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なつまほ  作者: 沙φ亜竜
第2章 思い出ゲームの、始まり始まりです~
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-2-

 雨が降ってくると面倒そうだけど、とりあえず五時くらいまでは待とう、ということになった。


 それはそうだよね。

 もし今日をずっと楽しみにしていて、遠いせいで時間がかかってしまったけど遅れながらも到着したというのに、もうみんなはタイムカプセルを掘り起こしたあとだった、なんてことになったら、海路くんだってやりきれない気持ちになるだろうし。

 それにみんな、全員が集まるということを心待ちにしていたのだから、ぎりぎりまで待つのは、当たり前の流れだったと言える。


 だけど、空はだんだんと暗さを増し、わたしたちのお喋りの声までも雲ってしまったのか、話題も途切れがちになっていた。

 このまま、海路くんは来ないのかもしれない。

 そんな沈んだ思いが湧き上がり始めた、ちょうどそのとき。

 四時半を回ったくらいだろうか、待望の海路くんは苦笑いを浮かべながら、わたしたちの目の前にようやくその姿を現した。


「海路くん!」


 思わずわたしは、喜びの声を上げていた。

 ……自分でも驚いてしまうくらいの大声で。

 わたしはちょっと恥ずかしくなってしまったけど、すぐに他のみんなも海路くんに言葉をかけ始めた。


「遅いわよ、海路くん!」

「海路くん、久しぶり!」

「うふふ、みなさんお待ちかねでしたのよ、潮騒さん!」


 みんなの心からの歓迎ムードに、海路くんは照れ笑いを浮かべながら応える。

 七月も終わりの暑い気候の中でも、長袖のワイシャツに身を包む姿が、とても懐かしく瞳に映り込んだ。


 海路くんは小学校の頃から、肌の露出を極端に嫌っているみたいで、いつも長袖長ズボンに身を包んでいた。

 色白の綺麗な肌だから、日焼けに弱かったのかもしれない。

 今でもそれは変わっていないんだ。


「やっぱりぼくが最後だよね。遅れてほんとゴメン! それにしても、みんな変わらないね。懐かしいな~」


 並んで笑顔を向けていたわたしたちに視線を巡らせる海路くんは、ひときわ小さな蚕ちゃんに目を向けると、一瞬動きが止まったように見えた。

 あ……やっぱり海路くんもなのかな、と思ったのだけど。


「蚕ちゃんも、久しぶり」

「はい、お久しぶりです!」


 迷うことなく、すぐに蚕ちゃんの名前を呼んだ。

 そういえば、小学生だった当時、海路くんはぼやーっとした印象ながら、テストとかではいつもいい点数を取っていたんだっけ。

 わたしみたいに記憶力が貧困じゃないから、すぐに思い出せたのね。

 ロリちゃんってあだ名で呼んだりしないのは、海路くんが優しいから、相手が少しでも嫌がっていることはしないっていう気遣いがあるからなのだろう。


 わたしも結構クラスメイトにからかわれる子だったけど、海路くんはそんなとき、いつも控えめに言葉を挟んで、みんなの興味を違うほうに向かせて助けてくれた。

 海路くん本人はべつに意識して助けてくれたわけではないのかもしれないけど、当時のわたしとしては、いつも笑顔で守ってくれるナイト様といった印象だったのだ。


「中一で引っ越したから、四年ぶりくらいになるのかな? ほんと、変わってないね、海路くん」


 みんなを代表して、というわけでもないだろうけど、笑い声と懐かしさに包まれていた場をまとめるように、このメンバーが同じクラスだった当時の学級委員、保黒さんが落ち着いた声で海路くんに話しかけた。


「……うん、そうだね。父さんの都合だから仕方ないけど、ぼくも卒業までこの町にいたかったよ」


 父親の転勤に合わせて引っ越した海路くん。

 中学一年生の子供に、ひとりでこの町に残るなんて選択肢はなかったのだろう。

 保黒さんに答える海路くんは、少し寂しそうな表情を浮かべていた。


「でもさ、確か海路くんの親戚って、当時この町の町長だっただろ? 今もそうなのかな?」

「ええ、そうね。今も海路町長だわ」


 横から加わった二之腕さんの質問の声に、すかさず美子ちゃんが回答を返す。


「ふむ。だったら、親が引っ越したって、親戚の家にご厄介になるってこともできたんじゃないのか? 町長の家って、かなりでかかったと思うけど」

「あはは。確かにそうかもしれないけど、ぼくとしてもほら、父さん母さんと離れたくなかったっていうか、やっぱり子供だったから……」


 海路くんは恥ずかしそうに頭を掻きながら、二之腕さんの問いかけにそう答えていた。

 最後に遅れてきたからというのもあるだろうけど、海路くんはみんなから質問攻めに遭っている。

 小学校の頃から、ちょっとぼんやりした雰囲気ながらも、いつも笑顔でほんわかした男の子だった。

 だから当然のごとく、みんなから親しまれていたのだ。


「昔は背も低かったはずですのに、今は随分と伸びましたのね。カッコいいですわ」

「あはは、ありがとう。でもまだ、平均にも届かないくらいなんだけどね」


 うっとりしたような瞳で見つめている頬さんに、海路くんは照れ笑いを返していた。

 わたしと同じクラスだった当時の海路くんは、背が低いのを気にしてる来武士くんと同じくらいの身長しかなかったはずだ。

 その頃から考えたら驚くほど伸びたと言えるだろう。


 平均にまでは届いていないとしても、細身だから、その分すらっとした印象を受ける。

 頬さんが言うとおり、カッコいいのは確かだった。


 そこで、わたしはふと気づく。

 なんだか来武士くんが、静かだということに。

 ちらりと様子を見てみると、来武士くんはじっと、海路くんに目線を向けていた。

 声をかけようとはしているのだけど、なぜか二の足を踏んでいるように感じられる。


 いったい、どうしたというのだろう?

 そんなわたしの考えを察知したから、というわけではないのだろうけど、来武士くんは遠慮気味に口を開いた。


「……海路、最近全然連絡くれないんだもんな。ケータイの電源も切ったままだろ? 電話、つながらなかったぞ! メールだって送ったのに届かなかったし。アドレス変えるなら、ちゃんと教えてくれよ! お前は、ただでさえ遠いとこに住んでるんだからさ~!」

「あ……そっか。ごめんね。ケータイ壊れちゃって……。今は、持ってないんだよ」

「え? マジ? つーか、ケータイなしじゃ不便じゃないか?」

「う~ん、でも、ないならないで、べつに大丈夫なもんだよ」

「彰は、使いすぎだから」

「むっ、なんだよ雄志! いいだろ、べつに! メールとか電話とか、一番使ってるのはお前にだし!」

「……ちょっと、鬱陶しい」

「なっ!? お前、ひどいぞ! おいらとお前の友情を!」

「冗談だって」

「あはは、相変わらず来武士と土布先は、仲がいいね」


 そのまま男子たちの会話へと移行していく。

 さっきの来武士くんの様子が気にはなったけど、こうして楽しく話しているのを見る限り、今はもう変わった様子なんて感じられない。

 きっと、わたしの気のせいだったのだろう。そう結論づけておく。


 楽しそうな男子同士の会話。

 わたしを含めた女の子たちはみんな、男子三人の会話の邪魔にならないよう、口を挟まずに黙って見つめていた。


「ちょっと怪しいくらいですわよね~」


 あっ、ちょっと訂正。

 さすがお嬢様といったところか、場の空気を読まない頬さんだけは、なにも気にせず、男子たちの話に割って入っていた。


「こ……こらこら、頬さん、そういうのじゃないって! おいらたちは、ほら、純粋に男の友情をだな!」

「慌てるのがなおさら怪しいですわ!」

「うん、怪しい」

「うおっ!? 雄志、お前まで!」

「あははは、懐かしいな~、この感覚! 戻ってきたんだなって実感するよ!」


 空はさらに雲が厚くなっているのか、かなり暗くなってきていたけど、わたしたちの周りだけは、懐かしくて温かな明るい空気にすっぽりと包まれているように感じられた。

 そんな雰囲気に呑み込まれ、わたしはぼーっとした表情で、主に海路くんの笑顔を眺めていた。


「ふふふ、やっぱり愛しのキミは健在?」


 ふと、隣にいた美子ちゃんがわたしの耳に唇を寄せて、そうささやいた。


「ちょ……ちょっと美子ちゃん、そんなんじゃないってば~」


 わたしは耳まで真っ赤になって、他の人にはなるべく聞こえないように気をつけながら、美子ちゃんに言葉を返す。

 まったく美子ちゃんってば、いつもわたしをからかうんだもん。ちょっと困っちゃう。

 でも、海路くんを見ていると、本当に懐かしい気持ちになってくる。


 あの頃は、いろいろと楽しかったな――。


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