夕焼けギャング。
「甘い物、苦手なんだ」
放課後、南校舎の三階、曲がって曲がって突き当たり。
古びた図書室。ほこりの舞うかびた匂い。
いちばん奥にある本棚と窓のあいだには、ソファがおいてあった。
お気に入りであるそのソファに寝転がって、開いていたのはお菓子作りの本。
図書室の番人こと、図書委員長のセンパイはあたしを見るなり突然そう言い放った。
「ツネヅネ思っていましたが、センパイは人生損しすぎです。ギブミーチョコですよ? みんな浮き足立っているじゃないですか」
うつぶせの状態から上半身を反らして見上げれば。
センパイはでっかいため息をついて抱えていた本を棚にしまいはじめていた。
はじめて委員会で見たときには、真面目でおとなしそうな印象だったのに。
ここで顔を合わせるうちに、だんだんとその本性が見えてきた。
メガネを外せば悪人ヅラ。
口調は乱暴で、態度もでかすぎるくらいにでかい。
それに、かなりの意地悪だということ。
きっとあたしだけが、本当のセンパイをしっている。
「無視ですか! ヒドイ! つめたい!」
「あのな、まずそこは寝るところじゃねえ。次に女が足を開くな。スカートはいてんだろうが。最後に、俺は甘い物が苦手なんだよ。本気で。胸焼けがするんだ」
またがるようにして開いていた足をしぶしぶ閉じて、うつぶせの体をセンパイのほうに向けた。
寝ころがるのはやめられないので却下。
そのため息は無視することに決めて、本を閉じる。
「それは、アレですか。俺は胸焼けがするほどチョコをもらったことがある、もしくはもらう予定だから、お前のなんていらないゼ、的なアピールですか? この悪人!」
まず。
そもそもあげるなんていっていないのに、ハナから拒否されたのではおもしろくない。
胸に抱えた甘ったるい内容の本。
たまには、あたしだってらしくないことをしてみようと思ったのに。
後頭部に浴びせた罵声は、ひと掻きされてあっさり離散。
夕焼けの色に染まったセンパイのシャツは、彼に似合わない色をしていた。
「いいか。うちは姉が三人もいる。よって俺はこの時期やつらの実験台となるんだよ」
「それは、味見係兼残飯処理班ってコトですか?」
無言イコール肯定。
一見優等生で、実は怖い顔をしたセンパイにもそれなりの事情があるらしい。
だけど。
「バカですね、センパイは」
「ああ?」
「大バカですよ! もったいない!」
どんな甘い物好きでも、そんなの気持ちのないチョコは胸焼けするに決まっている。
そのチョコはセンパイ宛のものじゃない。
あくまでも他の誰かのためのもの。
妙なトコロで良いひとぶるから、そんなことになるんだ。
ようやく振り向いたセンパイの顔は、夕焼けと同じ色をしていた。
影は遠ざかって、本体がゆっくりとあたしのほうに近づいてくる。
「センパイが胸焼けするのは甘い物ギライだからじゃないです」
センパイの重みで沈んだソファ。
きらきら赤く舞う、小さなほこりの雪。
「他のひと向けて作ったものを体が受け付けないのはあたりまえじゃないですか」
その手はあたしの髪をかきあげて、あらわになった頬を甲で撫であげる。
センパイはばかだ。
本性なんて隠さなくてもいいのに。
良いひとぶる必要も、メガネでごまかすこともないのに。
そのままで充分なんだってこと、きっと知っているのはあたしだけにちがいない。
「今年は胸焼けなんてしません。させません。あたしのは確実にダイジョウブです」
少しの間と失礼なセリフとでっかいため息。
揺れた髪の毛とその手が、くすぐったくてしかたない。
「そもそも、こんなにだらしないお前が、食べられるモノを作れるのかよ」
「バカにしてますね。こう見えても家庭科の成績はいいんです! だから」
頬を撫でるてのひらに、くちびるを近づけて。
わざと大きな音をならしてやった。
「キタイしててくださいね」
「上等だ、コラ」
メガネの奥の悪人ヅラが悪人らしいセリフをはき捨てた。
夕焼けはとっくにお山の向こう。
なのにセンパイの顔は、まだ夕焼けと同じ色をしていた。
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「お日様ギャング」のバレンタイン編になります。
チョコがだいすきです。
胸焼けしてもかまわないと思ってしまうほどだったり。
読んでくださってありがとうございました!
(追記 2008.11.13)
加筆修正しました。
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