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先生と僕  作者: あんみ
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第5話 決意と僕

普通1ヶ月といったらなかなか長いもんだ。

だけどこの1ヶ月は、とても短く感じた。



わずか1ヶ月の間で、僕の周りはかなり変化したように思える。

たとえば、夏の間はぜんぜん降らなかった雨が、1週間もずっと続いていらいらしたことや。

たとえば、暗くなる直前の夕焼けが、ため息が出るぐらいにきれいな金色だったことや。

たとえば、生暖かかった夜の風が、ひんやりと冷たく、心地よくなったことなんか。


今までは当たり前だと思っていたことに、おぉーと思ったり、いらいらしたり。

今までなら絶対感動しないような映画に、不覚にも涙が出そうになったり。


いつもどんよりしていた自分の心が、実はこんなに透きとおっていたものだったことを、初めて知った。



そんなことを知るきっかけをくれた人が、今日、僕の前からいなくなる。






「つぐちゃん、ずっとこの学校いてよー」

「つぐみ先生いなかったら超さみしいんだけどー」

「うーん、ずっといたいのはやまやまなんだけどねぇ…」

1ヶ月の間で、秋名先生は自然と女子から下の名前で呼ばれるようになっていた。

3年1組だけでなく、ほかのクラスのやつも秋名先生のことが大好きになっていた。


1週間とか、1ヶ月とか、1年とか。

そういう単位で考えていくと、時間ってすごく長いもののように感じるけど。

1分とか、1時間とか、1日とか。

そういう単位で考えていくと、時間なんてものはどんどんどんどんすぎていく。

あっというまに給食がおわり、もう今は昼休みだ。


…と。

昼休みになった瞬間、僕は拓に引っ張られてベランダへ来た。

なんか、今日の拓はおかしい。

ずっと難しい顔をしてる。


「りょーた、やっぱ今日言え」

「あ?何が?」

「秋名せんせーに。言わないとダメだ」

拓が、珍しく真剣な顔で僕に言う。

こいつのこんな顔見るのは久しぶりな気がする。

「だから何をだよ」

「告れっつってんの」

「ぶ…」

いきなり何を言い出すのかと思ったら。告れ、だ?

何を言ってんだ、こいつは。

「だからさぁ…言わないって決めたの」

「だからさぁ…それじゃダメなんだよ」

後ろ頭をぽりぽりかきながら、もどかしそうに拓は言う。


「だから…もう会えないってわかってんだったら、無理だろうが何だろうが絶対言わないと後悔するんだよ」


好きな子が転校しちゃったのに、結局告白できないままだった拓ならではの言葉だ。

…重みがある。


「そうだぞ、りょーた。言っちまえ」

「うっ、アツ…お前いつ来たんだよ」

「今。ってゆーか、もう俺、秋名せんせーに『今日の6時に教室に来てください』って言ってきちゃったぞ」


……

………は!?


「ぐっじょぶ」

「だろ」

「ぐっじょぶ、じゃねーよ!!何勝手に、おまえら…」

ぐっと親指を立て、健闘を喜び合うバカふたりをはたこうとしたその瞬間。

そのバカふたりは、二人してものすごい睨みをきかせて僕にたたみかけた。


「いいかお前、考えてみ?相手は教育実習の大学生だぞ?」

「せんせーにはもう絶対会えないぞ?」

「連絡先も聞けないし、俺らは高校行っちゃうし」

「もし文化祭かなんかに来てくれたとしても、たぶん女子に囲まれて俺らは近づけないで終わりだぞ」

「俺らって今までの実習生のことなんて覚えてなくね?向こうもそうかもしれないし」

「俺らのコトなんかきっと『バカなやつがいたなぁ』くらいで終わりだぞ」

「せんせーが学校に来るの、今日が最後なんだぞ?」

「そんでその今日も、もう半分終わってんだぞ?」



…こいつら…言い返せないと思って何でも言いやがって。

確かに、こいつらが言ってることは全部、的を射てる。

拓がそうだったように、好きな人に気持ちを伝えられなかったっていうのは後悔するものなのかもしれない。

だけど。

…だけど、さぁ。


「…けどさぁ、言ったって、困らすだけじゃん。迷惑かけるだけじゃん」

ワケわかんなくなってきて、二人の目から逃れるように、僕は下を向いた。

そう。

仮に好きだと、秋名先生に伝えたとしても。

こいつらが言ったように、秋名先生は教育実習中の大学生だから。

僕は何てことない、実習先の一生徒でしかないから。


「なんだお前、そんなこと気にしてたの?」


拓があきれ果てた声を出した。

そんなことってなんだよ。

そう言うより先に、ふたりが口を開いた。


「お前今までどんだけせんせーのこと困らしたり迷惑かけたりしたと思ってんだよ」

「秋名せんせーはちょっとぐらいの迷惑でイヤな顔するような人かよ?」



…こいつらは、どうしてこうテンポよくズバズバ言ってくるのだろう。

僕がずっと言わないと決めてた決定的な理由を、たったの一言ずつであっさりと吹き飛ばしてしまった。

「なーんだ、俺ずっとつき合えないってわかってるから言わないんだと思ってた」

「俺も」

「あっはっはっは」

あっはっはっはじゃねーよ…


思いっきり疲れた僕を前に、なんだかだんだん笑いがエスカレートしていくバカども。

「あはははははは、あー…腹いてー…」

「あー、涙出てきた…もう何がおかしーんだかわかんねーよ」

「俺も。何で笑ってたんだっけ」

…バカ…


ひとしきり笑い終わるといきなりアツが僕に話をふった。

「で、どうすんだよ」

「いや、だから…」

「ってゆーか、秋名せんせーはノーマークのやつから好きだって言われて嫌がるような人じゃねーだろ」

「お前、困らすだの迷惑かけるだの言って逃げてるだけなんじゃねーの?」


また痛いところをズバリとつかれる。

逃げてるだけ。

…確かにその通りなのかも、知れない。


何も言えないでいると、拓が急にまじめな顔になって僕の目を見つめた。

「りょーたぁ、俺はお前に俺みたくなって欲しくねーんだよ」


…かつて拓がこんなに真剣な目をしてたことがあっただろうか。

バカなことしかしないし、言わないやつなのに。



……

…あー…

…あー、もう…


「………わかったよ」

「おおっ!!」

「わかったか!!」

観念して、言うと。

バカふたりは、心の底からうれしそうに目を輝かせた。


「拓っ、今日はりょーたがオトコになるぞ!」

「おぅ、しかもオトコはオトコでも『漢』と書いて『おとこ』と読むほうのな!」



………。


やっぱり、こいつらは面白がってるだけなんじゃないだろうか?


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