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02:新しい世界とこんにちは。

「い…せ、かい?」


 突然に――否、だいぶ待たされた上で、告げられた言葉は確かに青年の前置き通り、俄かに信じられない内容だった。それでも、信じるに足る要素も確かに在りはする。涼香自身の直ぐ傍らに、今ももっと撫でてくれとせがむ様に、甘える様に擦り寄ってきている巨大な岩のような竜の存在。涼香の知る限り、竜とは架空の存在であり、実在はしない。しかし、はいそうですか。と信じるには突飛過ぎる内容。青年は髪色や、よく見れば、目の色も髪同様、炎に似た色をしているが、髪を染める事も、カラコンで目の色を変えて見せるのも珍しくは無い。異世界だと言うにしても、彼のオレンジ色の上下のジャージに、便所サンダル、と言う井出達はあんまりにもお粗末ではないだろうか?せめて、異世界らしくマントの一つも羽織って見せて欲しいものだ。


「此処が異世界だとして、貴方は此処の人なの?」


 竜が存在する以上、自分の知らないその世界があるのは信じても良いかもしれない。と考えるも、やはり青年の存在は異世界の住人とは認めがたいものがあり、確認を取る。


「此処……この辺じゃねぇけど、この世界に住んでる」


 何なら身分証明見せるか?と、軽い口調で言いながら呈示されたのは車の免許証か学生証の様な小さなカード。中にはギース・ザルスと言う名と、住所や生年月日、職業等々、彼の個人情報が書かれている。個人情報を此処まで見せてよいのかと言う心配もあるが、このあからさまに見慣れた形状の身分証明に脱力せざるを得ない。


「えーと、ザルスさん?日本語お上手ですね」


 きっと二次元大好きな外国の人のお茶目に違いない、と結論付けて身分証に書いてあった名を呼びながら適当にあしらう事に決め込んだ。


「やっぱ、信じねぇよな」


 涼香に信じて貰えなかった事に特に傷ついた様子もなく、ただ普通そうだとでも言わんばかりにあっけらかんと言って笑う。まるっきり必死さが無いのは、冗談だからなのか、信じて貰える必要がないのか、或は直ぐに信じさせる手段があるからなのか、ザルスの態度からは読み取れなかった。


「んー、とりあえず異世界らしく魔法の一つも見せておくか?」


 魔法を見せられたら確かに、信じられるかもしれないがどうにもノリが軽いのは涼香の気のせいだろうか。


「魔法を見せてもらえるなら、見てみたいですけど……」


 しょぼい手品だったらどう反応したら良いだろうか、とチラリと不安を感じつつも、ザルスの言う魔法がどんなものなのか興味はあった。魔法なんて無いのだと知った幼い頃に、寂しい気持ちになったのを思い出しながら、在るのであれば見たい。と、思わずには居られない。


「よっしゃ、任せとけ」


 ザルスは腕を軽く捲くり、ガッツポーズして見せた。明るい、そう言った仕草が実年齢よりも少し幼く見せている様だった。


――これで魔法学校の先生、ねぇ……?


 手に持ったままだったザルスの身分証に視線を落とし、溜息を吐いた。『体操のお兄さん』の間違いではないか?と思ってしまうのはザルスの仕草の幼さだけではなく、恐らくその全身オレンジ色のジャージが要因だろう。

 ザルスは、涼香がそんな失礼な事を考えているとも知らず、嬉々として腕をぐるぐると回し、準備体操をしている様だった。


「魔法って、準備体操とか必要なんですか?」


 魔方陣を書いて呪文を唱えればいいだけのお気楽なものだろうと言うイメージがあるが、ザルスの様子を見る限りではどうにも違いそうだ。


「普通は必要無ぇな!」


 ――ガクッ


 一体どんなモノかと緊張したのが馬鹿らしくなる。

 しかし、普通は必要無いのであれば、何故準備体操をしているのだろうか?と言う疑問が湧き上がる。


「俺の魔法はちょっと不便でな」


「不便?魔法なのに?」


 不便な魔法など、夢が壊れるにも程がある。仮に此処が異世界だとするなら、せめてもう少し夢のあるファンタジー要素をお願いしたいものだ。と、肩透かしを食らわされながら心の中で悶々と思う。


「ま、あっちの世界がイメージする魔法っつーと、もっと便利そうだもんな」


 ザルスは、涼香の居た世界をある程度知っているらしく、『不便な魔法』に対するガッカリ感を感じたのか、苦笑して近くで乾いた木の枝を拾い集め始めた。


「その枝、魔法に必要なんですか?」


 某漫画の様に等価交換でもするのだろうか?と、不便さの内容次第では、もしかしたらガッカリではないかもしれない。と少し期待を込めて尋ねた。


「ん?あぁ、魔法には必要無ぇって。夜だから灯り、居るだろ?」


 魔法を見せる前に、此処で野宿する為の準備と言う事だろうか?それこそ、魔法でどうにかならないのかと考えつつ、そう言う事なら、と涼香もザルスに倣って枝を拾う。


 枝を拾いながら、見た事も無い植物をずいぶん目にした。涼香が知らないだけなのかもしれないが、此処まで見覚えの無い植物だらけ、と言うのもおかしい。


――もしかしたら、本当に……。


 竜の存在で既に、大分信じ始めていたが、此処に来て更に異世界の可能性を否定できなくなってきていた。


「とりあえず、こんなもんか」


 ザルスはそう言うと、慣れた手付きで枝と一緒に拾っていた枯葉等、よく燃えそうな物と枝とを使って着々と焚火の準備をしている。よく見れば、飯盒はんごうでも出来そうなYの字のしっかりした枝を2本を向かい合わせるように刺し、Yの字部分に乗せられそうな枝も用意されている様だが、アウトドア用品が揃っているとは思えない。


――アウトドア用品を出す魔法、とか?


 そんな馬鹿な。とは思いつつ涼香はくすりと笑って、そんな風に考え始めている自分に少し驚いた。いつの間にか、表面的な疑心も忘れて、すっかりこの場所が異世界で、ザルスと言う青年はこの異世界の住人なのだと信じてしまっていた。


――シュボッ


 突然の事で涼香は何が起きたのか一瞬分からず、呆然とザルスの手を見つめた……。いくら見ても、指先から炎が出ている様にしか見えない。


「それ、熱くないんですか?」


 その炎は涼香が心配そうに見つめる今もなお、ザルスの指先で小さく揺らめいている。


「熱くねぇ、ってか、コレ熱かったら炎系の魔法使い全員魔法使わ無ぇだろ」


ザルスは冗談交じりに笑いながらそう言って、指先の炎を火種に点火する。炎は瞬く間に勢いを増し、二人が使うに十分な焚火が出来上がった。


「『炎系の魔法使い』って事は、他にも『水』『土』『空気』とかの属性を持った魔法使いが居るんですか?」


 炎系、と聞いてとっさに浮かんだ4代元素を並べてみる。雷や天候の属性も捨てがたいな、などと考えつつザルスの返答を待つ。


「お、よく分かったな!空気って呼び方じゃ無ぇけど、大体あってるぜ」


 楽しそうに笑って涼香の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「ちょっ、やめて下さい」


 ――恥ずかしい!


「悪ぃ、悪ぃ。癖でさ」


 軽く謝りながら笑ってみせるザルスを見てこれ以上怒る気にもなれず、やれやれと苦笑いした。


「そう言えば、『先生』なんですよね?」


 先ほど見せて貰った身分証をまだ自分が持っている事を思い出して、返しながら問うと先ほどまでの賑やかな笑い方と少し違って何処か大人らしい微笑みを浮かべて「あぁ」と小さく返事が返ってきた。


「魔法学校ってどんな所なんですか?授業は魔法に関する物ばかりなんですか?」


 一度、信じてしまえばどんどんと湧き上がる好奇心に任せて質問が増えてゆく。涼香は元々色々な事に興味を持つ性分で、自分の担当していない教科の先生にもよく気になるとどんどん質問しては『大きな生徒』だと笑われたりしていた。


「なんか、質問が多いな」


 ザルスも教師だけあってか、教えるのが好きなのか、涼香の質問に多いと笑うが嫌な顔をしない所か、どこか嬉しそうだ。


「ま、いいか。魔法学校っても、そっちの学校と雰囲気とかはあんま変わら無ぇと思う」


涼香の世界を思い浮かべているのか、少し考えながら丁寧に説明を始めた。


「科目も呼び方が違う位で大体似たようなもんだろうし、魔法以外も色々あるぜ。俺が受け持ってんのは『魔法学』実技で結構動くし、座学もあっから保健体育っぽいしな!」


――『体操のお兄さん』ってイメージ、あながち間違って無かったんだ……。


「他には『魔法薬学』は理科っぽいし、『魔法史』は要するに歴史で、『魔法天雅』は音楽だな」


「本当に、似たような内容っぽいですね。じゃぁ、算数や家庭科、国語みたいな科目もあるんですか?」


 他にはどんな授業があるのか、期待に胸を膨らませて問いかける。


「そうだな、『言語学』は国語と外国語まとめた様な内容だし、『生術』は家庭科と大体同じだと思う。『占術』が算数や数学に近いんじゃねぇかな」


ザルスは指折り数えながら、魔法学校の教科について語り、テストは年に数回と卒業テストがあり、それぞれ追試もあったりする事、卒業テストの結果に関わり無く本人の意思や適正によって学校に残留する事も多々ある事、遠足や社会科見学の類、文化祭等、よくある学校行事は一通りある事、思いつく限りの事を涼香の世界の学校と比較したりしつつアレコレと教えてくれた。


――話し慣れてるなぁ。


 そこは、流石『教師』と言った所だろうか。涼香の反応を見つつ、早すぎず、遅すぎない速度で、テンポ良く進める。説明も退屈にならない様に、面白い話を織り交ぜて話してくれているのが分かる。


 ザルスは涼香の様子を見て笑った。


「そんなに興味あるんなら、暫く俺の所の学校に来るか?」


 それは、とても有難い申し出。しかし、それを受けてしまって良いのだろうか?そもそもそんな決定権が彼にあるのだろうか?いつまで居るのか、帰る事が出来るのかもわからない現状で、迷惑ではないのだろうか?涼香は返事に戸惑い、視線を落とした。


「っつーか、俺が巻き込んじまったんだし、帰るまでの面倒は見る。だから、学校に興味あんなら学校来ればいい」


 頭をくしゃくしゃと撫でられ、やめてくれと抗議しようと顔を上げるとニカッと明るい笑顔がそこにあった。


「あれ?『巻き込んだ』ってどう言う……?」


 ふと、先ほどの彼の言葉に引っかかりを覚え尋ねると、先ほどの笑顔は何処へやら……気まずそうに視線を彷徨わせて見せた。


「いや、本当に悪かった」


 視線を戻した第一声がコレでは、意味が全くもってわからない。少なくとも彼自身に悪意はなく、その上で涼香を異世界へ連れ込んでしまった。と言う事なのだろうが、一体何をどうやってこんな事を引き起こしたのか……と、涼香は目の前の青年がどう弁解するのか、じっくりと待ってみる事にした。


「俺が魔法でちょっと失敗しちまってな」


 ほどなくして、ザルスはバツが悪そうに髪を掻きながら、言葉を紡いでく。


「俺の魔力はちょっとばかし強い見たいで……苦手な魔法使うと爆発するんだ」


「苦手な魔法、ですか?」


 属性が在る、と言う事は得手不得手と言うのは炎系は水系の魔法が不得手、と言う様な物だろか?と、ぼんやり考えながらザルスの言葉を待つ。


「治癒魔法ってのがどうにも苦手でな」


 なるほど。属性の中で治癒やら攻撃やらと言った魔法があるのか。等と心のメモ帳に書き留めていく。


「つまり、その爆発に巻き込まれて異世界トリップしてしまった、と?」


「あぁ。今回は地竜が守っててくれたから怪我は無ぇ見たいだけど、何も無ぇと結構ヤバイから帰る方法他探しとかねぇとなぁ……」


 「(やっぱり、あの子が頑張ってくれたんだ……)」


 直ぐそこに今にも眠りにつきそうに横たわり寛いでいる竜をチラリと見れば、竜は小さく首を傾げて見せた。

 やがて、うとうとと瞼の重みに耐えられなくなって来たのか、ゆっくりと瞳を閉じた。


 そんな竜の姿を見ていると、自然と笑が溢れ、涼香はザルスの方へ視線を戻した。


「取り敢えず、ご迷惑でなければ一緒に学校へ行かせてください」


「もちろん。よろしくな!」


 そう言って差し伸べられた手を握り返し、改めて自分の居た世界とは異なる世界へ来てしまったのだと思ったが、寂しくはない。

 忘れ去っていた子供の頃のワクワク感が此処には在る様な気がして、涼香はこれからの生活に少しの不安と、多大な期待を込めて目の前に広がる世界を見渡した。

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