4
「方波見くんおやすみー」
リビングでパソコンを弄っていた私は寝室に消えてゆく方波見くんに手を振った。パソコンの画面に表示されている時間はまだ21時台だけど、初日だし色々疲れたんだろう。
食堂で会った私のクラスの(明日からは方波見くんのクラスメイトとなる)子に質問攻めにあってたし。
食堂といえば、生徒会の面々との遭遇イベントが無かったのが残念でならない。けど私もそんな一気にあれこれ来てもお腹一杯で思う存分堪能できないからね!
リバースしかねない。
明日以降のお楽しみに取っておくとしよう。送信完了の文字を確認してメールの画面を閉じた。相手はお姉様だ。
『転入生キタ━━━(゜∀゜)━━━ !!!!! 』
という件名で、今日私が心の中で叫んだほぼそのままを認めて送った。携帯電話でぽちぽち打ってたら夜が明けちまうぜ。
ふふふ、まさか自分の行動が逐一見ず知らずの女に筒抜けだなどと、よもや思うまい方波見くんよ。シャットダウンし終えたノートパソコンをパタンと閉じて立ち上がる。
手にはカードキーと携帯。
ちょっくら旅立とうと思います。
探さないでください。
ぼくは死にませーん
という置手紙をテーブルの上に。さて、目的地へ着くまでの道すがらにこの学校について語ろうと思います。順番違くね? っていう。
小中高一貫校ではあるけれど、それぞれは完全に独立していて、場所も全く別だ。
中学はまだここから近い位置にあるらしいけど、小学校は町の真ん中にあるとか。さすがに小学から寮生活させるわけにはいかないから、全生徒が家からの通い。となると交通が不便では生徒が集まらないんだろう。更には小学校は共学だとか。
そんなこの学校の生徒の約6割は小学校からの持ち上がり、残り3割が中学校からで、最後の1割が高校からだ。
つまり中学から全寮制であり学校の敷地内にほぼ隔離状態であるため、半数以上が小学卒業と同時に女子との接点を絶たれた生徒という事になる。
前後左右を同性ばかりで囲まれた空間に、この思春期真っ只中の多感な時期に閉じ込められて、様々な葛藤や苛立ちや鬱憤を持て余し、全て吐き出す行為を、やはり同性に向けてしまうのは仕方のない事かもしれない。
言葉の通り、男と男で大人の階段を上ってしまいまいた的な意味合いも含めて。
ただ生理現象への対処と割り切って、または卒業までの擬似恋愛として、はたまた真剣交際だってあるだろう。
そういったものが、外の世界よりも身近で受け入れられやすい空間。
とは言え、BL小説宜しく大半の生徒が、という訳ではない。私の予想ではどんなに多く見積もっても1割強。
それ以外は、やるならそれでもいいけど自分とは関係ないところでやってくれって人と、あからさまに拒絶する人、もしかしたら私以外にもけしからんもっとやれとか思ってる人がいるかもしれない。
そんなもんだ、そんなものなのだリアルなんて!
後はやっぱお金持ちが集うだけあって寄付金も結構入ってくるのか施設は充実してるし綺麗だしで、生活する分にはとても快適だ。教師と生徒の仲も全体的に良好。
カラフルな頭で耳はキラキラ光るものが沢山ついてる不良さん達もウロウロしてることから分かるように、風紀の面はかなりユルイ。有名な進学校のはずなのに。
だけど前、口にピアスしてる子が先生に注意されてるのは見た。何かしら基準はあるようだ。私が一ヵ月半で入手した情報はそんな所かな。
ああ、良い具合に目的地に着いた。
ピンポン、ピンポン、ピンポピンピンピンピピピ
高速連打。Bダッシュ。高橋名人が乗り移った。とか遊んでたら
「うるっせぇぇーっ!!」
ドアが開いて怒鳴られた。私がチャイムを押した隣の部屋の住人から。私が用があって尋ねた人は同時にドアを開けて今目の前で
「ああカナいらっしゃーい」
とふわふわ花を飛ばすような笑顔を振りまいている。綿菓子みたいな雰囲気のこの子は、私の幼馴染で中学からこの学園にいる依澄だ。
べーっと舌を出して隣人を馬鹿にしつつ部屋の中へ逃げ入った。適度にさっぱり、適度に物が置かれてて、ちょっと雑な感じが男の子の部屋だなぁと思わせる。
「もう一人は?」
「友達んとこ行ってるよ」
「マジ? よっしゃ! 聞いて聞いて依澄!」
同室者がいないと分かると私は抑えていたテンションを爆発させた。抱きつく勢いで依澄の肩を揺さぶる。そんな私に怒るでもなく、依澄は自然な動作でソファに座るように促してくれた。本当出来た子だこと。
平良 依澄は私の王子像に限りなく近い子です。ちょっとぽややーんとし過ぎている感が否めないけれど、これで案外頼りがいがある。包容力があると言うか。私がここに進学すると決まったとき、真っ先に彼に報告した。
すると依澄は、目をまん丸にして
「カナ女の子なのに? すごいねー」
何をしてすごいのか全く伝わって来なかったけれど、私の非常識な行動を非難もせず「じゃあ高校はまた一緒だね」と喜んでくれたのだ。
高校生になって周囲が男ばっかで右も左も分からない状態の私が、それでも安穏と生活してこれたのは依澄のお陰だ。
クラスは違うから、学校ではそこまで一緒にはいられない。そこは何とかかんとかクラスに友達を作って凌いでいる。
でも一人部屋だから気楽ではあるけど、その分戸惑う事もいっぱいあって、その度に私は依澄に泣きついた。
中でも一番心に強く残っているのは、やっぱり部屋に侵入してきた奴を撃退してもらった事だろうか。体は小さく黒光りして、すばしっこい、カサカサ音を鳴らしながら移動するアレです。
『ううぅぎゃああぁぁぁぁおおおああぁっ!!』
と叫びながら階の違う依澄の部屋までダッシュして、ドアをドンドンドンドン。
その時に「うるせぇよっ! 何時だと思ってんだボケがぁっ!!」と人殺しみたいな形相で私の胸倉を掴んで来たのが隣人との出会いだった。
頭突きをかましたのは言うまでもない。身長差から私の頭(若干、石)が彼の鼻に直撃したから相当痛かっただろう。いい気味だったケケケ。
あ、そうそう、それで依澄がほやほやした表情のまま、目にも留まらぬ速さで紀元前より生息している悪魔の使いであるアレをティッシュの箱で叩き潰してくれた。残りのティッシュを取り出して、箱は捨てました。
私が混乱した際には依澄に泣きつく、これ方程式になりつつある。依澄の同室者もいい人で、私がいつ来ても迷惑な顔一つしない。この部屋は私のオアシス。
その他この学校独自のシステムについての説明とか、腐的話にも付き合ってもらってたりする。
今も姉に送ったメールと同じテンションで同じ内容をとうとうと語ってるんだけど、依澄は話の腰を折ったりせず、偶に頷きながら静かに聞いてくれてる。
よ! 聞き上手!
話し終え、漸く落ち着いた私に依澄は王子様スマイルで
「カナにも同室者が出来て良かったね、寂しくなくなるね」
いやそこかよ。これだけ長々と説明させておいてそこかよ、というツッコミは不要。彼はノーマルなので。多分私の話の半分は意味分かってなくて流したんだと思う。ド天然ってのもあるけど。
いつもの事だ。
私がこの学校に来た理由を話す際、芋蔓式に腐女子である事も言っちゃったんだけど、それだって依澄に掛かれば
「んー、カナは人が恋愛してるのを見るのが好きなんだね」
で終わりだ。穢れを知らない微笑みで。わざわざ訂正するのは虚しいからそういう事にしておいた。
いかに自分が汚れてしまったのか思い知らされてショックだったなんて……そんな事ないんだから! けどどうして涙が出そうになったのかな、考えない考えない。
「いっつもいっつも付き合ってくれてありがとね」
言えば依澄は煌めきを惜しげもなく放出しながら「楽しいからいいよ」と微笑んだ。依澄は雰囲気だけじゃなく、外見も王子様なんですよ。美人なお母様に似た、繊細で穏やかさの滲み出た顔をしている。あとド天然もお母様似だ。
妄想が広がること享け合い。けれど彼に対しては自重している。だって依澄にはずっと想いを寄せている女の人がいるから。ご近所に住む、美人だけど性格が突き抜けている面白い大学生さん。
依澄とは真逆のちゃきちゃきした人。
惜しい、実に惜しいとか思って……ない、よ……。でも友達の本心を捻じ曲げてまで妄想のおかずにしちゃうのはさすがに良心が痛むもの。
涙を飲んで彼の恋を応援してます。NLも大好きだよ! 少女マンガ展開とか萌えるよねーっ。