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なつまほ  作者: 沙φ亜竜
第2章 思い出ゲームの、始まり始まりです~
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-1-

 約束の四時まで、あと一分。

 わたしたちはまだ、「みんなの木」の下でだべっていた。


 雲が出てきて日は陰っている。

 とはいえ、昼間ほどではないにしても、まだじわじわと汗がにじむくらいの暑さは残っていた。


 他愛ないお喋りを続けているわたしたちの周りを、微かに生暖かい風が吹き抜けていった。

 約束の時間にはなったけど、誰も、それじゃあタイムカプセルを掘り起こそう、とは言い出さない。

 まだ、みんな集まりきっていないからだ。


 残るメンバーは、わたしの記憶が確かならば、男子三人。

 その中には、さっきわたしが美子ちゃんにからかわれた海路くんも含まれている。


「ほんと、男子って時間にルーズだよね」


 保黒さんが両手を腰に当て、ため息まじりにそう言った、そのとき。


「なにを言うか! 時間ぴったりだってのに! この腕時計は電波時計だから、完璧に合ってるはずだ!」


 突然響いた反論の声に振り向くと、学ランを着た背の低い男子と、ブレザー姿がよく似合う細身で長身の男子が立っていた。

 来武士彰(くるぶしあきら)くんと、土布先雄志(つちふまずゆうし)くんだ。

 わたしたちは「みんなの木」の片側に集まって喋っていたせいで、木を挟んで反対側から近づいてきたふたりに、まったく気づかなかったようだ。


 男子としては少し高めなさっきの声は、来武士くんが発したものだった。

 背は低いのに大きな声で、存在感を主張するような物言いの来武士くん。

 それとは対照的に、落ち着いた雰囲気を漂わせて、口数の少ない土布先くん。

 ふたりとも、一緒のクラスだった小学校のときから、まったく変わっていなかった。


「彰さんと雄志さんは、一緒の高校じゃないんですのね」


 頬さんが、新たに加わった男子ふたりに話しかける。

 彼女は男子と話すときでも、女子を相手にするときと同様、下の名前にさんづけで呼ぶ。

 これも、小学校の頃から変わっていないことだ。

 男子を名前で呼ぶなんて……と思わなくもなかったけど、頬さんの場合あまりにも自然なので、嫌味な雰囲気なんかは微塵も感じられなかった。


「ああ、そうだよ。おいらは南川工業で、雄志は村崎(むらさき)高校の美術科。お互い進みたい道に向かって頑張ってるんだ。ま、学校は違っても、頻繁に連絡は取ってるんだけどな」

「うん。会うことも多いし」

「そうそう。住んでる場所もそんなに遠いわけじゃないし、この町と比べたら電車の本数も多いからな!」

「この町の雰囲気は好きだけどね」


 頬さんに誇らしげな様子で答えを返す来武士くんに、土布先くんが控えめな言葉を挟み、ふたりの掛け合いが始まる。

 とっても仲がいいんだな~っていうのが、すごくよく伝わってきた。

 小学校のクラスでも、こんな感じだったな~。ほんと、懐かしい。


「しっかし、みんなも変わってないよな~」

「そっちこそ!」


 先に集まっていたわたしたちを見渡して発せられた来武士くんの言葉に、すかさずツッコミを入れたのはもちろん美子ちゃん。


「とくに、背の低さが……」

「な……なんだとぉ~!?」


 余計なひと言をぼそっと添える美子ちゃんに、来武士くんは怒鳴り声を上げて無駄な抵抗をしていた。

 ……なんて言ったら、わたしも怒られちゃうよね。わたしだって、背は低いんだし。


「ふふふ」

「あははは!」


 そんなふうに考えていたら、すぐにふたりは笑い出した。

 もともと冗談半分のお喋りなのは、来武士くんにだってわかっていたからだ。


「……あれ?」


 ふと来武士くんの視線が、控えめに立っていた蚕ちゃんの前で止まる。


「え~っと……」


 どうやら他の人たちと同じように、すぐには思い出せないでいるようだ。

 どれだけ存在感なかったのよ、蚕ちゃん。


「ほら、この容姿……」


 美子ちゃんが助け舟を出す。

 それによって、


「ロリちゃん……」

「あ~、そうか! そうだったそうだった、ロリちゃんだ! ごめんね、すぐ思い出せなくて! 久しぶりっ!」


 かろうじて思い出すことができたようで、土布先くんが控えめにあだ名をつぶやくと、来武士くんもようやく思い出し、蚕ちゃんに明るい声を向けていた。


「はみゅ~ん、やっぱりそうなってしまうのですね……」


 そんな来武士くんの声にも、蚕ちゃんはやっぱりちょっと沈んだ表情を浮かべながらつぶやいていた。


「それにしても……海路はまだ来てないのか」


 来武士くんが今度はまだこの場にいない海路くんに話の矛先を向ける。

 ころころと話題が変わっていくのも、小学校の頃からまったく変わっていなかった。

 だけど、なんとなく……ほんとになんとなくだけど、声のトーンが少し変わったように感じたのは、わたしの気のせいだろうか……。


「もう四時を過ぎたっていうのにね」


 微かに怒りを含んだような口調で、保黒さんがそう言った。

 真面目な保黒さんは、時間を守らない人が嫌いなのかもしれない。


「まぁ、あいつも町を出ていった身だからな~」


 海路くんを擁護するような言葉を添えた来武士くんからは、もうさっきのような声のトーンの違いは感じられなかった。

 ……うん、きっとわたしの気のせいだよね。


「かなり、遠かったかも」

「そうだな。確か海路って、東京の高校に行ったはずだし」


 続けて放たれた来武士くんと土布先くんの会話で、わたしは初めて海路くんの近況を知った。

 わたし自身は、中一のときに海路くんが転校して以来、一度も会っていないし連絡も取っていない。

 というより、連絡先だって知らなかった。


 海路くんのことは、そりゃあ気になってはいたけど、すごく仲がよかったというわけでもないし。

 それに中学生くらいだと、男女でいつも一緒にいたりしたら、面白がって冷やかされてしまうのが普通だった。

 だから、海路くんと仲よくお喋りするなんて機会も、ほとんどなかったのだ。


 でも、男子たちは気楽に連絡を取ったりしていた、ということなのかな。

 なんだか少し、いいな~、なんて羨ましく思ってしまうわたしがいた。


 それにしても、東京かぁ……。

 この田舎町からだと、電車を乗り継いで新幹線にも乗って、また電車に乗り換えて、という感じになるから、相当時間がかかるはずだよね。

 遠いんだなぁ……。

 そうすると、もしかしたら海路くんは来ないかもしれないな……。


 わたしは寂しい思いに囚われてしまっていた。

 そんな表情を見て取ったのか、美子ちゃんがそっとわたしの肩を抱きしめてくれる。

 わたしもそっと、美子ちゃんの肩に体を預けるように寄り添った。


 風が涼しくなってきていた。

 空はいつしか厚い雲に覆われ、辺りは急激に薄暗くなり始めている。


「ひと雨、来そうだな」


 来武士くんが、なんだか妙に重苦しい声色で、そんなつぶやきを漏らしていた。


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