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特殊任務

 秘密結社ナインライブズ。


 英雄機関の存在する、特別指定都市サイタマで活動している悪の組織。


 サイタマに存在する組織の中でも小規模にあたる組織だが、首領の玉藻、怪人の紅太郎、雪乃に加え少数精鋭の戦闘員の活躍によって、その存在感を示していた。


 そしてこの組織が他の組織と決定的に違うこと。それは本拠地の場所だった。


 紅太郎たちの所属するナインライブズの本拠地は、五十階建て、二千世帯の住む超大型タワーマンションの内部に存在していた。


 総帥である玉藻の方針で、紅太郎達を含めた結社の構成員は、その全ての構成員がが市井の中で生活を営んでいた。もちろんそこには巧妙なカモフラージュがあることは言うまでもない。


 その超大型のタワーマンションの一室で、紅太郎は備え付けのベッドに寝転んで、雑誌を眺めていた。


 昨日の戦い、紅太郎はどうにか脱出ゲートたどり着き、無事に撤退することができた。

幸い殿を務めた雪乃にも大きな損傷はなく、戦闘員も全員無事に帰還していた。


 結社に戻った2人は、即座にメディカルルームに直行となった。ダメージをチェックするためだ。


 検査の結果、雪乃は大したダメージを負っていなかったため、簡単なチェックを終え、ものの5分で解放されていた。

 しかし紅太郎はそうはいかなかった。

 桜花の全力のブリューナクの直撃を受けたのだ。

 そのダメージは軽くなく、超回復の能力を持つ紅太郎でさえ自然治癒では10日前後かかるとの事だった。結果玉藻の開発した、この世のものとは思えない程マズイ薬を飲む事になった。

 服用さえすれば一晩で治ってしまうのだから、大した薬だと紅太郎は思う。


 しかし……


 昨日の戦いを思い出し、紅太郎は思う。

「だからまだやれるって言ったんだよ」

 紅太郎は独り言をつぶやくが、返事をする相手は誰もいなかった。


 昨日の撤退命令は、紅太郎にとってかなり不満なものだった。

 だが同時にあのまま戦闘を続けても分が悪いことは、紅太郎も理解していた。


「どっちが化け物なんだかな」


 敗北を喫したにもかかわらず、幸太郎の顔は嬉しそうだった。負けてうれしいのではない。自ら(勝手に)宿命のライバルと認める桜花が、並はずれた力を持っているのが嬉しいのだ。


 しかし喜んでばかりもいられない。神崎桜花は倒すべき敵なのだ。


 桜花を倒すにはこれまでとは違った、力押しではない作戦が必要だった。現状紅太郎と桜花の能力を比較すると、パワーは互角。攻撃スピードはやや負け。機動力はボロ負けといった状況だった。

 唯一勝っているのは防御力だけだ。


「大体あの細腕で、あの力はありえねーよな」


 国内、いや世界中を見渡して見ても紅太郎の持つシールドを破れる者などそうはいない。

 事実紅太郎は桜花と出会う前、他の組織との抗争で傷一つ負ったことが無かった。


 しかし桜花はあの細い腕の一撃で、容易くシールドを破ってくる。

 軍事兵器の直撃を受けても傷一つ着かない紅太郎が、女子高生の一撃で吹き飛ばされるのは、なんともシュールな光景であった。


(それでこそ倒しがいがあるってもんだがな)


 紅太郎は勢いをつけ、ベッドから飛び起きる。


(さっさと特殊任務とやらを終わらせて、次の戦いに備えるか)


 一人反省会を終えた紅太郎は、玉藻の所に向かおうとしたが、その前に改めて手にした雑誌の表紙を眺める。

 

「今日から君もモテモテ。彼女を作るための四十八の秘訣ポロリもあるよ

 

 頭の悪そうな男が読むような雑誌だった。


 もちろん紅太郎の私物ではない。今朝『特殊任務に関係がある』と玉藻に渡されたものだった。

 こんな本がこれから与えられる特殊任務に、どんな関係があるというのか?


 紅太郎は任務の内容を推測しようとしたが、皆目見当がつかなかった。

 まさか怪人である紅太郎に、彼女を作ってこいなどという指令が出るはずもない。


 大体彼女などつくっている暇など紅太郎にはなかった。

 ナインライブズはよく言えば少数精鋭。悪く言えば弱小なのだ。


 現在英雄都市に配属されている怪人は紅太郎と雪乃の2人しかいない。しかも雪乃の本来の役割は、あくまで後方支援である。


 実質、前線で戦う怪人は紅太郎ただ1人だ。その状態で紅太郎が抜ければ、ヒーローや他の組織と凌ぎを削るサイタマではやっていけないと紅太郎は考えていた。


 任務内容を確認する必要があるな。


 そう思い、紅太郎が玉藻の部屋に向かおうとしたその時、

「紅太郎君。資料を読み終わったのなら至急、総帥室に来なさい」

 総帥である玉藻からの呼び出しが、部屋に据え置きのスピーカーから響き渡ってきた。

 




「で? なんでこんなもん俺に読ませたんだ?」


 総帥室。扉になぜか女の子文字でそう掲げられている部屋で、紅太郎は座っている少女を睨みつけていた。


 少女の名は玉藻たまも


 先ほど紅太郎を呼び出した、秘密結社ナインライブズの総帥である。

 白い髪を三つに束ねており。白衣を羽織っていた。正直その外観は十代の少女のようだが物事を達観したような瞳がその年齢を不詳のものとしていた。正直総帥というより、ただのロリ研究者にしかみえなかった。


「もちろん意味なく読んでもらったわけではない。実はこの雑誌について聞きたいことがあるんだ」


 玉藻は紅太郎に近づいてきて、小さな声でつぶやく。


「……で、『ポロリ』はあったかい?」

「ふざけんなよ! そんなもん自分で探せよ! お前、こんなの読まされるこっちの身にもなってみろよ」


 紅太郎は思わず雑誌をデスクに叩きつけた。(実はこっそりと『ポロリ』を探してしまったのは悲しい男の性だ)


「仕方がない……後で自分で探そうとしよう」

 本当に残念そうに、玉藻は表情を曇らせていた。


「…………」


 ――マジでダメだな。うちの総帥。


 紅太郎は正直、組織の将来に不安を感じていた。こんなのが総帥で俺たち、もしかして、、、、、、ヤバくね?


 一瞬玉藻を追い出して自分が総帥に、なんと思考が頭をよぎる。しかしそうは言っても、玉藻は紅太郎を誕生もとい開発した生みの親だ。なんだかんだで情も湧いてしまっている。


 まっダメならダメで玉藻連れて田舎に潜伏してやり直せばいいか。


 紅太郎が遠い目をしながら、組織の再建プランにまで考えが及んでいるとは露知らず、


「ではきちんと読んできたのか、確認させてもらおうかな」


 玉藻は雑誌を手に取り、ページをめくる。


「では一問目。男女が二人で食事をした場合、食事代はどちらが持つ? ①割り勘、②男性が払う、③金持っているほうが払う」


 まあ普通は男が払うんだろうな。


「正解は②の男性が払う、だ」

「正解だ。これは簡単すぎたようだな。では次の問題だ」


 玉藻はさらにページをめくる。


「好きな女の子が教室でいすに座ったまま寝てしまっています。あなたのとるべき行動は?①起こす ②風邪を引かないように制服をかけてやる ③キスをする」


 こんなシチュエーションねーよと紅太郎は正直思う。

 実際自分なら何もしないだろうが……等と思いながらも紅太郎は渋々答えた。


「答えは②だ。制服をかけてやる」

「ブー!不正解だ。答えは③のキスをするだ!このチキンヤローが!

「いやいやいやっ!その答えおかしいだろ。雑誌に書かれてることと違うし! 普通いきなりキスするか! ただの変態じゃねーか」


「ふぅ。これだからマニュアル重視のゆとり世代は……。キスに決まってるだろう。女の子はいつでも王子様のキスで目覚めるのを待っているものなのだよ」

「なにが女の子だよ! ババアのくせに」


 ピシッ


 硝子にヒビが入ったかのような音と共に、部屋の空気が変わる。


 いや実際に室内の空気が歪んでいた。


 その原因である玉藻から莫大な魔力が溢れ出す。その髪は逆立ち、瞳孔はまるまるを思わせるように縦長に広がっている。


「お前……今すぐ死にたいらしいな……」


 玉藻の手にしていた雑誌が、粉々になって燃え散る。玉藻の周囲に直径20センチ程の光の球が無数に出現する。それぞれの球体は恒星を思わせる光を放ち、相当の熱量を持っていることが見て取れた。


「いえ、あのっ、ババッバ、バラのようだっていったんですよ。やだなー」


 その場をどうにかして取り繕おうと、紅太郎は必死に言い繕う。


 紅太郎が組織に属してから五年。そのときから、玉藻の容姿は一切変わっていない。若作りなのか、改造によるものなのかはわからない。とにかく詮索をしてはいけないのだ。そういう決まりだ。


「まあいい。そういうことにしておいてやる。話を進めないといけないからな」


 気づくと玉藻から放たれていたどす黒い魔力は嘘の様に無くなっていた。部屋の緊張感が緩み、紅太郎はほっとして長く息を吐き出す。


 普段はダメでもいざとなれば頼りになる。

 先ほどと180度評価を変えた紅太郎は、先ほどの玉藻の殺気を思い出し、年齢については絶対に触れないことにしようと固く心に誓った。


「では今回君にやってもらう特殊任務についてだが……」


 玉藻はいすに座りなおし、机から一冊のバインダーを取り出してみせた。


「今回はまともな任務なんだろうな?」


 紅太郎は苦笑いを浮かべてバインダーを受け取る。

 最近、便所掃除とか電球取り替えろとか、どうでもいい任務が多かったからな。そんなんばっかりだといい加減泣くぞ。


「君には潜入任務をやってもらう」

「おっまともな任務じゃねーか? どこに潜入するんだ。ダイナストか?それともクリムゾンとか?」


 紅太郎は思いつくばかりに、英雄とし最大の秘密結社や、その傘下の組織を挙げていた。以前紅太郎が行った潜入捜査では、戦闘員として採用され、結果的に目標であった開発中のパワードスーツの設計書を盗み出すことに成功していた。


「潜入するのは英雄機関だ」

 

「………………」

 

 二、三秒の沈黙の後、

「いやいやいや、だって俺怪人だぞ! 英雄機関はないだろっ! ばれたら確実に殺されるぞ!」


 紅太郎は思わず玉藻に詰め寄っていた。英雄機関だけはまずい。桜花一人でさえ危ないのに、もしもばれたらいくら紅太郎でも逃げ切るのは難しいだろう。


「心配しなくても大丈夫だ。私もいろいろバックアップは考えている。英雄機関には信頼できる知人もいるし、怪人の力は簡単にばれないように隠ぺいする。これは君にしかできない重要な任務なんだ」


 玉藻は紅太郎の肩を叩きながら、力強く断言した。

 正直紅太郎も『君にしかできない』と言われれば、悪い気はしない。


「……ま、まあ重要な任務っていうなら、やってもいいけど。――あれか? 英雄機関の指令の正体を探るとか? もしくはヒーローの個人データの入手か?」


 英雄機関の指令は公表されていない。公的な場所に姿を現したことがなく、名前や性別すら不明とされている。以前聞いたところによると、雪乃の情報網にさえ引っかからないらしく、巷では実は存在しないのではないかといううわさまで流れ始めていた。


 ふといつの間にか紅太郎は任務について、前向きに考え始めている自分に気づいた。

 どうせ断る権利など存在しないのだ。

 最悪、ばれそうになっても全力を出せば、逃げることくらいはできるだろう。


 こう見えて玉藻は絶対不可能なことは命令しない性質たちだ。おそらく何らかのプランがあるのだろう。


「いや君に頼みたいのはもっと重要なことだ。神前桜花はもちろん知っているな?」


「ああ。当たり前だ」


 昨日も戦闘を繰り広げたばかりだ。

 英雄都市を本拠地とする英雄機関所属のヒーローであり、紅太郎にとっては宿命のライバル(自己申告)である。



「その神前桜花を君の彼女にしてほしい」


 

「………………」

 

 彼女?

 誰の?

 もしかして俺の?


「え、ちょ……おまっ」


 あまりの衝撃的内容に、紅太郎は上手く二の句を継げなかった。

 しかし玉藻は構わずに話を続ける。


「そのために先ほど雑誌を読んでもらった。四十八のテクニックを駆使して、彼女を落としてくれ」


「いやいやいやいやッ、ちょっと待てよ!あの神前だよな。昨日も戦ったばっかりだし。俺がこの数年間ずっとあいつと戦ってんの知ってんだろ!だいたい何の任務だよ。ヒーローと恋に落ちてどうすんだよ!第一っ」

「おっ俺は女と付き合ったことがないんだよ。告白したこともされたこともねーの!そんなんで、いきなり恋愛なんてできるわけねーだろっ!」


「まあまあ。君の言いたいことはわかるが、彼女と恋愛関係になることには大いに意味がある。まず最近ね研究の結果、人間というのは恋によって堕落する、ということがわかった」


 そのデータってどこからでたデータなの?

 また漫画か何かを一気読みした結果の可能性が高い。

 以前そんな理由でくだらない任務につかされたことを、紅太郎は思い出していた。

 よしどうにか逃げよう。そう思った矢先、玉藻は聞き捨てならない一言を発した。


「よって君が神前桜花と恋愛関係に陥れば、神前桜花は弱くなるのだ」


「…………」


 予想外の話の展開に、紅太郎の思考が止まる。


「それに、この任務は君にとって願ったりかなったりのはずだ。君は神前桜花に勝ちたいのだよな」


 その問いに紅太郎は短く「ああ」と頷く。

 そのために何度も勝負を挑んでいるのだ。

 この数年間、紅太郎は桜花に勝つことだけを考えていた。その気持ちに嘘はない。


「この話は強さの問題だけじゃない。いいかよくきけ。恋愛というのは惚れさせたほうが勝ちなのだ。よって君が神前を惚れさせてしまえば、君の勝ちはその時点で確定する」


 予想外の話に紅太郎は目をぱちくりさせていた。

「……まじで?」


「もちろんだ。ましてや向こうから告白させてみろ。惚れた弱みというやつだ。神前桜花は骨抜きになる」


 俺が桜花に告白される?あのキ○ガイに?

 骨抜きになった桜花の姿など、紅太郎には想像も付かなかった。そもそも奴と会話する事は出来るのだろうか?

 正直犬や猫と意思を疎通させる方が楽に思う。


「最高なのはその後だ。付き合った挙句お前の方から神前を振ってしまえ。向こうは別れたくないがために、何でも言うことを聞くだろう。お前の完全勝利だ!!やったな」


 完全勝利。

 何でもいうことを……

 紅太郎の頭の中には、別れたくないと泣きすがる桜花の姿が浮かび始めていた。


「なるほど……惚れさせたほうが勝ちなんだな」


 その言葉に玉藻の口元がわずかに緩んだが、紅太郎は気づかなかった。


「そうだ。そのとおりだ。さすがに飲み込みが早いな」


 紅太郎は先ほどとは打って変わって、任務に対して前向きに考えていた。

 正直、正攻法で桜花に勝つのは難しいと思っていたところだ。この作戦は渡りに船だ。

 しかし実際問題、紅太郎には恋愛経験がない。そのことを考えるとやはり無謀な気がしてならない。


「でも俺は女と付き合ったことなんかないぞ。いきなり潜入したからって、すぐに恋愛関係になるのは難しいんじゃないか?」


「お前の言うことはもっともだ。そこで私に考えがある」


 玉藻は先ほど紅太郎に渡したバインダーを開くように促す。

 そこには一人の男のプロフィールが乗っていた。

 

 名前 九条紅太郎。年齢16歳。性別男性。

 10歳の時に事故に遭い、現在治療中。両親は他界している。

 現在施設にて療養中だが、回復のめどは立っていない。

 

 特記事項 英雄機関の神前桜花とは幼馴染。

 

「これは?」


 自分と同姓同名の人間のプロフィールだった。


「資料のとおりだ。神前桜花には10歳の時まで幼馴染がいてな。その時の事故以来、こいつは神前桜花には会っていない。こいつは完全な脳死状態でな。現在に至るまで回復のめどが全くつかず、今も施設で療養中というわけだ」


 玉藻は言葉を続ける。


「よって今の幼馴染の姿を神前桜花は知らない」


 ここまでくれば紅太郎にも玉藻の言いたいことは理解できる。


「君にはこの幼馴染に成りすまして、英雄機関に潜入してもらう。実はこの作戦は昔から計画されていてな。君の名前が同じなのも偶然じゃない」


 自分の名前にそんな狙いがあるとは正直知らなかった。

 だがこの任務はそんなに簡単なものではない。


「とはいっても別の人間になりきるのは簡単じゃないだろ。昔話なんかされたら一発でアウトだ」


 紅太郎の指摘もっともなものだったが、玉藻は鼻を鳴らして答える。


「そこでこの事故を利用する。君は事故のショックで記憶喪失になっていることにするんだ。よって昔の話などわからなくても問題はない」


「いや、そうはいっても……」


 問題がある……と言いかけた紅太郎の言葉を玉藻が遮る。


「彼の両親は既にこの世にいない。そしてこの治療中の施設とは、私の息がかかった組織が運営をしている。書類の改ざん程度ならば、なんとでもなる」


「…………」


「よって君が偽者だとばれる心配はないのだ」


 玉藻は自信満々に言い切った。


 確かにばれる可能性は低い。しかも幼馴染という人間関係は、恋愛関係に発展するにあたって有利に働くだろう。……しかし、


「どーも気乗りしねーな」


 頭をガシガシと書きながら、紅太郎は考える。

 騙すという行為自体は別にいい。英雄機関との戦いでは情報戦も重要な要素の一つだ。騙し合いの一つもできなければ、やつらとは渡り合えない。


 しかし、相手の弱みにつけこむようなやり方は、紅太郎の好みではなかった。


「なぜだ?別にお前が潜入しなくてもこの幼馴染は回復しない。君が幼馴染として復帰すれば神前は確実に喜ぶだろう。その上で恋愛関係へと発展するのだ。後は本人次第だろう」


 いまいち気乗りのしない紅太郎に対して、玉藻は言葉を続ける。


「君が断るのならば任務を変更する。この幼馴染を人質にとって、君と雪乃に神前桜花と戦ってもらう。倒すだけならばそれで十分だろう。私の計算では99%の確率で倒せるだろう」


「それはっ…………そんなことは……できない」


 たしかにその作戦ならばほぼ確実に神前桜花を葬り去ることはできるだろう。もし失敗しても人質が一人死ぬだけだ。紅太郎達に損はない。

 しかし、紅太郎にはどうしてもそんな方法をとる事はできなかった。


「であれば最初の作戦で決まりだ。この作戦は上手くいけば神前を仲間にすることすら可能になる。そして私の世界征服への道がまた一歩近づくのだっ」


 不承不承であったが、紅太郎は納得せざるを得なかった。どうせ断る権利はないのだ。組織の一怪人に過ぎない紅太郎に作戦の選択をさせること自体、紅太郎の心情を尊重している方なのだろう。


「……わかった。最初の作戦で頼む」


「了解した。では任務の準備を開始する」

 

 バキンッ

 

 何か金属音がしたかと思うと、突然床や壁から無数のワイヤーロープが飛び出てきて、紅太郎の体の自由を奪った。


「ぐっ! な、何だこれは!」


 紅太郎の体には太いワイヤーが何重にも絡んでいた。体を動かそうと力を振り絞るが微動だにしない。


「いやーやる気になってもらったところで、君に改造手術を施そうと思ってね。ほらさ、さっき言ってたやつ。怪人であることがばれると困るでしょ。大丈夫。眠っているうちに終わるから」


 いつの間にか、玉藻は『マッドサイエンティスト』としか形容しようがない笑みを浮かべ、その手に注射器を握り締めていた。内部には危ない色をした液体が入っていて、針から中身が滴り落ちている。


 嫌な予感しかしないっ!


 紅太郎は必死に体を動かそうと試みるが、ワイヤーはギシギシと音を鳴らすだけで、抜け出せる気配がない。

 くそっ! このワイヤー何でできてやがるっ!

 暴れる紅太郎を尻目に、玉藻はゆっくりと近づいてきていた。


「一つ目の改造は怪人化を抑制する手術。これは簡単だから心配しないでいい。以前何度かやったことがあるからね」


 玉藻は不吉な笑みを浮かべ、玉藻は紅太郎の目の前に立つ。


「もう一つは、君のポニョを改造しようと思っているのだが。サイズはどのくらいがいいかな?」


 玉藻の視線は、紅太郎の下半身を注視していた。


「やめて!鬼、ひとでなしっ!そんなとこ改造する必要ないよっ!このままで十分だから」


 紅太郎は情けない叫び声をあげながら、必死に力を込める。しかし体に食い込んだワイヤーは微動だにしない。


「いやこれも恋愛では重要な要素だからね。……五センチと一メートルどっちがいい?」


「イヤァァァ!何その二択っ!1メートルもあったら社会的に抹殺されたも同然だから!マジやめてぇっ!」


「ふむ。では5センチ希望……と。謙虚だね君は」


 玉藻は邪悪な笑みを浮かべて、紅太郎の背後に回る。

 いま逃げなければ、確実にヤられる。今すぐ怪人化するしかない。

 紅太郎の体から変異の証拠である、黒き煙が噴出していた。


「ウオォォォォッ――! 今こそすべての力をぉぉぉぉッ」


 瞬時に爆発的な魔力が集まり、紅太郎を異形の姿へ変えていく……はずだった……


「うるさい」


 プスッ


「がっ」


 無情にも変異の完了していない紅太郎の首筋に注射針が突き立てられる。

 変異を許さないスピード、タイミングはさすが総帥といってしかるべきものだった。わずか一秒にも満たない時間で、紅太郎の意識は闇へと落ちていった。

 

 こうしてナインライブズの怪人、ブラックガードこと九条紅太郎は、神崎桜花を自身に惚れさせるために英雄機関へと潜入することとなった。


 薄れ行く意識の中、紅太郎が強く願ったことは、これから実行する任務のことではなく、自らの股間の安否だった。

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