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これが日常


 六月。今日も今日とて晴天、天晴れです。まだ梅雨には少し早い。

 方波見くんが転入してから二週間が経ち、彼も私達周囲もお互いがお互いの存在に慣れた。例えば私は方波見くんだなんて他所他所しい呼び方ない。

 かたみーとか、ばみーとか稔とかその場に応じて臨機応変。

 稔も私の事を香苗とかなぁとかおいとか、倦怠期を迎えた夫婦かコノヤロウ「名前くらい呼びなさいよ!」って感じです。

 

 クラスにも無事打ち解けたようで嬉しい限りだ。まぁ私が何か努力したわけでもなければ初めから何の心配もしてなかったけどね。

 彼は無愛想でも人見知りでもなく、適度に明るく適度に適当で、良い具合に話し易い。稔の存在はあっという間に学校に溶け込んだ。

 

 それが意味するところは。皆まで言わずとも分かりますか。やっぱりそうですか。

 見目麗しく格好良くも綺麗でもある稔は、この学校の約2割の男同士の恋愛又は行為に積極的である生徒達にまたたくまに目を付けられたというわけです!


 つい先日、登校してきて靴箱を開けてみたらあらビックリ。なんと一通の手紙が。封筒は無地の白で、丁寧に『方波見 稔様』と書かれたシンプルなものだった。可愛らしさの欠片もない事務的な雰囲気だが、靴箱に手紙、これが意味するものなんて一つだよね!!

 

 訝しげに眺めてから書かれた内容を確認し、すぐさま捨てようとした稔から手紙を引っ手繰った。そこには「初めてお姿を拝見した時から――」で始まる、差出人の思いのたけが切々と語られていた。

 ラブレターだ。どこからどの角度から見ても。一昔どころか年号を幾つか遡るほど前から使い古された恋文の常套句。

 最初から最後まで時代掛かった言い回しの文章を読み終えた、友人達は腹を抱えて笑い転げた。

 酷い話だ、人が一生懸命書いたものを笑いのネタにするのだから。私はそいつ等の頭を一発ずつ叩く。

「これ書いた子が見てたらどうすんだ、泣くぞ?」

 私だったら泣く。トラウマになる。

「えーだって、これはさぁー。ていうかこれって冗談じゃないの?」

 仲間うちの一人が言う。

「冗談で書かないだろ、男に!」

「本気の方が性質悪ぃよ……」

 鬱陶しそうに手紙をひらひらと宙に浮かす稔。

「そんな事言ってー、どうすんの? びっくりするくらい可愛い子だったら」

 見た瞬間に恋に落ちましたーとか! 思わず告白にオッケーしちゃいましたーとか!

 奥ゆかしい文章だけど、転校してきて一週間やそこらの人に手紙ぽーんと渡しちゃう人だから積極的なんじゃないかなぁ。実際に会ってみたらガンガン押してくる人だったりして。

 誘い受けの可能性大?

 

 うーん……実のところ誘い受けってピンと来ないんだけど、稔は完全ノン気だからなぁ。そのくらいしてもらわないとBLの世界に堕ちてきてくれなさそうだ。是非とも頑張っていただいたい。もう押し倒しちゃってください。

「どうもしねぇよ、顔がどうだろうと男だろ」

 ひんやりとした現実を突きつけてくる稔が恨めしい。なんだよ、そんなBLに最適化されたキャラ持ってるくせに、なに拒否してんだよ。恋に恋焦がれればいいじゃない! 男と。

 本人には言えやしないけど。

「でも実際どうしようもないよな、差出人不明だし」

「爆発しそうなこの想いをどうにかしようと、とりあえず手紙に認めてみましたー的な」

 どうにかする必要なんてナッシング。早く爆発させちゃいなよ、するなら稔をどうにかしちゃいなよ!

 荒れる私の心なんてお構い為しに、まあ害は無さそうだし放っておけって事でラブレターの一件は落着してしまった。

 だがしかし、確信を持てた。

 やはり稔は捜し求めていた逸材だ。予想とは大幅にぶれたけど、軌道修正なんてこれからいくらでも出来る。これからもっともっと色んな人にアピールされまくるだろう。

 これぞ正しく薔薇色の高校生ライフだ!


 と、浮かれていたはずなのに、私の足取りは重い。そして亀よりも遅い。

「おーもーいーっ!」

 ずるずる、足を引き摺る。私じゃない、私はちゃんと歩いてるよ。ただこうね、私の首に巻きついて体重を預けてくる男がね。

「自分で歩け! はい、右左右左」

「えー俺もう疲れて動けないよー、動くと足もげるぅー」

「もげろ!!」

 疲れるほどの事なんもしてないだろうが!

 地面から離れる事のないその男の足を思い切り踏んづける。声にならないと言った様子で足を抱えて悶える男、折笠おりがさ はじめ。ラブレターの件で笑い転げてたうちの一人。つまりお友達だ。

 オレンジに近い茶髪をワックスで立てて、外見はちょっと気にするタイプ? 切れ長で細い目と八重歯が猫っぽい。

 背は稔とどっこいどっこい。けど若干基の方が体つきはしっかりしてる。一見ヤンキーっぽいけど、喋ってみれば人懐っこい面白い奴だ。やっと軽くなった肩をくるりと回し、基をそのままに歩き出す。

「カナちゃんひどいー」

「ひどくない。ハジの存在がひどい」

「え、それ意味違くね?」

「違くない。ほら早く行こう」

 基のジャージの裾をむんずと掴んで歩かせる。いやん、とか聞こえてきたけど無視だクソ虫め。かけてみた。


 現在、私達は他クラスと合同体育を行っている最中。何チームかに別れてそれぞれ対抗試合なんて面倒なものをしている。もうすぐ球技大会らしいから、その練習とか。どうでもいい。

 私と基は同じチームでさっきドッジボールやってきた。先生が出張でいないから合同になったんで、だからまぁ、その辺は適当感たっぷりなわけだ。

 運動は嫌いじゃない。それなりに動ける方だと思ってる。だけどやっぱ男と女じゃ力も基礎体力も雲泥の差があるもんで。

 ドッジボールが一番楽だって判断した数十分前の私を呪いたい。時をかける能力があったら絶対他の選んでたね。

 あんな狭い空間を、体力を持て余してる男共が遊び半分とは言え、私にとっては剛速球のボールを縦横無尽に投げつけてくるのって恐怖以外の何物でもなかった。

 いっそ一思いに殺してくれ! って叫びそうになった。基はやる気ないの丸出しで、早々に当たって外でグウタラしてるし。泣きじゃくりながら逃げたさ!

 あっさり終了して、二回戦なんて更々する気ないから解散。私と基はまだやってる他の友人達の元へ向かってるところだったのですね。

 

 ああほら、稔がいる。ソフトボールやってる。邪魔にならない位置で見学でもしていようかと思ったら、他にも同じようにソフトボールを大人しく見てたり野次を飛ばしたりしてる人が結構いる。稔の格好良い勇姿を目に焼き付けているんですね、わかります。

「おーかたミンってばピッチャーじゃーん」

 基がのしりとまた後ろから圧し掛かってきた。なんだってコイツはこんなにもスキンシップ過多なんだ。そんなもん稔にやれ。

 基は仲良くなって直ぐくらいからよくひっついてくる。最初は本気で焦った。

 そ、そんな密着したら女だってバレちゃうよ! って。なのに未だ私はのうのうと学校に通っているし、基の態度も変わらない。

 結論を言いますと、バレませんでした。現在進行形でバレる様子がありません。

 「カナちゃんって女の子みたいだよねぇ……、うわ、抱き心地も!」

 抗う余地もなく抱き込まれて、男とは思えない(実際女だから)触り心地が気に入ったらしく、それ以来ずっとこんなだ。一言いいですか。

 

 なんでこんだけ触りやいて気づかないのよ!? 好都合だよ、ええそうね、気付かれたら困るんだけどね!? だけど……女としてのなけなしのプライドがズタズタになるっつーの。

 そんなに私の身体は男寄りですか。男とは違ってても限りなく近いという事ですか。

 畜生、基なんか大嫌いだ!

 一番初めはそりゃもうドキドキしましたとも。バレるかもっていう緊張感は勿論の事、今までこんな密着してくる男友達なんていなかったからもう……! 力いっぱい抱きすくめられて、ときめきメモリアル。

 三回目くらいから何も思わなくなったけどね。基はクセになってるだけみたいだし、ぬいぐるみみたいな扱いだし。いや大きい男がぬいぐるみ抱いてるのはどうなんだ。

 私の食指は動きません。

「きゃーぁっ! かーたミーンがんばー!!」

 うるさい。頭上で大声出すな。ピッチャーのかたミンこと稔も基に気付いて睨んできた。

 基はお構いなしだ。というか稔の反応を楽しんでいる。そういう奴だ。

「いやーっ、かたミンってばワイルドー、かっくいい抱いてぇーっ!」


 ――スコーンッ! 背中がすーすーする。基が離れたようだ。稔に「死ね!」と投げられたボールが顔面にヒットした基が地面に倒れたから。

「ナイスコントロール!」

 笑いながら稔に手を振る。けど正直どっちかっていうと基を褒めたい。

 受けなの? 基が受けなの!? 身長差はないけど、見た目やキャラ的に逆だと思ってたけど。

 つまりは美形×軟派? ……よし、いける。いただける。

 ちょっと基のキャラを一言で表すのって難しいけど、軟派ってのが一番しっくりくるよね。チャラ男ってほどではないんだ。常にへらへらしてて軽いけど、本気で迫られると慌てちゃったりしたら可愛いよね!

 

 にやにやしながら寝そべってる基を見下ろしてたら、頬を膨らませてぶーぶー文句言われた。なるほどね、可愛くはないけど愛嬌はあるな。まさかの受け要員だったけど、基と友達になって良かったとたった今思えたよ。

 基の頬を指で指すと空気が漏れた。ははは、まるで割れた風船のようだ。

「なぁにしてんのぉ」

 間延びした口調に顔を上げると、唇を三日月型に引き上げにっこり笑う時芽ときめ 秋月あきづきがいた。今説明した時芽の特徴は、全部彼の標準だ。いつだってこのまんま。表情筋が固まってるんだと思う。

 雰囲気が微妙に基に似ているのは、彼等が初等部からの幼馴染だからだろう。うん、だから最初はどうやってこの二人くっつけとか考えてたんだけどね。


 空気は似通っているけど、見た目と、よくよく付き合ってみると中身も対称的だ。シンメトリーの双子っていいよね、あ、話逸れた。

 時芽は前とサイドをは切り揃えてる黒髪。和風なんだけど、よく見たら赤茶のメッシュが所々に入ってる。派手ではないけど、人を選ぶ髪型をあっさりやってのける男だ。背は四人の中で一番高い。

 ここまで聞いて、ピンと来た方は私までご一報を。そうです、彼はド鬼畜です。期待を裏切らない鬼畜っぷりです。

 今も起き上がろうとした基の足引っ掛けてまた転ばせてケタケタ笑ってます。普通に虐めだよ。

 私はいつも基、時芽、稔と大抵は行動を共にしてます。マブダチ。

 

 今だから素直に言える。鬼畜攻め……いい……!

 


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