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先生と僕  作者: あんみ
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第4話 迷いと僕

楽しそうに話す明るい笑顔を見るだけで、僕だけでなく拓も、アツも、ほかのやつも。

すごく元気が出る。みんなが明るくなる。

いつもいつも、秋名先生の周りには、誰かの笑顔がある。


すごい、と思う。

ほかの誰にもまねできない力だと思う。


…そういう、人を惹きつける力がある秋名先生には。

絶対、教師になって欲しい。

もし、秋名先生のような人に教わることができるなら、そいつは本当に幸せ者だろう。


そして、僕たちもその幸せ者のひとりだ。




その日の3時間目は学活で、自習と二者面談だった。

誰の案だか知らないけど、あと3日で実習が終わる秋名先生へ、

メッセージを送ろうっていうことで色紙が回ってきた。


…う。なんて書こう。


みんな、先生の授業は面白かったとか、わかりやすかったとか、楽しかったとか、いろいろ書いてる。

僕はバカみたいだけど、特に目を引くメッセージにしたかった。


…だけど、僕はもともと国語は苦手だから。そんないい言葉なんか思いつかなくて。

「今までの実習生の中で一番よかったです。授業もかなりおもしろかったです。

 国語はあんまり好きじゃなかったけど、先生のおかげで少し好きになれた気がします。

 1ヶ月間、本当にありがとうございました。

菅谷遼太」

隣の綾瀬が持ってたバカみたいに目立つ蛍光ピンクで、ありきたりの言葉を素直につづるしかなかった。

「菅谷さぁ、何でそんな色わざわざ使うの?」

「いや、変な色だから使いたくなった」

「なにそれ」

綾瀬はそう言って笑いながら僕からペンを受け取ったけど、文がヘタクソでも見てほしい…みたいな気持ちで僕が蛍光ピンクなんか使ったことは、絶対わからないだろう。


秋名先生は何も知らず、

たどたどしく朝の連絡をし、どこかのクラスで授業をし、

あせりながら給食を食べ、またほかのクラスで授業。

いつもどおり、何も変わらず。忙しそうに、楽しそうに。

まるで、この学校にいつまでもいるかのように。





…わかってる。先生と生徒が、そういう関係になるのは絶対ありえないってコト。

ましてや教育実習生という立場はこの学校とは本来関係ない立場だから、

実習が終わったら生徒と個人的な連絡は取っちゃいけないコト。

わかってるんだ。



中学3年にして、初めて人を好きになった。

もしかしたら初めてじゃないのかもしれないけど、自覚したのはこれが初めてだ。

これは、他の人からすれば遅い方なんだろう。

でも、僕にとっては初恋ってやつで。


…だけど、どうしてそれが、絶対に叶わない相手なんだろう。



もし、僕のこの気持ちを、先生に伝えたとしたら、

先生はどんな顔をするのだろう。


…やっぱり、困ってしまうんだろうか。




「りょーたぁ」

「あー?」

「どうすんだよ?」

僕を取り囲むバカ二人は、最近僕のことを茶化さなくなった。

今だって、ほら。

なんだ、この心配そうな目は。きもちわりぃ…

「どうするって、何が」

「何がって、バカ。決まってんだろ」

「あと3日でせんせーいなくなっちまうぞ?」

拓とアツが言いたいことはわかってる。

秋名先生に気持ちを伝えるのか伝えないのか、どっちなんだと。



アツは、好きな女の子…部活の後輩に告白した経験がある。

それで、見事付き合うことに成功したのだ。…ま、けっこう前の話だから、今は別れちゃってるんだけど。

拓はそういう経験はない。小6のころに好きだった子が転校してしまったからだ。

何も気にしてないみたいに振舞ってるけど、未だにその子のことが忘れられないってことを、僕は知ってる。



秋名先生のことを本気で好きになったと、この二人に言った覚えはないのに。

やっぱりわかってしまってたらしい。

あーあ。そんなわかりやすかったのかな…



「…だってさぁ…。絶対無理なことがわかってて、普通言うか?」

「…うーん…」

「だろ?ほら」

アツが、言われてみれば…みたいな顔して黙り込むのを見て、

ほっとしたのと同時になぜか少しがっかりする。

拓はというと、拓も難しい顔で黙り込んでしまった。


「いーの、俺のことは」

「…ほんとに?いーのか?」

「うん」



そう。いいんだ。

だって、伝えたって秋名先生はきっと困ってしまうだけだから。

困らせるくらいなら、迷惑をかけるくらいなら。

黙っていたほうが。





先生のあのときの、「なんでもない」って笑ったときの、潤んだ目の中には、

僕には絶対わからない苦しみが隠れていたと思う。

先生にだって苦しいことがあるのは当たり前だけど、

だけど、

先生には、困るとか、泣くとか、そういうのは似合わない。

笑っていて欲しい。





5時間目。

秋名先生の、国語の授業が始まる。

「よしっ、始めます!」

「きりーつ」

「れーい」

「ちゃくせーき」

秋名先生は今日もニコニコしている。

僕はものすごくぼけっとしていて、授業が始まってるのに教科書もノートも出さないままでいたらしい。

「ちょっとー、菅谷くん!授業始まってるのになんで机の上に何にも出てないのよぉ」

「え?あっ」

白い目でにらむ先生と、あわてて教科書やノートを引っ張り出す僕と、その周りで起こる笑い。

「じゃあ菅谷くんにはものっすごく長く教科書読んでもらおっと」

「えー!?ちょっと待ってくださいよ〜」

「待たない!えっとねぇ、99ページの3行目から101ページの最後まで!」

「長すぎですよ!」

「だって長く読んでもらうって言ったもん」

「え〜、まじかよ…」

「教科書出してないほうが悪いもんねー、ほらっ読んで読んで!」

「あー……えーっと〜…」

教科書読むの苦手なのに…

だけど、いやな気持ちにならないのは、僕の前で笑ってるのが秋名先生だからだろう。谷中先生だったら自分が悪いにも関わらずマジでむかついたに決まってる。

つっかえながらたどたどしく読む僕を、先生は漢字の訂正なんかをしながら根気強く待ってくれる。

やっとのことで読み終わると、にっこり笑って

「頑張った!」と声をかけてくれた。


自分でもイヤになるぐらい汚い字でノートをとりながら、僕は先生の顔をちらっと見る。


僕が理科のワークをとりに行ったあのとき、

痛々しいぐらいに真剣な表情で黒板に向かっていた先生。

あのときに書いてたのと全く同じ内容を、

たまに間違えたりちょこっと補足したりしながら、ニコニコ笑って丁寧に書いている。



あ。

ふとこっちを見た先生と、目が合う。


…先生はちょっと恥ずかしそうに目をそらした。



僕の胸の中で、何か熱いものがじわりと広がる。

…あの表情の意味は、きっとこのクラスで僕だけにしかわからない。





…やっぱり。

僕のこの気持ちなんて、伝えたら絶対、先生は困ってしまう。

先生の困る顔なんて、見たくない。

迷惑なんて、絶対かけたくない。




笑っていて欲しい。

この人には、笑っていて欲しいんだ。




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