第2話 予感?と僕
僕は、クラスの中で一番に来ることが多い。
みんな結構だらしないのか何なんだかわかんないけど、チャイムぎりぎりに来るやつが多い。
だけど僕はあんまり朝あわただしいのは好きじゃないし、朝の空が結構好きだから、
はやく起きてゆっくり学校に来る。で、何をするわけでもなくぼけーっとしてる。
最近は、結構冷えるようになってきた。
「あっ、おはよう菅谷くん」
「あー、おはよーございます」
廊下を歩いていると、教科書やらプリントやらファイルやら、やたらといろいろ抱えた秋名先生に会った。
「あああ〜、やばいやばいやばいやばい」
見ると、いろんなものがずるずる落ちそうになってて、先生がものすごくあわてている。
僕はあわてて駆け寄って、落ちそうになってるものを下から支えた。
「ごめんごめん、ありがと」
「一気にいろいろ持つからですよ」
「…だってー…めんどくさいじゃない、行ったり来たりするの」
「ははっ…先生って、たまに先生っぽくないですよね」
「ちょっとっ、どういう意味?」
「先生としてはまだまだってコトですかね?」
「…!!だって、当たり前だもん…実習生だもん…」
ちょっと冗談を言うだけで、真っ赤になってしどろもどろになってしまう。
そういうトコが先生っぽくないんですって。
…って言いかけて、やめた。先生の荷物を半分持って、今は実習生の控え室になっている少人数指導室まで行く。
「ありがとー、助かった」
「先生今日うちのクラスで授業するんですか?」
最近時間割変更やらなんやらで国語がよくつぶれていた。
だから、ほかのクラスのやつはもう秋名先生の授業を受けていたけど、僕らはまだだったのだ。
「うん。なんか、みんなのことちょっと知ってる分だけすごい緊張する…」
「そういうもんですか?何とかなりますって」
「そう?じゃあ私が質問したら真っ先に手あげて答えて」
「あ、無理です。国語苦手なんで」
ふくれっ面になる先生を見て、僕の顔は自然と笑顔になる。
…かわいい。
「何笑ってんのよ。絶対当ててやるからね」
「だからイヤですって」
秋名先生は、国語の担当だった。
そして、秋名先生を指導する、僕達の本当の国語の先生は、学校の嫌われ者だった。…国語の先生っていうのは、どうしてあんなにむかつく人が多いのだろう。
谷中、英子。
どっかの学校から今年来たくせにやたらと態度がでかく、
細かいところに目をつけてちくちくちくちく嫌味を言い、
僕らのことなんか何にも知らないくせに何でもわかってるような顔してる。
みんなと同じように、僕も谷中先生が苦手で嫌いな生徒の一人だった。
だから、3年1組ではしきりに、
「秋名先生かわいそう…」
だの、
「秋名先生まであんな嫌味っぽくなったらどうする?」だのささやかれていた。
そして、秋名先生の初授業。
ものっすごく、おもしろかった。
そして、苦手な僕にもわかりやすかった。
なんか、教科書をパラパラっと読んだころは「げ、こんなのやんの?」みたいな、面白くなさそうな単元だと思ったんだけど。
全然、そんなことなかった。
初めは少し緊張気味だった秋名先生だけど、拓とかアツが茶化したりなんかしてるおかげで、
授業の半分をすぎると先生はいつもの調子でニコニコしながら授業をしてた。
ふと後ろを見ると、谷中先生が、
面白くなさそうな顔で何かにチェックをつけてる。
うーん…。これから秋名先生は谷中先生にいびられてしまうのだろうか。
先生、頑張って。
僕は意味もなくシャーペンをぐっと握り締めて、
丁寧に板書された文字をきったない字でノートに写し取った。
「しっかし、りょーたが年上好みとはなぁ」
「あ?」
昼休み、椅子に後ろ向きに座って僕の顔を覗き込み、にやーっと笑うバカふたり。
「好きなんだろ?せんせーのことが」
「…お前らまだそんなこと言ってんの?」
「だってお前、谷中せんせーのときと秋名せんせーのときと、授業の身の入り方ぜんぜん違うぞ」
「アツだってすげー集中してんじゃん。てかみんなそうじゃね?」
「まぁ、そりゃそうなんだけどさぁ」
確かに、谷中先生の授業はつまらないし、嫌味は言われてむかつくし、受ける気なんか全くしなくて。
だけど、秋名先生の授業はおもしろかったし、変なことでいちいち怒んないから集中しやすいし。
それはみんな同じだろう。
だけど拓とアツは、そんなんじゃなくて、僕が秋名先生を気に入ってるからだって、そう言いたいんだ。
この、バカども。
自慢じゃないんだけど、僕は、中3にしたら結構落ち着いているらしい。
自分ではぜんぜんそんな風に思わないんだけど、童顔のくせに大人っぽいらしい。
…顔のわりに老けてるってことなんだろうか。
いやいや、多分小さい頃からずっと拓やアツと一緒にいるからだろう。そういうことにしとこう。
拓は、水島拓己っていって、陸上部のエースだった。引退してからも部活にたまに顔を出している。アツは、斐川敦也っていって、バスケ部。アツもかなり大きな戦力だった。
ふたりとも運動はできて、部活ではかなりすごいやつらなのに、なんだかバカだし能天気だしイタズラ好きなのだ。
そんなふたりの、度が過ぎそうなイタズラをいつもいつも小さい頃から止める役をやらされて、僕の人格が出来上がったんだと思う。
バカを止めるためには、少しぐらい落ち着いてるやつがいないといけないから。
剣道部に所属してたころから、ちょこちょこっと女の子に何か言われたりすることも、なかったわけではない。
だけど。
別に女の子とも付き合うこともなく、これまですごしてきたわけで。
好きな子も別に…いなかったし。
中3の今までそんなんだったから、このふたりは僕が秋名先生を好きになったっていう風にしたいんだろう。
「そりゃ、確かにかわいいと思うよ。秋名先生は」
「おっ!やっぱり!?」
「けどさぁ、お前ら。相手は先生だぞ?」
「実際は大学生じゃん」
「いやいや、そういう問題じゃねーよ。次元が違うだろ。中学生と大学生じゃ」
「乗り越えろ!そのぐらい」
「バカ」
…だけど、実際、ふたりが言いたいこともわからなくはない。
自分の言葉一つで、くるくる表情が変わる先生の顔を見たり、
授業中とかに目が合って、先生にふんわり微笑まれたりすると、
なんだかどうしようもなくくすぐったくなってしまうのも、事実なんだ。
秋名先生に会って、まだ1週間しかたってないのに。
拓やアツは、ものすごいバカだと思う。
だけど、僕も負けないぐらいにバカなんじゃないだろうか。