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 基と時芽にサッカーを頑張ってもらう事にして、私は靴下をポイしに行く。稔は私の二歩ほど後ろを歩いている。一人でいいって言っているのに、ついて来てくれている。

 また何かされたら駄目だからって。

「かたミーってそんな面倒見良いキャラだっけ?」

「うっせ」

 大層機嫌が悪いようです。いつもの3倍口が悪い。相手がこれじゃあ場が持ちません。

「あ、今靴洗ったら困るじゃんね」

 何も考えず水を掛けようとしたけど、これが濡れたら今日一日私どうすれば。ピンクに染まった靴下を脱いで捨てるから、裸足でローファー履くの? 平成のプレイボーイ?

 ジャージとローファーとときどき球技大会。動きにくいし悪目立ちすること山の如しだ。

「でも乾く前に洗っとかないととれなくなるぞ」

 腕を組んでむすっとしてる稔。

「んーまぁでも、まだらピンクのままでも別によくね? やぶけてるわけじゃなし」

「んなわけあるか! さっさと洗え」

 躊躇いもなく蛇口を捻り、ジャーっと無情にも私のシューズが水浸しに。ええぇ。

「ちょっとちょっと稔さんよ、どうしてくれんの、オレこの後どうすればいいの」

「体育館シューズでも履いてろ」

「何言ってんの、今度から体育どうすりゃいいの」

「洗えよ」

「めんどーい!」

 えーもう稔のせいで面倒な事になったような。

「稔が水浸しにしたせいなんだから、体育館シューズも洗ってー」

「……」

ツッコミ待ちしてみるも、返事が無い。ただの屍のようだ。おおぅ?

「なぁ何かあった? 最近機嫌悪いよ稔」

 実は私のせいかなぁとかちょっと気になってまして。態度が素っ気無いんだよね。寮も学校もずっと一緒にいるから嫌気差したかなって。

 稔で色々と妄想してるの、薄々でも感づいて気持ち悪がられちゃったかなぁとか。思い当たる所が色々あり過ぎてビクビクものだ。

 

 二次元置き換え妄想を除いても私は稔の事好きだけど、稔はそうじゃないかもしれない。

 最初に引き合わされたのが私だからその流れで何となく一緒にいただけで、時間が経つにつれ鬱陶しくなってきても不思議じゃない。

 基や時芽とは本当に仲良さそうだから余計言い辛いのかな。しゅんとしていると前から盛大な溜め息が。これも最近多いよね、呆れられてるのか。

「ほいあがり」

 水も滴るいいシューズ。水場の端に放置されていたタワシでごしごし擦られて、色は良く見ないと分からないくらいに落ちている。

「ありがと」

 あれ話逸らされた。お礼を言いつつも不満の目を向ける。

「あんま人に言いたい話じゃない」

「ふぅん。で?」

「お前な……」

「自分、欲望に忠実なんで」

 女なのに男子校に入るくらいだからねー。とは言わずにいる。しつこく問い詰めたって、稔は本当に言いたくない事は言わない。時芽と基の猛攻撃にだって屈しないのだから。

「……ああもー!」

 稔はぐしゃぐしゃと髪を乱暴にかき回した。ちょっとした葛藤の末、話してくれるようです。おお!


 適当に一番近い空き教室に連れ込まれた。余程人に聞かれたくないらしい。

「結構前、俺の靴箱に変な手紙入ってただろ」

「白の封筒の人」

「何だそれ」

 一ヶ月くらい前だったか。稔に古風かつ熱烈なラブレターが送られてきていた。送り主は正体不明なので、紫の薔薇的なあれ風に言ってみました。

「で、その犯人が最近鬱陶しいんだよ」

「犯人って稔……、ていうか直接告白しに来たんだ!?」

 うっそ全然知らなかった! やはり予想通り積極的な子だ。可愛い系かな、可愛い系きぼんぬ。

 上目遣いで「付き合ってください……!」とか。涙目だと尚好し。いやもっと強引な子の可能性が高いか。「ねぇ付き合ってよ、いいでしょ?」って感じかな。

 おおっと、いかん涎が。

「それでそれで、鬱陶しいとは」

「話しかけてきたのは一回だけなんだけど、至る所で監視されてるっつーか。何処に居ても視線感じるんだ」

「ストーカー!?」

「そんな感じ」

 ストーカー受けとかダークホース過ぎる!! 全くのノーマークでしたよ!! 一体どんな子なの。

「どんな子どんな子? 可愛い?」

「はぁ!? ありえねぇ! あれはそんな――」


 ガラガラガラ、ピシャーン!

 耳がじーんとするくらいの音を立てて、しっかり閉めた戸が開いた。自動じゃないから開けた人がいるわけですが。

 稔がビクッと身体を震わせてさり気なく私の後ろに下がった。

 何? 何なの?

 勝手に入って来た人を見やる。鍛えているらしい身体つきはがっしりしていて筋肉質だ。ジャージの上からでもよく分かる。背も180cmを遥かに超える長身。

 顔は整っている方で、ちょっと、いやかなり強面。学年は三年のようだ。むきむき体育会系って感じ。

 さっきから私が学年を尽く言い当てているのは、ジャージの色が学年によって違うからだよ。

「あの」

 何か用ですか、と問おうとした。もしかしたら体育委員の人で、サボってる私達を注意しにきたのかも。

「ちょっと貴方達、これはどういう事なのかしら。説明して頂戴」

 ………………。

 たっぷり10秒は間を空けてから、私は錆び付いて動きの頗る悪くなった機械よろしく、ぎこちない動きで後ろにいる稔を振り返った。むしろ説明を要求したいのは私の方なのだから。

 さっと稔に顔を逸らされ、理解した。なるほど、この御方が手紙の人なのね。

 確かに可愛いの? とか失言でした。そんな次元の人じゃない。

 お、お、オカマさん!? おねえまん!? えええ、ちょ、見た目は漢、心は乙女?

 ねぇこの人乙女なの? という事は受けなの? 受け入れる方なの、稔が攻めなの!? 無理じゃね? 難航不落じゃね?

「貴方ねぇ」

「へ?」

 何故かカマ(仮)先輩は私に向かって話しかけてくる。

「方波見くんと同室だからってちょっと度が過ぎるんじゃない? ベタベタベタベタ、盛りのついた犬みたいに所構わず誘っちゃって」

「盛り……オレが、ですか……」

 さっき会長を犬呼ばわりしたばっかだけども、自分が犬とか面と向かって言われると傷つく。

 何この展開、私ってば生徒会サイドじゃなくてこっちの当て馬要員だったのぉー!?

 ものっそ謂れの無い嫉妬されてる! これが会長だったら萌えるのにこの人だとただただ怖いんですが! 本気で殺られそうで怖いんですが!

 血の気がどんどん引いていく。稔のモテっぷりが今ばかりは恨めしい。

「顔が良ければ誰だっていいんでしょ? 平良くんや他の子にも色目使っちゃって」

 なんだか色々とリサーチされてんですけどぉー! 寮でしか会ってないはずの依澄と接点あるのバレてるぅっ。

 他の子って多分だけど基と時芽だよね、可哀相に二人しか居ないのにその他で一括りにされてるよ。いやこの場合は幸運なのか。二人はこの先輩のお眼鏡には適わなかったようだ。

 ていうか依澄逃げて!

「あ、あのですね、何で当然のようにオレが男と、その、関係を持とうとしてるとか、思っちゃったりしたのかなーなんて……訊いても?」

 現実、私女だからさらっと流しそうになったけど、今男っていう事になってるんだった。

 先輩みたいにオープンにオネエキャラにしてないんで。設定としては可愛い女の子大好き少年なんで、今決めたけど! 何故同類みたいな扱いにされてるのか。

「ピンとくるのよ。あんた隠してるつもりでしょうけど、アタシと同業者でしょ」

 職業だったんですかー!?

 うわ、しかも自分の勘が外れてるかもとか微塵も思ってないよこの人! 全然疑問系で返してくれなかったよ。 違うからね? 全然掠りもしてないから!

 私は産まれた時から心も身体も女だもの、根本から別個のものだもの!

 心が男ではない、という半分は正解しているのだから、勘っていうのも強ち馬鹿には出来ないけれど。

 ちらりと稔を見ると、俯いていた。だけど肩が揺れてる、こいつ笑ってるよ! ひどい!

「……深くは言及しませんが(やぶへびになりそうだから)、それで先輩はオレが稔の傍に居るのが気に入らないと」

「そういう事よ」

 お、この人潔いなぁ。稔の前でさらっと言っちゃうんだから。稔に話しかけた一回っていうのも、私についてだったのかもしれない。

 うーん、キャラとしては濃い過ぎて胸焼けしそうだけど、人としては結構好きかもな。最初の段階から勘違いされているだけなので、意外と冷静になれた。

「オレのこの位置が欲しいですか」

「欲しいわね」

 うわぁカッコいいなー。惚れそう、惚れないけど。どうしよう稔。ここは私が悪女(悪男?)になって追い返すべきなんだろうけれど、こんな真っ直ぐな人に嘘ついて邪険にしたくない。

 嘘がバレたとき、とんでもなく恐ろしい仕打ちが待ち構えていそうだし。かといって稔の気持ちも考慮しないわけにはいかない。

 先輩は自分に正直に突き進んでいるだけ。純粋な好意だったとしても稔は実際ここの所辟易してしまっている。

 

 私への態度がどこか余所余所しかったのは、先輩の言葉と目を気にしてたんだろう。案外友達思いだ。

「あげたくないですね。オレ、稔の事大好きですし。稔が退けって言うなら仕方ないですけど、じゃないなら嫌です」

 嘘をつきたくないなら、事実を伝えるまでだ。真実であるかはまた別問題として。大好きだもの、二次元キャラとしても友達としても。

 先輩から稔に目を移すと、これでもかと目を見開いていた。そりゃ驚く。だけど引かないで。今稔が引いたら、先輩は更に詰め寄ってくる。そして私は勘違いによって友達を失くす!

 意図を読み取れと念じる。稔はさっと表情を戻した。

「俺は退けなんて言わない。お前がそこにいてくれて良かったって思ってる。他の奴じゃなくて……香苗がいい」

 稔……。こ、これは、恥ずかしい。無理やり言わせたようなものだから、私が恥ずかしがっちゃいけないんだろうけど、これは!

 きっと今私の顔は真っ赤だ。稔もそうだからお相子って事で。しかも真実味を持たせるために名前呼びだし。ドキッとしたっちゅーに。

「何の茶番かしら」

 冷めた声の先輩に心臓が跳ねた。嘘はついてないけど、真実ではない。そんなグレーゾーンで濁している事に気付かれたのか。

 先輩はきつく私を睨みつけ、でもすぐに目元を緩めた。

「もう、まるでアタシはピエロじゃない。方波見くんも人が悪いわ、そんなにその子好きなら最初に言って頂戴」

「え、あー……」

「貴方も、方波見くんがいるのに他の子引っ掛けてんじゃないの」

「っ!」

 バァン! と力一杯背中を叩かれた。衝撃で前のめりになって稔に倒れ込む。

 「あらやだ、見せ付けてくれちゃって」とか先輩は呆れていらっしゃるが、これアナタのせいですよ?

 ツッコミ面倒だから大人しく支えられておきますが。

「ああやだやだ。お邪魔虫は消えた方が良いかしら?」

「せ、先輩! 一個濡れ衣晴らしていいですか。オレは友達に色目使えるほど器用じゃないです」

 そんな魔性になんてなれない。なってみたいものだとは、ちょっとばかり思う。先輩は意外そうに私を見て、ふっと初めて柔らかく笑った。

 

 彼が去った後。私と稔はその場にへたり込んだ。何だあの圧倒的な存在感は。

「かたミー凄いのに目つけられたねぇー……、泣くかと思った」

「この一ヶ月あれに耐えた俺を褒めろ」

「うん、普通に偉い。凄い。しっかしまぁこれで一件落チャック・ウィルソン?」

「ネタ古いな」

 ああいつもの稔だ。うざがられてるかもって一瞬不安になってたけど、ただの思い過ごしで良かった。カマ先輩に睨まれるよりよっぽど堪える。

「そろそろ戻るか」

「試合終わってる事希望」

「だな」

 立ち上がって、さり気なく私に手を差し出してくる稔は男前だ。そういう所がカマの心を鷲掴みにしたんじゃないかな。きゅんとするよね。

「稔のそういうスマートさが熟女に人気なんかねぇ。老齢な方にもお嬢さんって言っちゃうとことかさぁ」

「誰がみのもんただ、みのが一緒だからか」

「もんたよしのり」

「それもう俺じゃなくてみのと似てるだけだろうが」

 ごつん、と一発拳固が飛んできた。じみーに痛い。

「ふふふ、DV稔おかえりー!」

「おお、ただいまっと」

 手を広げて抱きつこうとしたのに、アイアンクローかまされました。

 近寄ってくる野郎を止めるときはこれっていう決まりでもあるのだろうか。よくされる気がする、アイアンクロー。

「かたミー冷たい……、さっきは『俺の隣は香苗じゃないと駄目なんだ! 愛してる、ラブ!』って言ってくれたのに」

「ジャロに電話するぞコラ」

 嘘・大げさ・まぎらわしい。さすが稔だ、なんて安心感。

 基も時芽も何かと言うとボケに突っ走っちゃうから、私が心置きなくボケられるのは稔と話してる時だけだ。

 めちゃくちゃ楽しんでいるのがバレたらしく、稔ははぁと溜め息を吐き出した後、笑った。駄々を捏ねる子どもにするように、悪戯が過ぎるペットを見るように、ふざける友人に呆れたと言わんばかりに。

 それがとても心地良く、稔が言ってくれたあの言葉は強ち嘘でも大げさでも無かったのではないかと自惚れてしまった。

「ところでウチのクラスは勝ち残ったかな」

「無理だろ」


 こうして球技大会とは全く関係の無い場所で大盛り上がりしたのでした。

 

 結論として、普段はオネエ言葉なのに受けとそういう雰囲気になったときだけ男に戻る攻めは大好物。

 


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