第1話 出会いと僕
「菅谷くんね…。もう覚えた。絶対忘れない」
しゃがみこんで、涙目で僕を見上げて、うらめしそうに、先生はそう言った。
僕は菅谷遼太。ごく普通の中学3年生だ。
部活を夏に引退してからは、たまに顔を出したりしながら、なんとなく受験勉強の日々。
だけど、正直言って高校なんてまだまだわかんない。
なんとなくこの辺かなぁ、なんて意識はあるけど、はっきりとした目標なんてのもないし。
そういうもんなんだろうか。どういうもんなんだろう。
そんななんとなくけだるげな10月の日々を、友達と一緒にバカやりながらすごしていた、そんな時。
教育実習生が、3年1組にやってきた。
「はじめまして、今日から教育実習に来ました秋名つぐみです。
1ヶ月間っていう短い間なんですが、よろしくお願いします」
少し高めの声でそう言って、秋名先生はぺこりと頭を下げた。
…秋名って名字、珍しいな。つぐみっていう名前も。
だけど、この人に合ってる気がする。
少し茶色がかった細い髪に、白い肌、きれいな茶色の大きい目。うすいピンクの唇。
20をこえた大人のくせに、表情がどこか幼げに見える。
…なんか、きれいだけどかわいい。
その辺の男はほっとかないような感じに見える。
それに。
秋名先生はなんだか、きらきらしていた。
瞳、髪の毛、すべてがきらきらしているように見えた。
それで僕は思った。
「あ、この人ははっきりとした目標があるんだなぁ」
そんなときは、急に自分がどんよりして見えるもんだ。
困った。
初日はそれっきり、先生と会うことはなかった。
…と、思ったんだけど。
「あれっ?まだ残ってたの?」
今日中に提出する予定だった数学のプリントを、拓と一緒にやってたとき。
秋名先生が教室に入ってきたのだった。
「もう6時だよ?早く帰んなよ」
「やー、今日提出のプリント残ってんすよ」
拓はとても気さくなやつだ。今日はじめて会ったばかりの先生にもホイホイ話しかけていく。
「せんせー、いくつっすか?」
「いくつに見える?」
「28」
「………そうそう、28」
「うそうそ。20とかっしょ?」
「そうそう、20歳」
「あれ、でも大学3年だったら…21?」
「誕生日きてないだけ。早生まれだからね」
「彼氏は?」
「彼氏ー?いないいない、そんなもん」
「まじで?」
僕の口からはじめて出たのは、彼氏がいないって言った先生へ、だった。
先生は僕のほうを見てうん、いないんだよねーと笑い、拓はその後ろでにやっと笑った。
「せんせー、こいつ朝からせんせーのことかわいいかわいい言ってたから気ーつけた方がいいっすよ」
「あらっ、ほんとに?照れるわー」そういって先生はまた笑った。
僕は耳が熱くなるのを感じながら、んなこと言ってねーだろと拓を殴り、
先生に向かってすいませんコイツバカだから、と頭を下げ、拓を引っ張ってそそくさと教室を出た。
いやでも、彼氏がいないのは意外だった。
だって、やっぱり先生は僕の目から見てかわいかったから。
…や、だからって拓が言ったみたいに朝からかわいいかわいい言ってたわけでは、決してないけど。
秋は、暗くなるのがとても早い。
6時半頃になるともう真っ暗になってしまっていた。
まぁ、だけど僕らは男だから、暗いからどうってこともなくて。
拓とは校門を出た後は家は逆方向だから、しばらく校門の前でくだらないことをしゃべってた。
すると。
「あ、せんせーだ」
真っ暗な闇の中、職員玄関から出てきた秋名先生。
それを見た瞬間、拓と僕の間には同時にいたずら心が芽生えた。
息を殺し、校門の前でしゃがんで待つ。
姿勢よく、ちょっと疲れた表情でまっすぐ歩いてくる先生。
カツ カツ カツ カツ
――――――今だっ
「「わっ!!」」
「きゃああっ!!!」
慌てふためき、へなへなと座り込み、顔を覆う先生。
やべっ、やりすぎたか!?
「あははははははっ」
拓のバカは笑い転げている。
「ご、ごめんせんせ…大丈夫?」
とりあえず謝って、先生の肩に手を置くと。
先生は僕の胸をぐっとつかんで引き寄せ、名札を確認した。
「菅谷くんね…。もう覚えた。絶対忘れない」
しゃがみこんで、涙目で僕を見上げて、うらめしそうに、先生はそう言った。
ちょ、俺だけ!?
…と思う間に、先生はまだ笑い転げている拓のほうにすたすた歩いていって、僕にやったように胸をつかんで引き寄せた。
「水島くんね。あんたも絶対忘れない」
かくして、僕たち二人は秋名先生にとって、最初に名前を覚えた記念すべき生徒となったのだった。
「…そんなびっくりしたのかな?」
「…うん、多分」




