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なつまほ  作者: 沙φ亜竜
第2章 思い出ゲームの、始まり始まりです~
9/33

-3-

 集まったみんなが一緒のクラスだった、小学校の当時。

 ちょうどタイムカプセルを埋めた四年生の頃だっただろうか。


「ねぇねぇ、笑歌!」


 ニコニコと笑いながら美子ちゃんが話しかけてきた。

 次は理科室での授業ということで、いつもの教室から休み時間に移動して、チャイムが鳴るのを待っているあいだのことだった。


「ふえ? 美子ちゃん、なになに?」


 わたしが振り向くと、その目の前にはなんと、内臓を無残にぶちまけた男の人が……。


 それは当然ながら、理科室にはつきものの、内臓を取り外したりできる人体模型だったのだけど。

 東山小学校の人体模型は、なんだかすっごくリアルな造形だった。

 内臓なんてツヤツヤと光を反射していて、触ればぷにぷにと柔らかい、とっても気持ちの悪いシロモノだ。


 人体模型は普段、理科準備室に置いてあるはずだけど、このときはカギが開いたままだったのだろう。

 美子ちゃんは準備室の中に入って、こんな大きな人体模型をわざわざ担いで持ってきていたようだ。


「ぷぎゃ~~~~!」


 思わず女の子らしからぬ叫び声を上げてしまったわたし。

 ともあれ、いきなり目の前にそんなのが立っていたら、それも仕方がないってもんだよね?

 しかも、ご丁寧に赤い絵の具かなにかで、血のりまでつけられていたんだから。


「ほらほら笑歌、食べられちゃうよ~?」

「ひゃう~~~、やめて~~~~~!、食べないでぇ~~~~!」


 どうでもいいけど、今考えたら美子ちゃんの脅かし方も間違っている気がする。

 だいたい、人体模型で脅かすなんてからかい行為に及ぶとは、美子ちゃんも随分と子供っぽいことをやってたんだな~って、今さらながらに思うけど。


 それでも当時のわたしは、本当に内臓を垂れ流す男の人が覆いかぶさってきていると思い込んでしまって、もうどうにもならないほどのパニック状態に陥っていた。

 わたしが焦れば焦るほど、美子ちゃんは調子に乗って、からかい行為をエスカレートさせていく。

 完全にわたしの上に人体模型を乗っけて、面白そうに笑い続けている美子ちゃんの声は耳に届いていたのだけど、そんなことにまで全然気が回らない。


 椅子に座りながら体を丸め、わたしは顔を机にべったりくっつけて震えていた。

 目をつぶり、恐怖が去ってくれるのをひたすら祈っていたものの、当然ながらそれで事態を回避できるわけじゃない。


 悪ノリした美子ちゃんが人体模型の腕をわたしの肩口から前のほうにだらりと垂らすと、血濡れた腕が机にぶつかる。

 ごとりと音を立てたその腕は、わたしのほっぺたをそっと撫でるように密着してきた。

 その感触で思わず顔を上げ、そちらに目を向けてしまえば、視界に迫るのは血塗れた人体模型の腕で……。


「ふぎゃうぎゃわう~~~!」


 わけのわからない悲鳴を轟かせながら、わたしは半狂乱になって席を立ち上がり、無意識のうちにしがみついていた。

 ……心配してそばに来てくれたところだったのだろう海路くんに、ぎゅーーーーーっと、思いっきり。


「きゃわわわっ!? あうあう~! ご……ごめんね、海路くん!」


 人体模型のときよりもさらに慌てた声を上げるわたしに、しがみつかれている当の海路くんは微笑みを返してくれた。


「いや、べつにいいよ。でも……」


 海路くんはそう言うと、真っ赤になって視線を逸らしてしまう。そんな海路くんの顔は、わたしのすぐ目の前にあって……。

 焦っていたからだろう、わたしは海路くんにしがみついたままの状態で謝っていたのだ。


「はう、ごめんなさいっ!」


 わたしは慌てて離れる。

 といった様子を、美子ちゃんは心底面白そうな笑い顔で見つめていた。


「あらあら、あんたもやるわね~! 偶然を装って、そんなこと!」

「はう! ち……違っ……! そんなんじゃないよ~!」


 慌てふためくわたしだったけど、美子ちゃんはやっぱり楽しそう笑っているだけだった。


「いつもどおり、江窪さんと吹浦萩さんは仲がいいね~。でも、さっきみたいなのは、ちょっとやりすぎだと思うよ?」


 海路くんはそう言ってくれた。

 うわぁ~、わたしのことを心配してくれてるんだ。そう思ってとても嬉しい気持ちになった。

 だけど美子ちゃんは、


「あら、優しいのね、海路くん。でもほら、笑歌のリアクションって面白いから、ついついからかっちゃうのよね~」


 なんて答えていた。

 はう~、美子ちゃんひどい……。

 さらには、海路くんまでもがこんなことを言ってくる。


「あははは、それはわかるけどさ~」

「はうっ、わかっちゃうんだ!?」


 わたしは口を尖らせて、いじけた表情を見せる。

 そんなわたしを、美子ちゃんも海路くんも、優しい瞳で見つめてくれていた。



 ☆☆☆☆☆



 それから、こんなこともあった。

 夕陽が差し込む放課後の音楽室で、わたしは鍵盤のカバーが閉まったままのピアノの椅子に座った。

 その途端、突然ピアノの音が響いてきた。


「笑歌! 七不思議のひとつ、勝手に鳴り出すピアノだよ! あんた、呪われちゃうよ!」


 美子ちゃんがそんなことを言う。


「うぎゃうわうあうきゃう~~~~~!」


 怖くなって涙目で叫び声を上げるわたし。

 面白そうに耳もとでささやき続ける美子ちゃんの声によって、ここでもわたしは半狂乱。

 と、声もなく歩み寄ってきた海路くんがピアノの下に手を入れた。


「ほら、これ」


 そう言って差し出された手には、ピアノの音を響かせる携帯電話が握られていた。

 どうやら美子ちゃんがわたしを怖がらせてからかうために、あらかじめアラームで音が鳴るようにセットして、ピアノの下にセロハンテープで貼りつけて仕込んでおいたようだ。


 他には、こんなことも。

 校舎の屋上には菜園があって、クラスのみんなで育てていたのだけど、その世話をしているときのこと。


「ほら笑歌。綺麗な花が咲いてるよ! いい匂いだから、嗅いでごらん」


 と美子ちゃんから言われたわたしは、素直にその綺麗な花に鼻を近づけて目をつぶった。

 その途端、鼻先になにか触れる感触が。

 目を開けると、目の前には逆三角形の黄緑色の顔。二本のカマのような腕を持ったカマキリが、目の前いっぱいに広がり、首をかしげていた。


「きゃうわうわう~~~!?」


 虫嫌いなわたしは当然のように飛び上がって、なにを言っているんだか聞き取れない叫び声を発する。

 美子ちゃんがそこら辺にいたカマキリを花の中に入れておいたのだろう。


 カマキリは、わたしの鼻の上に乗っかってきていたみたいだった。

 もちろん怖くてたまらなかったわたしには、その状況もよくわかっていなかったのだけど。

 ただ、視界の中にぼやけた黄緑色が、いやおうなく映り込んでいた。


 不意に。

 すっ……と、目の前の視界を遮断していたカマキリが、いきなり消えた。


「江窪さん、大丈夫?」


 声の主は海路くん。

 わたしの鼻の上からカマキリをつかみ取ってくれたのだ。


「まったく、吹浦萩さんはいつもいつも」

「ふふふ、だってさ~、面白いじゃん!」

「それはわかるけどさ~」


 まだ涙が残ったままのわたしを差し置いて、ふたりは大笑い。


 そんな感じで、わたしたちは楽しく騒がしく、小学校時代というかけがえのない時間を過ごしていた。

 ……どうでもいいけど、わたしっていつもいつも、美子ちゃんにからかわれていたような気がする。

 もっとも、それは今でも大して変わってはいないのだけど。


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