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始まりはネット小説~春輝編~

作者: 高橋みお

――「りっくん」が、高校のハンドボール部の合宿に行って、私の心にはぽっかりと穴が開いてしまった。

勿論、いなくなった訳でも、別れた訳でもない。

ただ、連絡が取れなくなってしまっただけだ。

でも、個人同士でいつでも連絡が取れるようになったこのご時世は、なんて悲しいのだろう。

お母さん世代は、家にある固定電話や手紙でしか、離れているボーイフレンドと連絡が取れなかったのよと、母から聞いたことがある。

携帯電話という文明の利器は、人々を依存体質に変えてしまったのだろうか。

それとも、私がもともと束縛心が強いだけ?

初めてできた彼氏だから、何もかも「普通」が分からない。

私は、これほどまでに誰かがいなくて寂しいと思った記憶は無い。




「後追い行動」という心理学の用語がある。

高校に入りたての頃、発達心理学系の本で読んで知った言葉だ。

生後間もない赤ちゃんが、母親の姿が見えなくなると、泣きだして姿を探し、後を着いて回るという行動のことだ。

私は、母から「あなたは、お母さんがトイレにちょっと行っただけでも泣き出して、着いてきてたのよー!」と聞かされていた。

物心つく前のことなので、無論私はその時の感情を覚えていない。

ヒトは成長すると、後追いをしなくなり、「ちゃんとお母さんはいるんだ。」と安心し、そういった行動を取らなくなるらしい。

…私は、赤ちゃんの頃、母がいなくなってとても寂しかったのだろうか。

そして、今、再び大好きな人と離れてしまって、寂しく感じている。

私は、赤ちゃん返りをしてしまったのだろうか?

「りっくん…。会いたいよ…。」

二週間後にはもう会えるのに、私は子供の様に一人ぐずるように泣いてしまった。




「梨佳さんって、文章書くの上手いじゃない?」

次の日、図書室で委員の仕事をしていると、唐突に奈々美ちゃんが私に言ってきた。

「上手いかどうかは自分じゃ分からないけど…。なに?突然。」

私は、口数の少ない奈々美ちゃんが話しかけてきてくれたのに、内心驚きながら返答した。

しかも、なんだか褒められた……。

「いえ、そんなに寂しいなら、ホームページで本の紹介サイトを立ち上げたらどうかしらって思って。」

私は、りっくんのことを奈々美ちゃんにほとんど相談していない。

そんな彼女に一日で勘付かれるほど、私は落ち込んで見えたのだろうか。

…まあ、もともと奈々美ちゃんは勘が良い方だけれど。

「ホームページ?」

私は、寂しいこととサイトを立ち上げることと、どんな関連があるのか想像が付かずに尋ねてみた。

「今、スマホで簡単に作れるのよ。個人サイト。そこで、梨佳さんが好きな本について語ったら、なかなか面白いんじゃないかしら?訪問者と趣味について絡んだら、寂しさも紛れるかもしれないわよ?」

本の紹介ホームページ。

その発想は、私には無かった。

私は、機械に強い奈々美ちゃんからのアドバイスに感謝した。



サイトでのハンドルネームは、「まりか」にした。

本名でもフルネームを明かさなければ、危険性はあまり無いと教えてもらったが、知り合いに気づかれると恥ずかしい。

奈々美ちゃんは、「今は個人サイトなんて腐るほどあるから、そんな可能性無に等しいわよ?」と、言ってくれたが、念には念を入れときたい。

半日掛かってやっとホームページの枠組みが完成した。

早速本の紹介を書いていこうと思う。

「うーん…。どの本にしようかなぁ…。」

自室には、私の胸の高さ位までの本棚が二架。

大小、厚さ、高さ様々な本を並べている。

これでも結構減らした方なんだけど、300冊はあると思う。

もっとあるかも。数えたこと無いからな…。

「あっ、この本にしよ!」

本棚の中を左上から順に見ていった私は、一冊の本を手にした。

 『歪んだ国の走り方』。




主人公のLinaは、イギリスの血が入ったハーフの少女。

父親が日本人で、日英どちらの言葉も話せるバイリンガル。

幼い頃から、日本人離れした端正な顔立ちのために、女子から妬みを買っていじめられていたが、性格は素直で優しい女の子。

父親の転勤で日本国内を転々としていた中、同じイギリス人と日本人のハーフである男の子と出会い、その子に心を開いていく。

しかし、それが事件の始まりだった――。

大体こういう内容のミステリー小説だ。

読んだのは小学生のときで、難しく描写された「事件」の詳細はあまり覚えていない。

けれど、今の私の年齢16歳の男女が惹かれあう心理描写は、今でも心に残っている。

当時は、こんな素敵な恋愛ができたらいいな、とか思ってたっけ。

しかし、本を紹介するのに、ミステリーとして重要な「事件」についての感想が無いと良くない。

私は、『歪んだ国の走り方』を、読み直すことにした。




『歪んだ国の走り方』は、面白くて一晩で読んでしまった。

だけど、私が記憶していた物語とは、イメージが大分異なっていた。

まず、忘れていた事件のことだが、それはLinaの父親の5つ目の転勤先の土地で起こった。

虐待を受けていた少年少女の家族が、次々と謎の死を遂げるというものだ。

被虐待者である子どもは、絶対に死なない。

だけど、その家族―例えばその子の実の母親―が、ある日突然死するのだ。

警察は、事件とも取れると見て、捜査を進めてく。

一方、その事件に怯えて高校にさえも行けなくなってしまっていたLinaは、母親に連れ出してもらった湖のほとりで、綺麗としか形容できない男の子と出会う。

Haroldと名乗ったその少年は、Linaと同じ年齢、同じイギリス人の血を受け継いだ日本人とのハーフ。

ただ、違ったのは、親の国籍は分かっていても、彼は孤児だということだった。

透き通るようなブルーな目はいつも儚げで、憂いを帯びている。

でも、Haroldはいつも笑っていた。

Linaの話を聞いてくれた。

「そっか、君もいじめられてたんだ。」

「君もって、Haroldも?」

「うん、僕は非力だからね。」

「そんなことないよ!私は、あなたに出会えて、沢山救われたよ!力をもらえたよ。」

「ありがとう、Lina。」




生粋の日本人の私は、本の中のHaroldが大好きだった。

もともとファンタジーの国、イギリスが好きという理由もあったが、彼はまさに王子様そのものだった。

……この年になって、「王子様」なんて、恥ずかしいからサイトに書くだけにしといたけど。

私は、寝不足の目をこすりながら、高校の廊下を歩いていた。

と、ドンッと誰かにぶつかった。

「わっ!」

「わわっ、すみません!って、あ、牧田くん!」

私は、自分よりちょっとだけ身長の高い男の子を見て、文芸部の部誌を持った彼に謝った。

何冊か部誌が床に落ちてしまった。

拾い上げようと私はかがむ。

「あ、良いですよ!僕が拾いますから。……それにしてもどうしたんですか?目が充血してますよ。」

牧田くんが、私の顔を心配そうに覗き込む。

「えっ、そう?あ…徹夜したんだ。」

それを聞いた牧田くんは、とても驚いたようだった。

…どうして?




牧田くんは一瞬の間を置いて、私に質問した。

「それって、リックと上手くいってないってことですか?眠れないくらいに。」

今度は、私がびっくりする番だった。

「え!違う、違う!確かにりっくんとは連絡取れてないけど……。それは、りっくんが部活の合宿中だからだよ。この目は、昨日本読んでたの。」

私は、眼鏡越しに自分の目を指さしながら、否定した。

「なんだ…。泣いてたのかと思いましたよ。本当に本好きですねぇ。」

牧田くんは、ほっと胸を撫で下ろした。

「本好きは、牧田くんもでしょ。図書委員なのに、文芸部にも入ってるんだもん。」

文芸部で、彼は本の批評を書いている。

それが、彼の普段の礼儀正しい感じとは全く違っていて、辛口で的を射ているのが部内のみならず、校内で評判だ。

「ははっ!僕たち、なんか似てますよね。」

「そうだね。」

似てると言われて、悪い気はしない。

共通の趣味があるから、仲良くできてるところもあるもん。

「でも。泣いたら僕に言ってくださいよ?リックに頼まれてるんですから。」

その言葉を聞いた瞬間、私はりっくんの笑顔を思い出した。

「頼まれてるって何を?」

私は大好きな彼を想ってドキドキし始めた。

「橋本さんが泣いたら、真っ先に自分に知らせろだそうですよ。」

牧田くんがにっこり笑ってそう言った。

りっくん……。

本当に?

友達に「彼女」のこと話すの、苦手って言ってたのに……。

「ふふっ。」

私は笑ってしまった。

「どうしたんですか、ニヤニヤして。」

牧田くんが不思議そうに言う。

「らしくないことするんだから。」

笑いながら私は言った。

告白をしてくれたときも、今回も、恋愛が絡むとりっくんは人が変わるみたい。

それが私のためだと思うと、堪らなく嬉しいのだった。




牧田くんと別れ校舎の中をゆっくりと歩く。

もうすぐ夏も終わりかぁ…。

早く8月、終わらないかな。

りっくん、帰ってきてほしいよ……。

ピロリン!

急に私のスマートフォンの着信が鳴った。

あ、いけないいけない。

電源切ってなかった。

私の通う高校は、携帯電話は持ち込み可能だけれど、校内では基本使用禁止だ。

今は夏休み中だから先生方が大目に見てくれるかもしれないけど、図書委員長をやってる私がおおっぴろげに携帯電話を校内で使うのはよくない。

私は、こっそりと人気の無い空き教室に入り、電源を切ろうと画面を見た。

すると、さっきの着信音の元が分かった。

メールが来ている。

知らないアドレスだけれど、件名に「まりかさん宛に*pops*からメールが届いています。」と書いてあった。

「*pops*」とは、昨日の本紹介ホームページ作成サイトの会社名だ。

メールを開いてみる。

そこには、

From:春輝

Sub:紹介ページ読みました。

と、あった。




私は、心臓の裏からドンッと誰かから押されたような強い鼓動を覚えた。

緊張しながら、メールのURLから自分のサイトに飛んでみる。

「春輝」…。

はるき、と読むのだろう。

男の人……だよね。

私は、わくわくと高揚しながら本文を読んでみた。


こんにちは、まりかさん。初めまして、ハルキと言います。

『歪んだ国の走り方』、僕も小学6年生の時に読みました。

僕は事件そのものの衝撃が強かったので、LinaとHaroldとの恋模様はあまり記憶に残っていませんでした。

ですが、確かに二人の関係も物語の中で重要な役割を担ってきますよね。

まりかさんの言う通り、Haroldには酷いところがあると思います。

結局は、Linaは泣いてお別れしてしまいましたしね。

物語の中核の事件については、どうお考えですか?

僕は、実は初めの方で、事件の犯人が虐待の被害を受けた後に児童相談所に保護され、孤児となってしまっていたHaroldだと分かってしまっていました。

序盤でそんな簡単に犯人が見抜けてしまったことに対しては残念でしたが、情景や心理の描写については、合格点だったと思います。

…って、僕偉そうですね……。

全体の感想については、こんな感じです。

まりかさんからの考察、楽しみにしていますので、良かったら返信下さい。




ホームページを開いてまだ2日目、あまりの反応の速さに驚きはしたが、嬉しさの方が勝っていた。

趣味の話を全く知らない人とできるというのは、不思議な感じだった。

機械音痴の私は、まず、どこまでこの「春輝」と名乗った男子を信じて良いのか分からなかった。

私と同じ年に小学6年生だったということは、同い年なことは間違いないだろう。

一人称が、「僕」なところに大人しそうな男子を想像した。

あのりっくんでさえ、一人称が「俺」なのだから。

「りっくんに、このホームページ教えようかなぁ。どうしようかなぁ。」

でも、りっくんって意外とヤキモチ焼きだから、これ言ったら怒られそう…。

隠し事はしたくないけど、趣味を楽しんでるだけだからね…。

そう思って、自分を納得させる。

さて。

返信はどうしたもんか。




私は、奈々美ちゃんに電話をかけて聞いてみることにした。

「普通に良いんじゃない?」

電話でメールが来たことを報告すると、彼女はサラリと言った。

「ていうか、返信しないっていう選択は、何の為にホームページ立ち上げたか分からないわよ。」

私は指摘されてハッとした。

そうか、そう言われればそうだよね……。

「もしかして、山口くんに悪いと思ってる?」

奈々美ちゃんの声は冷静だったが、心配してくれているようだった。

「だって、相手男の子だし。」

ふぅと電話口で軽い溜め息が聞こえた。

「ネットじゃそんなに性別関係ないわよ。別に直接会う訳じゃないんだし。考え過ぎよ?」

私は、ぐ…と唸った。

考え過ぎるのは、私の短所だ。

流石奈々美ちゃん。

人間観察が趣味なだけある。

「分かった。取り敢えず簡単な返信だけしてみるね。」

それが私「まりか」と、「春輝くん」の出会いの始まりだった。




From:まりか

Sub:Re;紹介ページ読みました。

To:春輝さん

サイト開設すぐのメッセージありがとうございました。

私の考察は、ミステリーというカテゴリーの中で、事件のリアルな描写だけでなく、そこに恋愛小説のような心惹かれる美しい描写があることに、この作品の凄さを感じました。

春輝さんは、的を射た素晴らしい考察をされていたのに、私のは稚拙ですみません。


「送信っ…と。」

私は、緊張しながらも、スマートフォンの送信画面をタップした。

男の人とメールするなんて、りっくんの次に初めてだった。

しかも、今回は顔も知らない男の子。

返信を待つ期待感と、彼氏のりっくんに対する罪悪感とがあって、複雑な気分だった。




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