霊感がないから余計幽霊が怖い
不満がある。無い物ねだりだという事は分かっていたが、私にはどうしても欲しいものがあった。
何かとイケメンやら個性さんの集まりであるところのこの学園、一つ欠けているものがあるのだ。
そう、お気づきの方もいらっしゃるだろう。親衛隊だ。
中身はどうあれ生徒会長しかり、副会長しかり、カマをも魅了する稔しかり。
お綺麗な人には親衛隊という取り巻きがあるものだというBL小説の王道設定が無いのは寂しい。
お慕いするイケメンをお守りする目的で集まっているのが親衛隊だから、その敬慕やら恋慕やらが暴走して、悪者に仕立て上げられる事が基本的に多いが、それでも主人公と良好な関係を気付く場合もままある。
一概には言えないが、女の子と見紛う可愛らしい容姿の子という描写がほとんどではないだろうか。
とはいえ、男子校ですから。男が男をお慕いしてお守りするという図はしょっぱい通り越して痛々しいものだ。一体何の危険から守るというのか。
だから現実にそんなものは当然存在せず、私の妄想の空腹を満たしてはくれない。
古文の時間、徒然なるままにそんな事を考えていた。
球技大会から向こう、何事もなく平和な日々が続いているから萌えが枯渇し始めている。
みんな、オラに萌えを分けてくれ!
所変わって寮の自室。稔と二人で14型の小さな液晶テレビを仲良く観ていた。番組が一段落したところで立ち上がって冷蔵庫を開ける。
喉が渇いて仕方ない。けれど冷蔵庫に入っていたのは3.7牛乳のみ。牛乳をごくごく飲む気分じゃないなぁ。3.6ならまだしも、3.7はなぁ。
「かたミン、オレ自販機行ってくるけど何か買ってこようか?」
「……行く」
「いいよ、買ってく」
「行く」
私の言葉を遮って繰り返した稔に、首を傾げながら「分かった」と頷く。稔が頑なについて来る理由に気付かないフリをしてあげる優しい私。
さっき一緒に観てた番組が原因だ。『心霊現象スポットBEST10』という夏になると絶対やる恒例の特番。
最初は特に観る気はなかったんだけど
『え、もしかして怖いの?』
『なわけないし、むしろお前じゃね?』
『はぁありえねぇ、馬鹿言ってんじゃねぇよ』
みたいなね。無駄な意地の張り合いの末、だったら観てやろうじゃないか、なんて自ら苦行の道へと進んで行ってしまったわけです。ええ、私ああいうの本当苦手。怖いの大嫌い。
薄暗い廊下を、平静を装いつつもビクつきながら歩いている稔に「やっぱ怖いんじゃん」とか言いたい気もするけど、そっくりそのまま私に返し刃となるので言えない。
一人になりたくないだろうから稔がついて来るっていうのは予想がついて、実は私も怖かったから余計な事は言わず来てもらったと、そういう事です。
真っ暗なエントランスに自販機の明かりだけが煌々としている。無事二人共飲み物を買い終えてほっとしていると、肩に何かが触れた。正しくは何かが置かれたような。
目をやると、私の肩の上に人の手が――
「いやああぁぁーっ!! みの、稔っ!!」
無我夢中で振り払って稔にしがみ付く。
「なに、何なの? おばけ!?」
「……いや。犬」
「いぬ?」
ずっと瞑っていた目を開け、そうろりと今まで私が立っていた方を見る。そこには、私に絶叫され拒絶の意を込めた態度を取られて大層ショックを受けて項垂れている高貴そうな犬、もとい柚谷生徒会長様がいた。
「うわぁっ、ごめんなさい! 手引っ叩いてごめんなさい!」
「お、親にもされた事ないのに」
「うおぅ重い……」
宇宙規模で重い。本当に申し訳ありません。
「仲直り、した?」
「え」
誰と誰が。きょとんとしていると、先輩は人差し指で私と稔を指した。
前会ったのは球技大会。あの時の稔はプチストーカー被害に合っていて、ピリピリしていた。
今はもう解決して普段通りになってるから、先輩は犬並察知能力でその差を嗅ぎ分けたのだろう。
「仲直りしました」
「らぶらぶ」
は? 平仮名表記っぽく、どこか棒読みっぽく言われた言葉に私と稔は目を合わせた。
近っ!!
稔の腕をしっかり掴んだままだった! 慌てて離れる。稔も言われるまで気付いてなかったらしく、私と同じように勢いよく後ろに退いた。
全然嗅ぎ分けてなかった。動物的勘なんてものじゃなかった。見たまんま。先輩は人間でした。
「せ、先輩、ラブラブってこたぁ無いです! 誤解です」
「俺もコイツも男なんで。気持ち悪いんで」
「大丈夫」
「何が!?」
終いには稔と二重奏。そんな私達を見て満足そうに微笑む会長は、それはもう素敵だけれども。
見惚れてしまうくらいに煌いて見えるけれども!
とんだ勘違いだからね!?
「仲良いのはいいけど」
「いやだから、仲良しの種類間違えてるから!」
「仲間外れ、よくない」
は? 三分前と同様、また稔と目を合わせた。今度は適度に距離を保ってはいるが。
そして稔の、いや私も顔を強張らせている。
仲間外れってどういう意味。この場合は先輩の事だと考えるのが妥当だが、当の柚谷先輩は諭すようにしていて、全然構って欲しそうなオーラは放っていない。
ぐうるりと体を回転させて辺りを見渡してみるも、他には誰もいなかった。
「せ、先輩……柚谷先輩。あの、仲間ってオレと稔と……」
「ん」
端的に先輩は指差した。私と稔の間にある空間を。
ゾワリと背中が粟立つ。
「ぎゃあああああぁぁぁぁっ!!」
あれから大変だった。会長をその場に置き去りにして私と稔は世界新じゃなかろうかという猛スピードで自室に帰った。
良かった、お風呂先に入ってて本当に良かった。
恐怖に怯えながらお風呂入るのってあれ地獄だよね。
シャンプーのときに目瞑ってると、恐怖に負けて発狂しそうになるよね。鏡見るのがあんなに恐ろしい瞬間ってないと思う。
ていうか誰だよ、先輩には誰が見えたんだよ。いや、何が人間のように見えたんだ。
きっと自販機に写ってる影か何かを見間違えたんだ。
稔と部屋の隅っこでしゃがみ込み、協議を交わした結果そういう事で落ち着いた。
そうであってくれぇー!
大分落ち着いて、後は寝る準備をするだけ。
だがここでまたしても問題が。気にしない、忘れようとすればするほど、逆にその事ばかり考えてしまうものだ。
仕切り板で寝室を区切ってしまえば真っ暗の部屋に私一人。
耐えられない。死ぬ。
だってきっと幽霊出てきて私が呪い殺されそうになってても仕切り板の向こうにいる稔は気付かないっていう、そういうパターンのやつでしょ!?
ああ幽霊って言っちゃった、頑なにその単語だけは避けて通ってきたのに言っちゃった!
「かたミー、今日は徹夜しよう、完徹しよう。お誂え向きに明日は土曜日」
「一人でやってくれ、俺は眠い。寝る」
「なんですってこの裏切り者! 暗闇の中で目が瞑れるというのか勇者め!」
「あーじゃあ電気つけといてやるから。寝ろ」
さっきまで自分だって怖がってたくせに、なんで平然としてられるんだ。
もしかしてあまりにも幽霊が怖すぎるから、幽霊なんてクソ食らえな別人格を作り出す事によって精神的安寧を保ったんじゃなかろうか。
便利な世の中だな、おい。私にもその機能おくれよ。
「分かった。じゃあかたミンは寝てていいから、一緒にウノやろう。な?」
「一体何が分かったってんだ、ああ?」
「だってかたミンだけずーるーいー」
私だって寝たいよ、もう週末だもの身体はへとへとなんだ。休みたいって訴えてるんだよ。
でも脳が変に活性化されちゃってんだもの。
「あーうぜぇ、寝る」
あっれ。カマ先輩の件にかたが着いて態度って改まったんじゃなかったっけ。
どうしてこんなに冷たいのか。
文句たれる私を放ってさっさとベッドに潜り込んだ稔が憎い。
しかもさり気なく電気けしやがった。
つけてていいって言ったくせに!
片田舎で周り田んぼと山に囲まれたここは、夜になるとびっくりするくらい静寂の闇に包まれる。
大人しく私も自分のベッドに入ってみたんだけど、しんと静まり返った室内に、じわじわ恐怖が舞い戻ってきた。
因みに仕切り板は只今全開です。暗くて見えないけど、向こうのベッドで眠る稔と私を隔てる壁はありません。
え、え、稔いるよね? 身動きする音さえ聞こえないから一瞬、霊的な何者かに連れ去られちゃったのかとか思っ……、いるよね?
音を立てないように稔のベッドの横まで行くと、彼はちゃんといた。何でもないようにすやすや眠っているのが憎たらしいが。
怖がりのクセに神経図太い奴だな、羨ましい。
雲が途切れたのか、月明かりが室内に入り込んできて、稔の姿が浮き上がってきた。
怨念の籠もった目でその綺麗な顔を見下ろす。
「うおおぁっ!!」
すっと前触れも無く目を開けた稔が、寝ぼけているとは思えない俊敏さで起き上がった。ベッドサイドにいる私がそんなに怖かったか、そうか。
「お、おま、何やって……」
「稔の綺麗な寝顔を堪能してた。悪夢で魘されればいいのに」
「やな奴だな」
全くやれやれ、とでも言いたげに顔を顰めた稔が、腕を引っ張ってきた。
「うわっ」
不可抗力でベッドに乗り上げてしまい、急いで降りようとすれば、更に上から布団を掛けられ。
何がしたいの!
もがいて布団の海から顔を出すと、目を細めて私を見ている稔がいた。
月の色を吸収した瞳は優しく穏やかだった。
「そんな怖いならこのままここで寝とけ」
ここ。つまり稔のベッド。
ごろりと彼も横になる。シングルベッドの端に男が寝そべって、空いたスペースなんてたかが知れている。
ここで寝ろと……。
二次元ならこんな美味しいシチュエーションはないと思う。が、実際に年頃の男が二人身を寄せ合って眠るという絵は中々にシュールだと気付かされた。
私は女だけど女に見えちゃいけないんだし、稔からしたら男なわけだし。
どういうつもりでこんな事をと考えるまでもなく、私が怖じくそでギャーギャー言ってたから落ち着かせる為なんだろう。
この男はどうしてこうも男前なんだ。弟か妹がいるのかな。
さぞかし中学時代からモテたに違いない(男女問わず)。
折角の好意を無碍にはするまい。正直、むちゃくちゃ助かる。
すぐ手の届く位置に誰かが居てくれるってだけで安心出来るものだ。
稔に布団を掛けて、ついでに私も中に入る。
よいしょ、と稔に背を向けて寝転んだ。
体温を感じるほどくっついているわけじゃないけど、隣に男の子が寝ているのだと思うとなんだか恥ずかしい。
毎日仕切りで区切られているとは言え、同じ部屋で眠ってるんだなんて、もうずっとなのに今更意識した。
次の日、基と時芽に一連の流れを話すと、大爆笑されました。
因みに眠りにつく瞬間に考えていたのは、幽霊攻めと霊感少年受けとかありじゃね? です。




