目を覚ましたんだ。てか、もうそこから異常じゃないか。なんらかの犯罪に巻き込まれた可能性が高い。んで、変は薬剤でも打たれて頭が狂い、それと同時に幽霊が見えるようになった。うん、あり得る。

とにかく、警察に行けば保護はしてくれるだろう。日本の警察は優しい。そう俺は信じている。否、日本を信じている。


そうと決まれば行動するしかない。夜になればもっとマズイんだから。


俺は再び立ち上がる。ずっと同じ体勢でしゃがみこんでいたからか、両足が鈍く痺れて重かった。






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